第十五話 《ダンピール》の事情
すいません。諸事情で今日はこれしか投稿出来ません・・・
申し訳ない。
「仕事の話だったんだろ?」
課長との電話を終えてバスルームから戻ってきた蛮還に、真零が語りかける。
「よくわかったな」
「あんたのそのしなびたモヤシのような表情を見れば、一発で分かるよ」
「……しなびた、は余計じゃないのか?」
「モヤシって所は否定しないのが、あんたらしいよ」
「うっせ」
「それで?どういう内容なの?どうせあたしも手伝う事になるんだろ?何たってあたしはあんたの『パートナー』だからね。カレーにマヨネーズぶっかけるような味覚音痴の疵面野郎の『パートナー』だからね」
「やけに刺のある言い方だな。嫌だったら別に協力してくれなくてもいいんだぜ?」
先程のお返しだとばかりに、嫌味たっぷりにそう口にする蛮還は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
その表情が更に真零の気分を害したのか、今度は一気に酒を呷った。
ごきゅり、と白い喉を鳴らし、アルコール度数45度のウィスキーをあっという間に飲み干していく様は圧巻の一言だ。
酒に濡れた唇を白い腕で拭い、ぶっきらぼうに言う。
「只の冗談だっての。それより、さっさと仕事の内容教えてくれる?他にやることないし、さっさと終わらせましょ」
ウィスキーを一気飲みしたにも関わらず、真零は酩酊した様子も見せずにそう告げた。
彼女にとっては、アルコールも清涼飲料水も喉を潤すという点では同じであった。
真零に急かされた蛮還はテレビを消すと、ビジネス・バッグからノート・パソコンを取り出して起動させ、会社のメールフォームを開いた。
新着メールをチェックし、課長からのメールが届いているのを二人で確認する。
メールにはファイルが添付されていた。
今回の仕事の細かな内容や《地質学研究センター》の外観及び内部見取り図、装備品のリスト等、資料は全部で五つのファイルに分類されていた。
蛮還と真零はベッドに腰掛けると、互いにパソコンの画面を覗き込み、資料を読み耽る。
二人共先程までの愚痴や文句は一切口にすることなく、その表情は真剣そのものだ。
部屋には僅かな環境音の他には、彼ら二人の会話しか響いていない。日常生活では互いにいがみ合ったりもするこの二人も、れっきとした民間軍事会社に勤める社員――早い話が『傭兵』だ。仕事では常に命の危険と隣り合わせの世界で生きている。故に、仕事の打ち合わせにも自然と熱が入る。
蛮還が資料を手にしながら淀みなく依頼内容を説明し、それに合わせて真零が資料に目線を落としたまま、黙って頷きを繰り返す。
そんなやり取りが十数分交わされた。
「……なるほど、大体の話は分かったよ。要するに、人質を助けて建物を破壊し、妨害者がいたら容赦なく始末するってやり方でいいんだろ?」
「早い話がそういう事だな」
「オーケー、了解した。作戦決行日時はいつにする?」
「さっきの課長からの電話だと、明日の午前中に装備品が届くらしい。ついでに可能なら助っ人もつけてくれるって話だった。そこから考えるに、まぁ、明日の昼過ぎに現場近くを軽く下見してから、翌深夜に仕事に取り掛かるのがベストだと思う」
「分かった。あんたの判断に従うよ……」
そう口にしたものの、真零の表情には何処か翳りがあった。
それは、蛮還が今回の作戦の指揮を取るという事に対しての不満から来たものではない。
プライベートならいざ知らず、仕事の事に関して言えば真零は全面的に蛮還を信頼している。
不満などあるはずがなかった。
彼女が表情を曇らせたのには、もっと別の理由があったのだ。
「……なんだどうした?」
真零の様子がおかしいことに気づいた蛮還が、声をかける。
真零はこめかみの辺りを掻きながら、口を開いた。
「黄泉平、思い出して欲しい。昨年の暮れぐらいから、《共栄圏》の《ダンピール》が誘拐されたなんて事件、ニュースで報道されたか?」
真零の問いに暫く黙り、考え込んでいた蛮還だったが、やがて首を横に振る。
「俺の記憶にある限り、そんな報道はされていないな」
「だろう?あたしもそんな報道は聞いたことがないし、ネットニュースでもそんな話題は出てきてない。おかしいと思わないか?普通、十人も、それも《ダンピール》が失踪したとなれば、マスコミが嗅ぎつけてくるのは当然だ」
「つまり何か?マスコミに圧力を掛けて、報道を自粛させようとする何者かの存在が誘拐事件の裏にあると。お前はそう言いたいのか?」
「ああ」
己の推測によほどの確信を持っているのか、真零が即答する。
真零の言っている事はあながち的外れでもないだろうと、蛮還は思った。
確かに世間の衆目を集めそうな事件の割に、マスコミ連中がそれを報道しない事に対する違和感は拭えない。
故に、彼等が事件の報道を自粛している理由付けとして外部からの強い圧力が加わっているという論理は、この上なく単純な論理だが、おいそれと却下出来ない論理でもある。
何だかきな臭くなってきたな。
仮に真零の意見が正しいとして、じゃあどこのどいつがマスコミの口を塞いでいるのか。
そこで蛮還の頭に、一つの仮説が浮かぶ。
「とすると、背後に控えているのは政府関係者の線が濃厚だな」
「だろうな。報道機関に圧力を掛けられる組織なんて、それくらいデカくて底の知れない奴らじゃないと、説明がつかないしな」
「……でもよ、だとしたら《鬼縛連隊》は何処からこのネタを掴んできたんだ?」
蛮還のもっとも過ぎる疑問に、真零はその小さな口をもごもごと動かすと、自信無さげに推測を述べる。
「それは……ほら、あれだよ、政府の誰かが情報をリークしたんじゃないのか?」
「内部告発か」
昔なら、内部告発は所属している組織に対する明確な裏切り行為としての意味合いが強かった。
しかし、十数年前に政府が『公益通報者保護法』と呼ばれる法案を成立させて以来、内部告発は組織の不正を世間に暴き出すという『正義の行為』だと受け取られるようになった。
内部告発の方法には、大きく分けて二つある。
一つは監督省庁、もう一つは報道機関への告発だ。後者なら直にマスコミ各社が報道を開始しているはずなので、今回のケースで考えられるのは前者だ。
これまでの仮説を組み上げると、事件の裏では次のような事が起こっていたという事になる。
つまり、良心の呵責か何なのか知らないが、《ダンピール》誘拐事件を知った政府関係者が、情報を監督省庁へリーク。事態を重く見た何処かの省庁は事態解決の為に《鬼縛連隊》の手を借りる事にした。しかし訳あって《鬼縛連隊》は《ゴールデン・エイジ》へ依頼という形で事件解決を投げてきた――
最後のピースに、どうしても奇妙な違和感を感じる。
身内の中で起こった問題なら、身内の中だけで事態の収集を図るのが自然だ。
それをなんで自分達のような外部の民間軍事会社に任せてきたんだ?
考えれば考える程答えは遠ざかり、思考という名の海へ沈んでいく。
「もう一ついいか?」
横から聞こえてくる真零の問いかけに、蛮還は視線をパソコンの液晶に向けたまま「なんだ?」と答える。
「もしかしたら事件の首謀者は、裏で吸血鬼と手を結んでいるのかもしれないなと思ってな」
「どうしてそう思う?」
「考えてもみろよ。人質になっているのは《ダンピール》なんだぜ?人間の大人がそう安々と誘拐出来る相手だと思うか?」
「つまり、《ダンピール》を攫っている連中は吸血鬼だと、お前は考えてるわけだな?」
「そう考えるのが自然じゃないか?」
なるほど、確かにそれもそうだと蛮還は心の中で頷いた。
囚われているのが少年少女だとは言え、彼らは《ダンピール》なのだ。
吸血鬼程とはいかないものの、それなりの身体能力を備えている。例え子供であろうと、人間の大人が捕まえるのは至難の業である事には違いない。
だが、それはあくまで一対一で対峙した場合の事であり、これがもし一対多になれば、例え《ダンピール》と言えど人間相手に不覚を取る可能性は十分に考えられる。
故に、真零の仮説とは別に、考えうるもう一つの可能性を蛮還は口にした。
「俺は逆に、大勢の大人が寄って集って《ダンピール》の幼子を追い詰めて、確保したんじゃないかって考えられる。
《ダンピール》……ハーフ・ヴァンパイアなんて言ったって、銀や純水が弱点なのは変わりない。それらをちらつかせて強迫すれば可能だと思うんだが……」
「でもさ、そんな大人数で行動してたらきっと目立つし、目撃証言があって良いはずだろ?この資料にも載ってるけど、《ダンピール》の失踪前後を目撃している人は誰一人としていないんだ。ということは、複数犯よりも単独犯の方が可能性としては考えられないか?」
「うーん、なるほどなぁ」
そこで一旦話を区切るかのように、蛮還は傍に置いてあったペットボトルを手に取り、残り少ないミネラル・ウォーターを口に含んだ。
「まぁそこはおいおい考えるとしてさ。そもそもこの《地質学研究センター》ってのは何を研究している施設なんだよ?」
真零の素朴な疑問に対し、蛮還は何の資料も見ることなく、施設の概要を諳んじてみせた。
「《地質学研究センター》は今から二十年前に《共栄圏》に創設された、民間の研究所だ。
その名の通り、日本列島の太古の地層を研究する事を主な目的としている。地層を研究し、嘗てその場所は海だったのか山だったのかを調べ上げる事で大昔の地球の痕跡を探ったり、時に遺跡や化石の発掘を行い、古代人や古代生物の生態系を解明するのが主な取り組みだ」
「相変わらず驚異的な記憶力だな。化石っていうと、恐竜のか?」
「恐竜もそうだし、それ以外の哺乳動物も含まれる」
「……どうしてそんな所に《ダンピール》達が囚われてるんだ?」
眉根に皺を寄せて腕組みをし、真零は思案に耽った。
《地質学研究センター》と《ダンピール》。
なるほど、互いに全く結びつかないキーワードであるのは言うまでもない。
考えが結びつかないのは相方も同様なのか、蛮還は肩をすくめ、おどけた仕草を取る。
「さっぱりわからねぇな。俺の経験で言えば《ダンピール》の誘拐ときたら、まず真っ先に頭に浮かぶのがD細胞の違法研究の線だが……監禁されている場所が地質調査の研究所って事を考えると、それはないのかもしれない」
《ダンピール》はその希少性故に、常に複雑な立場に立たされている。
《圏外》に一歩でも出れば、生物学的に人間と吸血鬼のどちらにも分類が不可能な彼らは、《はぐれ》の吸血鬼の次に迫害の対象となる存在だった。
故に《共栄圏》から進んで《圏外》へ出ようとする《ダンピール》は殆どいないと言ってもいい。
だが一部の研究者達にとっては、彼らは大変魅力的な存在であった。
無論、実験材料という意味でだ。
何故なら吸血鬼と人間の間の子などそうそう滅多にお目にかかれる存在ではないから、未だに彼等の生物学的特徴はブラックボックスに包まれている。
人道の欠片もない一部の研究者達からしてみれば、彼らは宝の山だった。
《共栄圏》内で発生する《ダンピール》の誘拐事件は、何も今回が初めての事ではない。
《圏外》から足を運んできた研究者達の策略にかかっておびき出され、モルモットして酷い扱いをされる。
そういったケースは多々あった。
言うまでもなく、これはれっきとした犯罪であり、発覚すればまず極刑は免れない。
処罰された者達はその大半が、悪い意味で《ラミア・プロジェクト》に触発されてしまっていた。
塀の向こう側に閉じ込められた者の九割近くが生物細胞学を修めている学者や、再生医療の知識を有している医療従事者である事が、その何よりの証拠だ。
彼らは誘拐し、全身麻酔をかけて身動きの取れなくなった《ダンピール》達を、メスでバラバラに解剖しては、科学的探求という錦の旗印の下に好き放題にやってきたのである。
つまり、《ダンピール》の誘拐事件のある所、その裏には必ずと言っていいほど生命科学系の組織なり個人なりが関わっていると言える。
もはやこれは、ある種の自然法則とさえ言えるだろう。
だが、今回ばかりはいささか事情が異なる。
何故なら、誘拐された《ダンピール》達は《地質学研究センター》という、どう考えても生物学とは結びつかないであろう施設に囚われているからだ。
蛮還は考えるのが面倒くさくなったのか、真零に背中を向ける形でごろりと身体をベッドに預けた。
その様子を見て、真零が顔をしかめる。
「おい、真剣に考えろよ」
「考えてるさ。今回の事が白日の下に晒されれば、またマスコミ連中が面白おかしく報道するんだろうなってな」
その頃には皆、《共栄圏第四地区》で起こった暴動の事なんて直ぐに忘れちまうだろうなと、蛮還はそう付け加えた。
真零は「呆れた」とだけ言って、自分は施設の見取り図に注視する。
「地質調査……恐竜の化石……D細胞……うーん、どう考えても繋がらないなぁ」
「お前もどうでも良い事を考えるな。俺達の仕事は《ダンピール》の救出と施設の破壊工作だ。それ以外の事を気にしている暇なんて無いんだぞ」
「あたしはね、一度気になったら、とことん納得が行くまで調べたくなるタイプなんだよ」
「しつこい性格だな」
「執念深いと言え」
「へいへい」
蛮還はパソコンの画面に向かって何事かを呟いている真零に対し、「仮眠をとる」とだけ伝えると、そのまま直ぐに眠りに落ちた。