第6話.開店! 万屋蒼天その1
5月25日修正
夕々様からの指摘により登場人物『彩』の名前を『綾子』に変更
夕々様ありがとうございました
朝。鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに、天真は目を覚ました。
「……む」
もっとも、その視線はいまだ焦点を結んでおらず、意識の方は半覚醒状態である。
だが、体の方は正直だったようだ。匂いにつられて寝床から起き上がり、ふらふらと歩き出す。そのまま寝室を出て靴を履き、応接室に向かうと……
「あ、おはよう」
「……おはようございます」
何処か見覚えのあるような女性が、朝食の支度をしていた。黒目黒髪で、目の覚めるような美人だ。
「丁度良かった。今起こしに行こうと思っていた所だから」
水色のワンピースの上にエプロンをつけた彼女は、そう言いながら配膳を続ける。テーブルの上にはパンとスープ、そしてベーコンエッグが並び、天真の胃を刺激していた。
「天真は紅茶とミルクとコーヒー、どれが良いかな?」
「……ミルクで」
了解、と身を翻してミルクを取りに行く女性。首の辺りでくくられた腰まである長い黒髪が、その動きに合わせて揺れる。
そんな後姿を見送りながら、天真は洗面所に行き顔を洗う。洗顔を終えて応接室に戻りソファーに座っても、いまだ意識は半分夢の中。そんな天真の元に、ミルクの入ったコップを持って女性が戻ってくる。
「はい、ミルク」
「……ありがとう」
条件反射的にコップを受け取って、女性に礼を言う天真。どういたしましてと言いながら、彼女もエプロンを外して天真の正面に座った。
「じゃあ食べよう? いただきます」
「……いただきます」
そして始まる朝食。まずはスープを一口。細かく刻まれた野菜を煮込んであるスープは、寝起きの胃にやさしく浸透する。味も申し分なかった。
「味の方はどうかな?」
「……大丈夫、とても美味しいですよ」
「よかった。ちょっと薄味すぎたかと思ったんだけど、天真はこのくらいが丁度いいんだね」
天真の言葉に笑顔を見せながら、女性も食事を始める。彼女は良いお嫁さんになるなあと思いながら、スープをもう一口……
「ってちょっと待ったあ!?」
「ひゃう!?」
胃に物を入れたことでようやく脳味噌全体に血が行き渡り、完全に意識を覚醒させる天真。室内に見知らぬ女性がいて朝食の準備をしているという異常事態に、(ようやく)大声を上げる。そんな彼を驚いた様子で見つめる美女。
黒目黒髪、シミ一つ無い健康的な肌は東洋系で、彼女が日本人だということを表している。だが、この世界に彼女のような知り合いなど天真には……
と、そこでようやく目の前の人物が誰なのかを把握する天真。普段とは違う外観の彼女に、恐る恐るといった様子で声をかける。
「……雪?」
「え? そうだけど、どうしたの天真?」
天真の呼びかけに、目の前の美女―スノウ―が目をぱちくりとさせながら応える。そこで、天真の反応の原因に思い当たったのか、ああと声を上げながら、
「幻を見せる魔術を使って、体の色を変えているの。私の髪や肌って結構目立つみたいだから」
スノウのその言葉を受けて、意識を集中させて彼女を見る。確かに、彼女の周りを通常は感じられない魔術が覆っているのがわかった。
「隠蔽用の魔術もかけているから、普通の人にはわからないと思うけど」
「確かに、私も意識を集中させないと感じ取れませんね」
「……分かるの?」
「言った通り、意識を集中させればですが」
その言葉に、スノウは驚いた表情を見せた。今使っている魔術は常人にはもちろん、高位の術者もおいそれと見破れない類のものだからだ。
「まあそれはそれとして、何で雪が朝食を作っているんですか?」
そんなスノウをじっと見つめながら、ようやく天真は本題に入る。その問いに対する彼女の答えはこのようなものだった。
「え? だって、天真はお仕事を始めたばかりで忙しくて、食事を準備する時間も無いんじゃないかと思って」
「……それで、手伝いに来たと?」
「そうだけど? もしかして、迷惑だった?」
「いえ、そんなことはありません。むしろとてもうれしいです。食事も美味しいですし」
「本当? よかった」
その言葉に再び笑顔を見せるスノウ。まあ実際、このような立派な朝食を作ってくれた点に関しては確かに感謝しているのだが。
「それで、お城の方は大丈夫なのですか? 雪は魔王なんですから、仕事も多いのでは?」
天真の口から仕事という言葉が出た瞬間、スノウは笑顔を凍りつかせ、ぴたりと動きを止めた。そのままギギギと壊れかけのロボットのような動きで、天真から視線を逸らす。
「ウン、ダイジョウブ。シゴトハキチントオワラセテキタシ、シバラクワタシガヤラナクチャイケナイコトハナイハズ」
額に汗をかきながら片言で話すスノウの姿に、天真は胸中の不安を拭い切れない。続けて問いかけてみる。
「……ここに来ることに関して、ちゃんと了解は得てきましたか?」
「…………」
その質問で、スノウは完全に停止した。そんな彼女を前にはあ、と一つため息をついて注意を促す。
「外出の時には、ちゃんと家の人に了解を取らないと」
「私もう子供じゃないよ!?」
天真のあんまりといえばあんまりな台詞に傷付いた表情で叫ぶスノウ。だが、素の彼女を知っている天真としては、その言葉を素直に受け入れることは出来ない。しっかりしている様に見えて、彼女は結構うっかりさんなのだ。昔から。
「子供でなくても、主がいきなり消えたら皆さん驚くでしょう」
「ううう……。だって、毎日毎日書類にサインをして会議に出てサインをして……、それが延々と続くんだよ? 確かに大事な事だって分かってるけど」
「まあ、トップの仕事ってそんなものですし」
「いやだよー、もう書類を見るのはいやだよー。夢の中で書類の雪崩にあうくらいいやだよー」
なにやらストレスが溜まっているらしい。そのせいか、だんだん言動が幼児化しているような気がする。ちょっと魔族の将来が心配になった。
「これを食べ終わったら、ちゃんと城まで送っていきますから。今度は」
「そんな!? せっかく、監視の目を振り切ってきたのに」
「って監視が付くほど常習犯なんですか」
その台詞に呆れたような顔をスノウに向ける。だが、そんな視線をものともせず、彼女は真剣な表情で天真に懇願し始めた。
「お願い天真、今日一日だけでいいから、私をここにおいて。ちゃんとお仕事も手伝うから」
「そう言われましても、まだ始めたばかりですし。正直、手伝いが要るかどうか」
「……お願い」
切なげな表情と潤んだ瞳でこちらをじっと見つめるスノウ。その姿を見ているだけで、天真の良心が秒単位でぐさぐさと傷付いていった。負けてはいけないと思いながらも、泣く一歩手前の表情は理性という名の壁を削り取っていく。そして1分後、
「……ちゃんと夕方には帰るんですよ?」
「ありがとう、天真」
満面の笑みを見せるスノウと、無言の攻めに屈した天真。だが、対応が幼い子供へのものになっていることには、両者気がついていなかった。
「……お客さん、来ないね」
「……そうですね」
朝食の後片付け後、張り切って、事務所を開けたスノウ。最初は天真と二人きりという事実に心躍らせていた彼女。だがお昼過ぎ、何もする事が無い現実に、早くも挫けそうになる。
もちろん、再会してから二人っきりでゆっくりと語り合う機会はあまりなかったので、色々と話題は尽きなかった。が、それも午前中までの話だ。昼食を終え、暇つぶしに掃除をした後、本当にやることがなくなってしまったのである。
「万屋ってこういうものなの?」
「何分始めたばかりですので、どれほど需要があるかはよくわからないんですよ。とりあえず、ご近所への挨拶と有力者との顔合わせは終えましたが」
「外に宣伝とか営業には行かないの?」
「行ってもいいですが、もし誰か来た場合入れ違いになります。職員でもない雪に留守番を任せるのもどうかと思いますし」
「私も、一人で残されるのはちょっと……」
せっかく城を抜け出してまで天真に会いに来たのに、留守番などになったら目も当てられない。
「掃除はさっき終わったし、食料の買出しに行こうにも私が朝持ってきちゃったし、やることが無いよー」
「だから言ったでしょう。まだ始めたばかりで私も勝手が分からないと。暫くはこういう状態になるんじゃないですかね?」
「うーん……、チラシでも作ろうか?」
「それも良いですね。紙とインクは……」
「雑貨屋さんに売っていると思う。でも品質に差があるから、安くて良い物を探さないと」
「ああ、まだその辺りの技術と供給が安定してないんですね」
「そろそろ安定してくる頃だと思うんだけど、それ以前の粗悪品がまだ出回っているから」
「オーナー辺りに聞いてみますか。詳しそうですし」
「あ、じゃあ一緒に買い物に」
コンコン!
唐突に響き渡るノッカーの音。その音に会話を中断された二人は、きょとんとした顔で暫しお互いの顔を見つめあう。そして次の瞬間、
「「お客!」」
そう叫んだ後の二人の行動は迅速だった。スノウは給湯室に飛び込んでお茶の用意を。天真は所長机を飛び越えて、駆け足で玄関へと向かう。
ドアの前に立ち、一つ深呼吸。意を決してドアノブを掴み……
「いらっしゃいませ。万屋、蒼天にようこそ」
ここ数日鏡の前で練習した営業スマイル。美亜に見つかった時に、『呪いのビデオでも見たの?』と言われた時には真面目に落ち込んだが、それからも練習を欠かさなかったし、何とか見られるようになっているはず。
そう自己暗示をかけながら、最初のお客を確認……
「……あれ?」
しようとして、誰も立っていない事に気が付く。左右を見渡すが、やはり誰もいない。
「……もしや、ピンポンダッシュ? いや、この場合は……コンコンダッシュ?」
悪戯だったのかと落胆しながら、一方でどうでもいいことを真剣に考える天真。どちらが正解なのかスノウにも聞いてみようと、中に引き返そうとしたその時、
「おい! どこ見てんだよ!」
唐突に響き渡る怒声。甲高いその声の発生源を求めて、視線を下に向けると……
「お前、子供だからってなめてんじゃねーぞ! こっちは客なんだからな!」
「だ、だめだよ健ちゃん。そんな言い方したら」
おそらく、10よりいくつか前だと思われる子供が二人、そこに立っていた。
「……ええっと、お客様?」
「何だよ、子供が客で文句あるのかよ!」
「だからそんな言い方したら……」
噛み付いて来る男の子とそれを諌める女の子。お子様二人を見下ろしながら、働くって難しいと何処か達観した気持ちになる天真であった。
「まずは自己紹介から。私がこの事務所の所長の葉上天真です。あなた達のお名前も教えていただけませんか?」
「……健一」
「わ、私は綾子と言います」
たとえ年端も行かない子供であろうとお客はお客である。それに、天真は真剣な悩みを持ってこの事務所を訪れたお客様に関しては、どのような事情があろうとも無下に追い払ったりしないことに決めていた。
そんなわけで、天真は仕事を依頼しに来たと思われる二人を事務所に招き入れ、応接室のソファーに座らせた。
健一と名乗った反骨精神旺盛な男の子は、赤銅色の肌に赤毛、赤い眼をした魔族。半袖半ズボンから覗く手足には擦り傷、切り傷がたくさんあり、外を元気に跳ね回る腕白小僧ということが分かる。その視線は鋭く、こちらを値踏みするような態度を隠そうともしない。
綾子と名乗った女の子は、肩の辺りまで伸ばした髪と左右のこめかみの辺りから伸びる角を持った魔族。地味目の灰色の上着と黒のスカートを身に付けた。控えめの女の子だ。今も、天真と健一の間で視線を往復させながら、おどおどしている。健一の態度がこちらの気に障っていないか心配なのだろう。
二人を天真が観察していると、給湯室の方からお茶とお茶請けのクッキーを持ったスノウが出てきた。
「二人は紅茶に入れる砂糖とミルクはどの位かな?」
「い、いえお構いなく。すぐに帰りますから……」
「でも、二人はお客様だから、ちゃんとおもてなしをしないと。大丈夫、お金を取ったりしないし、おいしいよ?」
「……じゃあ、砂糖一杯でミルクを多めしてください」
「うん。健一君も同じでいいかな?」
「……それでいい」
にこやかに話しかけるスノウに安心したのか、ようやく少し緊張を解く綾子。そんな彼女につられて、健一の方もスノウには態度を軟化させる。二人の前にスノウはオーダー通りの紅茶と、クッキーを置いた。綾子は目の前に置かれた紅茶に恐る恐るといった感じで口をつける。
「あ、おいしい……」
「ありがとう。お茶もクッキーもたくさんあるから、遠慮せずにどうぞ」
「ありがとうございます。クッキーもおいしいです」
「手作りなんだけど、気に入ってくれたみたいでよかった」
紅茶を飲んだ綾子の表情が綻ぶ。そんな彼女の隣で健一も紅茶を飲みながらクッキーを手にしていた。二人共気に入ってくれたようだ。おいしそうにクッキーを頬張る子供たちをスノウが微笑ましげに見つめる。
「さて、それでは話を聞きましょうか」
スノウのおかげで、二人の緊張がいい感じでほぐれたのを見て、天真がそう声をかける。すると、再び警戒を含んだ視線を天真に向けるお子様二人。この扱いの差は一体何なのだろうかと胸中で嘆く。まあ、おいしいものをくれる美人のお姉さんと、胡散臭い青年では扱いに差が出るのも無理は無いのかもしれないが。
天真がそんなことを考えていると、健一がようやくその口を開いた。
「なあ、あんたは頼めば何でもやってくれるんだよな」
「法律に触れない限りは何でもしますよ。猫探しでも、落し物探索でも。もちろん、それに見合った料金はいただきますが」
話がお金のことに及んだ瞬間、子供たちの表情が曇る。もっとも、天真にとっては予想していた反応だったが。子供たちの身なりから、あまりお金を持っていないだろう事は最初から分かっていた。だからと言って、このまま放り出す気もなかったが。
「お二人はこの事務所の初めてのお客さんですからね。大丈夫ですよ。今回は特別サービス。相談のみならば無料でお聞きします。もちろん、依頼の方のお値段もきちんとご相談させていただきます。今なら格安で引き受けますよ」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん。何なら、一筆書きましょうか?」
天真の話を聞いて表情を輝かせる綾子。やはり持ち合わせは少なかったらしい。だが、その隣で健一はいまだに天真を値踏みするような視線を続けていた。
「なあ、その依頼ってあんたがやるのか?」
「そうですけど、それが何か?」
「他の奴はいないのか? 喧嘩が仕事の奴とか」
「あいにくと、始めたばかりで職員は私だけですが」
その答えは、健一を落胆させるものだったらしい。あからさまなため息を吐いて呟く。
「何だよ、弱っちい人間だけかよ。もっとごつい転化者とかいると思っていたのに」
「健ちゃん! そんな言い方はだめだよ!」
「そんなこと言っても、こんな頼りにならなそうな奴に何ができんだよ」
「でも、せっかく話を聞いてくれるって言ってくれてるのに」
どうやら、子供達は腕自慢を探しているらしい。そして、天真は健一少年の御眼鏡には適っていないようだ。まあ、見た目優男の天真が、一見荒事とは無縁に見えるのも確かだが。
だが、天真にとってこのような反応も想定内だった。魔族の首都でただの人間に見える年若い青年の第一印象が、十中八九子供達の言う様に『頼りになりなさそう』であることは少し考えれば分かることだ。だからこそ、その対応策も考えてあった。
「ふっふっふ。健一君、人を見た目だけで判断してはいけませんよ」
「な、なんだよ。文句あるのか?」
不気味な笑い声を上げる天真に、気味が悪いという視線を向ける健一少年。ちなみに、綾子はその隣で涙目になっていた。幼い子供達のその反応にちょっと傷付く天真。コホンと一つ仕切りなおして、
「こう見えても、私はハンター免許所持者です。荒事にはそれなりに自身がありますよ?」
「え!? そうなんですか!?」
「ほ、本当か!? 嘘じゃねーだろうな!?」
ハンターという言葉が出た瞬間、驚きの表情を見せる二人。やはり、こういう職業は子供達に人気があるらしい。その反応に気分を良くしながら、自信満々に先日交付されたばかりのハンター免許を取り出す。
「どうです。ちゃんと本物でしょう」
ハンター免許には所持者の顔写真(魔石を使った技術で撮ったもの)と魔石(本人認証。持ち主の魔力に反応するように作られており、不正使用を防止する)が付いており、その横にランクが記載されている。ちなみに天真のランクは試験での一件によってAだ。
「すっげー! Aってめちゃくちゃ高いランクじゃねーか!」
ハンター免許を見て興奮した様子で叫ぶ健一。
「まあランクだけが全てではないですけど、これで少しは私の事を信用してくれましたか?」
「は、はい……」
まさかそんな上位のランクを持っているとは思っていなかったのか、綾子は驚いた表情でやや呆然としながら答えた。
「さて、それでは改めて今回の依頼の内容を聞きましょうか」
免許を懐に戻しながらの天真の言葉に、二人は緊張の面持ちになる。そのままお互いの視線を交わし、綾子がその口をゆっくりと開いた。
「葉上さんには、私達のお姉ちゃんを助けてほしいんです」
そして、綾子は今回の依頼の内容について語り始めた。
久しぶりの戯言
作「どうすればいいんだ……」
天「おや、どうしました?」
作「実は、どちらのヒロインとくっつけるかで悩んでいる」
天「え? そ、それは……」
作「はっきり言って、どちらもとても魅力的だから決められん!」
天「えーと何と言うか、その」
作「ちょっとツンデレな火の魔女か、クーデレな闇の魔女か俺には」
ズシャアッ!!!
天「だから、何のゲームにはまっているかだだ漏れなネタはやめなさい」




