第3話.白いサルと妄想とチョコレートパフェ
喫茶店ノワール。
メインストリートからはやや離れた場所にある落ち着いた色合いのお店である。マスターは大柄な老年の黒人男性。彼の淹れるコーヒーは絶品で、立地条件の悪さにもかかわらずコアなリピーターが何人もいるのだという。
「うーん。正直あなたのような人がこんな大人の雰囲気のお店を知っているのに驚いたわ」
「ひどいナー美亜ちゃん。俺様こう見えても影の似合う大人の男よ?」
「……なんというかまったく正反対に見えるんだけど。白いし」
「ふっ。それは正に俺様の内面の清廉潔白さがにじみ出ているということだね!」
「影と清廉潔白は両立しないと思うんだけど……」
そんな馬鹿な会話を続けている美亜とハヌマーンの二人。ちなみに天真が何をしているかというと、
「はむはむはむはむ」
「えっと、天真?」
「むぐむぐむぐむぐ。何ですか? 美亜さん」
「あなた甘党だったの?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
美亜のとなりで一心不乱にチョコレートパフェを食べている天真。その表情を見て子供みたいだと思うのは美亜だけではないだろう。ちなみにこの男はパフェの前にチーズケーキも頼んで完食している。
「ここのパフェはまた絶品ですねー。甘すぎずビターなチョコレートがいいアクセントになっています。マスターもいい仕事をしていますね」
「あーうん、もういいわ。好きなだけ食べなさい」
「あ、それではもう一杯」
「「まだ食べるの!?」」
「はっはっはっ。甘いものは別腹だと言うじゃありませんか」
「兄さん。それ普通は美亜ちゃんみたいな女の子の台詞だと思うんだが」
「大丈夫です。異世界だろうと男女平等の精神は変わりません」
「……もういいわ」
もはや何を言っても無駄だと悟った美亜はそれ以上会話を続ける努力を放棄する。気が進まないが正面のハヌマーンに向き直り先ほど中断してしまった会話を再開させる。
「えっとそれでハヌマーンさんは」
「いやーそんな他人行儀な呼び方は無しにしようよ美亜ちゃん。俺様のことは呼び捨てでハヌマーンでOKさ! あ、なんならこう恋慕の情を含んだ声でハヌマーン様とか」
「で、ハヌマーンは今年の大会の予選突破者だって言うのは本当なの」
戯言を途中で寸断して核心の部分について訊ねる。ハヌマーンはわが意を得たりと胸をドンと叩き、
「その通り。こう見えても俺様腕っ節には自信があってね、生活費稼ぎのために賞金狙いで大会に参加してみたんだ。けどやっぱりこう俺様ほどの天才になると予選程度じゃ肩慣らしにもならないというか? まあ本選に勝ち残るのも当然っちゃあ当然なんだけど」
「す、すごいんですね」
そのまま放って置くと自慢話が際限なく続きそうな気配だったので慌てて会話を断ち切る。
「ということは、このまま優勝狙いなの?」
「うーん。それなんだけど、優勝者って魔王軍に優先的に仕官できるって言う話でしょ。でも俺様は自由を愛する一匹狼なわけで軍隊とか組織とか堅っ苦しい所は苦手なのよ。かといって面と向かって断るのもどうかと思うし。正直3位辺りでも十分な額の賞金がもらえるし」
「へえ以外。もっと目立ちたがりやで負けず嫌いな性格かと思ってたのに」
「大人の男は謙虚さも兼ね備えているものなのだよ美亜ちゃん」
そこで余計な台詞と決めポーズがなければまずまずなんだけどなーと内心考える。
「まあでも、美亜ちゃんが応援してくれるなら俺様もかっこいい所を見せなくはないかな?」
「あ、ええと」
「そういえば」
いきなり横から話しかけられて少し驚く二人。見てみればすでに注文の品(追加の2杯目のパフェも含めて)を完食した天真が口の周りを拭きながら会話に参加してきている。
「優勝者にはお偉い様から直々に優勝の証でもある記念の剣がもらえるんでしたよね」
「あ、ああその通りだけど?」
いきなり話しかけられて面食らっているのか、少々どもりながら答えるハヌマーン。
「毎年渡す人物が変わるそうですが、今年は誰がその役を?」
「そういえば明日は本選なのに誰が来てるかって言うのは聞いてないな。去年は確か第1魔軍の将軍様だったはずだけど、今年は誰が来てるんだろ?」
「第2魔軍の将軍が来ていますからその人では?」
「うんにゃ、それだったらもうとっくにそう発表されてるはずだ。それがないから今年はもっとえらいさん、大将軍クラスが来てるんじゃないかと思ったんだけどあの堅物の親父がこんなことで首都を離れるとは思えねーし」
「……なんだかずいぶんと親しげですね。知り合いなんですか? その大将軍と」
「え? ああ、いやそういう噂を聞いただけだって。大将軍はめったなことじゃ首都を離れないって結構有名だぜ?」
なんだか慌てたように取り繕うハヌマーンをじっと観察する。と、
「じゃあ、もしかしたら魔王が直接来てるって可能性は?」
「はっ!?」
唐突に横から美亜が呟いた言葉があまりにも意外だったのか、すっとんきょうな悲鳴を上げるハヌマーン。
「いやいや美亜ちゃん。いくらなんでもそりゃないと思うよ。なんたって6種族の長の一人だぜ? 大将軍以上に首都から離れる確立は低いと思うよ俺様は」
「……本当に?」
ずいぶんと真剣な表情で尋ねてくる美亜に、ハヌマーンは気圧される様に言葉を詰まらせる。
「うーん。そういわれると確かに今年は警備が例年以上に厳重だし、というか将軍クラスが直接出張ってくるんだからその可能性も無きにしも非ずなのか?」
自分で自分の言葉に首を傾げるハヌマーン。どうやら彼も今年の警備の厳重さには疑問を抱いていたようだ。
「はっ、まてよ、てことはもし優勝したら魔王様に直接お声を掛けていただけたりするのか? “貴方のような勇敢で凛々しい戦士は始めてみました。どうかその力を私を守るために使っていただけませんか?”
“貴方を一目見たときから私の命は貴方様のものです。生涯貴方様をお守りすることを誓いましょう。”
“ああ、ハヌマーン。私が愛する唯一人の騎士”
なんていう展開になっちゃったりするのか!? ぐふっぐふふふふふ」
なにやら怪しげな妄想に踏み込み始めたハヌマーンを生暖かい眼で見守りながら、天真はその妄想言語の中になにやら聞き捨てならない内容を発見する。
「すみません。もしかしてと思うのですが、魔王とは女性の方なのですか?」
「えっ!? 知らないの」
その言葉に意識を引き戻されたのかハヌマーンは驚いたような反応を返す。
「あーいえ、私実は2週間ほど前にこちらに来たばかりでして」
「ああなるほど。それじゃあ知らなくてもしょうがないか。というか転化しなかった人間の中じゃあ知らないほうが多いっていう話だしな」
納得したとばかりにうなずく。
「それでどうするんですか? 妄想はともかく優勝してみますか?」
「うーん。そうだなあ、確証はないけど逆に言えば来てないって断定もできないわけだし、だめもとで優勝を狙ってみるか」
「そのだめもとは“優勝できないかもしれない”ではなく“魔王様が来てないかもしれない”なんですね」
「もちろんよ!」
びしっと親指を立てるハヌマーン。と、そこでずっと黙っていた美亜がそんな彼に声を掛ける。
「あの、もし良かったら何だけど私が応援に行ってもいい?」
「なっ!?」
その言葉を受けてのけぞるような体勢になるハヌマーン。そんなリアクションに美亜は慌てて、
「あ、別にどうしてもってわけじゃないのよ? ただ、」
「何てことだ」
「?」
「恋人に優勝を約束し戦いに赴く戦士。数々の強敵に遭遇しそれでも献身的な乙女に支えられ見事優勝を勝ち取る。そしてそこで出会うのは見目麗しい女王。その側に仕えるうちに、だめだと知りつつも引かれていく二人。ああ、男は恋人と使えるべき君主の二人の愛の狭間でどのような決断をなせばよいのか」
ハヌマーンの脳内ではなにやら壮大なストーリーが展開されているらしい。それを生暖かい眼で見守る二人。
「誰が恋人よだれが」
「まあいいじゃないですか。夢を見るのは個人の自由ですよ。たとえ確率が0を通り越してマイナスだとしても」
二人の容赦のないツッコミにも気が付かないハヌマーン。
「そして男は女王と結婚し、恋人と女王付きのメイドさんもその側室になるのであった。“私達は生涯をかけて貴方を愛することを誓います。旦那様”……いい! ものずげくいい!!」
「あ終わった」
「結局ハーレムエンドですか。ご都合主義というかなんというか。挙句の果てにヒロインが増えてますし。ここまで来ると妄想の中の登場人物がかわいそうになってきますね」
「その中の一人が私っぽいんだけど。肖像権の侵害を訴えたほうがいいのかしら。むしろ人権侵害?」
「はっすまねえ。ちょっと未来予想図を描いていただけで決して美亜ちゃんのことを忘れていたわけでは」
「そのまま忘却してくれても良かったんだけどってああもう話が進まないっ!!」
脱線に次ぐ脱線のせいでなかなか話が本筋に戻らず美亜はとうとうぶちきれる。
「だから私が貴方の応援に行ってあげてもいいって行ってるのよ! OKなの?」
「もちろんOKだぜ! そして恋人の熱い声援を受けた男は……」
「それはもうええっちゅーに!!」
結局その後もハヌマーンの妄想、ぶちぎれた美亜のツッコミ、微妙に的をはずした天真の指摘で始終大騒ぎとなり、マスターににらまれて追い出されるように店を後にしたのは日も沈む寸前の夕方のことだった。
「それじゃあねー美亜ちゃん。待ってるよー」
「……あーうん。それじゃあまた明日」
投げキッスをしながら宿に戻るハヌマーンを見送った後、天真と美亜の二人も自分達の逗留している宿へと足を進める。
「それで、なぜ彼の申し出を受けたんですか? まあ想像は付きますが」
歩き始めて数分。何気ない風を装って、横でうつむいて何かを考えながら歩いている美亜に質問をする。
「もちろん大会優勝者に近づくためよ。まあ彼は保険みたいなものだけど」
「確かうちからの参加者で残っているのは二人でしたっけ?」
「そう。やっぱり普通の人間が転化した奴らと張り合うのは難しかったみたい。二人も残ったのはむしろ僥倖と言ってもいいわ」
「まあ、当日取れる手段が多いに越したことはないと思いますが。いいんですか? もし彼が残ったとしたら最悪の場合は貴方が自分でやらなくてはならないんですよ?」
「覚悟の上よ」
ぎりっと奥歯をかみ締めて言い放つ美亜。その表情に鬼気迫るものを感じて天真は自然と顔をしかめてしまう。
「言ったでしょう。私にできることは何でもするって」
「だとしても進んで死地に赴くような真似を好んでしなくても良いはずです」
「死なないわよ」
その言葉は思いのほか強く響いた。
「死ぬもんですか。これが終わりじゃない。まだあの子が元気になった姿も見てないのに死ねるわけないじゃない」
「………」
その言葉を発したあと美亜はうつむいて再び黙り込む。と、いきなり天真がその頭に手を置きわしゃわしゃと髪を混ぜるようになでる。
「わぷっ!? ちょっと、何よいきなり!?」
「まだ硬いですけどあの子の為なら命も惜しくないよりは数段ましですね」
反射的に手をどけて覗き込んだ天真の顔はとても優しい笑みを浮かべていた。不意打ち気味に見せたその表情にあっけにとられる美亜。
「その通りです。これはまだ始まりに過ぎないんですから。きちんと麗君が元気になって独立する姿を見送るまではあの子を一人にしてはいけません」
「……わ、分かってるわよそんな事!!」
ようやく我を取り戻してどもるように言い放つ。
「そうよ!私はあの子の親代わりとしてきちんとした彼女ができるまで……って彼女!? だめだめ麗にはまだそんなの早いから!? 麗は私のところできちんと立派な男になるまでは誰にも渡さないんだから!!」
「あの、なんだか台詞にだんだん娘を心配する男親の心情が入ってきたんですが」
「あの子は嫁には出さないわよー!!!」
「いえですから弟ですって。男の子ですって」
美亜はさっきの笑顔に見とれていたなんて恥ずかしい自分の心を隠すために支離滅裂な言葉を続ける。自分でもだんだん何を言っているのか分からなくなってきているが、それに律儀に対応してくれる天真の存在がなぜだか泣きそうなくらいありがたかった。
今日もこんにちはみなさん。
朝日光司です。
このお正月更新祭りもどうやらこれで最後のようです。明日休めればもう少し更新できたものをっ。
まあ何はともあれこれからもこの小説をよろしくお願いします。
切実に感想、評価も待っております。届いたらうれしさのあまり後2話くらい更新できるかもしれません。




