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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第一章:入学式と顔合わせ
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5.四月一日(土)②

 みなとみちを歩きながら、四人で話をする。もちろん、話題の多くはさっき知り合ったばかりの葵ちゃんの事だ。葵ちゃんはかなり積極的に自分の事を話してくれた。たとえば、好きな食べ物はメロンだとか、風を起こす魔法が得意だとか、犬は苦手だとか、そういう事を、葵ちゃんはまるで自慢をするように、生き生きと話した。俺達三人もその都度、自分はどうだ、とか答えてはいたけれど、どちらかと言えば聞く方に回っていた。

 みなとみちの店はどれも、夜七時過ぎでもほとんどが開いていた。店はさっき一通り見たつもりだったが、無意識に校舎の方に気を取られていたらしく、目新しい看板が二つに一つはあった。俺達は少し悩んだ後、司の強い希望もあって、空いていたバーガー店へと入る事にした。

 席に着くと早々に水が運ばれてきて、俺達は各々それを一口ずつ飲んだところで落ち着いた。

「やっとこれで、エリンの事もゆっくり紹介できるな」

 司は最初に、そう言ってエリンが居る――のだろうと思われる――場所を突いた。

「エリンさんというのは、司さんの妖精でしたっけ?」

「そうそう。――ほら、エリン。自己紹介して来いよ」

 司が尚も、指で突く。だがどうも、エリンはその場から動かないでいるようだ。

「おい、人見知りか?」

「あ~……その、私、心当たりがあります」

 葵ちゃんはそう言うと、申し訳なさそうに笑った。俺と小石は、いまいち話に混ざれず、二人でじっと話の経過を見守る事にした。

「田村家は妖精魔法の血筋でして……お家の雑務を、全部妖精にやらせているんです。それがあんまり良い環境でやらせてあげていないから」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。妖精魔法の田村家……って、あの田村家か!?」

「多分、"その"田村家だと思います」

 あんまり誇らしいものでもありませんが、と葵ちゃんははにかんだ。俺は、小石と顔を見合わせた。田村家と言えば、日本で有数の上流家系だ。様々な方面に強大な権力を持っているのだが、確か今の当主には娘が一人しか居ないというので、跡継ぎとして相応しいとかどうとかという話題がたまに我が家の食卓にも上っていた。その田村家の一人娘というのが――葵ちゃんなのか。

「そうだったのか……うっかり田村家のご令嬢をバーガーショップに座らせちゃったけど、僕、今日辺り暗殺されたりしないだろうな」

「……あの、エリンさん。私達の妖精使役のこと、謝らせて下さい。お母さんもお父さんも、強情なので、皆に反対されても中々止められないんです。だから、私、ここを卒業したら田村家を継いで、妖精使役をもっとちゃんとした形にしたいと思っています」

「…………」

 沈黙が続く。そっと司の様子を見ると、司は息を呑んで葵ちゃんの耳元を見つめていた。多分、エリンが葵ちゃんに何かを囁いているのだろう。しばらくして、葵ちゃんがにぱ、と笑って、ありがとうございます、と言った。

「……解決したみたいだな」

「……みたいですね」

 俺と小石は小声でそう言い合って、やはり笑った。田村家には、正直なところ俺達もあまり良い印象を持っていない。だけれど、葵ちゃんの明るくて素直な印象は、暗い田村家のイメージとかけ離れている。エリンも多分、その辺りを受けて、葵ちゃんを認めたんだろう。

「それで、部屋が狭いって叫んでたのか?」

 田村家の屋敷は知らないが、相当大きい事は想像がつく。話題を変えるのに、俺はそう訊ねた。

「そうなんですよ~! 自慢じゃないですけど、これまでは今の部屋ぐらいの大きさの浴槽でお風呂していたぐらいでしたから……ああ、思い出すとまた発作が、せ、狭いぃ……!」

「兄さん!」

「ご、ごめん」

 どうやらパンドラの箱だったらしい。小石は慌てて、葵ちゃんの背中をさすりながら、葵ちゃんの震える手に無理やりメニューを握らせた。

「ほ、ほら、葵ちゃん、何を食べますか?」

「狭いぃぃ……はっ!?」

 小石の作戦は功を奏し、色鮮やかなバーガーの写真は葵ちゃんを現実に引き戻した。

「ご、ごめんなさい、思い出すとそこはかとない寒気が……な、慣れないと、いけませんからねっ」

 嫌味な台詞も、葵ちゃんから出てくると罪がない。そう感じているのは俺だけではないようで、司も小石も笑顔で頷きながら、そうだね、そうですね、と言った。

 葵ちゃんがメニューに集中し始めたので、俺達三人は手持ち無沙汰になって、水をこくこくと飲んだ。

「二人は、何を食べます?」

 小石がそう訊ねてくる。グランドメニューが葵ちゃんに占有されているので、俺は近くにあった、二枚綴りの期間限定メニューを手に取った。『新学期バーガー』は、新学期はじめの一週間限定メニューで、パンの上にトマトとレタス、キャベツ、チーズにバーグ、スパゲティ……と、店内にある全てのトッピングを挟んだ超豪華使用になっているらしい。写真のバーガーは、縦横比が八対一ぐらいで、非常に食べにくそうな見た目をしている。もう一つ、『春のサクラバーガー』は、春限定のメニューで、通常のベーコンレタスバーガーに桜の葉を加えたものらしい。春らしさを味わえる上に、ベーコンレタスバーガーと値段が変わらないので、少しお得らしい。しかし、美味しいのだろうか――。

「じゃあ、僕はこの、『新学期バーガー』にするぜ。食い盛りだからな」

 俺が悩んでいる内に、司は俺と同じメニューを手にそう言った。

「兄さんはどちらにしますか?」

 小石が二択を迫る。待て待て、俺はこの二つから選ぶのか?

「いや、俺もグランドメニューの方から……」

 と思って葵ちゃんを見ると、葵ちゃんはグランドメニューをじっと見つめて、むむむ、と唸っていた。この分だと、いつ決まるか分からない。

「……ね?」

 小石が笑う。仕方ない、どちらにするか――『春のサクラバーガー』でも十分な大きさがあるなら、こっちを食べてみたい気がする。

「じゃあ、『春のサクラバーガー』で」

「了解です。……葵ちゃん、決まりそうですか?」

「むむむむむ~……この『とろーりチーズの海老海老バーガー』というのも美味しそうなのですが、『トマト好きのあなたの為にバーガー』も気になります! このメニュー、私を誘惑する禁じられた書物のようです……」

「どっちも限定メニューじゃないんだから、明日また食べに来たら良いんじゃないか?」

 俺が提案する。葵ちゃんは、はっとした様子でそれもそうですね、と言った。

「それでは、この『とろーりチーズの海老海老バーガー』にします!」

「では、私も同じものを食べます。えっと、注文は……ここに打ち込めば良いのかな」

 小石は、手元の機械を操作して、それぞれの注文を確定させた。――その手があったか。何か文句を言ってやろうかと思ったが、葵ちゃんとバーガーの話で盛り上がる小石の姿を見ると、そんな気持ちも失せた。小石の笑顔は、これまで見た小石の姿の中でも、有数の楽しそうなものだった。

 それからバーガーが運ばれてくると、俺達は話に花を咲かせながら、バーガーの味に舌鼓を打った。




 四人での食事を終えた俺達は、寮のエントランスで別れた。小石は、葵ちゃんと楽しそうに話をしながら、女子寮へと戻っていった。あの分だと、小石にとって重要な気の許せる友人として、葵ちゃんは十分そうだ。……まあ、例の発作の事を考えると、今頃小石は葵ちゃんをなだめるのに苦労している頃だろうけれど。

 部屋に帰った俺は、まずかばんから机の方へと教科書を移動させた。机の引き出しに、筆記用具などを移動させて、かばんの中を制服だけにしたところで、一息吐こうとベッドの上へと腰掛けた。

 しばらく足をバタつかせていると、枕の下で何かが小刻みに震え始めた。肌触りの良いベッドの上を膝をすって移動し、枕を持ち上げる。そこには、トーストを一回り小さくしたぐらいの大きさの、薄い端末が置いてあった。恐る恐る画面に触ると、端末は小気味良いポコン、という音と共に、振動するのを止めた。と同時に、画面に明かりが点った。何か、メールの受け取り画面のようなものが表示される。

「『明青メールシステム・バージョン2.50』……」

 明青学園には、携帯電話の電波が届かない。そのせいで生じる、生徒同士の情報交換の不足を補う為に、この端末同士でメールの送受信が行える。――と、説明欄にはあった。更に読んでいく。――この端末は、各部屋に据え付けのものだが、この島の中であればどこへ持ち運んでもメール機能を利用できる。ただし、端末を操作できるのは端末の持ち主だけであり、別の人間による端末操作は受け付けないようにロックされている。それぞれの端末毎にメールアドレスは決まっていて、これは変更できない。学園内の誰かにメールを送りたい時は、その相手の端末に自分のアドレスを登録しておく必要がある。アドレスの交換は任意で生徒同士、または教員と行ってよい。

「『最初に、任意の三名へ自分のアドレスを送信する事が可能です。送信したい相手の名前と学年をフルネームで記載し、アドレス帳にあらかじめ登録してあるメールシステム管理部へと送信すること。相手が自分のアドレスを登録した時には、同じくメールシステム管理部から登録された事を知らせるメールが配信されます。』」

 いまいち意味を掴めなかったので、俺は説明の最後の部分を口に出して繰り返し読んだ。三度読んだところで、やっと明瞭に意味を理解した。要するに、アドレス交換は自由にやって貰って構わない、という事と、最初に三人まではこちらで登録してやる、という事だ。俺は一瞬悩みかけたが、この明青学園で知り合いと言える相手は三人しか居ない事に気付いて、その三人の名前をメールに書いてメールシステム管理部へと送信した。

 ふう、と軽い溜め息を吐くと同時に、新着メールが三件やってきた。小石と、司と、葵ちゃんからだ。小石と司のものには、淡白に名前とアドレスが書いてあるだけ――多分、俺がアドレスを送ったものも同じ形式だ――だったが、葵ちゃんのメールには、

『ごめんなさい。他の人にも送らないといけないので、清介さんからお二人に回しておいて頂けますか?』

 と、追記があった。なるほど、そんな方法もあるか。三人のアドレスを登録し終えた頃に、メールシステム管理部から端末にアドレスが登録された事を知らせるメールが三通届いたので、俺は早速、葵ちゃんのアドレスを載せて二人に送信した。

 それにしても――こんなメールシステムがあるという説明は、入学までに渡された資料のどこにも書いてはいなかった。島の中でしか使えないという制限を見ても、学園外に開けっ広げに見せられないような理由でもあるのだろうか、と疑ってしまう。それが善良な理由か、そうでないかは、想像しようのない事だが……。

 腕時計を見ると、八時半を少し回った所だった。……この部屋にも、掛け時計が欲しいな。みなとみちの方にインテリアショップがあった気がする。少し値は張るかも知れないが、三年間使うとすればしっかりしたものを買いたい。壁紙も売っていたら、簡素な白壁に貼って雰囲気を変えてみたい気もする。これから暑くなるのだし、部屋にある冷房設備だけでなくて、扇風機もあると風流かも知れない。

 ――昨日まで、調査の事があるのを除いても、明青学園での日々を楽しんで過ごせるか不安だった。だけど今、俺は、今日始まった学園生活に、大きな希望を感じていた。

(十二月十二日・一部改稿)

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