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デッドアライズ・イリュージョン  作者: 浦切三語
Chapter.1 Knight of the Living Dead
19/62

第十七話 最悪の予感

 

 快晴の日差しの下を歩く四人の男女がいた。


 先頭を往くは蛮還と紫上。後ろをついて歩くのは真零に桜子。


 男二人、女二人のダブルデートに洒落込むかといえば、事態はそんなに楽観的ではない。


 四人が向かっている先は、《共栄圏第三地区》の《地質学研究センター》だ。


 ホテルのロビーに届けられた装備品のリストをホテル内で確認し、資料の読み合いを行った頃には午後二時を回っていた。


 現地の下見をするには丁度良い頃合だった。


 ホテルのある《第一地区》からバスを乗り継いだ四人は人混みの多い大通りを歩き続け、やがて、目的の場所までたどり着く。


「でっけぇなぁしかし……」


 顔を上げた蛮還の目を、快晴の空から降り注ぐ強い日差しが苛む。

 眩しさに顔をしかめつつも手を翳して日除け替わりにし、蛮還はじっと目的の建物のてっぺんを睨みつけた。

 眩しすぎるほど光り輝く太陽光をバックにそびえ立つその姿は、さながら、ニムロデ王の夢の結晶(タワー・オブ・バビロン)だ。


 蛮還の言葉通り、確かに実際目にしてみると《地質学研究センター》は予想以上の迫力があった。

 無数の防火窓が備え付けられた円柱型の建物は、一見すると今時のオフィス・ビルに見える。

 だが、れっきとした研究施設だ。

 その証拠に、建物の定礎に嵌め込まれた銘板にはきっかりと《地質学研究センター》と掘られている。

 とうに出社時間を過ぎている事もあってか、センター内を出入りする人の数は、めっきり少なくなっていた。


「おおー、これが……」

「《地質学研究センター》かぁ。写真で見るよりでっかいねぇ」

「うちの会社もこれくらいでかくて、シャレオツだったらいいのになぁ」

「おい、呑気に観光してる場合か」


 だが、たしなめる蛮還を見向きもせず、紫上と桜子の二人は建物の傍まで走って近づくと、興味深々とばかりに、外壁をペタペタ手で叩きはじめた。


「凄い!凄いよ!紫上君!この壁めっちゃツルツルしてる!」

「なんという肌触りと光沢!こいつぁ只の壁じゃねぇ!生まれながら壁になることを宿命づけられた、生粋の壁っ子だ!」

「ひゃあああ!こうして頬をスリスリするのも気持ちいいようぅ~~」

「おおおお!よし!味もみておこう!」


 気でも狂ったのだろうか。


 紫上が唐突に見せた奇行にドン引くどころか、自分も負けじと言わんばかりに、小さな舌をめいいっぱい外壁に這わす桜子。

 傍から見れば只の変質者か精神病患者にしか見えないが、人通りが全くと言って無いのが幸いし、彼等の奇行を止められる者はいなかった。


「こ、こいつはぁ~~~~!この味はぁ~~~!まさに高・級・感!ってな感じの舌触り!」

「ペロペロペロペロペロ!」

「気、気のせいかもしれねぇが、だんだん甘く感じてきたぞ!」

「ペロペロペロペロペロ!」

「よし!桜子!次は香りだ!匂いを嗅ぐぞ!」

「ラジャー!」


 今度は、くんくんと鼻を鳴らし、あるはずのない外壁の匂いまで嗅ぎ始めた。それで一体何が分かるというのか。

 蛮還は怪しすぎる行動を繰り返す二人の同僚から距離を置くと溜息をつき、頭を抱えた。


「あの二人……相変わらずだな」

「あんなんでも依頼遂行率は90%を超えてるんだから、良くわからないよなぁ」


 呆れた様子で二人の背中を見守る蛮還と、苦笑いを浮かべる真零。二人は奇行を続ける同僚をそのまま放置すると、センターの中へ入っていく。観光客を装って受付嬢からセンター内のパンフレットを二部受け取ると、一ページ目から一文字も見逃さまいとばかりに、目を皿にして黙読し始めた。


「(特別怪しい施設は無いように見える、が……)」


 パラパラとページを捲っていた蛮還の手が、あるページを目にしたところで止まった。

 『施設内紹介』と題されたそのページには、地上七階と地下五階に連なる施設内の簡単な概要が記されていた。

 蛮還はページを素早くめくると、目的の地下三階部分が記されたページを凝視する。


 そこには施設内の写真と共に、簡単な説明文が掲載されていた。


「骨組織学……の、最先端の研究を行っています……?」


 真零も、蛮還と同じページを読んでいたのか、聞きなれない言葉が目に飛び込んできた為に、思わずその単語を口にしてしまう。

 パンフレットによると、地下三階では骨組織学を専門とした研究が為されているとの事だった。地質調査で発見された古代生物の骨片をスライサーで切断・及びレーザー解析するための複雑怪奇な機械の写真が掲載されたページを、険しい表情で見つめる真零。

 やがてその口が開き、蛮還に質問を投げかける。


「なぁ、骨組織学ってのは、具体的に何を学ぶ学問なんだ?」

「骨組織学。恐竜等の古代生物の化石から、彼等の生理や生態系を解明しようとする学問。一般的には化石を専用の工作機械を以て薄くスライスし、レーザーによる断面解析等の手法でもってこれを可能とする。大雑把に言ってしまえば、年輪から樹木の生態系を探るのに似ているな」

「化石を使った生態系の解明……?」


 パンフレットを穴が空くくらいに睨みつける真零。


 《ダンピール》達がこの施設の地下三階に拉致されたとい事実を察するに、少なくとも犯人が《ダンピール》を使った何らかの研究をしようとしているのは確かだろう。

 

 では、彼等が拉致された場所が骨組織学の研究場所であるというのは何を指しているのだ?


 《ダンピール》と骨組織学。


 《ダンピール》。人間と吸血鬼の間の子。


 吸血鬼と骨組織学。


 つまり、《地質学研究センター》内の装置を使って、犯人達は吸血鬼の化石から彼等の生態系を暴こうとしているとでも言うのか?

 いや、そんな事は決してありえない。不可能だ。


 真零は苦笑しつつ、頭を降った。


「おいおいおいちょっと待てよ。吸血鬼は死んだら灰になるんだぞ?化石なんて残る訳ねーだろうが」

「……別に分析試料は化石じゃなくてもいい。要するに、対象となる『骨』さえ入手出来ればいいんだ。それさえあれば、骨片の断面から吸血鬼の生態系を紐解くのは可能だろう」

「化石じゃなくても良いって……」


 そこで何か重大な事に気がついたのか。真零は鳶色の瞳が驚愕の表情と共に大きくなる。


 思わず「まさか……」と呟きが出た。


 真零の予想が決して的外れではない事を強調するように、蛮還は黙って頷いた。自然と、パンフレットを握る手に力が入る。


「謎が解けた。どうやら奴さんは拉致した《ダンピール》の骨を分析にかけ、そこから《ダンピール》の生態系を炙りだそうとしているのかもしれねぇ。どうしてそんな事をする必要があるのか分からねぇが……」

「お、おい……嘘だろ?」

「嘘であって欲しいが……《ダンピール》達が骨組織学を専門にしている地下三階に囚われているという事実を考慮するに、あながち、間違ってもいないだろうよ。首謀者は相当なキチガイだ。《ダンピール》とはいえ、年端もいかねえ子供を捕らえて、無理やり骨を抜き出して切断するなんてよ。普通の倫理観を持った奴じゃあない。これは……事実だとしたら、決して許せないぜ」


 蛮還の声は落ち着いていたが、怒りを覚えているのは確かだった。


 その証拠に、こめかみには青筋が浮かび、パンフレットを握る手にますます力が入り、ひどいシワが出来ていた。


「状況は、思っていたよりも最悪だ」



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