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決断

 ふっと目が覚める。そこは今まで見知らなかった天井、でも今では毎日見ている天井。横には大好きな、とても大切な人が可愛らしい寝顔で寝ていた。リズム良く吐かれる寝息が頬に当たりこそばゆく感じるが決して嫌ではない。

 「おはよう。大輔君」

 起こさないよう小声で囁くように朝の挨拶をする。時刻は朝6時。朝は得意では無いが大輔を送り出すために眠い目をこすりながらベットから出る。今日は大輔が仕事に行く日なのでいつまでも寝てはいられない。寒さに体を震わせながらリビングへと行き電気ストーブの電源を入れる。

 「うーん。今朝は何にしようかな」

 あまりたくさん作ってもきっと朝から食べれ無そうなので程々の量で大丈夫だとは思う。それにあまりゆっくり食べる時間も無いだろうし。

 「おにぎりと・・・卵焼きと・・・お味噌汁・・・?」

 レパートリーが無いわけではないが、ハンバーグやらグラタンやら作っている余裕も無いし、きっと大輔が食べきれないと思う。何よりちょっと朝からヘビーだ。手軽に作れるし、おにぎりとかならぱぱっと食べれるだろう。

 炊飯器のほうを確認すると、昨日寝る前に今朝炊き上がるようタイマーをかけておいたのでふっくらと美味しそうに炊き上がっているのでこちらの心配は必要無さそうだ。大きめのボウルにご飯をよそい、そこにごま塩を振る。なんとなく今日はごま塩の気分だった。

 「あちち。ふう、炊き立てはやっぱり熱いです」

 思わずご飯を落としてしまいそうになるが、何とか熱さを堪えおにぎりを握っていく。大好きな人の為に作るご飯はやはり楽しいし、美味しいと言ってもらいたい。適当な数のおにぎりを作って次は卵焼きにかかる。フライパンに油を引いて卵を流し込む。数え切れないほど卵焼きを作ってきたので慣れた手つきで卵を巻いて厚焼きにしていく。これを作っていると昔の母を思い出してしまう。私は母が作る卵焼きが大好きで、母曰く、卵焼きを作ると私はいつも二口くらいで全部食べてしまうほどだったらしい。そんなに欲張ってたかな?

 ふわふわに出来た卵焼きと同時進行で温めていた味噌汁が良い感じに煮立ってきたので火を止める。冷める前に起こしてこよう。






 「・・・・・・大輔君」

 遠くで声が聞こえる。

 「だ・い・す・け・君」

 甘い声が聞こえる。どうやら俺の名前を呼んでいるようだ。起きないといけない気がするが布団の暖かさに勝てず中々意識を起こせない。

 「もう・・・・・・しょうがないですねぇ。それじゃあ・・・・・・」

 呆れた声がすると、不意に口元に何かが触れる。しかも中々離れようとしない。何かが口を塞いでいるようだった。苦しい・・・・・・。

 「・・・・・・ぶはっ!」

 息苦しさに耐え切れず勢い良く飛び起きて新鮮な空気を取り入れる。

 「あっおはようございます。大輔君」

 「はぁ・・・はぁ・・・。お前。今何してた?」

 「何って。中々起きてくれない王子様に目覚めのキスを・・・・・・あいて」

 ふざけたことを言う沙織にデコピンを一発。

 「どうりで息が苦しいと思った。起こしてくれるのはありがたいが、普通に起こしてくれないか?あと、目覚めのキスっておそらく王子様がお姫様にするものだからな」

 「じゃあ、私が王子様で、大輔君がお姫様?」

 「誰がどの配役でとかそういうことを言っている訳ではないし、例え神が俺をお姫様役に任命しようと俺はその意志に背くと思う」

 「そうですかぁ。残念です」

 への字に口を曲げて心底残念そうに言う。いや、この際お姫様云々じゃないんだよ。普通に起こしてくれればそれでいいんだ。

 「とにかく今度から普通に起こしてくれ」

 「はぁい。分かりました」

 本当に分かっているのかは知らんが、これ以上言ってもしょうがないのでベットから出る。朝の貴重な時間を無駄に費やすのは勿体無い。

 「今朝はおにぎりと卵焼きとお味噌汁です。すいません。何作ったらいいか分かんなかったんでとりあえず手軽に食べられるものにしちゃいました」

 「別に構わないよ。お前の作ってくれた物なら何でも美味いからな」

 「えへへ。ありがとっ。さぁ、お顔を洗ってきてリビング来てください。もう食べれる準備出来てますから」

 「はいよ」

 にこっと笑う沙織の頭を撫でて洗顔を済ませに行く。簡単に頭髪も整えてリビングに戻ると食卓にはもう朝食が並んでいた。

 「どうぞ。召し上がれ」

 「いただきます」

 沙織の作ってくれたおにぎりに手を伸ばし口へと運ぶ。塩加減がいい具合に調整されてとても食べやすい。

 「美味い。ホントにおにぎり得意なんだな」

 「まあ誰が作っても同じようなもんですけどね」

 「そう言うなよ。美味いって言ってるんだから素直に喜んでおけって」

 「はい。ありがとうございます」

 「あっ。なぁ沙織。週末クリスマスだろ?だからさ、土曜日に圭介達を呼んでうちでみんなでクリスマスパーティでもしてお前と親睦を深めて、日曜日は二人で過ごしたいと思ってるんだがどうだ?」

 「素敵じゃないですか!良いですね!」

 「まあまだ声はかけてないから決定ってわけじゃないんだけどな。じゃあ今日声かけてみるわ」

 「はい。ご馳走いっぱい作らないとですね!」

 「期待してるよ。それと、昨日の晩に話した知り合いも呼んでもいいか?」

 「はい!もちろんです!」

 沙織の了解も得られたので今度声をかけてみることにする。

 朝食を済ませて部屋で着替えをしていると、ドアが開いて沙織が入って来た。

 「ん?どうした?」

 「あの、大輔君。お願いがあるんです」

 「なんだ?」

 「その・・・・・・大輔君のネクタイ結ばせてくれませんか?」

 「え?別にいいけど?」

 「えへへ・・・・・・。ありがとうございますっ」

 ちょうど結ぼうとしていたネクタイを手渡し、沙織に向き直る。

 「でもどうしたんだ?急に」

 「私、好きな人が出来たら一度ネクタイを結んであげたかったんです。何か新婚さんみたいじゃないですか」

 照れくさそうにしながらネクタイを結んでくれる。何だかそう言われるとこっちも照れてしまうな。

 ぎこちなくネクタイを結んでくれる沙織が愛おしくて思わず頭を撫でる。

 「ふわぁ・・・・・・何ですか?」

 「いや、何でもないよ」

 首を傾げて不思議そうにする。仕上げにキュッとネクタイを締めるとポンポンと胸元を叩いて「はいっ出来ました」っと満足気の沙織。

 「でも改めてスーツ姿見るとやっぱりかっこいいです。男の人はスーツが一番ですよね」

 「そうか?俺はかたっくるしくてあんま好きじゃないんだよなぁ」

 この首周りが締め付けられるのがどうも苦手なんだよな。

 「あーだめですよ。せっかく結んであげたのにそんな動かしちゃ」

 「はいはい」

 鞄を手に取り玄関で靴を履く。

 「それじゃ、行って来るよ」

 「はいっ。いってらっしゃい」

 今の季節では見る事の無い向日葵のような眩しい笑顔で見送られる。誰かに見送られることを改めて良いものだと再確認して、憂鬱気味だった心が少し晴れてきた気がした。






 寒い朝の冷気に震えながら会社へと向かう中、どう退職届を出すかを考えていた。もうこの会社に未練はない・・・・・・と思う。確かに圭介や巴のように近しい同僚もいたがどうしても残りたいとは思わなかった。いや、思えなかったのだ。会社が俺を見切ったのか、それとも俺が会社を見切ったのか。何ともおこがましい話だが、俺が見切ったと言ってもいいかもしれない。きっとこの会社には残れない。残ったとしてもきっとやりにくさが必ず纏わり付く。考え事をしながら歩いていたせいか、もう会社の前まで来ていた。すると、ちょうど目の前に一人の男がいた。その男が俺の存在を捉えた。

 「・・・・・・おはよう。上倉」

 「・・・・・・おはようございます。五十嵐さん」

 五十嵐雅也さん。俺の3つ年上の先輩だ。ちなみに俺は21歳。言ってなかったっけか?

 五十嵐さんは俺の顔を見ると居心地悪そうに挨拶だけしてそそくさと社内へと入っていく。俺もいつまでも外で立っている必要は無いので後を追うように社内へと入った。

 タイムカードを切り、見慣れた廊下を歩く。何人かの社員とすれ違ったので挨拶をするが、皆俺のことを避けているような気がした。被害妄想かもしれないけれど。事務所に入り自分の机へと座り、散らかった資料などを改めて再確認。といってもこれは全て次の人に引き継がれるものなのでまとめておかねば迷惑がかかってしまう。必要な資料と必要のない資料と分別をする。こう見ると随分と資料を溜め込んでいたようだ。何ヶ月も前のプロジェクトの資料や、どこからか回ってきたのかピザ屋の出前のチラシ等、どうでもいいものまで出てきたりした。自分で言うのも何だが非常にだらしない。

 「おはようございまーす」

 資料整理をしていると、圭介と巴が出勤してきた。あいつらいつも一緒にいるな。

 「おはよう。圭介。巴」

 「おはよ大輔」

 「おはよう上倉君」

 圭介が左隣の席、巴が右隣の席へ腰掛ける。圭介の机は俺と同様散らかり放題で資料やら、飲んだコーヒーの缶やらが積んである。こいつに比べたら俺の机なんて綺麗な方だ。一方巴の方を見ると、知り合った女の子とのツーショット写真がたくさん飾ってある。しかも何枚も飾ってある写真に被りの子はいないようで、全て別の女の子との写真だった。こいつは下手なナンパ師よりもナンパ師やってるのかもしれない。しかもメガネを掛けると知的に見えるのでそこに惹かれる子も多いだろう。素材はいいが、中身は女好きだ。

 「そういえばよ。大輔のクビってもう決まっちまったのか?どうにかならねえのかよ」

 「ならないだろうな。最初は俺も戸惑ったよ。何で俺がこんな目にって。でも何かもう諦めた。お前等といられなくなるのは心惜しいけど」

 「どうせお前のことだから自分から届け出すつもりなんだろ?」

 「え?何で分かった?」

 「そりゃ分かるっての。どうせあれだろ。クビを言い渡すより、自分が届けを出した方が後腐れが残らないだろうとかそういう変な気遣いしてんだろ?」

 図星だった。読心術の心得でもあるのだろうかと思うくらいぴったりと言い当てやがった。

 「もしそう考えてるなら悪いが後腐れ残りまくるぞ。少なくとも俺等の中では」

 「ええ。私達はあなたが犯人だとは思っていないもの。それなのに会社はきちんと調べようともせずにあなたを犯人として吊るしあげ、その上解雇まで言い渡す。不満を抱かないわけないでしょう?」

 「それはそうかもしれないが・・・・・・」

 「それによ。これって不当解雇じゃねえの?まだお前が犯人って決まったわけじゃねえのによ。決断早すぎるだろ」

 「会社としてはきっと早くこの件を終わりにしたいのよ。例え明確な証拠が出なくても怪しい人間が犯人として表に浮かべばそれでこの件を終わりに出来るでしょ。早くケリをつけないと上の人の圧力とか色々あるのよ。良くわかんないけど」

 巴が口元に手を当てながら言う。

 「でも、大輔がやったっていう証拠は・・・・・・」

 「いいんだ圭介。どうせ本当のことが分かっても俺の居場所はもう無いよ。一度失った信用を取り戻すのは相当な時間がかかる。」

 「大輔・・・・・・」

 悲劇の主人公になったような口ぶりになってしまったかもしれないが本心であった。

 「俺がいなくなってもお前等がいればこの会社は安泰だよ」

 「冗談言うなよ。もう仕事溜まりすぎててんてこ舞いなんだよ」

 「それは高村君の効率の悪さが原因じゃないの?」

 「うるせえよ!」

 こうやって3人で冗談を言い合いながら朝礼までの時間を過ごした。さっきの言葉取り消そう。こんなやり取りが出来なくなるって考えると少し未練が残るかもしれない。






 朝礼で伝達事項を手短に話してそれぞれが仕事へと取り掛かる。俺はというと持参してきた退職届を手に社長室のドアの前で立ち止まる。これを出したらもう後には引けないんだな。怖気づいたわけではないがやはり少し緊張する。

 「上倉?何をしているんだ?」

 突然声をかけられその主の方へと向き直ると、そこには部長の姿があった。

 「部長・・・・・・いや、ちょっと社長に話がありまして」

 「話?・・・・・・。お前、それ・・・・・・」

 部長が俺の手に握られている退職届に気付き、何かを察したようだ。

 「上倉・・・・・・。本気なのか?」

 「はい。クビを言い渡されたわけですが、改めて僕がこれを出したほうが会社的にも後味は悪くないんじゃないかと思いまして。それに退職金出たらラッキーだなって」

 冗談っぽく言ってみたが、部長は真剣な顔で俺を見つめている。

 「・・・・・・。考え直してみないか?俺が社長に掛け合ってもいい。もう一度・・・・・・。もう一度良く調べてもらおう。最初から全てを。俺はお前がどのくらい真剣に仕事に取り組んでいたか知っているつもりだ。面倒な仕事を自分から引き受けたり、遅くまで残って仕事をしていたり、後輩の面倒もちゃんと見ている。人一倍努力をしている奴なんだって。俺はな・・・・・・どうしてもお前がやったとは思えないんだよ・・・・・・絶対他に犯人がいるのではないかって・・・・・・」

 「部長・・・・・・」

 その声が微かに震えていたことに気付いた。目を真っ赤にさせながら顔を歪ませて悔しそうに涙を流してくれている。部長はとても厳しい事で評判な人だった。でも、ここまで情に深い人だとは思わなかった。しかも俺の事を理解してくれていた。そんな部長がこんな俺の為に涙を流してくれていることが不謹慎であるがとても嬉しかった。

 「ありがとうございます。お言葉、とても嬉しいです。でも、もう決めたことですので・・・・・・。ありがとうございます」

 「すまない・・・・・・。俺に力が無いが為にお前の無実を明かしてやることが出来なくて・・・・・・。自分の無力さが情けないよ・・・・・・」

 「やめてくださいよ部長。部長が責任を感じる必要無いじゃないですか。顔をあげてください」

 非があるわけでも無いのに部長は自分が悪いと言わんばかりに頭を下げている。そんなことされてはこっちも困ってしまう。

 「とにかく、社長と話してきます」

 「・・・・・・。ああ。分かった。引き止めて悪かったな」

 目元を拭うと部長は立ち去って行った。最後まで迷惑かけてしまったことを反省する。これ以上他の人を巻き込んでしまっては申し訳ないし、この件に関して首を突っ込ませてしまっては変に疑いをかけられるかもしれない。それだけは絶対にダメだ。

 「ふぅ・・・・・。よし」

 数回ノックすると中から「どうぞ」と返事が聞こえてきた。

 「上倉です。社長にお話があって参りました」

 これが最後の仕事だ。退職届を握る手に力を込めた。

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