表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デッドアライズ・イリュージョン  作者: 浦切三語
Chapter.1 Knight of the Living Dead
13/62

第十一話 メトロポリス

本日の投稿です。

 時刻は午後の三時を回った頃だった。

 パステルハウス・ヒルを抜け、河川敷を並んで歩く蛮還(ばんかん)剣一(けんいち)の二人の表情は晴れやかだった。とりわけ剣一に至っては、つい数時間前まであんなに不安そうな表情をしていたのに、今は心にかかっていた霧が晴れたかのような、清々しい表情をしていた。


「いい人で良かったな」

「ええ、本当に……まぁ、肝心の愛には会えませんでしたが」


 剣一はポケットから携帯電話を取り出して、発信履歴を見た。先程、長谷川氏の自宅を出た所で一度電話を掛けたのだが、呼び出し音が延々と鳴り続けるだけで、愛が電話に出てくれる事はなかった。


 サイレントモードにしていて気がつかないのだろうか?

 

 後でもう一度電話をかけてみよう。


 電話に出たら何て切り出そうか。


 やはり、直ぐにでもプロポーズの返事を聞き出すべきだろうか。


 いやいや、早まっちゃ駄目だ。

 

 まずは何気ない世間話から始まって……ああっ!でもでも!直ぐにでも彼女の返事が聞きたい!


「あんまり焦りなさんなよ」

「えっ!?」


 思考の渦に(はま)っていた剣一を、蛮還の言葉が無理やり引き上げる。


「あんた今、スゲー難しい顔してたぞ。大方、どうやって彼女さんからプロポーズの返事を聞き出すか考えてたんだろ」

「ああ、やっぱりバレました?」

「バレバレだよ。大丈夫だって焦らなくても。長谷川先生だってあんたの事を認めてくれたんだし、何も心配いらないさ。何てったって、あんたは将来のフレーダーになる男なんだ。もっとドーンと構えた方が様になると思うぜ?」

「フレーダー?」


 聞きなれない言葉に、剣一が首を傾げる。誰かの名前だろうか。


「あれ、神山さんはあんまり映画は観ないタイプか?」

「映画でしたら愛と一緒によく観ますよ。もっぱらDVD鑑賞ですけどね」

「へぇそうか。どんなの観るんだ?」

「色々ですよ。最近だと『ターミネーター』ですかね。あれは面白かったなぁ」

「あぁ、筋肉モリモリマッチョマンの変態が主役をやってる映画か」

「それは『コマンドー』ですよ」

「どっちも似たような話じゃないか」

「全然違いますよ……」

「それにしても、結構古い映画を観るんだな。二十年以上前の映画だろ?それ」

「映画の良さに時代は関係ありません。あ、もしかしてそのフレーダーっていうのは、映画の登場人物の名前ですか?」

「おお、良く分かったな。その通り、フレーダーは『メトロポリス』っていうドイツで作られた映画の登場人物の名前なんだ」

「メトロポリス……聞いたことないなぁ。それって何時ごろ作られた映画なんですか?」

「確か、そうだな……1927年頃だったと思うぞ」

「古っ!?それ古すぎますよっ!」

「映画の良さに時代は関係ないと言ったのはそっちだぞ」

「そうですけど……因みに、どういうお話なんですか?」

「まぁ分かりやすく説明するとだな……」


 蛮還は、かいつまんであらすじを説明した。

 それによると、『メトロポリス』という映画は未来都市を舞台にしたSF映画で、支配者階級出身の青年・フレーダーと、労働者階級出身の娘・マリアとの心の交流を描いた作品だという。

 劇中、支配者階級と労働者階級は互いに憎しみを募らせていき、ついには闘争に発展してしまう。だが紆余曲折を経て、最終的には両階級の代表が和解の握手を交わした所で、この映画はフィナーレを迎えるのだ。


「その和解の場面で支配者階級と労働者階級の仲介役を担うのが、フレーダーなのさ。さしずめ、マリアはあんたの彼女さんと言ったところか」

「ということは……支配者階級が吸血鬼で、労働者階級が人間って事になりますね」

「まぁそうなるな」

「……私には、吸血鬼が支配者だった頃の時代は、とうの昔に過ぎ去っているように感じますけど」


 蛮還は、何も言わなかった。


 二人はそのまましばらく連れ立って歩き、《第二地区》の外れの方までやってきた。ここからもう少し歩いた先に《第一地区》行きのバス停がある。


「じゃあ俺、こっちだから」


 停留所のある方向を指差すと、蛮還は片手を上げて別れを告げた。実にあっさりとした挨拶だ。

 たまらず、剣一が彼の背中に向かって声をかける。礼の一言も述べずに別れるのはどうにも心が落ち着かない。


「黄泉平さん!」

「どうした?」

「あの、今日は有難う御座いました。貴方のおかげで、今日はとてもいい日になりました。本当に、感謝してます」

「感謝……ねぇ」


 別に感謝されるような事はしてないんだけどなと、蛮還はそっぽを向いて赤髪を掻いた。

 照れ隠しだと分かったのか、剣一は彼に聞こえないようにくすりと笑った。


「まぁ、頑張れよ。応援してるよあんたの事。無事結婚出来るといいな。その時は遠慮なく、周りに自慢するから覚悟しておけよ」

「お好きにどうぞ。むしろ歓迎しますよ」

「へっ」


 地鳴りのようなエンジン音を立てて、一台のバスがゆっくりと、剣一の後方から近づいてきた。停留所脇に止まり、ドアが開く。

 その中に悠然と乗り込んでいく蛮還を、剣一はただ黙って見ていた。


 直ぐにバスは発車し、十秒も経たないうちにみるみる小さくなっていった。

 剣一はしばらく手を降り、笑顔で見送っていたが、やがてバスが完全に視界から消え去ると、後ろ髪を引かれる思いでその場から去った。


「(そういえば、連絡先を交換するの忘れちゃったな)」


 自宅への帰り道の途中、剣一はそんな事を思い、少し後悔した。











 蛮還と剣一が去った後の長谷川邸は、静寂に閉ざされた空間と化していた。

 まるで何かを隠すかのように部屋中のカーテンは締め切られ、リビングに灯りはない。

 そのリビングの中央。長谷川公彦は眉間に深い皺を刻み、無言でソファーに腰を下ろしていた。薄闇が彼の顔に被さり、複雑な陰影を刻んでいる。

 彼はおもむろに、テーブルの上に置かれた携帯を手に取ると、なれた手つきである人物の元へ電話を掛けた。

 彼の携帯の端子にはコードが挿し込まれており、その先は傍らに置いたパソコンへと繋がっている。どうやら、通話記録を録音しようとしているらしい。


『もしもし?』

「私だ」

『おやおや、貴方でしたか。そっちから電話を掛けてくるとは珍しいですね。何かありましたか?』


 電話口の主が笑いを零した。長谷川は仏頂面のまま、手短に要件を伝える。


「ついさっき、標的と接触した。奴が最後に接触したあの男だ」

『……まさか、殺ったのですか?』


 単刀直入な質問を受け、自然と唇の端にニヒルな笑みを浮かべる長谷川。


「接触しただけだ。殺しちゃいないさ。ただ、そろそろ本腰を入れて動かなければと思ってな。一応連絡したまでだ」

『そうですか。ま、そっちの始末は任せますよ。こちらは今夜にでも仕事に取り掛かります』

「殺るんだな?あの女を」

『彼の担当医でしたからね。当然ですよ。それに彼女は相当頭が切れる女です。早めに手を打たなければ、こちらも直ぐに尻尾を掴まれるでしょうな』

「それを防ぐ為に、わざわざ『実験体』を貸出してやってるんだ。粗末に扱うなよ」

『了解しました。先生の方こそ、暗殺失敗なんて事にはならないようにしてくださいよ。それではまた』


 そこで、電話は一方的に切られた。

 携帯の待ち受け画面に視線を落とし、長谷川は感情の篭っていない声色で、悪態をつく。


「政治家が科学者に指図するか」


 乱暴に、携帯を明後日の方向へ投げ捨てる。


 背中をソファーに預け、じっと真っ直ぐ部屋のある一点を睨んだ。

 先程まで、娘の友人と名乗る吸血鬼が座っていたソファー。そこだけが、長谷川にとってはまるで汚物をぶちまけたような(けが)れた場所に思えてならなかった。


 ズボンのポケットから煙草を取り出し、火を点ける。彼は暫く煙を燻らせた後立ち上がると、何を思ったか。

 700℃の熱点煌くタバコの先を、ゆっくり、丁寧に、しつこく、吸血鬼の座っていたソファーに押し当てた。彼の瞳はどす黒く濁り、心の奥底に隠し持っている残忍さが顔を覗かせる。誰にも見せたことのない、彼だけが知っている己の闇が、メラメラと体内で燻りを上げていた。


「モルモット風情が、生意気を言いやがって」


 憎々しく、呪詛を吐く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ