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デッドアライズ・イリュージョン  作者: 浦切三語
Chapter.1 Knight of the Living Dead
11/62

第九話 さっさと決断しやがれよ!

本日一回目の投稿です。


これまでちょろっと出てきた『吸血鬼が掛けられた《呪い》』が具体的に何なのか。それが今回のお話で明らかになります。


あと、ちょっと文字サイズを小さくしてみました。どうです?読みやすいですか?

「読みにくいんだよこのウスノロがぁーーー!」という方がおりましたら遠慮せず、活動報告の返信欄でご報告して頂ければと思います。

文字読みにくいよという意見が多いようでしたら元の大きさに戻しますのでので。


それではどうぞ。

 相談に乗って頂けませんか?


 野球が九回の表まで進んだところで、剣一(けんいち)遠慮(えんりょ)がちに口を開いた。

 丁度、バッターが同点弾となるレフトへの長打をお見舞いした場面だった。観覧席に座る保護者達がメガホンをけたたましく叩き鳴らす。

 その音に剣一の声は虚しくもかき消されてしまったため、蛮還(ばんかん)は「今、何て口にしたんだ?」と、メガホンの打音にまけないくらい声を張り上げて尋ねる。


「相談に乗って欲しいんですよ」

「相談だって?」

「はい」

「……あんた、そういうのは俺みたいな初対面の相手じゃなくて、もっと親しい相手にするべきだと思うけどね」


 剣一の様子からして、彼が少々込み入った話題を切り出してくるのを予感したのか、蛮還は一転して無愛想(ぶあいそう)な態度を取る。


 蛮還の反応は至極当然だ。

 出会ったばかりでまだ互いの事もよく知らないのだ。

 そんな相手から相談を持ちかけられても適切なアドバイスなどできるわけがない。

 しかし、相談というのは時に黙って相手の話を聞いてやることが一番のアドバイスになることだってある。誰かに身上話を聞いてもらうだけで話している本人は満足するものだ。


 今の剣一は、何よりそれを望んでいた。誰かに胸の内を聴いて欲しかった。


「親しい相手、ですか。いや、相談というのは何を隠そう、その親しい相手の事なんですよ」

「友人か?」

「友人、と呼べる人は私にはいません。残念な事……なのかどうかは、良くわかりませんけど」

「なるほど。友人を持つという概念は吸血鬼にはないからな」

「相談というのは、私の彼女の事です」

「ふーん、女、か。さっきちらっと話に出てた、人間の彼女の事か?」

「ええ、そうです」

「だったら尚更、俺みたいな奴に相談するより、もっとちゃんとした奴に相談した方がいい」

「ちゃんとしたら奴って、誰ですかそれ?」

「え?うーんと……ほら、テレビに良く出てる占い師とかさ。あるいは、心理カウンセラーとか」

「知り合いにそんな人いません。何よりああいう人達は胡散臭くてしょうがない。それに相談と言いましたけど、本当は話だけでも聞いて下さればそれで構わないんです」

「……ふーん」

「お願いします。お話だけでも聞いてくださいよ」


 そこから剣一は途切れ途切れではあるが、長谷川愛(はせがわあい)と自分の関係、及び近況について話を始めた。


 蛮還は(しばら)くは黙って彼の話を聞いていたが、時折「へぇ」だとか「ほおー」だとか「なるほどなぁ」等と、適当な相槌(あいづち)を打つ。


 剣一の話を聞いている最中、蛮還の視線は常時マウンド上で汗水を垂らしてもがき続けるピッチャーに向けられていた。


「時期を見誤ったのかもしれません」


 ピッチャーが投球フォームを取り、右手から勢い良くボールを投擲(とうてき)する。


「彼女と出会えたから、人間と一緒にいて心から楽しいと思えたんです。彼女は私の全てを変えてくれました。この先もずっと、彼女と一緒にいたい。彼女と同じ時を過ごしたい」

「だから、働こうと思ったわけだ。彼女さんを支える為に」

「ええ。でも一人で舞い上がっちゃいました。喜んでいたのは私だけだったんですよ。プロポーズをした時も、彼女は特に喜ぶ素振りを見せなかった……全く、本当に馬鹿でしたよ」


 言って、自分の愚かさが嫌になってきた。

 それを隠そうと、剣一は自嘲的な笑みを浮かべる。


 話を聞いていた蛮還は暫く虚空の一点を只じっと見つめていたが、やがておもむろに口を開いた。


「あんたさ……もしかして『人間』になりたいのか?」

「――え?」


 虚を付かれ、間抜けな声を発した。

 蛮還の台詞の意味することが、剣一には直ぐには理解出来なかった。


 否。


『出来なかった』のではない。そうしなかっただけだ。


 吸血鬼が人間になる。


 これまで何度も、その考えは頭に浮かんだ。


 例えば、愛との会話が噛み合わないと感じた時。人間の食事を食べて味がしなかった時。夜、人々の寝静まった時刻になっても寝付けなかった時。


 決まって剣一の目の前に超え(がた)い巨大な『壁』が夢幻(むげん)の如く出現するたびに、何度もその考えが頭を過ぎった。

 過ぎっては振り払い、過ぎっては振り払い、そんな『(おぞ)ましい事』を考える自分が嫌というほど嫌になった。


 なんと自分は、恐ろしき事を考えてしまうのか。

 吸血鬼が人間になる。

 まるで夢物語のような荒唐無稽、非科学的な話に聞こえるが、しかし事実それは可能だ。

 吸血鬼達に『呪い』が掛けられている今ならば。


 しかし、それは同時に――


「なっちまえばいい。簡単だろ?吸血鬼が人間になる事なんて、お茶の子さいさい――」

「やめてくださいッ!」


 気づけば、剣一は大声を出して叫んでいた。

 体を怒りからブルブルと震わせ、膝の上で固く拳を握っている。


「そんな、そんな恐ろしい事……私には出来ない」

「自分が吸血鬼じゃなくなっちまうからか?自分の……根源が失われてしまうのが怖いか?」

「そうじゃありません!私は、他人を不幸にしてまで、自分が幸せになろうとは思わない!思いたくもない!ただ、ただ、それだけのこと……」

「――あの《血盟大戦(クリムゾン・ウォーズ)》を切欠(きっかけ)に世界中の吸血鬼がかけられた『呪い』――それは、『吸血鬼が人間への吸血行為を成した時、吸血鬼は自身の記憶はそのままに、肉体のみが人間へと変異してしまう』だったな。

 恐ろしい話だぜ全く。吸血鬼としてのアイデンティティーを根こそぎ奪うなんてよ。心は吸血鬼、されど肉体はホモサピエンス。精神と肉体のバランスを崩壊させる、死ぬ事よりも辛い罰を与える『魔女の呪い』か……」


 詩を()むような口調で、蛮還が静かに言葉を発する。


「だが、その『呪い』を逆手に取り、人間社会に溶け込もうとする(やから)も多いと聞く。専ら(もっぱ)そういう連中は《はぐれ》の吸血鬼だという話だし、例え人間になれたとしても、心と身体のバランスが崩れて廃人になるケースだってあると聞く……それについてはどう思う?」

「そんなの、只逃げているだけだ。自分から苦境へ飛び込んでいったのにそれに堪えかねて逃げ出すなんて、虫の良い話ですよ」


 話にならないといった感じで、剣一はそう吐き捨てた。


「吸血鬼は人間の血を吸うと人間になる。じゃあ吸血された人間はどうなると思いますか?黄泉平さん」

「……(いにしえ)より伝わる伝承(でんしょう)の通りさ。吸血鬼による吸血行為を受けた人間は《化血(かけつ)》されて吸血鬼として生まれ変わる。その時、人間だった頃の記憶は全て失われる」


 但し、例外も(わず)かながら存在するがな。


 そう言いかけて、慌てて言葉を飲み込む蛮還。


「そうです。黄泉平さん、その通りです」


 蛮還の台詞を良く噛み締める様に、剣一が大きく首を縦に振った。


「人間が吸血鬼になってしまう。それは、きっと、とてつもなく恐ろしい事なのですよ黄泉平さん。今まで人間として暮らしていたのに、ある日突然吸血鬼として生きていかなければならなくなる。吸血の際にDNAの書き換えが起こり、記憶偽造が行われ、『生まれながらにして吸血鬼である』という改竄された自我を植えつけられる。 

 恐ろしい、そしてなんとも悲しく、虚しい行為だ。

 だってそうでしょう?想像してみてください、黄泉平さん。貴方のご両親や友人、恋人、親しくしている誰かが、ある日突然吸血鬼になり、自分の事を全て忘れてしまったら――そんな、そんなのは悲しすぎる。

 昨日まで共に笑い合っていた者同士なのに、昨日まで好意を寄せ合っていた者同士なのに……それが全て、一瞬にして失われてしまうんだ!」

「……なるほどな」

「私だって今まで、何度も何度も、人間になりたいと思った。愛が私のプロポーズを受けてくれないのは、私が吸血鬼だから。そんな事を考えた日もありました。

 でも、でも、それでも、やっぱり、出来なかった。私には出来なかった。私には出来なかったんですよ黄泉平さん!」


 そう必死になって訴えかけてくる剣一の目には、何処か悲壮感が漂っていた。

 黒い目、人間と違わない目。しかし、彼は吸血鬼だ。

 吸血鬼特有の悩みにうなされる、若くて心優しい吸血鬼だ。


 黄泉平は目を逸らさなかった。じっと、逃げずに剣一の瞳を見つめ続ける。

 やがて、ふっと相貌を崩すと、感慨深そうにこう言った。


「あんた、優しい奴だな」

「え?」

「自分が幸せになるためだったら他人の事なんてどうでもいい。そう考える奴は吸血鬼の中にも人間の中にも多い。きっとそれは、動物としての本能なのだろうな。けどあんたは違う。自分より、他人の事を想い、他人に優しくできる好漢だ」

「は、はぁ」

「大丈夫だ。きっと彼女さんは、あんたの事を嫌いになっちゃいないだろうさ」

「そ、そうでしょうか?」


 自信満々に答える黄泉平とは対照的に、剣一は自信無さげに(まぶた)を伏せた。

 その態度がなんだか癪に触ったのだろう。「仕方ねぇなあ」と呟くと。


「なら、直接聞くか」

「は?だ、誰に?」

「決まってるじゃないか。あんたの彼女さんにだよ。直接プロポーズの答えを聞き出してやろうぜ」


 にかっと、笑った。


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