第十六話 助っ人参戦
本日の投稿です。
遅れて申し訳ありません。
新キャラクターが二人登場します。
上司から仕事の電話があったその翌日。
ホテル・ニューシャンパンシーのロビーに一組の男女がいた。
二人は、大理石で出来た巨大な支柱に背中を預けている。女は改造セーラー服、男はダークスーツといった出で立ちだ。
時刻は朝の九時過ぎ。ロビー付近はチェックアウトを済ませる客や、休憩スペースで朝の一時を愉しむ者達でそれなりに混雑の様子を呈している。
平日の朝だというのにそれなりに客が入っている所は、さすが有名ホテルといった具合か。
その客達の中でも、この二人の格好はとりわけ目立っていた。
当然だ。一人はその整った顔立ちとセクシーすぎるセーラー服を得意げに着こなし、傍らで欠伸をしているダークスーツ男は赤い髪に顔が傷だらけというのも相まって、どう控えめに言っても筋者だ。
さしずめ、先代組長の後を受け継いだ不良女子高生と、それを守護する若頭といったところか。
彼等の前を通り過ぎていく客の何人かは、彼等――特に女の方に――へ幾分かの好奇心を抱き、チラリと盗み見ては、そそくさと視線を外して足早に去っていく。
『ジロジロ見てんじゃねぇ』と言わんばかりに、ダークスーツ野郎がガンをあちらこちらに飛ばしまくっているのが、その最たる原因だ。
「あんまりガン飛ばすなよ。怪しまれるだろうが」
「誰の事だ?」
「黄泉平、あんた以外に誰がいるんだよ」
腕を組んだ姿勢で、真零が蛮還の腰を、やや強めに突いた。
どうやら蛮還本人には、ガンを飛ばしているつもりなどないらしい。
「睨みつけてるつもりなんかない。ちょっと目つきが悪いのと、目覚めが悪くて不機嫌なだけだ」
そう口にすると、再び大きな欠伸をした。
蛮還は朝にはめっぽう弱かった。
特に今日みたいに雲一つない快晴の時は尚更である。
それでも会社に一度も遅刻した事がないのは、単に課長にどやされるのが怖いからという、至極単純な理由からであった。
「それでも、あんたのその容姿は只でさえ目立つんだから、もうちょっと気をつけろって」
「だから睨んでねぇよ」
「じゃあ、せめて目を瞑って」
「うるせぇなぁ。そういうお前の格好はどうなんだよ。そんなにスカート短くしてよぉ。セクハラされても文句言えねーぞ」
「気に入ってんだから別にいいだろ。日がな一日黒づくめのあんたに言われたくない」
「このスーツは俺のシンボルなんだよ。いちいち口を挟むんじゃねぇ」
「じゃああたしの服装にもケチつけんなよな」
軽い言い合いを終えると口をへの字に曲げ、真零はポケットから取り出したスマートフォンをいじり始めた。
対して、蛮還は道行く人々の姿を意味もなく眺め続けていたが、やがてそれにも飽きると目を瞑った。
この二人が朝早くからこんな所で油を売っているのには理由がある。
《地質学研究センター》への潜入破壊工作。それを本社から依頼されたのは昨日の事だ。
有給休暇中なのにはた迷惑なと思ったが、仕方なく引き受けたこの仕事には一つ、難点があった。
ズバリ、人手が足りない。
本社の方も他の仕事が立て込んで忙しいのは分かるが、それでもたった二人だけで、囚われの《ダンピール》十人を救出しろというのは少々無理がある。
『明朝、そっちに二名寄こす。確定事項だ。ついでに装備品一式も送るから確認してくれ』
昨日の夜遅く、課長からそんな連絡があった。それで二人は朝っぱらから待ち人状態を強いられているという訳だ。
「メアリー先生、大丈夫かなぁ」
スマートフォンに視線を落としたまま、真零が口を開く。画面には、昨日『第一総合病院』で起こった爆発事件の続報が流れていた。
「お前も本当心配性だなぁ。大丈夫だって。襲われたとしても、先生には《バイオ・キャンセラー》があるんだから」
「何?」
初めて耳にする単語に、真零が怪訝な表情を浮かべて蛮還の方へ視線を向ける。
「フランケンシュタイン家に古くから伝わる屋内戦闘用格闘術。何でも、医術を戦闘術へ応用した代物らしい。フランが言うにはな」
「医者が一体何と戦うってんだ?」
「吸血鬼とか、奴らの眷属達に決まってるだろ。フランケンシュタイン家は著名な医者や学者を輩出しているその裏で、ヴァンパイア・ハンター稼業にも手を出してたのさ。それも今となっちゃ昔の話だがな」
「やけに詳しいな」
「当然さ。なんてったって……」
あの人は俺の命の恩人だからな――
そう言いかけた所で、ロビーに見知った顔の少女が入ってきた。
途端に、ロビーの客たちの視線が一斉にそちらへ向かれる。
少女の服装は人目を引くには十分過ぎた。
十代半ばを過ぎたばかりの少女特有の華奢な体躯を包む衣装は、さながら、中世ヨーロッパ貴族達の間で愛玩されたビスク・ドールのそれに似ている。
頭部には白い猫耳を象ったカチューシャをつけ、右手にはピンクと白のマーブル模様があしらわれたステッキ。
肩からはスワロフスキーが全面に散りばめられたショルダー・バッグを下げている。
そんな派手な格好をした少女の後に、一人の男が続いた。
金髪の赤いサングラスをかけた若い男だ。
ネズミ色のパーカーをだらしくなく着こなし、ダメージジーンズが悲鳴を上げそうなくらいのガニ股で闊歩している。
見るからにヤンキーじみているというか、今時の若者といった風体である。
二人は落ち着かない様子で辺りを伺っていたが、やがて、視線の先に蛮還と真零のコンビを発見すると、そちらへ駆け寄った。
先にコンタクトを取ってきたのはビスク・ドール然とした少女の方だった。
「およよよよ~~~~~ん。真零ちゃんだぁ~~~い!」
全身を鞠のように跳ねさせ、奇妙な台詞を吐きながら飛びついてくる。
真零が「わあっ!?」っと、戸惑いの表情を見せるのもお構いなしといった具合で、少女は真零から離れようとはしない。
「なっ!なんで桜子がここにいるんだよ!」
「ふぎゅぎゅぎゅぎゅ。真零ちゃんが困ってるって聞いたから、駆けつけてきたんだよーん」
「わ、わかった。わかったからちょっと離れろって!変な風に見られるだろ!」
「ええ~~~?いいじゃあぁぁ~~~~ん。あたしと真零ちゃんの仲でしょおおおおお~~~ん?」
「一体どんな仲だよ!いい加減暑苦しいんだって!」
「やだやだやだ!離れたくない~~~~~いいいん!」
桜子と呼ばれた少女の顔に両手の平を当てて懸命に引き剥がそうとする真零に対し、桜子は両足を使って真零の腰をがっちりホールドしたままで、一向に離れる気配を見せない。
少々過激すぎるスキンシップを前に、蛮還は「相変わらずだな」と苦笑する。
そんな彼に「よぉ」と声を掛けてきたのは、サングラスの似合うヤンキー風情の男だ。
「相変わらず目覚めの悪そうな顔だな」
「なんだ、紫上か」
「何だぁ?その気のない返しは。あっちみたいにもっと嬉しそうな反応くらい見せろよな」
紫上と呼ばれた男が顎をしゃくった先では、まだ真零と桜子が押し問答を続けていた。
「男が男にそんな反応したら気持ち悪いだろ」
「本気にするなよ。冗談に決まってるだろ?」
「課長が寄越した助っ人ってのはお前と桜子の事か?」
「ああ。本当は別の仕事があったんだが、ほっぽり出し……コホン、もとい、サボって……あー、うーんと、えー、そうだ、うん、別の奴に引き継いで救援にきたという訳だ」
ついうっかり本当の事を口走りそうになる紫上。蛮還は、そんな彼を白い目で睨むと、釘を刺した。
「……言っとくけどな、この仕事が終わったら観光なんかしてる暇ないんだぞ」
「なっ!何ぃ!?貴様!どうやって俺の心を読んだ!?」
サングラス越しの瞳に焦りの色を浮かべ、動揺を隠せない紫上。
蛮還といえば「やっぱりそれが目当てじゃねーか!」と、呆れととも怒りともつかない態度で彼に詰め寄った。
図星を突かれてたじろぐ紫上だったが、一転して開き直ると、突拍子も無い事を口にする。
「ま、まさか貴様……俺の心を読んだな?」
「はぁ?」
言葉の意味するところが分からずボケッとしている蛮還を糾弾するかのように、紫上がビシッと指を突き立て、喚き散らした。
「そうだろう!とぼけたって無駄だぞ!くぅううう!男子三日会わずば刮目して見よとは先人の言葉だが!まさかこの有給休暇中に他人の心を読むなんていうトンデモスキルを身につけるとはっ!お主、中々やるではないか!えぇ!?」
「…………」
「黙ってるところを見ると、むむむん、ますますアヤシイィィいいい!」
「(相変わらず面倒くさい性格だな……)」
宵野桜子と紫上水軍。
民間軍事会社《ゴールデン・エイジ》の特務戦略課に所属する社員。
二人は、蛮還と真零の同僚であった。
協力者として派遣されてきたこの変人コンビを交互にみやり、蛮還は心に一抹の不安を覚えたのである。