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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第一章:入学式と顔合わせ
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3.入学式③

 勝負は一瞬だった。小早川校長の指の先から現れた数本の矢が、真っ直ぐ俺の方に向かってくるのを、俺は例の傘を応用した魔法で防いだ。小早川校長は、次はどんな追撃をしてくるのだろう。そう身構えた俺の前で、小早川校長はぱたりと倒れこんだ。

 小早川校長の分身のエネルギーが、さっきの魔法だけで尽きてしまったらしい。慌てて駆け寄ろうとしたところで、またさっきと同じ、眩い光に包まれた。

 ――次に視界と意識が鮮明になった時、俺は元の講堂の席に座っていた。辺りを見回すと、どの生徒も俺と同じ様にきょろきょろと目を動かしている。どうやら、全員同時にこの場所に戻ってきたらしい。一体、どんな魔法なのだろう。壇上を見ると、小早川校長がにこにこと笑みを浮かべていた。

「皆、お帰りなさいー。もちろん、合格よー」

 ふぅ、と生徒達から溜め息が漏れた。小石も俺の隣で、良かった、と呟いている。小早川校長は、『神隠し』について俺に訊ねたように、司や小石にも何かを訊ねたのだろうか。後で、話を聞かせて貰おう。

「入学式はこれでおしまいよー。寮の説明はー、生徒会副会長の鵜川(うかわ)さんからお願いねー」

 小早川校長がお辞儀をする。どこを見ているのか分からない細い目、威厳の伴わない話し方、目的がいまいち分からない最終試験……など、色々と複雑なものはあったが、俺を含めたほとんどの生徒が拍手を送った。小早川校長は満足そうにふふ、と笑って、壇から退いた。

 代わりに、今度は制服を着た女子生徒が壇に上る。あれが、明青学園の生徒会副会長か……。

「はい、小早川校長に代わりまして、ここからは副会長の私、鵜川光(うかわひかる)が寮について説明します」

 はきはきとした、とても明瞭な声だった。ああ、まともな人だ――。

「寮は、敷地の西側の建物です。初等一年生の子には、四階から七階までの部屋が割り振られています。寮は北側と南側に分かれていて、南側が女子寮、北側が男子寮になります。それぞれの行き来は自由ですが、午後九時以降は、異性寮への滞在を禁止しています。午後九時以降に男女で会う場合には、寮の中央エントランスなどを利用して下さい」

 四階から七階までと聞いて、俺は再び遠く明青学園にやってきたのを自覚した。スケールが大きい話だ。寮の建物は、一体何階建てなのだろう。

「また、個人個人の部屋割りも、中央エントランスに掲示しています。それぞれ確認して、部屋番号を覚えて下さい。鍵は、事前に送付した生徒手帳がカードキー代わりになります。オートロックなので、生徒手帳を閉じ込めてしまった時には、管理室にマスターキーを借りるようにして下さい。管理室は、中央エントランスの西側にあります」

 司がふむふむ便利だな、と相槌を打つ。独り言ではなくて、恐らくはエリンに向けた言葉なのだろう。

「と、以上が寮の説明になります。ご清聴ありがとうございました、続けて今後の予定をお話しします」

 鵜川副会長の言葉には、ほんの淀みもない。よほどこういう場に慣れているのだろう、緊張も全くしていないようだった。生徒会の副会長となると、いくつなのだろう。初等生か高等生かと言われると、大人びた雰囲気からは高等生に見えるし、声の明るさからは初等生に見える。仮に初等生だとすると、三年生だから俺達の二つ上という事になる。二年後の俺はあんな風に、堂々として話ができるだろうか――。そういう事を考えると、鵜川副会長が、副会長という責任ある役職を務めるのに十分な人に見えて、俺の眼差しの色は自然と尊敬に変わった。

「明日は日曜日ですから、授業がありません。ですから、授業の開始は明後日からになります。クラス分けは、日曜日の午後に、南校舎の掲示板に載せますから、必ず確認しておいて下さい。……連絡事項は以上です。では、最後に――」

 鵜川副会長はそこで、すう、と息を吸った。

「ご入学、おめでとうございます。今日、私達は仲間同士になりました。お互いに助け合って、充実した生活を送って下さい。では、これで終わります」

 鵜川副会長がお辞儀をすると、生徒達は惜しみない拍手を送った。内容は平易なものだったが、思いやりが感じられたし、何より言葉が流暢で格好良かった。

「しまった。僕、副会長に惚れたみたいだ……ぐふあ!」

 司も、つい素直な感想を漏らしてエリンに目を突かれてしまうほどには感動したらしい。小石も、隣で憧れの眼差しを送っている。あの短い、ほとんど事務連絡のような話だけで、こうも人の心を掴むとは。副会長、恐るべしである。こうなると、生徒会長の人柄がどんなものか、かなり気になる。

「では、それぞれ寮に向かってくれ。ただ、人が詰まらないように、時間差を付けさせて貰おうと思っている。まず、最前列の生徒から、退場するように」

 続いて壇に上がった安藤教頭の指示に従って、俺達は講堂を後にした。




 数人の生徒と共に中庭に出、噴水の前を通って西側へと歩く。寮は、俺達がその大きさに呆けてしまった南校舎の、半分ぐらいの大きさをしていた。それにしたって大きいには違いない。大型のガラス扉を押し開け中に入ると、ここにもまた絨毯とシャンデリラが眩く輝いていた。入口の真正面に、さっき鵜川副会長が言っていた掲示板はあった。例によって、魔法で文字を表示しているようだ。掲示板には、生徒の名前とその部屋番号が列記されていた。

「大原清介、大原清介……お、あった」

「私も見つけました。四一三七号室です」

 五十音に並んでいるので、二百十五個の名前の中からでも、自分の名前を見つけるのは容易だった。

「俺は四二一一号室だ。司は?」

「ちょっと待ってくれ、まだ見つかってないんだ――よし、見つけた。七二〇四号室だ」

 山下司、という名前は掲示板の右隅の方にあったようだ。七階となると、少し大変そうである。

「ふっ、新入生で一番高いとこか……清介、羨んでも良いんだぜ」

「いや、ちょっと哀れんでた。一階からの行き来が大変そうだし」

「エレベータがあるって話だったし、そんなに変わらないと思うぞ」

 それもそうか。俺は納得して、頷いた。

「それよか、二人ともまだ晩飯の予定ないだろ? 三人で食べようぜ」

「あ……兄さん、どうします?」

 小石は、そう言って俺を見た。一応、家を出た頃の予定では、二人でどこかの食事店に入って、そこで夕食をとるつもりだったのだ。だけどまぁ、そこに司が加わったところで何の問題もないだろう。

「良いんじゃないか」

「よし、決まりぃ! じゃあ、ここに七時集合、何を食べるかはその時決めるって事で!」

 司が、屈託のない笑顔でそう拳を振り上げる。俺も小石も、司に乗せられて、同じ様に拳を振り上げた。




 部屋は、思っているよりも少し広かった。入口からすぐ左にはシャワー室とトイレがあり、奥には寝室――ベッドと勉強机が置かれている――がある。机もベッドも十分な大きさだったし、その二つだけで部屋の空間を全て占めてしまっているという事もないので、とりあえず不足するほど狭くはない。俺はかばんを机の上に置くと、初めて旅行に来た子供のようにベッドに大の字に横たわった。疲れが、じんわりとベッドの下へ、下へと流れていく感じがする。

 まだまだ序の口なのだ。今日、さっき、やっと入学を終えたばかりなのだ。これから、明青学園での生活が始まる。父から命じられた調査もやらなければいけないが、何もそれが俺の仕事の全てではない。勉強もしなければいけない。友達も作らなければならない。もしかしたら、運命の女性と巡り会う事もあるかも知れない。だが、時間はたっぷりあるのだ。ゆっくりと、丁寧にこなしていけば良い。願わくば、楽しい心持ちで――。

 今日あった沢山の出来事が襲い掛かってきて、俺はそのまま、眠りの方へと落ちていった。

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