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誰かの温もり

 「もう!普通誰かがお風呂に入ってたらノックくらいするでしょう!」

 リビングで土下座を命じられ、鬼の形相・・・とまでは言わないが、中々の怒り具合だ。これは簡単には治まりそうもない。

「だから、もう謝ったじゃないか。それに平手打ちまでしていただいたわけであって」

 左の頬には手本のように綺麗な赤いもみじのような痕が残っている。それにしても思い切りの良いキレのある平手打ちだったな。

 「上倉さん!聞いてますか!」

 先程受けた平手打ちの分析をしていると、話を聞き流していることがバレた。

 「ああ、聞いてるよ。とにかく俺が悪かった。でも、覗こうとしたわけじゃないんだ。お前にバスタオルを渡し忘れたから届けてやろうと思っただけなんだよ」

 必死に弁解をするも、沙織のボルテージはまだ下がらない。

 「それはさっきも聞きましたよ!バスタオルを忘れた私にも非がありますからもうこれ以上とやかく言うつもりはありません」

 「それじゃ許してくれるのか?」

 「反省してますか?」

 「もちろんだ。本当にすまなかった」

 「もうこんなことしちゃだめですよ?」

 「絶対にしない。仮に用があったらノックは忘れない」

 何なら神でも仏にでも誓おう。死んだばあちゃんにだっていい。

 「分かりました。上倉さんにはお世話になってますし、誠意も伝わってきましたからこの辺で勘弁してあげます」

 「本当か?ありがとう!」

 やっと許してもらえたようだ。いやー本当によかっ・・・・・・

 「それで、感想は?」

 「は?」

 ん?感想?何のだ?

 「だーかーらー。感想ですよ感想!」

 「だから、何のだよ」

 最近は本なんて読んでないから感想文なら書けないぞ。

 「私の裸を見た感想ですよ!こんなこと女の子の口から言わせないでください!」

 ・・・・・?ハダカヲミタカンソウ?そんな草あったか?

 世の中広いからな。俺は植物に詳しいわけではない、だからそういう植物があっても俺が知らない可能性だって十分にある。

 「何だよ、裸を見た感想って」

 「こんなに可愛くて、お肌もつやつやで愛くるしいおへそもしてて、湿り気の帯びたこの髪。普通だったら理性が保てず我を忘れて自分を抑えきれず襲い掛かってしまうと思いませんか?」

 だから、お前の言う普通はちっとも普通じゃない。

 「別に感想なんかねえよ。そんなちっぱい見たって」

 「な、な、な・・・・・・」

 あっまたやっちまった。一言多い病。

 「かーみーくーらーさーん!」

 小一時間お小言を言われ続けたが、アイスをちらつかせてみたら思いのほかすぐに機嫌を治してくれた。




 それからと言うものの、二人でアイスを食べながら他愛も無い話をして時間を過ごした。今までどんな所に行ってきたのかとか、どんな場所で歌ってきたのかなど。沙織の昔話を聞いたり、俺の昔話をしたり。割りと会話も弾みあっという間に日を跨ぎそうな時間になっていた。

 「ふああ・・・・・・」

 あーあ。そんなに大きな欠伸をかいて。

 「さすがに眠いか?」

 「はい。いつもだったら寝ている時間なので。今日は上倉さんと一緒ではしゃいじゃいました。えへへっ」

 ペロッと舌を出してはにかむ沙織。本当によく笑う子だ。

 「よし、じゃあ俺は布団を敷いといてやるからお前は歯でも磨いて来い」

 客間へ向かおうと立ち上がると、沙織に歯磨きを提案。

 「もう、すぐ子ども扱いするんだから。でも今日は眠いんで素直に言うことを聞いておきます」

 そう言い残すとトコトコと歯磨きセットを手に洗面所に向かう。

 「押入れに予備の布団あったよな?」

 誰に問いかけるわけでもない。だが、客人なんて久しぶりなんで記憶が曖昧だ。まああった気はするけど。

 寒い廊下を歩く。今夜もよく冷えるな。何て当たり前なことを考えながら客間で布団を敷いていると、歯磨きを済ませた沙織が客間に来た。

 「すいません。ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。

 「気にすんな。お前はお客さんだからな。暖かくして寝るんだぞ」

 「上倉さん」

 「ん?なんだ?」

 「・・・・・・おやすみなさい」

 「・・・・・・ああ、おやすみ」

 客間の戸を閉めてやり、自分も歯を磨きに向かう。

 おやすみなんて言うのも、言われるのも久しぶりだ。今日は久しぶりなことばかりだ。途中廊下の窓を見ると、雨がしとしとと降り始めていた。さっきまで雪降ってたのにな。久しぶりなことばかりで満足感を感じながら歯磨きを済ませ、電気を消す。

 俺もいい加減疲れた。もう寝よう。

 寒さに耐えかねて早足で自室に入り、飛び込むようにベットに潜り込む。疲れてすぐに眠れるだろうと高をくくっていたのだが。

 「・・・・・・眠れん」

 目が冴えてしまった。誰しも経験あるだろう。寝ようと思っていざ布団に入ると眠気が急に飛んで目が冴えてしまう。ベットに入ればすぐに夢の中だと思っていたのだが、中々夢の中に誘ってもらえない。どうにか眠ろうと何度目かの寝返りを打つ。静寂が広がる中、雨足が強くなってきたのか、屋根と窓に当たる雨の音が強さを増し、まだ寝かせんと言わんばかりに雷までもが鳴り始めた。

 冬でも雷が鳴るんだな。

 変な関心をしつつ雷鳴を受け入れる。これはいよいよ眠れなくなってきた。

 半ば諦めつつあった。幸い明日は休みなのでいつ起きてもいいわけである。明日の自由を確認していると、廊下から足音が聞こえてきた。

 沙織の足音だろうか。それ以外に心当たりはないが。思考を巡らせていると、足音が自室の前で止まる。少し置かれた間のあと、ドアが開き誰かが入ってきた。まあ一人しかいないが。

 「どうした?沙織」

 布団から上体を起こし、ドアの方を見る。パジャマ姿で枕を抱え、何かを訴えるかのような上目遣いでこちらを見ている。

 「あ・・・あの!上倉さん!も・・・もし雷が怖いようでしたら私が一緒に寝てあげてもいいですよ?」

 腰に手を当て、これでもかとふんぞり返る。

 「ん?別に怖くはないんだが・・・どうした急に」

 言いたいことは大体予想出来ているが、あえて口には出すまい。少し様子を見てやろう。

 「ふ・・・ふふ・・・そんなに強がらなくてもいいんですよ?素直に怖いといえばそれで済むはな・・・・・・うひゃあ!」

 話の途中であったが、雷が自己主張を止めようとしないので沙織が喋っているところに乱入してきた。その音に驚いたのだろう。随分と間抜けな声を上げて飛びついてきた。

 「あわ・・・あわあわあわ・・・ガクガクブルブル」

 おいおい。全部口に出てるぞ。どうやらこいつは効果音的なものを口に出す癖があるらしい。ぷんすかとかな。

 「怖いのか?」

 冷やかし気味に聞いてみる。

 「こ・・・こわ・・・怖いわけないじゃないですか!雷何てヨユーっすよヨユー。3秒でKOっすよ」

 「その割りにこの手は俺の腰にしがみついて離してくれそうにないんだが?」

 段々と俺の腰に纏わり付く沙織の手に力が入っている。痛い。

 「怖いなら正直に言えよ」

 「怖いです」

 おっと即答。あまりに早すぎて声が重なっちまった。

 「怖いです!怖いに決まってるじゃないですか!あんなおっきい音でピカピカ光って!この世の終わりですよ!人類の負けです!」

 「お前は何と戦ってるんだよ」

 やれやれ。しょうがねえな。

 「寒いから早くベットに入れ。俺は床に座布団でも敷いて寝るから。これで良いんだろ?」

 「い・・・いえ!それはさすがに悪いですよ!上倉さんが風邪を引いてしまいます!それはダメです!」

 「なら一人で寝るか?」

 「ありえません」

 いや、ありえなくはなかろう。

 「じゃあどうすりゃいいんだよ」

 「え・・・えと・・・じゃあベットに入ってください」

 ふむ、どうやらベットで寝て良いらしい。正直自分で言っておいて座布団は辛いだろうとは思っていた。

 言われたとおりベットに入る。でも沙織はどうするんだ?俺の代わりに床で寝るのか?」

 「・・・・・・し・・・失礼します・・・・・」

 まるで教師に怒られに職員室にやってきた生徒を思わせるような上ずった声でベットに入ってきた。

 「ちょ・・・!これはさすがにまずくないか?」

 「いや・・・ですか?」

 「いや・・・そういうわけじゃないけど・・・」

 一人用のベットだからいくら小柄な沙織といえどさすがに密着度が高い。それに、同じシャンプーを使っているはずなのに凄く良い匂いがする。鼻腔が刺激され、少し鼓動が早まる。

 「今日だけだからな?」

 「はい・・・ありがとう・・・ございます」

 安堵に満ちた声で礼を言う沙織。まあ嫌じゃないのは本心だ。

 「えへへ・・・あったかいです・・・それに・・・凄く安心します・・・」

 「そうかい。そいつは良かった」

 「はい、ありがとうございます。上倉さん」

 はにかむ沙織。何度も見せてくれた笑顔だが、何度見てもドキッとする。お礼を言うと沙織は目を閉じて眠りにつく。雷の音に怯える様子は無いようだ。

 「・・・すぅ・・・すぅ・・・」

 って!はやっ!もう寝たのかよ!

 リズムの良い寝息を立てる沙織。どんだけ無防備なんだよ。いや、何もしないけど。

 「・・・おかあ・・・さん・・・」

 小さく吐き出された声。とても寂しげだった。

 そうだよな。

 強がって見えるけど、こいつは一人でここに来たんだよな。誰にも頼らず、頼れずに過ごしてきたんだ。ましては母親は亡くなったらしい。辛くないわけがない。

 俺にこいつの母親の代わりは出来ない。でもこうしてやることによって少しでも安心して眠ることが出来るなら安いもんだ。

 優しく頭を撫でてやる。夢を見ているのだろうか、少し顔が微笑んでいるように見える。この笑顔を守ってやりたい。そう思わずにはいられなかった。沙織同様、誰かの温もりを感じられることに安心感を覚えた。

 どうせ休みと言ってもやることはない。明日こいつを連れてどこかに出掛けてみるか。

 「おやすみ。沙織」

 寒さに目が覚めないように布団を掛けなおし、そっと目を閉じた。

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