第10話.金色の眼が映すは純白の閃光
まだまだ逝きます。
「うーん、いい天気ですねえ」
空は快晴、雲ひとつ無い。小高い丘となっているこの場所からは、遠くに魔族の首都、ニューオーダーを一望できる。気温も春に相応しく、暖かな陽気だ。
「ふむ、たまにはこういった場所で食事をするのもいいかもしれませんね」
「じゃあ今度、お弁当を持って皆で来よう。お城の料理長さんに頼めば腕によりをかけてくれると思うよ」
天真の提案に、スノウが即座に賛同する。
「確かに、お城の料理は絶品ですからねえ。おやつも頼んでいいでしょうか?」
「もちろん。特に、料理長お手製のチョコチップクッキーは絶品だよ」
「それは楽しみです。私は甘いものに目がないですから」
「あ、今も甘党なんだ。天真は小さい頃から甘い物が大好きだったよね」
「私、一日3Kは糖分を取らないと生きていけないんですよ。あ、Kというのは私的甘いものの単位で、1Kで丁度ショートケー」
だが次の瞬間、和やかな雰囲気を木っ端微塵に破壊する怒声があたりに響き渡った。
「お前ら真面目にやる気あるのかあああああーーーーー!!!」
のどかな風景の中に木霊する叫び声。天真とスノウは耳を塞ぎながら、その発生源に向き直る。
そこには、酸欠状態になり肩で息をしている美亜の姿があった。
「そこのアベック! 今日ここに来た目的を言ってみろ!」
「そんな美亜さん、言ってみろなんて、どこぞの仮面兄貴のような台詞を」
「そういう態度が言わせてるんだろうがーーー!!!」
再び爆発。そして美亜は激情のままに両手を振り回しながら天真に突撃を敢行する。そんな彼女を右腕一本で止める天真。完全に遊んでいる。
「いや、さすがに気を緩めすぎだと俺様も思うんだが」
そんな天真たちの姿を呆れた様な表情でハヌマーンが注意する。さらに、その後方からは、
「あ、あの姉さん、そんなに興奮しなくても……」
「落ち着いたほうがいい」
麗とシェリナが美亜を諌めようと向かってくる。この場にいるのはこれで全員だった。
やがて、一応落ち着いたものの、それでも不機嫌な表情を浮かべたままの美亜が天真に向き直る。
「あんたねえ、今日の目的きちんと分かってるの?」
「もちろん、理解していますよ。だから美亜さん、始める前からそんなに緊張していたのでは、大事なところで躓いてしまいますよ」
天真の指摘に、美亜は一瞬驚いた表情を見せ、
「っ……分かって、いるわよ」
うなだれる様に視線を地面に落とす。だが、その手は硬く握られていて、その体はわずかに震えている。
「姉さん……」
そんな姉の姿を心配そうな瞳で見つめる麗。
「分かってる。私がこんな状態じゃあ麗にも心配かけてしまうことぐらい。でも……」
そして、ポツリと、呟くように、
「怖いのよ……。どうしようもなく」
「美亜……」
うつむいて、弱弱しい姿を見せる美亜にスノウも心配そうな表情を向ける。
「麗が決心したんだから、お姉ちゃんの私が麗を支えられる様にしっかりしていなくちゃいけないのに、こんな……」
その時、ポンと美亜の頭の上に何かが乗る。それが天真の手だと気付くと同時にワシャワシャと髪の毛をかき乱される。
「ちょ!? 何を!?」
「もちろん、美亜さんが不安なのはわかります。ですが、今日は私達の事を信じて貰えませんか」
優しく、そして力強い声で、天真が語りかける。
「雪が“魔王”の名にかけて力を尽くすように、私も背負った“葉上”の名にかけて全力を尽くします。もちろんハヌマーンやシェリナちゃんも。ですから、私達を信じて貰えませんか、美亜さん、麗君」
そして、はっきりと宣言する。魂に誓った思いを。
「あなた達は、私が必ず守ります」
その言葉と共に、美亜の頭から手を退ける。ようやく頭を解放されて顔を上げた美亜は、少し顔を赤くしながら言った。
「……分かったわ。信じる。私達の命、預けるわ」
美亜の言葉に、微笑む天真。
「僕も皆さんを信じます。どうか、よろしくお願いします」
麗も、迷いを振り切った瞳で、宣言する。そんな光景を見ながら、ほっと息を付くハヌマーン達。
そして、スノウが厳かに宣言した。
「それでは、これより、麗君の転化の儀式を始めます」
「例え迷惑をかけることになっても、生きたい。それが麗の出した答えよ」
そう室内の全員に告げる美亜の表情は、泣き笑いのようになっていた。
「そう、決心したんですね。彼は」
リーンが呟くと、神裂が一つ頷きながら言う。
「生きるということは多かれ少なかれ他人に迷惑をかけるものじゃ。誰にも迷惑をかけずに生きて行きたいなどと言う考えの方が傲慢というものよ。迷惑をかけても、離れることの無い者達を友と言うのじゃからの」
そんな言葉に、天真も賛同の意を示す。
「そうですね。そういう訳ですので、麗君の友達の私としては彼の転化に最後まで付き合おうと思います」
「……天真、ありがとう」
天真の言葉に、涙を浮かべながら感謝を述べる美亜。
「じゃあ、麗君の転化は明日行うとして、参加者は麗君、美亜、私、天真、シェリナの5人でいいかな?」
「え? ちょっと待ってください」
スノウの言葉に驚き、天真は待ったをかける。
「あの、どうしてシェリナちゃんが一緒に来るんですか? 命の危険があるのに、こんな小さな女の子を」
「あれ? まだ言ってなかったかしら」
スノウが首を傾げながら、うっかりしていたという風な声を出す。
「あのね天真。麗君の転化を行える術者って、シェリナしかいないの」
「え? じゃあ、転化の術式を施すのはシェリナちゃんなんですか?」
シェリナを振り返りながら天真が問いかける。その問いにシェリナは一つ頷いた。
「これは、私の仕事。私にしかできない」
「そ、そうなの?」
意外だったのだろう。美亜も驚いた表情を見せる。そんな彼女に、無表情ながらもシェリナは力強く宣言する
「大丈夫。必ず成功させる」
「シェリナはこう見えても魔王軍の中では高位の術者なの。腕は確かだから安心して」
「そう。だから何も問題ない」
「そ、そうなんだ」
狐に摘まれたような顔をする美亜。確かに、10を幾つか過ぎただけの少女がそんなすごい術者だという事実は俄かには受け入れ難いのだろう。しかし、シェリナを見つめるスノウの目は彼女を信頼しきっていた。ならば自分もこの小さな少女を信じよう。美亜は心の中でそう決心する。
「……ありがとう」
「え?」
そんな美亜にシェリナがお礼の言葉を述べる。いきなり言われた言葉の意味が分からず、目を白黒させる美亜。と、その時、
「おいおい、皆俺様を忘れてねーか?」
やれやれと言った感じでハヌマーンが名乗りを上げた。そんな彼に驚きの表情を向けるスノウ。
「え? でも今回の試みは本当に危険なのよ? 何度も言うように最悪命を……」
「そんなことは言われるまでもないぜ、スノウちゃん」
分かっているといった風に、スノウの言葉を遮るハヌマーン。そこには、ふざけた雰囲気は微塵も無い。
「会って数日とはいえ、俺様も美亜ちゃんの友人の一人だぜ? 天真の台詞じゃないがこういう時にこそ男は活躍するべきなんだよ」
「ハヌマーン、あなた……」
まさか、最初はただ利用していただけの彼が、こんなことを言ってくれるとは思っていなかった美亜は不覚にも少し感動してしまった。
「そして、高感度アップを果たした俺様はフラグを成立させてゆくゆくは美亜ちゃんエンドに……」
「……そうね、少しでも感動した私が浅はかだったのよね」
「あ、あははははは……」
色々台無しだった。
ともあれ、ハヌマーンもこう言い出した以上引っ込むことは無いだろう。短い付き合いだが、そういう男であるということは、天真たちも理解していた。
「では明日、この6人で行うということで、異論は無いですね?」
天真の最終確認に異論は出なかった。
そして、今に至る。
「赤の庭」
その言葉と共に、スノウの掌の上に浮いていた赤い球体が膨張し、辺り一面を包み込む。景色が赤く色付き、まるで赤いフィルムを通してのような視界になる。
「これは? なんだか、気温が下がったような感じがするけど」
美亜はそう質問しながら、口の周りを手で包んで息を吐いてみる。少し、白くなっているところを見て、実際に気温が下がっているのを確認する。
「簡単に言えば、私の力で作った結界かな。この赤い光が包み込んでいる範囲では、全ての魔力は私の支配下に置かれる」
そう言いながら、スノウは指先に赤い光を灯す。
「私の固有魔術、赤光は物質、非物質を問わず、そのエネルギーを0にして運動を停止させる。分子レベルで振動を静止させ、ベクトルを断絶する。神裂先生は、その力の行き着く先では、時すら止められるって言っていたわ」
「……時間を停止って」
ある意味、究極だった。この力の前では凍夜の氷の魔術など子供騙しでしかないだろう。
「もちろん、この力は魔術にも作用する。この結界の中では私の意思に反する魔術の力の作用は発動と同時に停止する」
「つまり、麗君の力が暴走した時にも、この中でならば押さえ込めるというわけですね」
「私の力の総量を超えない範囲内で、という制限は付くけれども」
魔王と呼ばれる魔族の頂点と覚醒者。どちらの力が上なのかは、正直やってみるまでは分からない、という事だ。
「じゃあシェリナ、そろそろ準備をお願い」
スノウの言葉に一つ頷くシェリナ。そして、額のティアラを取る。
「……開放」
その言葉と共に、シェリナの額に一本の筋ができる、と次の瞬間……
シェリナの額に、金色の瞳を持った第3の目が現れた。
「それって……」
「これが私、シェリナ・サードアイの本来の姿」
額の第3の目が現れると同時に、シェリナの周りに渦巻く魔力。それが、彼女の実力のほどを物語っていた。
「シェリナはその第3の目、“魔眼”によって魔力を“視認”することができるの」
「魔力を……“視認”?」
その言葉に美亜は首を傾げ、そんな彼女にスノウは説明を続ける。
「本来、魔力というエネルギーは高密度に圧縮された場合を除いて人の目には見えないわ。でも、シェリナの魔眼は通常の不可視の状態の魔力でも見ることができる。魔力というのは人の意思と密接に結びついたエネルギーだから、人の魔力の流れを視認することによって、その人の心のうちをある程度認識することもできる」
それが、シェリナの読心術の正体だった。彼女は他人の魔力の流れから、その人物の思考を読み取っていたのだ。
「しかも、その魔眼によって認識された魔力はある程度操作することができる。今回の転化も、この力を使って麗君の内在魔力を操作するのが主な作業になるわ」
再びコクリと頷くシェリナ。そのまま麗の目まで歩いていく。
「そっか、普段はそのティアラで力を制御しているんだね」
「ハロルドの“魔眼封じ”。私はこの目が開いていると、無意識に人の魔力を見てしまうから」
「魔眼封じって、ギリギリですね……」
ギリギリです。殺さないけどギリギリです。
「じゃあ、始める」
その宣言と共に、麗の手を取るシェリナ。
「うえっ!? こ、このままでやるの?」
いきなり両手を握られて、麗は少し赤面している。今の彼の思考ならば、シェリナでなくともある程度読めそうだ。
「美亜は私の後ろに」
「分かったわ。それで、私はどうすればいい?」
シェリナの後ろに移動し、美亜は自分の役割を尋ねる。
「美亜の役目は、麗の力が暴走したときに、彼に呼びかけること」
「呼びかける? 麗に?」
首をかしげながらの美亜の言葉にシェリナが頷く。
「何でもいいから麗に呼びかける。その声を、私が力を使って麗の精神に直接届ける。美亜の声が一番麗に届きやすいと思うから」
「うーん。要するに、麗が気を失いそうになったら、大声で目を覚ませば言い訳ね?」
「そんな感じ」
実際は、美亜の麗を思う気持ちと結びついた魔力を、麗の深層意識と結び付いた魔力に直接導くという手法をとるのだが。美亜の言葉に、また一つ頷くシェリナ。そして、正面の麗に向き直り、
「始める。準備は?」
「あ、うん、問題ないよ。じゃあシェリナ、お願いします」
「分かった」
そして、とうとう麗を転化させる儀式が始まった。
「まずは目を閉じて、私の手に意識を集中して」
「うん、分かった」
シェリナの言葉に従い、目を閉じて彼女の手に意識を集中する。小さな手の柔らかな感触と暖かさが自分の両手に伝わってくる。
「今から私の魔力を麗の体に流す。その力の流れを感じて」
その言葉と共に、手にいっそう意識を集中する。すると、シェリナの手から伝わってくる熱が、だんだんと温度を増していくような感覚が。
「……なんだか、手が暖かくなってくるような感じがする」
「それが魔力。次はその熱が体の中を流れるのを意識して」
言葉と同時に、手の熱は腕に伝わり、そのまま心臓へ。そこで、一度止まったかと思うと、血液の流れと同調するかのように全身へと行き渡って行く。
「……体全体に、熱が伝わっているような感じがする」
「その流れを強く意識して。そして、徐々にそれ以外の感覚を排除して、力の流れだけに全神経を集中する」
この指示は結構難しかった。力の流れ以外の感覚を排除するというのはどうやるのだろう? とりあえず、体を駆け巡っている熱にそれまで以上に意識を集中させる。
(意識の排除ってどうやるんだろう。自分の心音とか聞いていればいいのかな?)
そう思って、力の流れと同調するかのように動いている自分の心臓にも意識を向ける。最初はわずかな鼓動を感じられるだけだったが、徐々にその鼓動が大きくなっていくような感じがした。
(あ、こんな感じでいいのかな? なんだか、体の内側から発熱してくるような……)
だんだん、体が熱くなり、流れを強く感じ、鼓動が大きくなってくる。こんな感じでいいのかとシェリナに声をかけようとして―――
ドクンッ
一際大きく、心音が響く。
(……え?)
ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!
気付けば鼓動が頭の中で反響を繰り返しながら大きくなっていく。体の中心から発する熱も既に高温といっていいほどに上昇し、意識が力の流れに押し流されようとしている。
(これ、は……)
「……い! 麗! しっかりして麗!」
「麗!」
そのとき、自分を呼ぶ声が意識の片隅にかすかに引っかかる。だが、それに答えられるだけの余力は残っておらず、そのまま自分が濁流に飲み込まれるイメージと共に―――
(姉さ……、シェ)
そして、麗の意識は力の奔流に飲み込まれた。
最初は順調に進んでいた。しかし、途中でシェリナが遠目からでもそれと分かるほどに顔色を変えた辺りから、様子がおかしくなり始めた。
「麗! しっかりしなさい!」
必死に麗に呼びかける美亜の声も、麗には届いていないようだ。そんな麗は、先程から棒立ちでピクリとも動かない。
「……魔力の活性化が普通じゃない。今まで押さえ込まれていたものが、出口を求めて殺到して―――」
と、次の瞬間。
「!? 美亜! 逃げ」
ドンッ!
轟音と共に、麗の体から光があふれ出る!
「っ!? これって!?」
スノウは、麗に手を向けながら、驚愕の表情を見せる。彼の体から湧き出す純白の光が、まるで渦を巻くかのように取り巻いている。
「天真! 美亜ちゃんとシェリナちゃんは大丈夫か!?」
「何とか! しかし……」
その向こうには、異変を察知した瞬間に縮地を使用して、美亜とシェリナを麗から引き離した天真の姿が。そんな3人に慌てた様子で駆け寄るハヌマーン。
「……駄目、力が大きすぎる。私じゃあ操作できない」
その第3の目を限界まで見開いて、麗を凝視しているシェリナが額に汗を浮かばせながらそう呟く。
「雪!」
「……さっきから押さえ込もうとはしているけど、力が大きすぎて押さえ切れない!?」
天真達の方に移動しながら、麗に向けた掌を徐々に握りこむようなしぐさを見せるスノウ。すると、赤い庭の範囲が麗を中心として徐々に狭まっていく。どうやら、力の有効範囲を絞り込むことで、対象への影響力を増しているようだ。
「麗! 目を覚ましなさい麗!」
その間も、麗への呼びかけを繰り返している美亜。しかし……
「シェリナちゃん。美亜ちゃんの呼びかけは……」
「伝えている。けど、麗自身の膨大な魔力が、私の操作を遮っていて、ちゃんと届いているか分からない」
シェリナの表情は傍目からみても強張っている。自身の限界まで力を振り絞りながらも、なお届かないことに焦りを覚えているのだ。
「う……ぐあ……ああっ!」
「麗!?」
そんな中全員の目の前で、光に包まれて通に浮いている麗が苦悶の表情を見せる。
「どうやら、ギリギリのところで制御を保っているようですね。でなければ、今頃私達ごとこの周囲一体は吹き飛ばされているでしょうから」
「美亜ちゃんの呼びかけは一応伝わってるってことか?」
「おそらくは。それが意識を首の皮一枚の所で繋ぎ止めているのでしょう」
「でも、このままじゃあ……」
いつまで持つか分からない。麗の意識が完全に自身の魔力に飲み込まれてば、全ては終わりだ。それを防ぐために美亜、シェリナ、スノウの3人は持てる力の全てを振り絞って暴走を止めようとしている。
だが―――
「ああああああああああ!!!」
「!? まずい逃げ――」
麗の叫びが当たり一面に響き、一瞬、体を覆う光が収縮する。そして!
純白の閃光が、全てを飲み込んだ。
思いついてしまった今回のNG
「ハロルドの“魔眼封じ”。私はこの目が開いていると、無意識に人の魔力を見てしまうから」
「魔眼封じって、ギリギリですね……」
「そのハロルドって、もしかして青……」
「やめなさい、それ以上は洒落ではすまなくなります。17に分割しますよ」
「お前のほうが洒落になってねえよ! 見えるのか!? 線が見えるのか!?」
「ふふふふふ……三途の川なら何度も渡りかけましたからね……。生きているならばか(以下検閲削除)」
「あんたら……そんなに月の話がしたいのか」
「新作、楽しみにしています」
だが、作者はムーンプリンセスも運命も持っていない。




