再会
つんつん。
「・・・・・・」
つんつんつん。
「・・・ううん・・・」
「ふふっ。ホントに大輔君は可愛い寝顔してますね。食べちゃいたいです」
何だろうか。何やら身の危険を感じてる気がする。俺の睡眠の邪魔をする奴は誰なんだ。
つんつん。
それに、先程から頬に若干の圧迫感を感じる。俺の睡眠を妨害している根源を追求すべく、意識を覚醒させる。
外の世界の眩しさに目を細めながら開けると、そこには沙織が優しい笑顔で見つめていた。
「おはようございます。大輔君」
「ああ・・・沙織か。おはよう」
「もう朝ですよ。今日は私の方が早く起きたんでご飯作っておきましたよ。ほら、早く起きてください」
「はいはい・・・」
うーん。もう少し寝ていたい気もするが、せっかく朝食を作ってくれたみたいなので冷めないうちに頂くことにしよう。
ベットから這い出ると、外の寒さに思わず身震いする。相変わらず寒い。
「さっむ・・・エアコンのタイマーか何かかけておけばよかったな」
「慣れればへっちゃらですよ。これくらいの寒さ」
「俺はあんま寒いの得意じゃないんだよ。どっちかっていうと暑い方が得意なんだ」
「そんなに寒いですかー?んー・・・じゃあ・・・えいっ」
ぴとっ
そんな効果音が聞こえてくるかのように、沙織が俺の体に抱きついてきた。
「どうですか?あったかいですか?」
「あったかいけど、動けないから離れてくれ」
「もう。わがままですねー大輔君は」
頬を膨らませながら体を離してくれる。でも確かにちょっと暖かかった。
「もうご飯出来てますからね。お顔洗ってきてください」
そういうとパタパタとリビングに戻って行った。俺もいい加減起きよう。
イスにかけておいたカーディガンを羽織り、洗面所で洗顔を済ませる。
今日の朝食は和食だった。ご飯に味噌汁。焼き魚に焼き海苔と厚焼きたまご。
「さぁ、召し上がれ」
「いただきます」
まずは味噌汁に口をつける。うん。美味い。
「ホントに美味いな。お前の作る味噌汁は」
「そうですか?えへへ。ありがとうございます」
俺の好きな塩加減でとても飲みやすい。これなら毎日飲みたいな。
「てか、お前卵焼き好きなのか?こないだの肉じゃがでも出てきただろ?」
「ああっこれですか?昔から卵焼き大好きなんですよ。・・・お母さんが良く作ってくれて・・・」
「そっか・・・。じゃあこの味付けはお母さんと同じってことなのかな?」
「まあ卵焼きなんて誰が作っても大体同じような味ですよ。でも、気に入っていただけたなら嬉しいです」
口にするとふっくらとした食感に、ほんのりと甘さが広がる。甘い卵焼きはあまり好きではなかったが、この卵焼きは何故か食べられる。
「ああっ。これも美味いぞ。ホントにお前は料理上手だ」
思わず頭を撫でて賞賛を与える。
「ふわっ・・・えへへ。ありがとっ」
頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じて俺の撫でる手を受け入れる。
「あっそうだ大輔君」
「ん?なんだ?」
焼き魚の骨を取り除いていると、沙織が徐に話を繰り出してきた。
「今日なんですけど、私ちょっと行かなきゃいけないところがあるんで、出掛けてきますね」
「出掛ける?どこ行くんだ?」
「あー・・・内緒です」
「なんだそれ。この辺に新しい知り合いでも出来たのか?」
「まあそんなところです」
「ふーん。まあいいや。分かった。帰りは遅くなりそうなのか?」
「いえ、夕方までには帰れると思いますので、晩御飯は私が作りますよ」
「そうか、分かった。気をつけてな」
ふむ。出掛ける用事か・・・一体どこに行くのやら。まあ危ない所では無さそうな感じだし別に無理に詮索しなくてもいいだろう。
味噌汁をすすりながら思考を巡らせるも、解決には至らないのでこの辺でやめておく。
美味い朝食を済ませて、沙織を見送ると自分も出掛ける準備をする。来月からの仕事探さないといけないしな。
私服に着替えて家を出る支度を済ませ、地元の職業案内所へと向かう。出来れば世話になりたくは無かったが、そうも言ってはいられない。覚悟を決めて目的の地へと足を運んだ。
「はぁ・・・」
覚悟を決めると言っても、正直なところ心のどこかでは軽く見ていた。言うて仕事の一つくらい内容を選ばなければ見つかるだろうと。だが自分がいかに甘い考えを持っていたかを再確認した。選ばなければとは言ったが、本当に選ばなければの話だ。生憎だが俺に体力勝負の仕事は無理だし、何か資格や免許を持っているわけでもない。中々思い通りには行かなく、逃げるようにその場を後にした。
んー。どうするかな・・・。
途方に暮れながら寒空の下歩いていた。家には沙織はいないしどうせだからこのまま昼飯もどっかで済ませるか。午後からまた歩き回ろう。バイトでもいいから何か見つけないとな。
まずは腹ごしらえをするべく昼食を取れそうな場所を探す。だが、この辺はあまり人通りも多くないので飲食店もあまり見かけなかった。路地の間を歩いてみたり、駅のほうへと歩いてみると、段々と人の多さが増えてきたのでこの辺に何かしらあるとは思うのだが。
辺りを散策していると、少しくたびれた感じの洋食屋があった。
「まあ・・・ここでいいか。食えればどこでもいいし」
空腹具合も中々だったので、巡り合ったのも何かの縁。とまでは言わないが、ここで昼食としようと思う。
店の戸を開けると中からほんわかとした声が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ~お好きな席へどうぞ~」
声の指示通りに窓際の席へと腰をかける。
「いらっしゃいませ~。ご注文が決まりましたらお呼びくだ・・・あれ?・・・もしかして、上倉君?」
「え・・・?」
メニューを見てた顔を声の主へと向けると、そこには知っている顔があった。
「えっと・・・もしかして・・・帆乃夏か?」
「そうだよ!うわぁ・・・久しぶりだねぇ~。元気にしてた?」
「あ・・・ああ。まあそれなりにな」
「そっかそっか。それにしても上倉君。何かかっこよくなったね」
「何だいきなり。褒めても何も出ないぞ」
「別に他意はないよぉ。っと、いけないいけない。ご注文はお決まりですか?」
「え?・・・ああっ。えーっと。じゃあミートソーススパゲティと、ホットコーヒー」
「はい。かしこまりましたっ」
メニューを取り、オーダーを告げに小走りで去っていった。
今のは「宮園帆乃夏」と言って、高校時代の数少ない友人の一人だ。友人が多かったわけではないが、彼女がいたから友人が少ないことで困ったことは無かった。外見はショートボブに派手すぎない控えめな茶髪。それに少し眠たそうに見えるのが可愛らしいたれ目をしており、喋り方もおっとりしている。卒業してからは全然連絡を取っていなかったが、まさかこんなところで再会するとは思ってもいなかった。
「はいっこちらミートソーススパゲティとコーヒーになります」
メニューを読むのと同時にテーブルの上に食器を並べ、なぜか俺の正面の席に腰をかけてきた。
「ん?なんでお前まで座ってるんだ?」
「ちょうどお昼の休憩もらったの。あっお父さん。私もコーヒー欲しいなぁ」
「ちゃんと代金はもらうからな」
「え~。ケチ~」
カウンター席の奥にあるキッチンで皿を拭いていた渋い男性はお父さんと呼ばれるところを見るとどうやら帆乃夏の父親らしい。初めて見た。ってかここもしかしてこいつの家だったのだろうか。だったら今まで全然気付かなかったんだな。
コーヒーを帆乃夏の前に置くと帆乃夏のお父さんは店の奥へと姿を消した。
「ここお前の家だったのか?」
スパゲティを頬張りながら先程抱いた疑問を問いかけてみる。
「そうだよ。知らなかった?って、うちに遊びおいでって誘ったことなかったもんね。うち洋食屋だったんだ。びっくりした?」
「いや、びっくりというわけじゃないけど。お前もこうやって店に出て手伝いしてんのか?」
「うん。こうやってお父さんのお手伝いしてお小遣い稼いでるの。自分の家なら色々自由利くしね」
「なるほど。確かに理想の職場だ」
何せ自分の家だもんな。
「上倉君は?今何してるの?」
「一応・・・しがないサラリーマンしてるよ。今月までは」
「え?どういうこと?」
「クビになった。来月からはプー太郎だ」
「えぇ!そうなの?じゃあどうするの?来年からお仕事ないじゃん」
「だから探さないと行けないんだけどな。まあこれが中々見つからないんだよ」
「そうなんだ。やっぱ今不景気不景気って良く言うから大変なんだねぇ」
他人事のようにコーヒーを啜る。いい気なもんだ。
「じゃあ今はまだ来月からの予定は決まってないんだ」
「そういうことになるな」
「そっか・・・なるほどね・・・」
「・・・・・・?」
何に納得したんだろうか。不思議に思いつつスパゲティを食べる。美味いなコレ。
「あっそうだぁ!」
帆乃夏にしては大きめな声を上げて立ち上がる。
「なっ、なんだなんだ?」
「上倉君さ、お家この辺だよね?」
「そうだけど」
「新しいお仕事が見つかったとしたらお家から近いほうが良いよね」
「まあ遠いよりはな」
「ちなみに接客って得意?」
「まあ得意じゃないけど、働けるならあまり贅沢は言っていられないわな」
「そうだよね。そうだよね」
うんうんと頷く。何が言いたいんだ。
「じゃあちょっと待っててね!」
そういうと先程お父さんが消えて行った店の奥へと入って行った。何なんだ一体。
とりあえず良く分からないので大人しく待つことにする。
スパゲティも平らげて、コーヒーを啜っていると、やっと帆乃夏が戻ってきた。何やら紙切れを一枚持って。
「はい、上倉君。ここに住所と名前と電話番号とか色々書いて」
「・・・・・・は?」
え?どういうこと?
「あなたは明日からこの店のウェイターさんです」
「・・・・・・は?」
いや、え?
「お仕事探してるんでしょ?だったらうちで働きなよ。ちょうど人で増やそうってお父さん言ってたんだ」
「いや。待て待て。俺はまだ何も言ってないだろ。それに明日からってまだ今月は社員だぞ俺」
「どうせ行っても意味無いんだから有給使って全部休んじゃいなよ」
「いや、にしてもだな。いきなり採用ってわけじゃないだろ。常識的に考えてさ」
「でもお父さん良いってよ?お前の知り合いなら悪い人じゃないだろって」
「う・・・うーん」
何故か信用されている。まあそれはありがたいが。にしても数年ぶりに再会したのにいきなりこんな優遇されていいのだろうか。まあ確かに仕事は探していたが。
「でも、いいのか?俺接客業は経験ないぞ?」
「大丈夫だよ。私が教えてあげるから」
「それにそんな急に雇ってもらってなんか優遇されてるみたいで」
「気にしないでいいよ。逆にあんまお給料出せないけどそれで良ければってお父さん言ってるし」
まあ正社員として働いてた頃に比べたら給料は少ないが、それでも普通ではいきなりこんなにもらえないだろうっていうくらいの額ではある。さっきもこいつが言ってたが、家も近いし。悪い条件ではない。
「じゃ・・・じゃあ。お世話になります」
「はい。これからよろしくお願いします!」
柔らかな笑顔で握手をしてくれた。
「あっじゃあ帰る前に一回お前のお父さんに挨拶させてくれ。あと、明日からはさすがに無理だ。明日有給の手続きだなんだって済ませないといけないし、有給中だからって働いてるのバレたら色々面倒だからな。まあ明日1日で全部済ませるから明後日なら」
「そうだよね。さすがに急すぎたね」
ぺろっと舌を出してはにかみながら中へと案内してくれた。
お父さん・・・少し気が早いが店長と呼ばせてもらおう。店長に挨拶と、ちょっとした世間話をしてコミュニケーションを図る。何とも大らかな人で、いきなり現れた俺を歓迎してくれた。仕事に関する話はまた後日ということで、今日はこの辺でお暇させてもらった。
「じゃあ、明後日からよろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく。先輩」
「んもう。やめてよ~」
という割りには少し嬉しそうな帆乃夏。まあこのままにしておこう。
あまり長居した覚えは無かったが、思いのほか会話が弾んだ為、少しお邪魔になりすぎてしまった。店長は昼がすぎれば暇だからと引き止めてはくれたがあまり仕事の邪魔はできない。
沙織との出会いといい、帆乃夏の再会といい、いきなり内定をもらえたりといい、少し早いクリスマスプレゼントをもらった気分だった。