大事なのは気持ち
「・・・んっ・・・」
カーテンから溢れる木漏れ日に眩しさを覚える。どうやら朝のようだ。ベッドからカーテンの隙間を覗くと昨日の雷雨が嘘のように雲一つない冬晴れのようだ。
「んん・・・寒い・・・」
ふと横を見ると寒さで身体を縮こませてむにゃむにゃと眠る沙織が居た。そういえば昨日同じベッドで寝たんだっけか。
ったく・・・どんだけ無防備に寝てんだよ・・・。
あまりに気持ち良さそうに寝ているので、頬を突いてみる。
「んん・・・やぁ・・・ん」
おお、嫌がってる嫌がってる。
でも、こんだけ気持ちよさげに寝てるのを見ると起こすのも何か悪いな。
そう思い、起こさぬようにベッドから出る。昨日晩飯作ってもらったしな。朝は俺が用意してやるか。
出来る限り物音を立てぬように部屋を出て、洗面所で顔を洗い改めて意識を覚醒させる。朝飯か・・・普段はトーストとコーヒーだが今日はあいつもいるしな・・・何か作ってやったほうがいいだろう。
冷蔵庫の中身を物色しながら作れそうなものを考える。嫌いなもんとかあんのかな?まああっても食わせればいいか。適当に食材を取り出し、フライパンに油を入れる。オムレツなら嫌いじゃないだろ。昨日卵焼き食ってたしな。
慣れた手つきで具を卵で包みこみ、皿に盛り付ける。昨日買っておいた野菜も適当な大きさにカットして簡単なサラダ何かも用意する。寒いのでスープとかもあればいいんだが生憎そこまでは買っていないので代わりといっては何だがココアを入れてやる。さて、そろそろ起こすか。
朝食の準備を済ませ、自室で俺のベッドを占拠している姫君を起こしに向かう。まだ夢見心地のようだ。
「おーい沙織。朝だぞ。飯も出来てるから起きろー」
声をかけてやるが反応はない。
「おい沙織。朝だ。起きろ」
今度は軽く体を揺すってみる。
「んん・・・まだねむいでふ・・・」
「休みの日だからってあんまダラダラすんなよ。冷めないうちに飯食おうぜ」
「んー・・・じゃあ王子様が目覚めのチューしてくれたら起きましゅ・・・」
こいつ寝ぼけてやがるな。
「馬鹿言ってねえでさっさと起きろ!」
痺れを切らして布団を捲り上げる。すると。
「なっ・・・!」
布団を剥ぎ取ってみるとそこには完全に捲くれ上がったパジャマの上と、太ももの辺りまで脱げかかってるズボン姿で眠っていた。
「なんつー格好してんだよお前は!」
「ふぇ・・・?・・・ん・・・?あっ」
何を言っているか分からんというような顔をしているが、ふと自分の体に視線を落とし状況を確認。
「ああ。私寝相悪いんですよ。だからいつも起きるとこうなんです。いけませんね。悪い狼さんに見つかったら舐めまわされて食べられてしまいそうです」
いけないいけない。と笑う沙織。つか今見られて恥ずかしくはないのか、昨日平手打ちまでしておいて。
「あれは不意打ちだったからですよ。いきなりはだめです」
「少しは恥じらいってもんを持て。いいから早く顔洗って来い。飯が冷めるだろ」
もう冷めてるかもしれんが。全く。
「分かりましたよー。朝から怖いですねーもう」
のそのそとベッドから出ると、脱ぎかかってたズボンを上げ、シャツを戻す。おへそがちょっと可愛いと思ったのは口には出さん。
先にリビングに戻り席につく。あーあ。オムレツ冷めてきてるじゃねえか。
「おおっ!美味しそうですね!」
顔を洗って戻ってきた沙織が食卓を見て黄色い声を出す。
「さっさと食おうぜ。腹減った」
「はい!いただきます!」
「召し上がれ」
久しぶりにこんな立派な朝飯作ったな。自分一人だったら作らんしな。
オムレツをスプーンですくい、口に含む。うん。まあまあの出来だろ。
「美味しいですこのオムレツ!卵がふわふわでとろけちゃいそうです!」
満面の笑みで感想を述べてくれる。お前の顔がとろけてるぞ。まあ喜んでもらえるのは嬉しいが。
「そうか。それは良かった。たくさん食えよ」
ふと笑顔で言うと、沙織は急に赤くなる。
「だ・・・だからずるいですよ・・・そんな急に笑うなんて・・・ドキドキしちゃいます・・・」
「ん?どうした?顔真っ赤だぞ?ココアはまだ熱いからゆっくり飲めよ」
「は・・・はい・・・」
なんだなんだ急に顔赤くして。熱でも出たのか?
「なあ沙織。お前今日は何か予定あるのか?」
「今日ですか?んー夜また駅前とか行って歌おうかと思ってます。それ以外はフリーです。暇人ちゃんです」
「じゃあどっか出掛けないか?俺も仕事で中々休みなかったし、お前もたまには出掛けたくないか?」
「わぁ!いいですね!お出かけしたいです!」
「よしっ。じゃあ朝飯食ったら出かけるか。どこに行きたい?」
「んー。そうですねぇー。遊園地とか行きたいです!」
遊園地か・・・そういえば電車でちょっと行ったところに新しくオープンしたとかなんとかってテレビで聞いたことがある。
「遊園地何ていつ以来かな。小さい頃に行ったくらいしか記憶ねえわ」
「えへへっ。実は私もです。お母さんと二人で暮らすようになってからは行った記憶ないです」
「じゃあ行くか!遊園地!」
「はい!」
元気よく返事をしてくれる沙織。遊園地に行くと決まってから朝食を摂っている間終始笑顔だった。
朝食を済ませてお互い着替えたあと、二人して一緒に家を出る。
「なあ沙織、そのギターは必要なのか?」
沙織が背負っているギターケースを指しながら言う。
「そりゃ必要ですよ。私の宝物ですから」
何を言っているんだと言う様な顔をしならが当然のように言い放つ。
「ゆうえんち~ゆうえんち~えっほっほー!」
何とも愉快な歌を口ずさみながら歩く沙織。歩くペースからでも楽しみにしていることが分かる。
「上倉さん!遊園地ってあれですよね!ジェットコースターとか、メリーゴーランドとか色んな乗り物あるんですよね!私楽しみで楽しみで!」
満点の笑顔を振りまいてくれる。この笑顔が見たかったと言っても過言ではない。
「そうだな。色々あるぞー。今日1日使って全部制覇してやろうな!」
今までは休みの日は家でボーっとしてることが多かったからな。たまには俺も息抜きをしよう。
電車に乗り数駅を超えたところにある遊園地は土曜日ということもあり親子連れやカップルなど、たくさんの人で溢れていた。
「うわー!こんなにおっきいと1日で回りきれますかねー!ほえー!」
目をまん丸にして遊園地をぐるっと見回している。恐らくこういうところがとても新鮮な場所なんだろう。ずっと見ていても飽きないくらい表情豊かだ。
「こらこら。勝手に入るな。チケット買わないと中に入って止められるぞー。」
「分かってますよー!ほら!早く行きましょう!」
俺の手を引っ張りチケット売り場へと向かう。そんなに引っ張らなくても逃げはしねえよ。
「すいません。大人二枚お願いします」
「はい、少々お待ちください」
チケットを購入し場内へ。入り口付近にはここのマスコットキャラクターと思われる可愛らしいウサギの着ぐるみが風船を配っていた。
「うわぁ!うさぎさん!うさぎさんですよ!上倉さん!」
「わかったわかった。とりあえず落ち着け」
自分がうさぎだというくらいぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃぐ沙織。
「ようこそお嬢ちゃん!是非楽しんで行ってくださいぴょん!」
そういうとうさぎはピンクの風船を沙織に手渡そうとする。いや・・・お嬢ちゃんって・・・
「ありがとう!うさぎさん!」
子供のような笑顔で風船を受け取る沙織。お嬢ちゃんって言われたことがどうでもいいくらい楽しいんだろうな。
「上倉さん!写真撮ってくださいよ!うさぎさんとツーショット!」
沙織が持参してきた使い捨てカメラを俺の方に差し出してくる。
「はいよ。じゃあ笑ってー」
「えへへっ・・・」
うさぎの腕にしがみついてこっちにピース。
「はい、チーズ」
うさぎとのツーショットを撮ってもらい、さらに上機嫌の沙織。
「さて、まずは何から乗るかな。手始めに軽いものにするか?」
入場ゲートでもらったパンフレットを手に乗り物の一覧を見る。そこに沙織が横から覗き込むように顔を出してきた。
「うーん。そうですねぇ・・・。じゃあメリーゴーランドがいいです!」
メリーゴーランドか・・・確かに優しいが大の大人が乗るには少し抵抗が・・・。
少しばかり異議を唱えてやろうと思ったが、宝石のようにキラキラと目を輝かせている。そんな目で見つめられて断れる奴がどこにいようか。いや、いない。
「ねえ~乗りましょうよ~きっと楽しいですよ~」
くいくいと袖を引っ張る沙織。しょうがねえな。
「わかったわかった。乗ってやるから引っ張るな」
「わーい!やったー!」
引っ張るなと言っているそばから袖を引っ張ってメリーゴーランドへと向かう。まあ楽しんでるならいいか。
周りに人は多いが、他の乗り物に散っているのだろうか。メリーゴーランドはそんなに並ぶことなくすんなりと乗ることが出来た。ちなみに沙織のギターは乗っている間係員に預けておいた。
「白馬に乗った上倉さん。格好よかったですよ」
「カボチャの馬車に乗ったお前もな」
何だこのやりとり。カップルか。
「さて、次はっと・・・おっここからお化け屋敷が近いみたいだな。どうだ?行ってみないか?何でもここのお化け屋敷はホラー映画製作を担当してた人間が手を加えてるらしいぞ」
それなりに評判あるお化け屋敷らしい。テレビや雑誌なんかでも取り上げられているのを目にしたことがある。
「え・・・お・・・お化け屋敷ですか?ほ・・・他のにしません?」
「でも俺結構こういうの好きでさ。せっかく来たからどうせだったら行ってみたいんだけどだめか?」
ちょっと楽しみだったんだがなー。
「う・・・うー・・・上倉さんにお願いされたら断りにくいですよ・・・わ、分かりました。その代わりちゃんと守ってくださいね?私こういうの苦手なんですから」
「はいはい。じゃあ離れないように。ほらっ」
すっと手を差し出してみる。手を握り返してくれるかは沙織次第だが。
「あ・・・はい」
恐る恐る俺の手を握り返してくれる。良かった。これで拒否されたら格好悪いからな。それにしても小さな手だ。しかも冷たい。沙織の手を握り締めお化け屋敷に向かいながらそんなことを考えていた。
「うわぁ・・・こりゃあすごいな・・・」
何でもテーマは廃墟となった病院らしい。あちこちと廃れており見た目だけでも十分なのだが、既に中にいるであろう先客の悲鳴などを聞くに中々の恐怖心を煽られる。
「あわわ・・・すごく怖そうです・・・今から泣きそうです」
俺の手を握る力が強くなる。既に足を震わせて沙織が力なく宣言する。
「大丈夫だよ。万が一ダメなら途中でリタイアしよう。所々に出口があるみたいだから。」
入ったらゴールまで出れないわけでなく、恐怖に堪えられなくなった際にリタイア出来る様に出口が設けられているようだ。何とも親切設計。最近ではこれが普通なのか?俺にはわからんが。
「頼みますね上倉さん。置いていかないでくださいよ?」
「そんなタチの悪いことしないから安心しろ。じゃあ、入るぞ」
額から血を流している係員にチケットを出し、中へと案内してもらう。あっ失礼。係員ではなく幽霊だ。
ここのお化け屋敷は従来通りの歩行タイプで、自分で歩いて中を回るらしい。最近ではライド式のものもあるようだ俺はこうやって自分で歩いて回るタイプの方が好きだったりする。
中はとてもひんやりしていた。12月で冬ということもあり寒いのは当然だが、それとはまた別物のような冷ややかな感じが俺達を包み込む。
「ほら、行くぞ?しっかり手を握ってるんだぞ」
「は・・・はひ!」
もう声が裏返ってる。大丈夫だろうか。
入り口から中に入りカウンターへと向かう。そこに施設内を回る順路を示した地図があると最初に言われていた。それを取り、俺が地図を開いて沙織がライトを照らす。
「ふむ・・・まずはナースセンターへ向かって診察室の鍵を取りにいく必要があるみたいだな」
何とも詳しく書いてあり、何をするべきなのかまで示してくれた。
俺はまだ恐怖を感じてはいないが、沙織がさっきから震えているので歩幅を合わせて歩いてやる。
ナースセンターへと向かう途中の廊下が赤いライトで照らされており、何とも不気味な雰囲気を醸しだしていた。
「ふえ・・・ふえ・・・ふえ・・・」
既に限界を迎えてそうな沙織を心配しつつ歩を進める。すると後ろから勢いよくドアが開く音がした。
「あ・・・あ・・・」
音に驚き二人で後ろを振り返ると、全身血みどろになったゾンビがゆっくりと俺達を追いかけてきた。
「きゃああああああああああああああああああああああ!」
沙織が叫び声を上げると共に走り出してしまった。
「おい!勝手に行くなってば!」
慌てて追いかけて腕を掴む。ここで離れ離れになったら探すのが面倒だ。
「は・・・早く行きましょうよ!ゾンビに食べられちゃいますよ!」
「わかったから落ち着け。あいつは歩くのが遅いからそんなに慌てなくても大丈夫だ!」
真後ろのドアが開いたのでさすがの俺も驚いたが、歩くのが遅ければこっちのほうが逃げるのに有利だ。
「ほら、行くぞ」
沙織の手を握り返してナースセンターへと向かった。
「えーっと・・・この棚の中にあるって書いてあるんだが・・・」
大きな棚が鎮座しており、そこの引き出しの中にあると地図に書いてあるのでそれを頼りに鍵を探す。
「あっ上倉さん!ありましたよ!」
沙織が小さな錆び付いた鍵を差し出してくれた。
「よし、じゃあさっそく診察室に向かおう」
「はい!」
沙織もいくらか余裕を取り戻したようで、先ほどの怯えた様子は治まっていた。俺の手を握る力は緩まることはないが。
診察室へ向かうにはどうやらナースセンターから一つ上の階に昇らないといけないらしい。俺達は地図を見て階段の位置を目指す。踊り場へ出て階段を昇ろうと上へ視線をやると、上の階の踊り場の隅に横たわっている小柄な人影があった。
「あれ絶対起き上がるな。自信あるぞ」
「や・・・やめてくださいよ!ささっと昇っちゃってあの人無視しちゃいましょう!」
いや、多分それは無理だと思うし、さすがに無視は可哀想だぞ。
恐る恐る階段を昇り、いよいよその横を通る。息を飲む瞬間。何をしてくるか分からないので緊張しないではいられない。
ゆっくり横を通ろうとした瞬間、勢いよく手を伸ばして俺の右足に掴みかかってきた。
「うわぁ!」
思わず大きな声をあげてしまい、それに便乗して沙織も叫ぶ。
「きゃああ!上倉さん!」
「こいつ!足掴んできた!」
「ええ!こ・・・この!この!お化けさん!上倉さんを離してください!」
沙織が肩にかけてたバッグでお化けの頭を叩き始めた。
ガンガンガンガンガン
「ちょ・・・まってくださ・・・あの・・・いた・・・い!」
お化け役の係員が思わず演技を忘れて素の声を出す。
「ばか!お前この人はあくまで演技なんだから叩くな!」
「えい!えい!・・・はっ!」
我に帰った沙織が一瞬止まった。
「わわわわわわ!すいませんすいません!」
沙織が手のひらを返したように頭を下げて謝罪する。
係員さんは苦笑を浮かべていたが、快く許してくれた。
「全く、お前のせいで恥かいたぞ」
「だって・・・上倉さん襲われたと思って・・・」
ぐっ。何かそんな落ち込まれると悪いことした気がする。
「ま・・・まあ俺を助けようとしてやってくれたのは嬉しかったぞ・・・あ・・・ありがとな」
鼻を掻きながらお礼を言う。まあ確かに驚いた。いきなり足を掴まれたんだもんな。
「い・・・いえ。こちらこそすいません。恥ずかしい真似を」
何となく照れくさくなって沈黙が続く中、目的地である診察室にたどり着いた。
「よし、開けるぞ?」
「はい。お願いします」
ドアノブに鍵を指し込み、ゆっくりと鍵を開ける。かちゃんという音と共に施錠が外れ、ドアを開く。かすかに薬品の匂いが立ち込める部屋だ。ここではパソコンの画面に名前を打ち込むよう指示がある。名前を入れるとそれが登録と判断され、パソコンの上に置いてあるカメラのシャッターが切られる仕組みらしい。ようはここで写真を撮れってことだ。レントゲンの代わりなのか?
「あのパソコンに名前を入れて写真を撮るんだってよ。じゃあさっさと済ませようか」
パソコンに二人の名前を打ち込み、写真を撮る。指示通り事を済ませ、外に出ようとした瞬間。
ガッシャーン!
大きな音と共に診察室のベッドが崩れ落ちた。
「きゃああああああ!」
驚いた沙織が悲鳴をあげてその場に座り込んでしまった。
「お・・・おい?大丈夫か?」
「ふぇぇ・・・もうやだよぉ・・・かみくらさぁん・・・もうでましょう?」
どうやら限界のようだ。ここまで付き合ってくれただけでも感謝しよう。
「分かった。すぐ近くにリタイア用の出口があるから、そこから出よう」
沙織を支えてやり、ゆっくりと出口へと向かった。
リタイアして近くのベンチに腰掛けると、横でぐったりしてる沙織に目をやる。
「大丈夫か?沙織」
「は・・・はい・・・大丈夫です。でもちょっと疲れちゃいました」
えへへっと力なく笑う。何か悪いことしてしまったな。沙織のギターを代わりに背負い、顔色を窺う。
「悪いな。俺がワガママ言ったせいでお前に怖い思いさせちまって」
「いえ、二人で来てるんですから二人で楽しまないと意味ないです」
自分が怖い思いをしたにも関らず俺のことを気遣ってくれる。何ともいたたまれない気持ちになってきた。
「よし、ちょうどお昼になる時間だ。この辺で一旦飯にしよう。立てるか?」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
手を差し出して立たせてあげる。それからは何となく手を離すのも惜しいので繋いだままでいてみたが、沙織から拒否アピールは無かったのでそのままでフードコーナーへ向かった。
そこで俺はカレー。沙織はオムライスを頼み席を探す。しかし昼時ということもあって空いている席が見当たらない。
「んー。参ったな。席が空いてない」
さすがに立ち食い何て出来ないからな。空くまで待ってたら冷めちまうし。
空席が無く困っていると沙織が案を出した。
「あっあそこで食べません?」
沙織が目をやる先には芝生が広がっており、そこにベンチもいくつかあった。
「よし、あそこにしようか。他に席もなさそうだしな」
そう決めると、二人でベンチへと向かい、腰を下ろす。
「さーてと、んじゃいただきます」
「いっただっきまーす!」
先程よりも顔色も良くなり元気な笑顔でオムライスを食べる。
「ん~美味しいです!ここってご飯も美味しいんですよね!」
「そうなのか?何か理由があるのか?」
「何でも有名な料理人さんが指導していたらしいですよ」
なるほど、ここはアトラクションだけでなく食にも力を入れているのか。どおりで評判が良いわけだ。
「でも朝オムレツ食っただろ」
「それとはまた違いますよー」
ふむ、まあ確かに若干違いはあるが。
「でもそっちのオムライス美味そうだな。一口くれないか?」
「いいですよ。このオムライスとっても美味しいです!」
自分のスプーンでオムライスをすくおうとしたら沙織にその手を止められた。
「ん?なんだ?くれないのか?」
「上倉さん。はいっあーん」
「・・・・・・」
またか。しかもこないだとは逆。
「ほーら。あーん」
「・・・・・・」
「いらないんですか?」
「・・・あーん」
諦めて大人しく口を開ける。そこに沙織がスプーンでオムライスを食べさせてくれた。
「どうですか?お味の方は」
「確かに美味いなこれ」
「そうでしょうそうでしょう。しかも沙織ちゃんと間接キスですよ。美味しくないわけありません」
えっへんと鼻を鳴らす。いや、俺はオムライスの感想をだな。
「じゃあ上倉さんのカレーも食べさせてください」
まあそう来ると思ってたけど。
「あーんじゃなきゃだめなのか?」
「当然です」
目を閉じて小さな口を広げて待つ。なんか少しいやらしいな。
「ほら、あーん」
「あーん・・・ふふっ」
またしても笑いながら食べているがそこはスルー。
「うん。美味しいです」
「それは良かったな」
まるでカップルじゃないか。こんなやりとり。そんなこと思ってはいたが、嫌ではない。それどころか何となく嬉しく思っている自分がいた。
昼食を済ませると沙織が徐にギターを取り出した。
「どうした?」
「何か歌いたくなってしまいました」
随分と急だな。
「でも怒られちゃいますかね。こんなところで急に歌ったら」
「まあ怒られたらやめればいい。俺はお前の歌が聴きたいな。歌ってくれるなら」
本音を言ったつもりだ。こいつの歌は本当に優しくて心が暖かくなる。
「そ・・・そんな照れちゃいますよぉ」
顔を赤らめながら恥ずかしそうに笑う。この笑顔が堪らなく愛おしかった。
「そ・・・それじゃあちょっとだけ・・・」
そういうと沙織は目を閉じてすぅっと息を吸った。
沙織との出会いの元になった歌。この歌声だ。この歌声が荒んでいた俺の心の中にすっと入ってきたんだ。
この歌声をずっと聴いていたい。
独占欲とはまた違う何かがふつふつとこみ上げてきた。
沙織の歌声に耳を傾けながら俺も目を閉じた。透き通った透明感のある声だ。
その声に惹かれて来たのか、ギャラリーがぽつぽつと現れてきた。人前で歌うことに慣れている沙織はもろともせずに歌を続ける。みんな沙織の歌声に聴き入っているようだった。お年寄りから小さな子供まで。老若男女問わず沙織の歌声が響き渡っている。
たった数分の間だったが、夢見心地な良い気分にさせてくれた沙織にどこからか自然と拍手が起こった。
「ふぇ・・・わわっ・・・こんなに人がたくさん・・・」
沙織の歌声に惹かれた人の多さに思わず戸惑いを隠せない沙織。
「あ・・・ありがとうございます!」
顔を真っ赤にしながらギャラリーに頭を下げる。隣に座っていた俺も自然と拍手をしていた。
それからというものの、たくさんの乗り物に乗った。ジェットコースターやコーヒーカップのような定番の乗り物から、ミラーハウスやちょっとしたアスレチック施設。本当に1日かけて園内を回っていた。最後のアトラクションを終えた頃には日が傾きかけて綺麗な夕焼けが空を彩っていた。
「いやー楽しかった!久しぶりの遊園地最高でした!」
夕日の輝きに負けないくらいの笑顔を見せてくれる。
「俺も楽しかったよ。たまには息抜きもいいもんだな」
「また来ましょうね!上倉さん!」
「・・・ああっ」
一瞬胸がドキッとした。
きっと特に意味は無いんだろう。友達に向けられる自然な言葉だったと思う。でも俺は本当にまたこの遊園地に来たいと思った。他でもない、沙織と一緒にまた、この遊園地に。
「さ・・・沙織!」
「ふえ?」
思った以上に大きな声が出てしまった。鼓動が早くなる。
「どうしました?上倉さん」
急に呼び止められ不思議そうにこちらを見る、
「あ・・・あのさ・・・お前に言いたいことがあるんだ・・・」
頭の中が真っ白になっていたと思う。でも自然と言葉が出てくるんだから不思議なもんだ。
「俺・・・俺は!・・・上倉大輔は・・・今中沙織の事が好きだ!」
突然の告白に沙織がはっとする。動揺しているのだろう。俺も胸がはち切れそうだ。
「まだ出会って2日かしか経っていない・・・でも・・・それでも好きになっちまった・・・お前の怒った顔も・・・怯えた顔も・・・泣いた顔も・・・笑った顔も・・・お前の歌も・・・全部全部・・・全部ひっくるめてお前が好きだ!」
出逢ってからの日にちは関係無かった。完全に一目惚れしてたんだ。好きなんだからしょうがない。これに尽きる。それに、自分の気持ちを押し殺して何もしないなんてそんなの絶対に嫌だった。
決して口は上手くない。むしろ不器用な方だ。だからこそ真っ直ぐこの気持ちを伝えたかったのだ。
「・・・・・」
沙織は何も言わず黙って聞いてくれていた。真剣さが伝わってくれてるんだと思う。
「駅前でお前の歌を聴いて俺の心が軽くなった気がしたんだ・・・誰も仲間はいなくて一人だと思っていた俺のところにお前が来てくれて本当に楽しかった。だから、これからもお前と一緒に居たい。お前の旅の手助けを・・・俺にさせてくれないか?」
沙織は涙を溢れさせていた。泣かせてしまったようだ。でも・・・自分の気持ちは本物だ。さっきも言ったが日数なんて関係なかった。人を好きになろうと思えばすぐになることだって出来るって身を持って理解した。
「だ・・・だから・・・だめだって言ったじゃないですか・・・」
涙声で沙織が一つ一つ手探りで言葉を紡いでいく。
「不意打ちはだめですよって・・・今朝言ったばかりじゃないですか・・・」
「そうだったな。でもまたやっちまった。俺の悪い癖だな。人の言うことをすぐに聞き流しちまう」
「本当に悪い癖ですね・・・。これはお仕置が必要です」
目に涙を溜めながらも俺の大好きな笑顔を咲かせて
「・・・んっ・・・」
自分の唇を俺の唇に重ねてきた。
「ん・・・ん・・・」
時間が止まったと思うくらい長く感じた。
やがてどちらからともなく唇を離す。
「・・・上倉さん。また来ましょうね。この遊園地に」
「それじゃ・・・」
「こんな私でよければ・・・よろしくお願いします」
この時決意した。この笑顔を守っていこうと。
出逢って二日。何ともハイスピードではあるが、俺に初めての恋人が出来た。