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初恋記念日

 遊園地を後にして、俺達はいつもの歌を歌うために場所を移動する。いきなりではあるが、恋人同士となった俺達の間には少しギクシャクした雰囲気が立ち込めていた。まあまだ実感は沸かない。

 「今日はどこで歌うんだ?」

 「んー。駅前です。またあそこに行こうかと」

 「でもいつも同じ場所でいいのか?たまには場所を変えて気分転換みたいなことをしてもいいんじゃないのか?」

 「そうですけど、あそこは私と上倉さんが出逢った思い出の場所です。あそこで歌いたいです」

 はにかむ沙織の笑顔を見て俺も自然と笑みが零れる。

 「じゃあ駅前に行こう。でも俺もついて行っていいのか?俺は楽器は出来ないから邪魔にならないか?」

 「ただ傍にいていただけるだけで大丈夫です。その方が安心します」

 本当に嬉しそうに言う。そんな表情豊かな沙織を見ていたらこっちまで嬉しくなってくる。

 「分かった。お前の一番近くで俺の大好きな歌を聴かせてくれ」

 「はい!」

 自然と距離は縮まり、どちらからともなく手を繋ぎ合って駅前へと向かった。




 いつも通りの演奏を終えて俺達はスーパーへと来ていた。

 「何が食べたいですか?今日は私達がこ・・・恋人同士になった記念日です。上倉さんの好きなモノ何でも作ってあげたいです」

 顔を真っ赤にしながら要望を聞いてくる。そんなに照れることも無いだろう。そんな純粋なところも可愛いのだが。

 「俺はお前が食べたい」

 真顔で冗談を言ってみる。

 「な!何言ってるんですか!上倉さんのえっち!」

 「くすくす・・・。冗談だよ。そうだなー・・・。じゃあお前の一番得意な料理を作ってくれよ。俺はそれが食べたい」

 「んー・・・そうですねぇ・・・。じゃあおにぎりなんてどうですか!」

 「お・・・おにぎりか?」

 いや、確かに嫌いじゃないし、お前の得意な料理って言ったが・・・それにしてもだな。

 「他に無いのか?カレーとか、ハンバーグとかさ」

 「苦手じゃないですけど・・・でも上倉さんが一番得意なものが良いっておっしゃるから・・・おにぎりお嫌いですか?」

 目を潤ませながらまるでおにぎりを食べてもらいたいと声を出さずに伝えてくるかのようだ。うーむ。

 「分かった。それじゃあお前の一番得意だっていうおにぎりを食べさせてくれ」

 「はいっ!かしこまりました!」

 元気良くオーダーを承った沙織はパタパタと先を走って行ってしまった。

 「ふぅ・・・」

 息をつくと沙織の後を追う。

 「沙織。それじゃあ俺も一緒に作るよ。共同作業だ」

 「共同作業・・・」

 顔を赤くしてモジモジしながら。

 「そうですね・・・私も上倉さんと一緒にお料理・・・したいです」

 「あっ・・・」

 外の寒さをも忘れてしまうような暖かい笑顔を作る。

 なんだよ。嬉しそうな顔しやがって。抱きしめたくなるじゃねえか。

 「よ・・・よし。それじゃあ中に入れる具選んでさっさと帰ろう」

 「はい!」

 まあこいつと一緒ならメニューなんて何でもいいさ。



 「ただいまー」

 「ただいまー」

 適当に買い物を済ませ、二人揃って家に入る。すると、俺より先に靴を脱いで上がった沙織がこちらに向き直った。

 「上倉さん上倉さん」

 「ん?なんだ?」

 「んー・・・」

 「・・・?」

 沙織が目を閉じて物欲しそうに口をすぼめる。

 なんだ急に。

 「どうした?沙織」

 訳がわからず問いてみると沙織が頬を膨らませる。

 「んもう!分からないんですか!お帰りのちゅうですよ!」

 「分かるかそんなの!」

 いきなりの不満に全力で応戦。だってそうだろ。

 「ほら、さっさと飯作るぞ。腹減ってんだよ」

 「上倉さんホント乙女心分かってないですね」

 「・・・そんな俺を好きになったお前の負けだよ」

 「ふぇ・・・うう~・・・上倉さんいじわるです」

 「ちなみに俺もお前に惨敗だけどな」

 「え・・・ふふっ。じゃあお互い様ですね」

 「そうだ。お互い様だ」

 こういうのをバカップルって言うんだろうか。今までこういう経験ないから良く分からんが、まあ普通ではないだろう。端から見たら馬鹿にされそうだ。

 コートを置いて手を洗い、大き目のボールにご飯を盛る。

 「俺おにぎり作るとどうしても丸くなっちまうんだよな」

 昔ばあちゃんに教わったのがこの丸い握り方でずっとそのやり方だったから三角のおにぎりを作ったことが無い。些細なことではあるが。

 「そうなんですか?私からしたら逆に丸くなる方がすごいです。私さんかくしか作れません」

 「そうか。ならどっちが握ったかってのは一目で分かりそうだな」

 「はい。味比べしましょう!」

 「比べるまでも無くお前のが美味いだろうよ」

 こいつの料理の美味さは昨日の肉じゃがで確認済みだ。今更比べる必要無くこいつの料理のが美味いに決まっている。

 「そんなことないですよ。上倉さんお料理上手みたいじゃないですか。朝のオムレツも美味しかったですし」

 「おにぎりとオムレツじゃ全然違うだろ」

 あーでもないこーでもないといいながら二人でおにぎりを握る。

 「上倉さん・・・」

 「なんだ?」

 「こうやって二人で台所に立って・・・何か私幸せです。」

 「奇遇だな。俺も同じだ。今まで一人だったのが今はお前が隣にいるんだからな」

 すごく暖かい。誰かと一緒ってのはこんなに良いものなんだな。

 一人じゃないことに喜びを感じていると、こちらを見ていた沙織が何かに気付く。

 「あっ上倉さん。ほっぺにご飯粒ついてますよ?」

 自分の頬を指差して教えてくれる。

 「え?どっちだ?」

 「少しかがんでください。取って上げますから」

 「ん?おう」

 沙織が届くように少し前屈みになる。てっきり手で取ってくれると思っていたんだが。

 「ん・・・ぺろ・・・」

 ×手 ○舌。

 「な・・・何してんだ!」

 慌てて姿勢を戻す。

 「だからご飯粒が付いてたから取ってあげたんじゃないですか」

 「普通に取ってくれ普通に!」

 ホントにこいつの普通はどこかおかしい!

 「くふふっ。そういいながら顔は嬉しそうですよ。上倉さん」

 実にいやらしい笑みを浮かべながらしてやったりという。

 「お前・・・覚えておけ」

 「んー。覚えられたら覚えておきますよー」

 上機嫌に鼻歌を口ずさみながら淡々とおにぎりを作る。

 たく。嬉しいけどさすがに恥ずかしい。

 それぞれ形の違うおにぎりを作った俺達は、昨日沙織が作った味噌汁を温めて食卓に並べる。

 「それじゃあいただきまーす!」 

 「いただきます」

 手を合わせると、お互いが作ったおにぎりを取り一口。

 「うん。確かに一番得意というだけあるな。普通に美味い」

 「でしょ?まあ同じくらい昨日の肉じゃがも得意なんですけどね」

 当然と言わんばかりにまさかの発言。

 「っておい!だったらそう言えよ!」

 「えー?だってさすがに二日連続で肉じゃがって面白くないじゃないですかー。それに、大事なのは何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかですよ。私は上倉さんと食べられれば何でもいいです」

 「じゃあ肉じゃがでも良かったじゃないか。俺は肉じゃが好きだから二日連続でも構わん」

 「それとこれとは別ですの」

 何が別なのか俺には分からんが。

 「肉じゃが談義はどうでもいいんですよ!そんなことよりほら、上倉さん。あーん」

 自分の食べていたおにぎりを俺に差し出してくる。ったく。

 「・・・あーん」

 まあ満更でもないので素直に口を開く。

 「どうですか?沙織ちゃんとの間接キスのお味は」

 「うむ。最高に美味だ」

 「はわわ・・・・・・そ・・・そんな素直に感想を言われるとは思ってませんでした・・・」

 予想外の返事が来て思わず戸惑う沙織。

 「自分で言っておいて何照れてんだよ」

 「だ・・・だって・・・上倉さんが・・・」

 「なぁ?その上倉さんってのもうやめないか?」

 「ええ?でも・・・それじゃあなんて・・・」

 「俺達一応・・・つ・・・付き合ってるんだから名前で呼んでくれないか・・・?」

 女性経験が無いためこういうときどうしたらいいか分からない。ワガママ言っちまったか?

 「うう・・・じゃ・・・じゃあ・・・だ・・・大輔・・・君」

 「うおっ」

 やばい。最高に可愛い。最高に天使だ。まさにぐうの音も出ない程の天使だ。

 「お・・・おう」

 なんだこの曖昧な返事は。馬鹿か俺は。

 「えへへ・・・なんか恥ずかしいです・・・」

 「ふふっ俺もだ」

 二人で笑いあうと、そのまま吸い込まれるように沙織にキスをする。

 「ん・・・ふぁ・・・んもう。大輔君。欲しがり屋さんですね。でも今はお食事中ですよ」

 「えー?ここでお預けか?手厳しいな」

 「はいはい。早く食べちゃいましょうね」

 あしらうように食事を続ける沙織。何だか立場が逆転しているような。

 


 食事を終えて食器を片付ける。

 「大輔君。今日は先にお風呂入ってください。昨日は私が先に入らせてもらいましたから」

 「ん?いいのか?」

 「はい。どうぞお構いなく」

 「ならお言葉に甘えて先に入らせてもらうよ」

 「はーい。いってらっしゃい」

 残りの食器を沙織に託し、一旦自室で着替えを用意して脱衣所へ向かう。

 服を脱いで風呂場に入ると、そこはとても冷え切っていて思わず体が震えてしまいそうだった。

 「さっむ・・・沙織いつの間に風呂沸かしておいてくれたんだ。助かるけど」

 寒さに耐えかねて湯船のお湯を足元からゆっくりかける。ふぅ・・・生き返る。

 かけ湯で体を暖めて頭を洗う。

 何だろうな。

 おそらく俺だけじゃないだろう。頭を洗っていると誰もいるはずは無いのに、すっと風呂場のドアが開いて自分の後ろに誰か立っているような感覚。

 その時、背後に少し冷たい感じがした。隙間風でも入ってきたのだろうか。いや、ドアは閉めたはずだが。

 「ふふっ大輔君・・・。来ちゃいました」

 「んなっ!」

 いきなり背中に柔らかい感触がする。

 「お前!沙織!」

 「なんですかぁ?」

 「何ですかじゃねえよ!何してんだお前!」

 「何って、一緒にお風呂入ろうかと思って」

 「にしてもタイミングを考えろ!今頭洗ってて目つぶってんだからびっくりするだろ!」

 「えー。そんなことで怒らないでくださいよー」

 あまりのことで動揺を隠せない。

 「じゃあ・・・お詫びに私が気持ちいいこと・・・してあげましょうか?」

 「は・・・はぁ?」

 なんだ・・・何言ってんだこいつ・・・。

 「気持ちいいこと・・・してあげましょうか?」

 「何だよそれ・・・どういう意味だ?」

 「言葉通りの意味ですよ。気持ちいいことしてほしいか、してほしくないか。それを聞いているんです」

 艶っぽい声で誘惑をしてくる沙織。俺はシャンプーをしている途中で手は頭の上で固まっている。

 「ほら・・・どうなんですかぁ?」

 わけは分からないが妙にエロい声を聞いてると変な気分になってくる。

 「し・・・してくれ・・・」

 「んん?なんですかぁ?」

 こいつ・・・

 「何ですか?大輔君?何をしてほしいんですか?正直に言わないと・・・してあげませんよ?」

 ぐぬぬ・・・

 「き・・・気持ちいいこと・・・してくれ・・・」

 「ふふっ。大輔君も男の子ですね。素直で可愛いです」

 ま・・・負けた・・・誘惑に・・・でも、これで気持ちいいことしてもらえる!

 「ふふっ素直でよろしい。それじゃあ行きますよ・・・?」

 そういうと沙織が更に体を密着させ、しかも上下に体を擦り付けてくる。

 「・・・何してんだ?」

 「何って。私のこの柔肌を使って大輔君の背中を洗ってあげてるんです・・・。タオルとかだと肌を傷つけてしまいますからね。・・・あっもしかしてえっちなこと考えてました?いやらしいですねぇ大輔君は」

 くすくすっと笑いながら沙織は上下運動を続ける。

 は・・・謀られた!完全に踊らされた!おのれ・・・

 俺は手探りでシャワーの蛇口を捻る。

 「きゃ!・・・んもう、大輔君。いきなりシャワー出さないでくださいよ。びっくりするじゃないですかぁ」

 いきなりお湯がかかり思わず体を弾ませる。

 「お前・・・分かってんだろうな?」

 頭の泡が流れ去り、沙織のほうへ向き直る。もちろんちゃんとタオルで隠しているから安心しろ。

 「え・・・な・・・なにって?」

 「お前のしたことだよ・・・お前は人の弱みを逆手に取って誘惑し、しかもそれを利用した」

 「り・・・利用って・・・私はホントにお背中を流してあげようと」

 「とにかくだ。この落とし前。きっちりつけてもらう」

 いかにも真剣な、少し怒ったような声で沙織を威圧する。

 「ふぇ・・・あの・・・ごめんなさい・・・」

 涙目になりながら謝る沙織。でも今更遅い。

 「お仕置きだ。目を閉じろ」

 「ふぇ・・・何をするんですか?」

 「いいから。目を閉じろ」

 「うぅ・・・い・・・痛いことしないでくださいよぉ?」

 ふるふると体を震わせながら目を閉じる。

 うーむ。ちょっと怯えさせてしまいすぎたな。

 少し悪いと思いつつ、震える沙織を抱きしめる。

 「ふぁ・・・!だ・・・大輔君?」

 「お仕置きだ。少しこうさせろ」

 「え・・・あ・・・う・・・うん」

 本当につやつやな肌をしてる。こんな体で背中を洗われたらさぞかし綺麗になるだろう。その代わり、色々抑えが効かなくなりそうだが。

 「あの・・・大輔君・・・」

 「・・・なんだ?」

 「えと・・・ちゅう・・・してください」

 「今は俺のお仕置き中だぞ?」

 「だから・・・お仕置きのちゅうしてください・・・」

 「ったく・・・しょうがねえな」

 甘い声を出しながら言われたらせざるを得ない。こんな状況で断れる奴は恐らく男じゃない。断言しよう。

 「ん・・・ふぁ・・・もっと・・・もっとください・・・」

 希望に答えるように唇を重ね、愛を確かめ合う。

 「ふぅ・・・大輔君も好きなんですね、キスするの」

 「・・・お前だからだ。誰でも良いわけじゃない」

 「そうですか。安心しました」

 認めよう。バカップルだよ。自分でも分かる。でもこんな俺が羨ましいんだろう?全国の童貞共。

 少しのぼせ気味な体が思考を鈍らせ誰かに向けてとんでもなく失礼な煽りをしてしまった気がした。

 「なんだかボーっとしてきた・・・のぼせちまったようだ」

 「え?大丈夫ですか?すいません」

 「いや、別にいいんだけどよ。でもあんまこういうことすんな。嫌なわけじゃないけど、いきなりはさすがに俺もびっくりするから」

 「はい・・・すいません」

 しょぼーんという声が聞こえそうなくらい肩を落とす沙織。だからそんなに落ち込まないでくれよ。

 「ほら、俺もお前の背中洗ってやるから、あっちむけ」

 「ホントですか?でも洗うなら手で洗ってくださいね」

 「何でだ?スポンジがあるだろ」

 「スポンジも硬いものだと体に悪いですから。ほら、早く」

 「ったく。しょうがねえな・・・」

 付き合い始めてまだ半日も経ってねえのに積極的すぎだろこいつ。

 俺は言われたとおり手で泡を作り、背中を優しく撫でる。

 「ふぁ・・・!くすぐったいですよ大輔君!」

 「そう言われてもだな・・・」

 どうしろっていうんだ。

 「んふ・・ふぁ・・・んはぁ・・・やぁん・・・あいてっ」

 「変な声出すな」

 頭をコンっと叩く。

 「だってくすぐったいんですもん」

 「お前がやれって言ったんだろ!」

 「そうですけどー。こんなにくすぐったいとは」

 「じゃあもう自分で洗え!」

 スポンジを投げつけて風呂場を出る。

 「あーん。もう。悪かったですってばー。そんな怒らないでくださいよー」

 風呂場から謝罪の声が聞こえてきたが無視をして服を着る。たくっやってられるか。

 あー。緊張した。慣れてないんだよ。こういうのは。

 誰に言い訳するのではない、独り言を呟きながら脱衣所を出る。

 初日からこうも積極的とは・・・先が思いやられるな。


 風呂を上がりリビングでミネラルウォーターを飲みながらソファに座る。何だかここ数日が慌しくてあっという間に時間が過ぎていく気がした。あいつと出逢って二日で彼氏彼女の関係になる。彼女いない暦=年齢の俺にしてみたら随分大胆な告白だと思うし、よくOKが出たと思う。普通なら中々無いだろう。しかし、幸せな時間に浸っている暇はない。来月からの仕事も探さなくてはならないし、本来こいつは一週間しか一つの街に滞在する気はないようだ。ということは少なくともあと5日後にはこの街を出るということだ。そしたらその後はどうなる?俺はこの街から出ても行くあては無いし、あいつに付いて回るとしてもいつまでもネカフェ生活はしていられない。それが悩みの種だった。

 「なーにボーっとしてるんですか?暖かくしてないと湯冷めしちゃいますよ」

 風呂から上がった沙織が俺のミネラルウォーターを一口飲む。今更間接キス云々で騒ぐつもりはないのでここはスルーさせてもらうぞ。

 「お前に聞かなきゃと思ってたことがあるんだ」

 「はて、それはなんでございやしょう」

 「お前、一週間くらいしたら次の街に旅に出るって言ったよな?」

 「ええ、確かに言いましたね」

 「じゃあ、やっぱりここも出るのか?」

 「出ませんよ?」

 「そうか、やっぱり出ないのか・・・それは寂しく・・・え?」

 「え?だって、ここに大輔君がいるのに旅に出るなんて・・・ねぇ?」

 「いや、俺はてっきりそうだと思っていたから・・そうかそうか」

 いやー安心した。俺はこのまま置いていかれて遠距離恋愛になるのかと思ってた。

 「おやおや?もしかして自分だけ置いていかれてしまうと思って不安になってたんですか?ふふっ大輔君ホントに寂しがり屋さんですね。とっても可愛いですよ?」

 「う・・・うるさい」

 図星だから何も言い返せないところが更にむかつく。

 「でも、旅はいいのか?」

 「今までは街から街へ転々としてましたけど、これからはここを拠点にして、この街から色んなところに旅に行こうかと思ってるんですけど・・・ご迷惑ですか?」

 「迷惑なものか。最初にも言ったがこの家は俺だけしか住んでいない。だから誰かに迷惑がかかることはないから安心しろ。むしろ・・・居てくれなきゃ俺が困る」

 「そ・・・そうですか。えへへ。安心しました」

 ほっとした顔で笑う沙織。ホントに色々な表情を持っている子だ。

 「でも甘えてばかりじゃ申し訳ないですから、せめて食費くらい出させてください。貯金も少しありますから」

 「そんなことさせられるわけないだろ。お金の心配はしなくていいからその貯金は自分の為に使え」

 「え・・・。でもそれはさすがに」

 「いいんだ。大人の言うことを聞いておけ」

 「こんなときばっか大人ぶって・・・。でもありがとうございます。大輔君」

 そういって隣に腰掛けた沙織は俺の肩に体を預けてきた。

 「ん?どうした?疲れたか?」

 「はい・・・今日は一日歩き回りましたからね。疲れちゃいました」

 「じゃあちょっと早いけど寝るか?」

 「はい。あの・・・今日も・・・」

 「ああ。いいぞ入って来ても」

 「えへへ・・・ありがとっ」

 その子供っぽく笑う顔に弱い。

 リビングの明かりを消して、寒い廊下を歩く。今日は雪は降ってないみたいだが、相変わらず冷え切っている。

 歯磨きを済ませ、二人で一緒に俺のベットに入る。

 「やっぱり狭いな」

 「まあシングルベットですからね。迷惑ですか?」

 「そんなわけねえだろ」

 「ふふっ知ってます。顔が嬉しそうですもん」

 「馬鹿いうんじゃねえよ。さっさと寝ろ」

 「はーい。じゃあ・・・おやすみ・・・大輔君」

 触れるだけの短いキス。

 でもそれだけでも気持ちが伝わってくる。

 

 沙織の心地良い吐息を感じながら、そっと目を閉じ夢への誘いを待った。


 

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