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第4話.前夜

 完全に日が沈んでからも街から喧騒が消えることはない。むしろそこには昼間以上の活気が存在していた。酒場で浮かれ騒ぐ男達、いつもはベットの中にいる時間帯に表ではしゃぎ回る子供達。この日のために仕込んだ料理を次々と出していく女達。そして祭りに参加しようと外からやってきている人種も都市も千差万別な人々。コロッセウムの都市完成記念の祭りは2日目の夜を迎えてますますその盛況さを増していた。


 その喧騒も少し遠くに聞こえる、メインストリートからは少し離れた場所にある宿屋。正面玄関には“お祭りの間貸切となりますので新規のお客様はお断りさせていただいております。真に申し訳ございません。”の張り紙がある。その宿屋こそがこのコロッセオにおける美亜たちギルドのメンバーの活動本部であった。


「そのハヌマーンという男の事はこちらでも情報を掴んでいる。予選に出てくるまではまったくの無名だったがその試合のほとんどを1分以内に終わらせている。今大会におけるダークホースだな」


 美亜と天真の話を受けてギルドリーダー東堂が昼間遭遇した獣人、ハヌマーンの情報を告げる。


「ただの自信過剰かと思っていたけど、大口叩く実力はあったわけね」

「うむ。その男と接点をもてたのは僥倖といえるかもしれん。では美亜はその男について行ってその側で待機してくれ」

「東堂さん。私もついて行ってもいいですか?」

「……話を聞く限りでは呼ばれているのは美亜君だけのようだから、君には美亜のバックアップとしてこちらとの連絡要員をお願いしたい。一緒にいても良いが二人きりにさせたほうが本人の油断も誘えると思う」

「分かりました。一緒に顔を見せた後、途中で何か理由をつけて離れます。後は後方で見守っていますよ。アクシデントが合った場合にヘルプに入ります」

「よろしく頼む」


 東堂はそういい終わると、他の事の確認を取り始める。するとそこに美亜が唐突に話を挟む。


「リーダー。今回の大会に魔王が来ているという裏付は取れましたか?」

「ふむ。その事か」


 そう言うと藤堂は、そばに控えていた竹永に視線を送る。促されて竹永が報告する。


「いえ、まだ裏付は取れていません。今回の大会に合わせて首都の方から来た一行が滞在しているホテルにも、我々の連絡員は潜んでいるのですが、本命がいると思われる場所のガードが固く確認は難しいとの報告が着ております」

「だそうだ。やはり決勝後の優勝者への授与式まで手は出せんと見える」

「そうですか……」


 難しい顔で話し込む三人。するとおもむろに、


「あのー、ちょっといいですか?」


 先ほどから腕を組んでなにやら考え込んでいた天真が手を上げて質問をする。


「今回の大会に魔王が来るという情報が私たちの様な輩をおびき出すための罠だという可能性はありませんか?」

「それは……」


 その言葉を受けて苦い顔で黙り込む竹永。彼自身も多少はその可能性を疑っていたのだろう。しかし、


「それはないわ」


 横から聞こえてきた低い声がそんな葛藤を断ち切るかのように響く。そちらに目を向けると、美亜が強烈な眼差しでこちらを睨み付けてくる。


「この情報を得るために何人もの仲間が犠牲になっているのよ。わざと他の情報に盗まれた後を残したり、何人もの囮を使って本命の情報の行方をくらましたり、伝達係や囮の人たちにはこの情報が何なのかすら伝えなかったほどにね」


 ふと気付くと美亜の手は震えるほどに握り締められていた。


「相手に気付かれない様に慎重に慎重を重ねていろんな犠牲を払ってやっと手に入れたのよ。やっと魔王を倒せるかもしれないところまで手が届いたのよ。この作戦を成功させなきゃ、犠牲になったみんなが救われない……」

「美亜さん……」


 その美亜の気持ちは多少なりとも理解できるつもりだった。


 そもそもあの日、天真が美亜と出会った時まさに彼女はこの情報を届けるという任務の遂行中であったと聞いたのはこの作戦の概要を聞かされた1週間前だった。


 魔族たちの首都で美亜達ギルドのメンバーのスパイが魔王がお忍びでコロッセウムの闘技大会を見物に来るという情報を得たのが今からおよそ二月前の話。魔王軍の軍備状況を探っていたスパイがこの情報を入手できたのは偶然であったという。


 コロッセウムの闘技大会に合わせて第2魔軍を中心とする一団がなにやら怪しげな動きを行っていることを突き止めた現地のスパイたちは細心の注意を払ってこの件を捜査。結果魔王本人が直接コロッセウムを訪れることを突き止めた。本来警備の厳重な首都の王城からは離れない魔王が御供付きとはいえ単身自らの領地の端まで来る。その情報を得た彼らは大急ぎでこの情報を本部へと送ろうとした。


 しかし、この動きを魔王軍に察知され追撃を受ける。不幸中の幸いは魔族達がギルドの人達の工作によって、奪われたのは自軍の軍備状況や人員等の情報だと錯覚したことか。何人もの囮を使いようやく美亜を含む数名がギルドの本部まで情報を持ってきたのが2週間ほど前。そこから今回の作戦まで時間がほとんどない状況で何とかここまで準備を整えた。


 その大前提が覆されるのは自身も情報の伝達に参加し命がけの任務をこなした身としては耐え切れないのだろう。


「確かにその可能性がないとは言い切れない」


 東堂のその言葉に美亜はびくりと体を竦ませる。


「しかし、今回のこの大会に“凍刃(とうじん)”以上の大物が来ているのは確認済みだ。それに、表向き来ているのが凍刃だというのも今回魔王が来ているということを強める一因になっている」

「それはどういうことですか?」


 疑問を浮かべる天真に東堂は淡々と答えを返す。


「もし魔王が秘密裏に遠出を行うとして、その供を選ぶならばやはり唯一の弟である凍刃を選ぶだろうし、逆もまた然り。凍刃は魔王軍の中でも最も魔王への忠誠度が高い将軍だからな。他の者に警護を任せては置けないだろう。その狂信度は軍の中でシスコンと言われているほどだそうだ」

「いやそれ単なるお姉ちゃんラブな痛い人なんじゃ」


 堅物に見える東堂の冗談に天真はあきれたように突っ込む。


「まあ冗談はさておき、それくらい第2魔軍将軍は親魔王派だということだ。時にそのせいで他の将軍達と衝突することもあるくらいにな」

「なるほど」


 それほどならば逆説的に考えて魔王がいる首都を離れるのは通常ありえないことなのだろう。特にこんなお祭りの余興程度ならなおさらだ。


「分かりました。それではこのまま作戦は続けるということですね?」

「ああ」


 そう言って東堂は正面の天真と美亜に改めて視線を向ける。


「明日我々は魔王暗殺を決行する」






「大丈夫ですか美亜さん」

「……うん」


 東堂への報告を終え、明日の本番のために今日は早めに休むことにした天真と美亜はしかし、まだ時間も早かったこともあって近くの酒場に来ていた。少しでも寝つきを良くするために、軽くアルコールを取っておこうということになったのだ。


「いよいよ、明日なのね」

「ええ、そうです。ですが明日といってもまだ多少の時間があります。昼間も言いましたが今からその調子ですと肝心なときに力が出せませんよ?」

「分かってるわよ……」


 その言葉とは裏腹に美亜の表情は暗い。その顔を眺めながら数分。言おうかどうか迷っていたがこのような状態では明日に障ると思い意を決して口を開く。


「麗君のことですか」

「!!!」


 その言葉に弾かれたように顔を上げる美亜。


「こちらに来る直前にまた発作が起こったそうですね。その前にもう一度お見舞いに行こうとしていたんですが……」

「そう……」


 そう呟くとまた顔を伏せる。だが今度はそのままぽつぽつと呟くように話し始める。


「あの子ね、もうかなり危ないらしいの」

「!?」


 こちらに来てから表情が悪化していると聞いてはいたが、まさかそこまでとは思っていなかった天真が珍しく驚いた表情を浮かべる。


「今すぐって言うわけでもないんだけど、長くて半年。短ければ一月かもしれないってお医者さんが……」


 そこから先は声にならず美亜はうつむいて必死に何かをこらえる。その姿にしかし天真は優しく語り掛ける。


「大丈夫ですよ」

「何が大丈夫だって言うのよっ!!」


 その言葉が決定打となったのか天真に怒鳴りかかる美亜。


「あの子のことまだほとんど知りもしないくせに何が大丈夫よっ!! そんな言葉だけであの子がよくなるとでも思ってるの!? そりゃあ他人のあなたからすれば惨めな私に優しい言葉をかけていればそれで満足なんでしょうけどあの子の体はほんとにもう限界なのよっ!! 私達がこうしている間にも苦しんでいるかもしれない。もう手遅れになっているかもしれない。そんな状態でなんで大丈夫だと思えるのよっ!!!」


 一気に言い放って荒い息をつきながら天真を睨み付ける。瞳には大粒の涙が浮かんでいた。その視線を正面から受け止めて天真は静かに語りかける。


「確かに私はあなた達と知り合ってまだ2週間くらいです。麗君にも数回しか会っていませんからね。でも、それでも分かることはあります」


 真っ向から美亜の言葉を認める天真。それでも視線は逸らさない。


「それは美亜さん。あなたがここで今戦っているのと同じように、麗君もまた戦い続けているということです」

「え……」


 その天真の言葉が意外だったのか、美亜は驚いた表情を浮かべる。


「少し会話しただけで分かりました。麗君は賢い子です。自分のお姉さんが外で危険な仕事をしているということにも薄々気付いています」

「そんな……」


 その言葉にショックを受ける美亜。


「ですが彼はあえてそれをあなたに伝えませんでした。なぜだか分かりますか?」

「なぜって……」

「それが自分を心配してのことだということまで理解していたからですよ。彼は他でもないあなたの為にそれを口には出さなかったんです」

「私の為に……」


 呆けた様に言葉を出す美亜。


「彼は自分のお姉さんが危険なことをしているのは自分のせいだということも全て理解した上で、あなたを引き止めなかった。それはあなたが自分のために危険を犯すならば自分は自分でできることをしようと決意していたからです。あなたと同じように」

「できることって」

「あなたを信頼すること。そしてあなたが帰って来るまで死なないことです」

「!!!」


 驚く美亜を眺めながら天真は言葉を続ける。


「あの子はあなたを信頼して今も戦い続けています。一人で孤独に、それでも負けないように。そして美亜さん、あなたもまた戦い続けてきたことを私は知っています。たった2週間の付き合いでしかない私に、その戦いがどれほど苦しくつらいものだったのかは確かに理解できません。しかし、」


 そこで言葉を切り、改めて正面の美亜の瞳を見つめる。


「戦いを続けてきて膝を折ることがなかったから今のあなた達がいるんです。そして弟の麗君は今このときも戦い続けているでしょう。姉である美亜さんを信じて。それであなたはここで何をしているんですか?弟のことも信じられずに自分の戦いをここで投げてしまっていいんですか?」


 しばしにらみ合いが続く。いや、美亜の方は告げられた言葉が衝撃だったのか、その目の焦点は合っていなかった。しかし、


「冗談じゃないわ」


 段々と美亜の目に光が戻ってくる。同時に呟いた言葉には確かな力が宿っているように聞こえた。


「誰が勝負を捨てて逃げるですって?ここまで来ていまさら勝負を投げられるものですか」


 その目には再び光、いや炎が宿っていた。目の前の困難に立ち向かい、それを乗り越えようとする不屈の意思が。


「私たちは必ず勝つ。そうでしょう」

「その通りですとも」


 その顔に笑み―ふてぶてしい笑い顔だったが―を浮かべて美亜が天真に問いかけ、いや確定事項を確認する。それに美亜と同じ笑みを浮かべて答える天真。


「よし、そうと決まったら今日はさっさと寝るためにアルコールをたくさん取るわよ!!」

「いやちょっと待ってください美亜さん。そういうお酒はがぶ飲みするものでは……。それに未成年の飲酒はほどほどに」

「うっさい!あんたも飲みなさい!!」


 なにやら歯止めが利かなくなりかけている美亜を説得しようとしている天真だが、未成年の飲酒を止めようとしていない時点で彼も美亜とどっこいどっこいである。


 そうこうしている内に周りを巻き込んでの大騒動へとなっていく。もともとお祭りの最中ということで騒がしかったのが、さらに狂乱の場へと変わっていく。


「……ありがとう」

「私も彼と約束をしましてね“自分の代わりに守ってください”とね」

「……まったく、しょうがないなあ」

「姉弟ですから。そういうものでしょう」


 交わされた言葉も喧騒にまぎれて周りには聞こえない。そんな中で確かに弟の思いを受け取った美亜は、周囲に気付かれないようにそっと目の周りをぬぐう。その様子を気付いていない振りをしながら見守っていた天真は、ゆっくりと自分のグラスを口元に傾けた。

どうも、作者です。

おかげさまでこの小説も読者の数が8000人を超えまして、今月中には一万の大台に乗りそうです。それにあわせて何か企画でも提供できればとも考えております。

さて、特別更新もこれで終わり次週からは通常更新に戻ります。

……2章を終わらせると大口叩いたわりには半分くらいしか進みませんでした。

まあここからはバトルシーンが多くなっていくので比較的早く進むでしょう。多分。

ところで、この小説はカテゴリ的にはラブコメもしくはただのコメディに分類されるものだと思っております。しかしふたを開けてみたところ、

……ラブ無いなあ

……これコメディか?

という内容になってきています(特に今回の話)。

なんだか話が迷走して来ていますが、この物語の終わりはすでに考えてありますので、一応そこに向かってはいます。

予定は未定、とも言いますが。

何はともあれこれからもよろしくお願いします。

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