第6話.エロと茸と改造人間と
4月1日に一本話を掲載します。
よろしければそちらも見てやってください。
スノウに先導されて、麗がいる一室へと向かう美亜の足取りは、お世辞にも軽いと言えるものではなかった。その後に無言で続く天真とハヌマーン。
不安になるのも無理は無いと天真は思う。先ほどスノウから聞かされた話は美亜にとっては信じがたいもので、まだきちんと理解できていないに違いない。だが、今は時間が無い。今は行動する時だ。そしてそのためには、まずこの姉弟が話し合わなければならない。その結果如何では―――
「きゃあっ!?」
と、天真がそこまで考えたところでいきなり美亜が悲鳴を上げる。慌てて視線をそちらに向けると、なぜかお尻を抑えて真っ赤になっている美亜と、額に手を当てて深くため息をついているスノウ。そして、その傍に新しい人影が二人。
「なっななななな」
「ふむ、安産型か。どれ胸のほうは」
「神裂先生……、何をやっているんですか」
「おお雪ちゃん。いやなに、見かけん美少女を見つけたもんじゃから、まずは触診をと思っての」
「それは診察ではなく立派なセクハラですよ……。リーンさん、先生を止められなかったんですか?」
「ごめんなさい、気が付いたらもうその子の傍に……。注意はしていたんですけど、先生はこういう時だけは素早いので、ゴキブリ並みに」
新しい人影は老人と女性の二人組みであった。
老人は小柄で、おそらく60歳程と思われる人間だった。その頭部に頭髪は無く、白い顎鬚をたくわえた皺だらけの顔の中、その眼だけがいたずら小僧のように輝いている。白衣を着ており、先生と呼ばれたことからもおそらく医者だろう。あまりまともな医者とは思えなかったが。
女性の方は20代半ば程か。深い緑色の、腰まで届く長い髪をゆるく三つ編みにしている。肌の色も緑がかっており、その瞳は淡いエメラルドグリーンだ。外観を見る限りでは、話に聞いた樹人族だと思われる。顔といいスタイルといい文句なしの美人だ。ただ、その優しそうな表情は今は曇ってしまっている。原因は間違いなく間の前の老人だと思われるが。
服装はは白い色の看護師の制服のようなつくりである。“ような”と言ったのはなぜかその制服のスカートが不自然に短かったからだ。おそらくは神裂先生と呼ばれた老人の趣味だろう。
「始めまして、私ハヌマーンと申します。」
「え? ええっと、始めまして?」
「リーンさんと仰られるのですか。美しいあなたにぴったりのお名前ですね」
「……スノウさん、この方は先生の同類ですか?」
「……あはははは」
もはや恒例行事となった風景に、いまさら何の感慨も沸かない天真。生暖かい眼で見守りつつ、美亜の方はどうなったかと確認すると、
「なにすんのよエロジジイ!」
「ふむ、見た目はあまり発育しておらんのう」
「一体どこ見てきゃあっ!?」
「うーむ、発育不良?」
「なんですってえええええ!」
「爺! 何うらやましいことしてやがる! たしかに美亜ちゃんはボリュームが足りないけど、そこには足りないからこその良さが」
「貴様ら二人とも往生せいやー!!!」
そして始まる鬼ごっこ。どたどたと足音をたてて逃げる二人と追いかける鬼(の形相)の美亜。スノウはおろおろしているし、リーンと呼ばれた看護師(仮定)はうつむいてプルプル震えている。さすがにこのままでは駄目かと、3人を天真が止めようとした瞬間、
「あなた達、いい加減にしなさーい!」
叫び声と共にリーンの両腕の裾からすさまじい勢いで何かが飛び出してくる。
「きゃあっ!?」
「ぬおっ!?」
「むう!」
その何かは意思を持つかのように3人に迫ると、その四肢に巻きついて動きを封じた。
「ちょなにこれ!?」
「これってまさか!?」
「ふーむ、またやってしもうたわい」
リーンの手元から伸びたのは緑色の蔦だった。それが独自の意思を持つかのように3人を縛り上げている。そして、背後に擬音が浮かびそうなほどの迫力で3人に詰め寄るリーン。
「あなたたち! こんな道の真ん中で迷惑でしょう! ちゃんと他の人の事も考えて行動しなさい!」
「う、は、はい」
「すみません」
「ワシは悪くないもーん」
ふざけたことを抜かした爺の首に蔦が巻きつき締め上げる。
「ちょ、リーン!? 首はまずいじゃろ!? というか絞まるしまぐうっ!?」
「ご・め・ん・な・さ・い・は?」
「ご、ごめんなざ……」
「よろしい」
満足そうに頷くリーン。と、そこで躊躇無く老人の首を締め上げた自分に、畏怖の視線が集まっていることにようやく気が付く。
「あ、あらいやだ! ごめんなさい!」
慌てて3人を解放する。蔦はシュルシュルと音を立てて再び裾の中へと戻っていった。ちなみに、どう考えてもその質量が中に納まっているとは思えない。
重い沈黙が辺りを包む。全員無言。しばらくして、その雰囲気に耐えかねたかのように、スノウが慌てた様子で声を出す。
「え、えーっと紹介するね。こちらが医師長、つまりお城で一番偉いお医者さまの神裂悠馬先生。そしてこちらが先生の助手兼看護師のリーン・アトロパさん」
「皆さん始めまして、リーン・アトロパです」
にっこりと極上の微笑。しかし、いまだに足元で咽込んでいる老人の存在が、その笑顔に妙な迫力を添えている。その迫力に声が出せない3人。
「ふ、普段は優しい人だから! 怒らせなければ優しくてえっと」
「雪、気持ちは分かりますが、それではフォローになっていません」
「うう、でもほんとに優しい人なのよ?」
「……いいんですスノウさん、どうせ私なんて」
なにやら落ち込み始めるリーン。トラウマにでも触れたのだろうか。
「私なんて口うるさくてうっとうしい眼の上のたんこぶなんです。おかげでまた振られましたし。どうせこのまま影で皆が噂しているように行き遅れになるんです。ふふふ……」
なにやら膝を抱えてうわごとの様に愚痴を呟くリーン。周囲にじめじめとしたオーラが漂い、ひたすらに暗い。
「ああ、スイッチ入っちゃった」
「ものすごく暗いんですが、茸とか生えてきそうな勢いで」
ため息をつくスノウに天真がそう呟いた時、
リーンの頭からにょきにょきと茸が生えてきた。
「って本当に生えてくるんですか!?」
さすがに驚く天真。美亜とハヌマーンも目の前の怪奇現象に驚愕の表情だ。
「リーンは樹人族の中でも、特に体内に共生しておる植物の種類が豊富なんじゃよ。じゃから、本人の感情の昂ぶりなどに応じて、時々それらが漏れてくるのじゃ」
ようやく復活した神裂が、目の前の不可思議現象に注釈を入れる。
「いえ、茸は植物ではなく菌類では?」
「まああれは木の表面に取り付いて成長する類のものじゃから、一緒になっとるんじゃろ。細かいことは気にしなくてよいと思うぞ?」
「はあ」
そんなものかと天真があいまいな返答をする。神裂はそれを尻目にリーンに近付き、おもむろに生えてきた茸を一本取る。
「ふむ、シロダケか。後で焼いて酒のつまみにするかの」
「食べるんですか!?」
「毒はないし旨いぞ? おぬしも食うか?」
「……遠慮しておきます」
天真のなんともいえない視線を背中に受けつつ、神裂は更に数本茸を採取すると白衣のポケットにねじ込んだ。
「リーンさん、ほら顔を上げて。大丈夫ですよ。きっとリーンさんにお似合いの素敵な男性が現れますから」
「うう、スノウさん……。ありがとうございます」
スノウの説得によってやっと立ち直るリーン。ようやく全員がまともな状態で自己紹介が出来そうだ。
「それで雪ちゃん、この3人は一体何者じゃ?」
「先生、この人達じゃないですか? 昨日来た男の子のお姉さんとそのお友達って言うのは」
「おお、そうか。おぬしらが」
納得したという風に頷く神裂。その前に美亜が進み出る。
「弟を診てくれたそうで、ありがとうございます。姉の楠木美亜と申します」
礼儀正しく一礼。さすがに弟が世話になった人をむげには扱えない美亜。たとえセクハラされたとしても。
「ふむ、弟さんを診てもしやと思っておったが……」
「え? 麗に何か?」
じっと自分を見つめる神裂。その様子に不安が募る。と、おもむろに神裂が美亜の両手を取って、
「期待通りの美少女。どうじゃ、ワシの専属ナースにぶごほっ!?」
横合いから伸びた蔓の鞭に、一閃されて吹っ飛ぶエロジジイ。その光景を見ながら、美亜は新たなるエロ要員の出現に頭を抱える。
「ごめんなさいね、あれでも腕は確かな先生だからあまり気にしないで?」
「……まあこの数日で耐性もつきましたし、別に気にしてませんから」
横目でハヌマーンを見ながらクリスに苦笑を返す美亜。そして、ようやく立ち上がった神裂は次にハヌマーンの元へ。
「……おぬし、名は?」
「……ハヌマーン」
向かい合うなり剣呑な雰囲気をかもし出す二人。その空気に驚く一同。
「え? あの二人どうしたの?」
「さ、さあ」
声をかけるのがためらわれるほどの重圧の中、ハヌマーンがその口を開く。
「メイド」
「調教」
「巫女さん」
「触手」
「義妹」
「献身。病弱も可」
重い口調で符丁のようなものを呟く二人。最も、内容が雰囲気を台無しにしているが。よく分からないやり取りをする二人を、どう扱っていいか分からない外野は、ただ困惑するだけだ。関わりたくないだけとも言うが。
そしておもむろに二人は手を差出し、
ガシッ!
「よろしく。魂の兄弟」
「こちらこそ」
この瞬間、真の漢同士の熱い友情が結ばれた。もっとも、外野は死んだ魚のような目で二人を見ていたが。
「……行きましょうか」
「……うん」
「……そうね」
「……そうですね」
これ以上関わりたくないという表情で、2人を残して進もうとする4人。
「え? ちょっとみんな、何で俺様達を置いていくのさ!? あ、仲間外れがいやだって言うんなら皆で好きな属性を……」
「ちょ、なぜそんな汚物を見るような目でわし等を見る!? どうせならいっそ父親を無下に扱う思春期の娘のような視線で……」
ビシッ! バシッ!
「行きましょうか」
「うん」
「そうね」
「そうですね」
粗大ごみを廊下の隅に転がして先を急ぐ4人。しばらく進んだところで、復活した粗大ごみ2個が追いついてくる。
「まったく、皆恥ずかしがりやだなあ。あ、もしかしてツンデレ?」
「むう、わしはどちらかというと鞭で打たれるよりも打つ方が」
「そ・れ・以・上・し・ゃ・べ・る・な」
「「ごめんなさい」」
美亜大魔神の怒りに触れた2人は即座に口を閉ざした。逆らえば今度は生ごみ(ミンチ)になっていただろう。
そんなコントの最中、天真は眉間にしわを寄せながら神裂を凝視していた。やがて、納得したかのように呟く。
「そういえば居ましたね。研究所の女性職員にちょっかい出してぼこぼこにされていたおじいさんが」
「……ふむ、話は聞いておったが確かに面影があるの。よく雪ちゃんと一緒に居た小僧か」
その二人の言葉に美亜はどういうことかとスノウを見る。
「神裂先生は研究所で働いていた研究員のまとめ役の一人だったのよ」
「じゃあ一番最初に来た人の一人なんだ。それで天真とも面識があるわけか」
納得したと頷く美亜。
「それにしても“神裂”ですか。まさか異世界で“神の理を犯す者達”に出会うとは」
「わしもまさかあの時の小僧が“葉上”の名を背負っておるなどとは予想できんかったよ」
鋭い眼光で天真を睨む神裂。そこには先ほどまでの軽い雰囲気は微塵も存在しなかった。その小柄な体から発せられているとは思えない威圧感が辺りを包む。その重圧に他の4人は声も出せない。
「“葉上”の名を背負うことを許されておるということは、肉体改造を含めた修行で生き抜いたということか?」
「12歳の頃に。あの時はさすがに死ぬかと思いましたが」
「むしろ死ななかったというのが信じられんな。あんな常軌を逸した方法で」
「本家の人達も“神裂”のあなたには言われたくないと思いますが。というか、あれにはあなた方も一枚噛んでいる筈でしょう」
「まあそうじゃな。考えてみればおぬしという成功例もおるし、そんなに非現実的ではないのかもしれんな」
「いえ、普通は確実に死にますよあれは。私はたまたま運がよかっただけです」
「運だけでどうこうできるものでもないと思うんじゃが」
「あの!」
話が進むうちに、威圧感が和らいだのを好機と見たスノウが意味の分からない2人の会話に割り込む。
「えっと、話の内容に色々と言いたい事もあるのだけども、2人はどんな関係なの?」
その言葉を受けてしばし考え込む天真と神裂。やがて、天真が口を開く。
「私が養子になったというのは話しましたよね?」
「うん。さっきそう言っていたよね」
「私が養子になった“葉上”という家は、化物退治を千年以上も昔から続けてきたとても古い家なんです。それで、分家もいくつかあるんですが」
「その一つがわしの出身の“神裂”という訳じゃ」
なるほどと頷く4人。次に美亜が疑問の声をあげる。
「じゃあ天真は仮○ライ○ーなの?」
「……まあ言いたいことはわかるんですが、別にそういう意味での改造を受けたわけではありませんよ」
「え? 明らかに人間には不可能な動きをしていたのに?」
「訓練すればあのくらいには成れるんです。私は別にバッタとかと融合したりしていません。遺伝子学的には立派な人類です」
「「「えー?」」」
「何で皆さんそんな不審な目で私を見るんですか」
自分は普通の人間だと断言する天真に、ギャラリーは納得していないようだ。まあコロッセウムで凍夜を軽くあしらい、スノウと互角に戦った姿を見ていれば無理もないが。
「そやつの言うておる事は嘘ではないぞ。肉体改造とは訓練によるものじゃから、外科的な手術は行っておらん」
「あ、そういう意味だったんですか」
神裂の言葉に納得の声を上げるスノウ。だが神裂はもっとも、とさらに言葉を続ける。
「普通に改造手術を行ったほうがましと言う位、まともなものではないがの」
「……どんな訓練なのよ、それ」
「それはまた時間がある時に小僧に聞いてみるがいい。わしから話してやっても良いが、その時は一緒にお茶を」
「天真、説明して」
「……気持ちは分かりますが、どちらかというと神裂先生のほうが説明は上手だと思いますよ。それに今は」
「こっちの用事のほうが先だものね」
気が付けばスノウが一つのドアの前に立ち止まっていた。それを見て美亜が一つ深呼吸。そして、
「……行くわ」
ノックをし、ドアに手をかけた。
自分達の未来を自分達の意志で決めるために、その一歩を踏み出すために、美亜はドアを開いた。
今回のNG
神裂はリーンに近付き、おもむろに生えてきた茸を一本取る。
なぜか黄緑色で、水玉模様の茸だった。
「おお珍しい、これで1年長生きできるわい」
「まさか伝説の配管工の!?」
その場で茸をかじる神裂を見ながら、赤いほうを食べるとどうなるのだろうかと、戦慄する天真あった。
さすがにそんなのが生えてくる女性ってどうよ、と思ったので没。




