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一話 告知

 優希は何もせず、ただ浜辺から水平線を眺めていた。太陽はまだ南中しておらず、海岸に彼を除いて人はいない。背後にある道路にも車は通っておらず、海岸には波打つ音のみが響き渡っていた。

 ただでさえ人のいない海辺の田舎町はいつも以上にガランとしている。世界には自分一人しかいないように彼には思えた。最初からいないのか、自分だけを残して滅びたのか分からないが、若々しい初夏とは真逆の虚無感があらゆるところに漂っているみたいだ。


 本来ならば彼は学校に居なければならない時間であったが、うやむやな気持ちを抱えたまま登校する気になれず、こうしているのであった。何故か? それは夢の中にまで遡らなければならない。




 普段の夢はと言えば、特に語ることのないほど平凡な夢。日々の平凡な生活にそれなりの満足感を抱いている彼は、不吉な出来事を暗示する悪夢というものを全く見たことはなかった。まったく平和であるはずの時間にふとそれは現れた。

 今日の夢は常日頃とまったく異なる場所だった。灰色の雲が凄まじい勢いで往来しており、そこは乱気流のなかとでも表現した方がいいところだったのだ。しかし、彼に対して風が吹き付けるなどと言うことはない。


 場所が妙であるだけなら良かったのだが、それだけではなかったのであった。彼が起き上がり、前を向くとそこには人が居た。長い銀髪に白いローブを纏っている碧眼の、自分と同じくらいの少女なのだが、どういう訳か優希は彼女を見据えるとふと空寒さを感じたのだ。見た目は確かに美しいが自らと同世代に見える外見の少女は畏怖すべき存在に思われた。

 彼女は優希に微笑みを投げかけ、こんばんは、と声をかける。彼も応じるべく、軽く会釈をした。すると、彼女は唐突にこう切り出したのである。


『あなたが後七回目覚めると、すなわち七日後にあなたの世界は滅びるよ』


『……はい?』


 予期せず間抜けな声が漏れてしまった。しかし、あまりにも馬鹿馬鹿しく突然の言葉に対する反応など限られているのだから仕方がない。


『まあ、そうだよね。もちろん驚くよね』


 彼女は相変わらず微笑を湛え、優希を眺めている。しかし、その微笑の奥に何があるのか彼には全く見当がつかない。


『これから言うことは信じられないかもしれないけど、全て本当の事よ。だから良く聞いてね』


 変な場所に投げ出されて、突拍子もないことを告げられてあっけにとられている優希を尻目に、彼女は一方的に語りだした。


『あなたたちとは違う世界に生きる、とある人々はある実験に八つの世界を用いることにしたの』


『スマン、文脈がつかめないのは俺の言語把握能力が足りないせいじゃないと思う。一つ一つ説明してもらっていいか?』


『構わないけれど。何処から?』


『まず違う世界というのは何なんだ。地球とは違う惑星なのか、そもそも違う宇宙にあるのか』


『後者だよ。君らの世界の学者がいう所の多元宇宙論というやつ。各世界は互いに干渉することなく存在してきたけど、ある世界、この実験の主体となる世界は壁を越えたの』


『実験ってのは?』


 彼にはそれがどのようなものか大体予想がついていたが、はっきりさせるべく尋ねることにした。


『一世界の容量がどれくらいのものか確かめるってものよ。あなたたちの世界をベースとして、他の七つの世界を統合させる。どのような結末が待っているかは初めに言ったし分かるよね』


『世界が破裂する。分かってるのにやるのか?』


 ずいぶんと酔狂な事をする連中がいるものだというのが彼の感想だ。世界が滅びるというのには、どうにも想像がつかないからか、特段何かを思うということはなかった。日本より遥か遠い地で起こっている紛争などよりもずっと実感を得られない。


『破裂と表現するのが正しいかどうかは分からないんだけど、滅びるのは間違いない。それと、この実験の意義なんだけど、物理的な面だけじゃなくて社会的な面もあるの。でも、これに関する説明はいいね。他に何かある?』


『実験を行う連中は一体どんな奴らなんだ? 神か?』


『君らと同じ人間だよ。でも、全知全能とはいかないけれど、君らから見れば途方もない存在かもね。少なくとも、君らがどうこうできるような人たちじゃない』


 神にも等しいような力を持つ存在。目の前の彼女によれば、どうやっても敵わない相手。彼らは七日後に世界を滅ぼすというのだが、説明された通りなら、自分たちは指をくわえて破滅の時を待つしかない。

 だが、優希はやはり何の感情も持てない。如何せん遠すぎる。


『あなたたちじゃ勝てない相手なんだよね。それは間違いない。でも、崩壊を食い止める方法はあるよ。彼らの世界と七つの世界とのつながりを絶つんだ。そうそう、君らの世界は他の世界全てを救わないといけないから』


『で、それを誰がやるんだ?』


『あなた以外にいないの、残念だけど。やる?』


『……やるよ』


 実感がわかないからか、つい安請け合いしてしまった。でも、違う世界に行けるかもしれないし、なかなか興味深い。どうせ夢の中、というのもあった。夢の中であるからこういう決断ができるのだ。


『八つの世界で崩壊の危機が迫っているのを把握しているのはあなただけ。孤独で厳しい戦いになるけど、それでも本当にやるんだね。まあ、あなたしかやれる人間がいないから、断ればその時点でお終いなんだけど』


『ああ、俺がやってやるさ』


『ありがとう。だけど本当に重要な事だし、起きてからじっくりと考えてね。それで、明日の詳しい説明を聞いてから決断してもらうわ。じゃあ、もう時間もないし消えるね』


 そう言い残して、彼女は細かい光の粒子となり、乱気流の彼方へと消えた。どういう理由で自分がやらねばいけないのか、戦うための手段が与えられるのかとか、そもそもあの彼女は何で、これは夢か現実なのかさえ聞かなかった。

 しかし、この時点では全く問題がないように思えた。事態を軽く考えすぎていたのだ。次の夢で説明してくれるし、いいや。そう思い、急に睡魔に襲われた彼はその場に倒れこみ、眠りに落ちた。

 

 



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