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第9話.開店! 万屋蒼天その4

 後書きにとても重要なお知らせがあります。

「アランさん、だったかしら?」


 その声で、アランは自分を取り戻した。一瞬にも満たない意識の空白。アランを含めた周囲の人々に訪れたそれは、彼らに認識される前に忘却の彼方へと消え去った。


 理解できない焦燥感から慌てて体勢を立て直すと、目の前には一人の女性が立っている。アランは形容しがたい感情を無理やり心の底に押し込めて、その女性に返答した。


「そ、そうだが、何だあんたは?」

「私はこの子達の友達です」


 平然とそんなことを言う目の前の女性に、なぜか得体の知れないものを感じる。なぜ、ただの人間の女にそんな感情を抱くのかわからないアランは、無理やり自らを奮い立たせ女性を睨みつけた。


「……そのお友達が何の用だ? 言っておくが、これは部外者が口を出していい問題じゃねーぞ?」

「そう言われても、友達が性質の悪い詐欺に引っ掛かりそうな時に黙っているわけには行きません」

「なんだと?」


 スノウの言葉に顔色を変え、威圧するように睨みつけるアラン。


「ねーちゃん、その台詞は聞き捨てならねえな。あんたは俺が詐欺をしてるって言うのか?」

「もちろん、その通りです」

「てめえ、ふざけるのも大概に……」

「ふざけているのは貴方の方でしょう」


 ぴしゃりとアランの台詞を遮り、スノウは手に持った契約書を突き出す。


「色々言いたいことはありますが、まずこの契約書の娼館。国の認可を取っている所ではありませんね?」

「な、なに?」

「娼館の運営にはまず国の許可が必要です。そして、この街で商売をするなら組合にも登録をしなくてはいけません。それを怠ればもちろん罰せられます。あなたは非合法の場所に彼女を紹介するつもりだったんですか?」

「そ、それは……」

 

 おそらく許可など取ってはいない。店の雰囲気を思い出してアランは顔をしかめた。元々今回のような強引な手法で娼婦を集めているような場所だ。叩けば特大の埃が出てくるところに違いない。思わぬ角度からの攻撃を受けて、アランは言い返すことすらできず黙り込んでしまう。


「それに、このような強引な方法での勧誘も法に触れます。あなたがやっている事は立派な脅迫罪になりますね」

「ぐ……」

「大体、報酬の分配に関してはハンターズギルドの問題であるはず。当事者であるとはいえ、なぜあなたのような一介のハンターが直接問題を取り扱っているのですか?」


 その言葉にはっとした顔を見せるアラン。かと思うと唐突に生気を取り戻し、再びスノウを睨みつける。


「ねーちゃん。俺はハンターズギルドからこの問題に関しての直接的な捜査を任されているんだ」

「ギルドから直接?」


 アランのその言葉に、いぶかしげな表情を浮かべるスノウ。


「そうさ、俺はそこの嬢ちゃんが依頼契約時に報酬の分配に関して詐欺を行った件に関しての調査を、ハンターズギルドの幹部様から直々に任されているのさ。何せギルドも人手不足。だから、当事者でもありギルドからの信頼も厚い俺に任せようって話になったわけだ」

「わ、私は詐欺なんてしてません!」


 やはりそこだけは譲れないのか、女の子がアランのその言葉にすかさず反論する。だが、アランはその反論にも余裕の体だ。


「ふん。なんと言おうとこっちには嬢ちゃんのサインが入った契約書があるんだ。物的証拠があるのにどうやって言い逃れをするつもりだ?」

「そ、それは……」


 やはりその事を持ち出されれば弱いらしい。身に覚えが無くとも、そんな証拠があれば強く反論はできないのだろう。だが、スノウはあくまで冷静に事を進める。


「では、その証拠を見せてもらいましょうか」

「へっ、まさか偽造だって言うつもりじゃないだろうな? 言っとくが、サインは自分の物だってそこの嬢ちゃんも認めたんだぜ?」

「まずは実物を確認しなければ、なんとも言えません」

「……まあいいさ。あいにく今は手元に無いが、そろそろ相棒が持ってくるころだ。確認でも何でも勝手にしろ。だがな、契約書がある以上、嬢ちゃんの罪は確定したも同然」

「あいにく、確定したのは貴様等の罪だアラン」


 突然背後から聞こえてくる声。その声にアランは驚愕の表情で振り返る。そこには……


「シン!? 何でここに!?」


 アランの言う通り、そこには少し前まで尾行の対象だった魔族の青年―シン―がその刃物のような瞳でアランを睨みつける姿があった。


「シンさん? どうして……」

「リピル、まだこいつの言うことを聞いたりはしていないな?」

「え? は、はい。雪さんが助けてくれたので……」 

「……そうか、なら良かった」


 リピル(名前がようやくわかり、スノウは内心でシンと呼ばれた青年に感謝した)の台詞に、スノウの眼にはシンが安堵したように見えた。もっとも、険しい表情を崩すことは無かったので、本当のところはよくわからなかったが。


「シ、シン。手前一体……」

「残念だがアラン、貴様らのやっていたことはジャックが全部白状した」

「何だと!? どういうことだ!?」

「ハンターズギルドから直接指令を受け取っているのは、貴様等だけじゃないということさ。もっとも、俺の場合は押し付けられたが正しいんだが」


 シンのその台詞に、アランの顔色が眼に見えて変わっていく。


「てめえ!? まさか内部監査の」

「ご名答」


 おどけた様にシンが返答した瞬間、アランがその身を翻す。目の前に立っていたスノウを強引に押しのけ、そのまま走り出そうとして―――




 ドサッ!




 いきなり目の前に降って来た何かに進路を遮られ、慌てて急停止する。唐突に現れた何かに怒りの視線を向けるも、次の瞬間それは驚愕に塗り潰された。


「ジャック!?」


 いきなり空から現れた相棒は、地面に倒れたままピクリとも動かなかった。その口からは落下の衝撃の影響からか、うめき声が漏れている。どうやら死んでいるわけではなさそうだ。


「いくら急いでいるからと言って、女性を突き飛ばすというのは感心しませんね」


 シンが表れたのとは逆、アランが逃げ出そうとした方向にいつの間にか現れた青年がのんびりと声をかける。何かを投げ飛ばした後のような体勢のその青年を見て、リピルが驚きの声を上げた。


「天真さん!? 何でこんな所に!?」

「おや? リピルちゃん、お久しぶりですね。何でと言われましても……あ、もしかしてリピルちゃんの孤児院というのはここなんですか?」

「え? はい。そうですけど」

「あー、なるほど。そういうことですか。いや、ずいぶん奇妙な縁ですね」

「あ、あの全然わからないんですけど……」


 一人で納得している天真に、リピルはさっぱり理解できないという表情を向ける。


「まあ、詳しい話は後程。それでえーっと、アランさん?」

「な、なんだてめえはっ!? ジャックに何しやがった!?」


 いきなり現れた得体の知れない青年に、アランは警戒の視線を向ける。だが、そんなことは意に介さず天真は懐に手を入れると、二枚の紙を突き出した。


「これ、見覚えありますよね?」

「っ!? てめえ、それは」

「お察しの通り、契約書です。そこのジャックさんが持っていたものですが……」


 一旦言葉を切り、天真が一歩前に出る。


「なぜ、同じ依頼の契約書が二枚あるのでしょうか?」

「そ、それは……」


 その問いに答えることができず、口ごもるアラン。そんな彼に向けて契約書を突き付けるように、天真が更に前に出る。


「契約の内容は同じ。なのに、報奨金に関する項目のみに差異がある二枚の契約書。こんなものがある理由、答えることができませんか?」

「…………」


 アランは額に脂汗を浮かべながら、天真から逃げるように無言で後ずさる。そんな彼の姿に痺れを切らせたのか、その背後からシンが声をかけた。


「確認したが、その二枚の契約書は確かにギルドが発行したものだ。きちんと承認印も押されているし、透かしも入れられている。ではなぜほとんど同じ内容の契約書が存在するのか。アラン、貴様ハンターズギルドから今回の件を任されたと言ったな?」


 そのシンの言葉にアランがぎくりと身を竦ませる。


「貴様らの依頼主、少々派手に動きすぎたな。まああんな奴に契約書の作成、管理を任せていたギルドの体制にも問題はあるのだろうが」

「……まさか」

「報奨金の事項に差異のある契約書を二枚作成し、両方にサインを入れさせて後日契約違反で相手を脅す。ギルドの職員ではなくお前達のようなハンターに契約書を管理させていたのは確かに盲点だったが、その分情報も漏れ易かったな。すでに他の奴らにも捜査の手は及んでいるはずだ」


 そのシンの台詞に、聞き役に回っていたスノウがあきれたような声を出した。


「要するに、ギルド内部の不祥事ということ?」

「そういうことです。まったく、リピルちゃんのような子に迷惑をかけるなんて、ギルド内の人事管理が甘いんじゃありませんか?」 

「そんなこと俺が知るか。厄介ごとを頼まれて辟易しているのはこっちの方だ」


 シンは憮然とした表情でそう天真に言い返す。自分に剣を向けてきたこの青年は、悪い人物ではないがどうも周りへの態度がとげとげしい。


 酒場での会話を聞いた時から、天真は今回の件へのギルド上層部の関与を疑っていた。契約書が複数枚ある。この事実からそれを発行、管理している場所が故意に作成していると考えたのだ。そうなると、それが可能な人物はその部署に所属している者。しかもかなり位の高い場所にいる人物、つまりはハンターズギルドの上役ということになる。


 そうなってしまうと、天真としては下手に手を出すことができない。事は組織の不祥事にかかわる問題。だから証拠を押さえた後はスノウに手伝ってもらおうかと考えていたところに現れたのが、シンだった。


 天真は酒場での話からシンがアランたちの仲間ではないと知っていたが、シンは自分を尾行していた天真のことをアランたちの仲間で自分を監視している人物だと疑い、取り押さえようとしてきた。彼の正体、それはギルド幹部の不正を調査している外部協力員だった。もっとも、シンは無理やり協力させられているだけだといやそうに語っていたが。


 そんなシンに孤児院の子供達のことも含めて事情を説明しなんとか納得してもらった後、一時的に協力を取り付けることに成功した天真は共にジャックを尾行。宿屋の一室で、不正に発行された二枚の契約書を入手し、その場で本人の口から一連の事件に関する自白を得る事ができた。その後リピルの身を案じたシンが大急ぎで孤児院に向かい、天真はジャックを軽く絞めた後その体を引きずりながら現状に駆けつけたのだ。


「さて、面倒な調査もこれで終わりだ」 


 シンはそう言い放つと、腰に下げた二本の剣の柄に手を伸ばす。


「大人しく投降すればよし。でなければ……」


 腰を落とし臨戦態勢を整える。その気迫に、アランが一歩後ずさった。


「くっ、ふざけるな若造がっ!」


 年長者の意地か、アランはそう叫ぶ両手を前にかざす。


「炎よっ!」


 その声に答えるように手の先に炎が現れ、次の瞬間には大人の頭ほどの大きさがある火球が生み出される。唸りを上げて火球がシンに向かい―――


「ウインドエッジ!」


 抜き放たれた双剣から走る衝撃波。右手の剣から放たれた風の刃が火球を真っ二つに切り裂き、左手の剣から放たれた刃はそのままアランを襲った。


「ぎゃああっ!?」


 直撃を受けたアランは叫びと共に吹き飛ばされる。


「皆、見ちゃ駄目!」


 その姿に成り行きを見守っていたリピルが、慌てて子供達に注意を促す。さすがに切り合いを直接見せるのは幼い子供達の情操教育に悪すぎる。


「シン君。子供達がいるのにいきなり切り刻むのは……」

「手加減はしている。今の一撃に人を切る鋭さはない」


 その言葉にアランを見てみると、傷口を押さえながらうめいてはいるが、出血はない。どうやら圧縮した大気をぶつけただけで、殺傷能力は無い一撃だったらしい。もっとも、さっきの勢いだと骨の何本かは折れているかもしれないが。


「おや、ちゃんと子供達のことは考えているんですね」

「……何を勘違いしているのか知らんが、俺はただそいつに死なれては困るだけだ。生け捕りにしないと、雇い主がうるさいだろうしな」

「そんなこと言って、リピルちゃん達に切り合いを見せたくなかったんでしょ?」

「ちゃんと考えてるんだね。実は優しい人なのかな?」

「シンさんは優しい人ですよ? クエストのときも、私のこと助けてくれましたし」

「ふむふむ。ちなみにどんな風に?」

「え、えっと夜とか毛布を……」

「貴様等……」

 

 天真とスノウが興味深そうにリピルに尋ねると、怒気を含んだ低い声が聞こえてきた。気が付くと、シンが両手に抜き身の刃を握り絞め、親の敵でも見るような眼で睨みつけている。事情を知らない人が見れば、犯罪者と間違われても仕方の無い姿だ。


「まあまあ落ち着いて、実は心優しいシン君……ってスミマセン。謝りますからそんなオーラを纏った剣を振りかぶらないで。リピルちゃん達も見てます、見てますから」

「ちっ!」


 舌打ちしつつも剣を鞘に収めるシン。苛立たしげに足音を響かせ、未だに地面にうずくまって呻いているアランの確保に向かう。


「げほっ……。くそっ」


 アランはシンを血走った眼で見つめるも、傷が痛むのか動くことができないようだ。最後の抵抗とばかりに手をシンのほうに向けて突き出すも、震える手では照準を合わせることもできない。


「無駄な抵抗はやめろ。それ以上痛い思いはしたくないだろう」

「……若造が、少し腕が立つからって調子に乗りやがって」

「貴様のように年下を食い物にすることしかできないような年長者のたわごとを聞く気は無い」


 その言葉にアランの顔が一瞬憤怒に染まる。が、なぜか次の瞬間にはそこに下卑た笑みが浮かぶ。シンはその不自然な反応に警戒を強め、慎重に近付いていく。


「まだ抵抗するつもりか? 貴様ではこの俺に勝てないということが……」

「はっ、やっぱり若造だよてめーは」

「……なんだと?」


 アランの言葉に怒りよりも不気味な感覚を覚え更に警戒を強める。だが、アランはそんなシンの反応を意に介さずに一言呟き、再び手の先に火球を生み出した。


「……そんなもの」

「てめーに利かねーのは分かっているさ。だがな、使い方によっちゃあ役に立つんだぜ?」

「なら、その使い方とやらを見せてもらおうか」


 再び剣を抜き放ち、迎撃の体勢を整えるシン。そんなシンを見据えてアランは再び顔に笑みを浮かべる。


「そういう所が……」


 そう言って、アランは火球を―――


「若造だってんだよ!」




 リピルたちに向けて打ち出す!




「しまっ!?」


 自分を攻撃してくるものだとばかり思っていたシンは、この突然の行動に虚を突かれ一瞬判断が遅れる。それが致命的な遅れだと理解しつつも、次の瞬間には全力でリピルたちの下へと駆け出した。


「っ!?」


 リピルもまさか自分達のほうに攻撃がくるなどとは予想していなかったため、回避も防御もできずに棒立ちのまま体を硬直させることしかできない。だが、自分にしがみついてくる小さな体を意識した瞬間。無意識のうちに子供たちを抱えて自らの体を盾にし、彼らを守らんとする。


 迫ってくる火球の熱を背中に感じながら、次に来る衝撃を予想しぎゅっと眼を瞑る。そんなリピルたちの方へシンが全力で駆け寄りながら、その刃に魔力を込める。火球との間に割り込むのは間に合わないと悟り、一か八かこの距離で打ち落とすほうを選んだのだ。しかし圧倒的に時間が足りず、満足に制御も出来ていないこの状況で、果たして高速で動く火球を打ち落とすことができるのか。


 だがやらなければ最悪死人が出る。覚悟を決めて右手の刃を振りかぶり―――




 リピルたちの前に立ちはだかる天真の姿が眼に入りその刃を止めた。




 まるで瞬間移動でもしたかのように、彼の姿は一瞬のうちにその場に現れた。シンは驚愕のあまり、またしてもその動きを止めてしまう。が、次の瞬間さらに驚愕するような出来事が眼に入る。


 迫りくる火の玉に天真がその右手を伸ばし、掌を向けたのだ。まるで、いや確実にその右手で火球を受け止めようとしているのだろう。


「やめろ!」


 思わず叫ぶ。アランは腐ってもハンター。外のモンスター相手に戦う技量を持った男だ。その彼が放った魔術ならば、人の手の一本や二本吹き飛ばすのは造作も無い。防御魔術もかけているように見えない人間が正面から受け止めようとすれば、最悪上半身を吹き飛ばされるだろう。


 その最悪の光景が脳裏に浮かぶと同時、火球が天真の右手に接触し―――


「水剋火」




 バシュッ!




 次の瞬間、火球はその手に握り潰されるかのように消失する。あまりの出来事にシンはあっけに取られるが……




 ボンッ!




 背後から聞こえた破裂音に慌てて振り向く、とたんにその視界が真っ白な煙に覆われた。


「まさかアランか!?」


 煙の発生源と思われる場所は、アランが地面に倒れていたところだった。おそらく、火球の着弾と同時に煙玉を使ったのだろう。


「くそっ」


 舌打ちと共にその姿を探そうとするが、煙の勢いが思った以上に激しく、あっという間に周りを覆ってしまう。不意打ちの可能性もあるこの状況下で迂闊に動くことはできなかった。


「リピルちゃん、風を使ってこれを吹き飛ばせますか?」

「え? え? え?」

「混乱する気持ちは分かりますが、今はとりあえずこの煙を吹き飛ばすことだけ考えてください。やれますか?」

「わ、分かりました。風よ!」


 リピルの声と共に突風が駆け抜け、辺りの煙を吹き飛ばしていく。煙はものの数秒で吹き飛ばされ、辺りの視界はクリアになった。だが、


「ちっ、逃げられたか」


 その場にアランの姿は無く、いまだ意識を失ったままのジャックが転がっているだけだった。


「仲間は置き去りか。その上、子供を巻き込もうとするとは」


 苛立たしげにそう呟くシン。目を向けると、未だに何が起こったのか理解できずにおろおろしているリピルと子供達の姿があった。そんな彼女達の元に駆け寄り、怪我が無いかを確認する。


「大丈夫か?」

「し、シンさん。はい、私も子供たちも大丈夫です。あ、あのシンさんが助けてくれたんですか?」

「いや……」


 背中を向けていたリピルと、抱え込むように抱きしめられていた子供達には何が起こったのか見えていなかったのだろう。彼女達を救ったのは自分ではないと言おうして、


「その通りです。間一髪のところでシン君の攻撃が火球を打ち落としたんですよ」


 横合いから口を出したのは、リピルたちを救った本人である天真だった。


「貴様、何を……」

「いやー、あの一瞬で打ち落とすなんてすごい。リピルちゃんもそう思いますよね」

「わ、私は見ていませんでしたが……。ありがとうございます、シンさん。今回も助けていただいて」

「……ああ、別に大したことじゃない」


 横目で見ると、リピルに気づかれないように天真が“黙っていてください”という風にジェスチャーらしきものをしていた。色々言いたいこともあるが、本人がそう言うならと自身を無理やり納得させる。


「でも、すみません。私のせいで、あの人を逃がしてしまって」

「いや、大した事じゃない。契約書はこちらが確保しているし、そこに転がっているやつだけでも証人としては十分だ」

「そうですか、よかった。……あれ?」

「どうした?」


 不思議そうに辺りを見回すリピルをいぶかむシン。


「あの、雪さん。えっと、一緒にいた女の人がどこに行ったかわかりませんか」

「……そういえば」


 この場所を訪れたときにアランと対峙していた長髪の女性の姿が見当たらない。アランがリピルに攻撃をする瞬間まではこの場にいたはずなのだが。


「ま、まさか……アランさんに人質として連れて行かれたんじゃ」

「……無い、とは断言できんか。俺は辺りを見回ってくるから、リピルは」

「あー、そんな深刻にならなくてもいいですよ」


 その安否を心配し始めた二人に、天真は問題ないと声をかける。

 

「で、でも万が一のことがあったら」

「大丈夫ですよ。雪は私が探しに行ってきますから。二人はここの後始末をお願いします。」

「……あれ? 天真さんは雪さんとお知り合いなんですか?」


 不思議そうに首を捻るリピルに天真はあいまいに微笑みながら答えた。


「ええ、まあ……」

「天真さん?」

「あ、いやなんでもありません。では二人はここの後始末をお願いします」


 そう言って天真は小走りにその場を離れた。その表情はいつに無く険しい。


 アランの火球を打ち消したあの瞬間、天真にはアランを確保することは可能だった。たとえ煙で視界を塞がれたとしても、自らを中心として周囲に形成された気圏の内部の出来事ならば、天真には文字通り手にとるように把握することができる。目を瞑ったままでも、アランを取り押さえることは可能だっただろう。


 それをしなかった、いや、できなかった理由は……


「雪……」


 あの瞬間感じた気配。その発生源に眼を向け、発見した真紅の瞳。その輝きに、天真は気圧されると言う感覚を久しぶりに味わった。






「はあっはあっはあっ」


 一人逃げ出したアランの姿は、孤児院から少し離れた路地裏にあった。立ち止まり、荒い息をつきながら、自分の邪魔をした生意気な青年ハンターへの呪詛を吐き出す。


「くそっ、シンの野郎! あと少しだったってのに!」


 乱れた呼吸を整えながら、追って来る気配が無いことを確認する。どうやら大丈夫のようだと安堵し、湧き上がってきた苛立ちと共に足元に合ったごみを蹴飛ばす。 


「畜生! ふざけやがって! あんな餓鬼共に……」


 そして、その怒りは八つ当たり気味にあの場所にいたリピルたちにも向けられ始める。


「ちっ。大体、あの餓鬼がさっさと首を縦に振らないから。……こうなったら、見せしめにあそこの餓鬼ども全員ばらすか売っぱらうかして……」






「何の罪もない子供達を巻き込み、あまつさえ腹いせに手にかけると言うのですか」






 声と共に赤い光のようなものが辺りに広がる。瞬間、アランの体は金縛りにあったかのように身動き一つ取れなった。


「!? な、なん……」

「あなたの行いは、見過ごせるものではありません」


 声はアランの背後から聞こえてくる。そちらを振り返り声の主を確認しようとするが、全身にどれほど力を入れようと指一本動かすことができない。


「ま、まさか……ギルドの追っ手か!?」

「……あなたは魔族の力をどのようなものだと考えていますか」


 自分の問いには答えず、意味不明なことを問いかけてくる相手に、アランは恐怖と苛立ちを覚える。


「なんだよ、悪いことに力を使うなってのか!? そんなもの俺の勝手だろうが!」

「その勝手で、誰かが傷つくとしてもですか」

「そんなもん、あいつらが弱いのがいけねえんだ! 弱い奴らが死のうが生きようが俺の知ったこっちゃねえ!」


 瞬間、背後の気配が爆発する。


「ひっ!?」


 先程までとは比べ物にならない威圧感。アランは悟る。後ろにいるのは化物だ。同業のハンターや外のモンスターなどとは比べ物にならないほどの。


「私達は、かつて弱者でした」


 静かに、ただ静かに声が響く。


「人に、世界に見捨てられた私達は理不尽な仕打ちを受け、身も心も傷つけられ、そして、それでも生きたいと願い、この場所に呼ばれた」


 その声に含まれるのは怒り。しかし、その温度は灼熱ではなく絶対零度。


「私達は知っているはず。傷つけられる痛みを、奪われる悲しみを」


 全てを凍てつかせる絶対零度の怒りが、アランの心を絶望へと凍結させていく。


「だから、私達は力を求めました。傷つけられないように、奪われないように。この力はそのために振るわれるもので無ければなりません」


 首の後ろ、丁度延髄の辺りに何かが触れるのを感じた。まるで、氷を押し付けられたかのように冷たい感触。その場所からじわじわと何かが広がっていく感覚に、アランはもはや声も出せない程に恐怖していた。


「痛みを、悲しみを忘れて、ただ自らの快楽のためだけに力を使うというのであれば……」


 アランは確信する。自分はここで死ぬ。殺される。背後の存在は次元が違いすぎる。まるで虫を払うかのように、自分はその命の火を消されるだろう。


「私が思い出させて上げましょう。かつての思いを」


 その声と共に、威圧感が更に膨れ上がり―――


「そこまで」


 最後にそんな声を聞いたと思った瞬間、アランの意識は暗転した。

 










「天真……」

「どうしたんですか雪? これは少しやりすぎですよ」


 アランの後頭部に伸ばされた手を掴みながら天真がそう言うと、スノウはどこか呆然としながら彼の名前を呼んだ。ドサリという音がしてそちらを見ると、意識を失ったアランが地面に倒れている。その体を縛っていた魔術が切れたのだろう。


「どうして……」

「気配を掴むのは得意なんですよ。隠行が施してあっても、ある程度はわかります」


 天真がスノウの姿を求めて裏路地を探していると、近くで一瞬高密度の魔力が感じられた。隠蔽用の結界も施してあったが前述の通り、そういうものを見抜くのが得意分野な天真はすぐにスノウの姿を発見。なにやら物騒なことをしている彼女を慌てて止めたのだ。


 彼女を見ると、肌と髪そして眼の色が元に戻っている。魔力が高まり、隠蔽魔術が解けてしまったのだろう。


「それで、どうしたんですか? 普段の雪らしくもない。魔力を制御できていないなんて」

「それは……」


 普段の彼女は自身の膨大な魔力を完璧に制御している。スノウの力の秘密はその膨大な魔力量もそうだが、その力を完璧に操作する制御力がずば抜けていることにも起因しているのだ。


 そんな彼女が、今回は魔力の扱いがずいぶんと不安定に見えた。天真がその理由を問いかけると、わずかな逡巡の後スノウはゆっくりと口を開く。


「私……」




 ユウコトヲキカナイノデアレバココニイルキサマノ―――


 イタイヨスノウオネエチャン――― 


 アナタノセイデアノコタチハ―――


 オネエチャンタスケ―――




「雪?」

 

 驚いたように顔を上げると、そこには心配そうな表情の天真の顔があった。


「どうしたんですか? ずいぶん顔色が悪いですが」

「……ううん、なんでもないの」


 スノウはそう言って、慌てたように天真から距離をとる。そんな彼女の反応に、ますますいぶかしげな顔を見せる天真。


「雪……」

「本当になんでもないの。ただ、この人が子供達を巻き込もうとしたのに少し怒っただけだから。さて、この人を早く運ばないと」


 そう言って先程の事など無かったかのようにきびきびと動き出す。それはいつもの彼女の姿だった。


 表面上は。だから……




 ポン




「え?」


 そんな音と共に頭の上に現れた重みに、スノウはその動きを一瞬止めた。そんな彼女の頭を撫でながら、天真はゆっくりと語りかける。


「雪が言いたくないのなら無理に聞いたりはしません。もっとも、胸のうちに溜め込んだことを吐き出したくなったら、いつでもきいてあげますよ」

「…………」

「急ぐ必要も、無理に言う必要もありません。私はいつでもあなたの傍にいますから」

「……ありがとう」


 か細い声は震えていて、泣いている様に聞こえた。


 そのまま頭を撫で続けることしばし、天真は覚えのある気配が近づいてくるのに気が付いた。


「シン君ですか。心配して様子を見に来てくれたあたり、口では色々言っていても面倒見が良いタイプですね」

「そういう事、本人に言っちゃ駄目だよ?」


 完全にいつも通りに戻った雪が、名残惜しそうにしながらも天真の手から離れる。そんな彼女の姿に微笑みながら、ふと視界に入ったアランに考え込む顔つきになる天真。


「天真? どうしたの?」

「あ、いや……少し気になることが」

「気になること?」


 首を傾げるスノウに、天真が答える。


「どうしてリピルさんを狙ったのかが少し気になりまして。彼女の経済状況がお世辞にも良いとは言えない事位、少し調べればわかるはずです。なのになぜ彼女が狙われたのか……」

「それは……」

「まあ、容姿がよかったから娼館に高値で売れると思っただけかもしれませんね。私の考えすぎでしょう」


 そう言って、天真はシンを迎えに歩き出した。その後ろで、天真の言葉を受けたスノウが険しい表情を見せる。


「まさか……彼らが?」


 その呟きは、誰の耳にも入ることなく路地に溶け込んでいった。










「う、あああああああ!」


 夜の闇に響く絶叫と共に、男が剣を振りかぶって眼前の人物へと突撃していく。その行為に冷静な判断力は見られなかったものの、死に抗うための特攻は思ったよりも素早いものだった。


 だが……




 ドンッ!!!




 刹那の間に懐に入り込んだ影の動きは、男の最後の抵抗をやすやすと超える。


「……!?」


 男の視線がゆっくりと下に向かう。影の拳が突き刺さった部分、そこには何も無かった。


 本来男の胴体があった場所。そこには拳を一回り大きくしたほどの穴が開いていた。その周囲は炭化しており、それが出血を抑えて男が即死するのを防いでいるのだ。

 

 だが、そんな事情を男が理解できるわけも無く、ましてや死を免れるわけでもない。己の身に起こった出来事を理解する間もなく、男は地面に崩れ落ちた。そんな男を見下ろす影。


 その影の周囲には死体が男のものを含めて10ばかり。見るものが見れば、いずれもただの一撃で、しかも一瞬のうちに絶命させられていることがわかっただろう。


 10人を一瞬で屠ったのは褐色の肌をした東南アジア系の青年だった。年齢は20代前後、190近くの長身。細身ながら、その体をよく鍛えられた筋肉が無駄なく覆っている。灰色の体毛に覆われた耳と四肢が、彼が獣人であることを示している。人を殺したばかりだというのに、その細い眼には何の感情も浮かんではいなかった。


「終わったの?」


 背後から聞こえてきた声に青年はゆっくりと振り返る。そこにいたのは青年と同じくらいの年齢の女性だった。


 その髪と肌、そして瞳孔さえも白い女性。その禍々しいまでに白い体を覆うのも、白いローブにマント。そして、先の折れた白い大きな帽子。その姿形は魔女と呼んで差し支えない。


「まったく、なぜ私がこんな雑用をしなければならないのかしら。こんな連中、放っておいてもろくな情報を与えられているわけでもないでしょうに」

「どれほど小さな綻びでも、そこから全てが狂いだす可能性は無視できない。芽は摘めるうちに摘んでおくべきた」

「わかってるわよ! 私が言いたいのは、なぜ私がやらなくてはいけないかっていうことで……」

「丁度我々がいたからだろう。それに、今は末端の構成員も忙しい時期だ」

「……ああもうっ。この無愛想男がっ」


 淡々と表情を変えずに答えを返してくる青年に白い女性が苛立った声を上げる。だが、青年はそんな反応も予想の範囲内という風に落ち着いたままだった。


「とにかく、これで逃げ出したハンターズギルドの協力員は全部だったわよね?」

「そうだ。捕まった分を除けば、全員処理は完了した」

「はー。やっと終わったわ」


 白い女性はやれやれという風に肩をすくめる。


「それにしても、(ドラゴン)を倒したっていう新人を確保できなかったのは残念ね」

「……珍しいな。貴様が見ず知らずの他人に興味を示すなど」


 それはよほど珍しい出来事だったのか、青年がその目をわずかに見開いた。そんな青年に白い女性は……


「少し気になっただけよ。その新人と……」




 ゴウッ!!!




「私の白炎(びゃくえん)とどっちが強いか」


 瞬間、辺りの死体を純白の炎が包み込む。その炎は一瞬で消えたが、そこにはもはや死体は存在していなかった。わずか数秒で蒸発したのだ。それを可能にするのはどれほどの熱量なのか。


「情報では他にも何人かの協力者が居たらしい。一人で倒したのではないと思うが」

「そう? じゃあやっぱり私のほうが強いのかしら」

「たとえそうだとしても、有望な新人をお前の我侭で失うわけには行かない」

「わかってるわよ。でも……」


 そして白い女は笑みを浮かべる。凶笑といっていいほどに禍々しい笑みを。


「一瞬で燃え尽きるような新人なら、いらないと思わない?」

「そう言って、何人を殺してきた?」

「さあ? 薪以下の奴等なんて数えていないわ。それに、6王と戦おうっていうのにそんなやつらは邪魔なだけでしょ?」


 青年は答えなかったが、無言の内に賛同の気配を孕んでいた。二人は、弱者がどうなろうと興味を持たないという点では似ていた。実際にその傲慢な精神に見合った実力を持っているがゆえに。


「さてと、魔王軍が到着する前に行きましょうか。こんなところで小競り合いをやるのも面倒だし」

「ああ」


 そして二人の魔人は闇に姿を消した。

作「突然ですが、更新停止のお知らせです」

天「荒剣(あらはばき)


 ザシュッ!!!


作「ごふっ……相変わらずの切れっ!?」

天「いえ、刃筋が少し乱れました。鍛えなおさないと」

美「ってそんなことどうでもいいのよ! 作者! いったいどういうことよ!?」

ス「そうですよ。突然どうしたんですか?」

作「あー、ぶっちゃけリアルがやばい。というかリアルにやばい」

ハ「いままでもそんなこと言いながらそれなりにやってきてたと思ったんだが……」

作「いや、今までとは次元が違う」

麗「といいますと?」

作「最悪の場合、俺の職業が脛齧りニートになる」

シェ「……長い夏休み?」

作「はっはっはっ。まあそんな感じ」

美「って笑ってる場合じゃないでしょ!?」

作「笑いながらでなきゃこんな話できんわ!」

ハ「逆切れ!?」

ス「あわわわわわわわ、どどどどどどどうし」

天「落ちついてください雪。はい深呼吸。ひっひっふー」

ス「ひっひっふー、ひっひっふー」

美「だからそんなボケをやってる場合じゃないでしょうが!?」

作「まあそんなわけで7月丸々ネットを断つことにした。だらだらやるよりも、いっそきっぱりと休止ということで」

天「ということは再開の意思はあるんですね?」

作「ある。ただ……」

ハ「な、なんだよ」

作「再開時に俺の名前が“脛齧弐慰斗”になっている可能性が……」

麗「読者の皆さんが気まずいですよそれ!?」

ハ「真面目にどう接していいのかわからなくなりそうだな……」

作「そうならないための処置だから。まあ、先のことはわからないけど」

ス「がんばってくださいね? 応援してくれている読者の皆さんのためにも」

天「そうですよ。あなたの話を心待ちにしてくれている方々がいるんですから。たぶん」

作「最後は余計だ。まったく、わかってる。ちゃんと乗り越えてまた戻ってくるから」

作「そんなわけで一身上の都合によりしばらくお休みをいただくことになりました。楽しみにしてくださっている読者の皆様には大変申し訳ないのですが、今の状況で無理に続けてもいい結果にはならないだろうと思い休止を決断しました。8月以降に戻ってくるつもりなので、それまで忘れないでいただけるとありがたいです。それでは」

みんな「またお会いしましょう!」

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