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暖かい時間

 


 (大輔視点)



 不思議な出会いを果たしたのはついさっきのこと。家に着くなり着替えもせずにベットに横になる。

 「今中・・・沙織・・・」

 名前を口にすると先ほどの記憶が蘇ってくる。何だったんだろう・・・あの子・・・。何であんなところで歌なんか歌ってたんだ?金もいらないって言うとこからきっと稼ぎの為にやってるわけじゃなさそうだし。まあ、ああいうことをしている人はどこにだっているしな。それがプロのスカウトの目に止まってめでたくデビューした何て話を聞いた事だってある。彼女がプロを目指しているのかどうかは分からないが。

 「そういえばあの子のこと名前しか知らないんだな。学生じゃないって言ってたからやっぱり社会人なのか?そうだとしたら結構ハードだな・・・」

 自分のことでも無いのに色々考えてしまう。それほどまでに印象深く残っているのだろう。考えれば考えるほど彼女の事をもっと知りたくなってくる。確かに気になる子ではあったな。ふつふつと湧き上がってくる疑問を一つ一つ解消していこうとしたが、今日は色々と出来事が多すぎたため、さすがに疲れた。

 抵抗することも無く目を閉じると、そのまま夢の中へと誘われて行った。








 どこからだろう・・・声が聞こえる。

 「さぁ、着いたわ。今日からここがあなたのお家よ。」

 優しい声の主はどうやら初老の女性のようだ。何故だかは分からない。分からないけども安堵感が押し寄せてくる。

 「あなたが来てくれてとても嬉しいわ。私ずっと一人暮らしだったから寂しかったのよ。」

 本当に嬉しそうに言ってくれるとこっちも照れてしまう。

 「さてと、お腹すいたでしょう?ご飯にしましょうか。今日はあなたがうちに来た記念すべき日なんだから食べたいもの何でも作ってあげるわ。」

 女性は手を引きながら家の中へ招き入れてくれた。





 



 寒い。

 どうやら寝てしまっていたようだ。何もかけずに寝ていたため身体が冷え切っている。そりゃ寒いわけだ。しかしいつまでもこうしていられないし、二度寝も許されない。今月中はまだ一応働かなくてはいけない。あまり気は進まないが来月からの収入源は無くなる為働けるならば働いておかないと。

 部屋を出て洗面所へと向かう。そこで顔を洗おうと蛇口を捻るが、昨日の晩に風呂に入ってないことを思い出した。

 「さすがに風呂は入らないとまずいよな・・・シャワーくらいなら時間あるだろ。」

 そういうと、一旦部屋へ戻り入浴の支度を済ませると風呂場へと向かう。あまり時間に余裕はないからな、さっさと済ませてしまおう。

 手っ取り早く済ませるとタオルで頭を拭きつつ朝食の準備を始める。準備と言っても大したものは用意しない。トーストとコーヒー程度だ。料理が苦手なわけではないが、どうも朝は朝食に時間をかける余裕が無い。なので毎朝こんな感じだ。素早く朝食を済ませると、食器を片しリビングを出る。出来ればあまり行きたくない。昨日クビを言い渡されて他の社員に同情の目を向けられてしまっているため顔を合わせづらい。しかし時間は待ってはくれない。あまりモタモタしていると遅刻してしまいそうだ。

 覚悟を決めると鞄を手に家を出る。社会人として初めて勤めた会社だ。愛着が無いわけではない。せめて最後くらいは遅刻や無断欠勤等して迷惑をかけたくないからな。昨日の雪がまだ少し残っているようだ。滑らないように気をつけないとな。




 





 (沙織視点)



 寒い。

 目覚ましをかけていたわけでも無いが、寒さに耐え切れず夢の世界から引き戻される。

 「ふぁ・・・眠い・・・」

 朝はあまり強くない。どっちかというと苦手な方だ。前までは寝坊だ、遅刻するなどと朝から大騒ぎしながら学校に行く支度をしていたが今は違う。もう学生じゃない。立派な大人だ。時間を確認するために携帯電話を探していると、ふっと視界にココアの缶が目に留まる。

 「あっ・・・」

 上倉大輔

 と、あの男性は自分の名を名乗っていた。不思議な男性だった。私が普段歌を歌っているときは街行く人々は目もくれず歩を進めているが、昨日は違った。男性が一人立ち尽くして私の歌を聴いてくれていた。ましては泣いていた。とても寂しそうな表情を浮かべていた。顔も名前も知らない人とは言え、そんな表情を浮かべられてはさすがに心配になる。だから声をかけてみたのだ。するとどうだろう。それまでの寂しそうな表情と一変して、実際話してみるととてもフランクに話してくれた。最近誰とも交流が無かった私としては久しぶりにあんな楽しくて、暖かい気持ちになった。暖かかったのはココアだけのおかげじゃないようだった。

 時間を確認すると朝の8時半を回った辺り。今日はどこで歌おうか。誰か聴いてくれる人が現れるだろうか。まぁ私の歌なんか聴いてくれる人なんて滅多にいないだろうけど。あー。でも昨日はたまたま一人いたか。

 何だろう。何でこんなに上倉さんのことばかり考えてるんだろう。常に一人ぼっちだった私がここ最近になって初めて会話した人だったからなのかな?それとも何か他に理由があるのかな?靄のかかった感じがしてすっきりしないが、でも嫌な気分はしなかった。

 また駅の方に行けば会えるかな?

 期待に似た、そんな感情を抱いていた。








 「ふぅ・・・今日も疲れた。」

 1日の仕事を終えると真っ先に会社を出る。他の連中は今日が金曜日ということもあって飲みに行くだなんだと盛り上がっていたが俺には関係ない。声はかけてくれたが丁重に断った。別に社員と壁を作っていたり、嫌っているわけでもない。ただ単に気まずいのだ。来月からいない自分がいたら周りに変な気遣いをさせてしまいそうで。

 それに混ぜてもらわない理由はもう一つあった。

 彼女の歌を聴きたい。

 それだけの理由と言われたらそれまでだが、でも今の俺にとってはそっちの方が優先順位は上だった。

 会社から駅まではそう遠くない。せいぜい歩いて10分くらいだ。今日も駅前は混雑しているな。さっきも言ったが今日は金曜日ということもあって皆これから出かけたりする人もいるのだろう。人の波を避けながら進むと、待ち望んでいた小さな人影を捉えた。

 居た。

 今日も歌を歌っていた。誰も足を止めてくれないのにそれでも良いと言わんばかりに歌っていた。そんな姿に俺の心が揺れる。歌うのが好き何だろうな。そんな子供みたいな感想を浮かべつつ、俺は昨日と同じ自販機で暖かいコーヒーを買うと、彼女の元へと向かう。

 歌っている最中に声をかけるのも何なので終わるまで姿を現すのはやめた。柱に背を持たれ、自分のコーヒーを飲む。

 やっぱり綺麗だ・・・

 何度聴いてもきっと飽きることはないだろう。そんな変な自信さえあった。それくらい魅力的だったのだ。

 演奏が終わると、彼女はふぅと息をつく。それを見計らって彼女の元へと向かう。

 「こんばんわ。ご精が出ますなぁ」

 声をかけると、彼女は声の主を確認すべく顔を上げる。

 「あっ上倉さん。こんばんわです」

 昨日見たのと同じ笑顔を向けてくれる。その笑顔をずっと見ていた気がした。

 「これ、どうぞ」

 コーヒーを差し出すと彼女は遠慮がちに受け取る

 「いいんですか?ありがとうございます。」

 缶を受け取ると彼女は喉を鳴らす。渡す際に手が少し触れた時分かったが、相当冷え切っていた。

 「こんな寒い日に良く頑張るね。辛くないの?」

 「辛いわけないですよ。大好きな歌を歌えるんですから寒いのなんてへっちゃらのちゃらです!」

 本心だろう。強がっているわけでもなさそうだ。

 「にしても、今日も来て下さったんですね」

 「別に君の歌を聴きに来たわけじゃないよ」

 嘘だ。本当は聴きたかった。でもはっきりそう言われると照れるのでつい裏表のことを言ってしまった。

 「あー。嘘ですね?顔赤いですよ?」

 にやにやと笑みを浮かべながら言う。

 「ば・・・ばーか。顔が赤いのは寒いからだ」

 人の心を読んでいるのか?こいつは。

 そうじゃない。バレバレの嘘をついたからだろう。

 「にしてもさ、昨日といい、今日といい、どうしてこんなところで歌っているんだ?まぁ好きだからっていうのもあるだろうけどさ、別にここじゃなくてもっと都会とかの方がいいんじゃないか?」

 この街が田舎というわけではないが、もっと大きな街はいくらでもある。

 「あれなんですよ。私今旅してるんです。色んなところを転々として、色んなところで歌を歌う。そういう旅をしているんです。」

 こいつは驚いた。19歳って言ったっけ?そんな若いうちからこんなすごいことをしているなんて。

 「一つの街で一週間くらい歌って次の街へ行く。そんな感じです。」

 「それはすごいな。でもそうするとここに住んでいるわけじゃないんだろう?どこで寝泊りしてるんだ?まさか野宿とか?」

 こんな寒いのに野宿なんてさすがに無理だぞ。男の俺にだってきっと無理だ。

 「まさかまさか、野宿なんてそんなサバイバル私には無理ですよ。普段はその街のネットカフェとかそういうところで夜を明かしてます。お金かかっちゃって大変ですけど、ホテルとかよりは断然安いですから」

 「そうなのか。偉いな君は。でも何でまたそんな旅をしているんだ?19歳ってことはまだ若い。親御さんが心配してたりしないのか?」

 別に悪気があって聞いたわけではなかったが、そんなことを尋ねると彼女は顔を曇らせてしまった。

 「親は・・・いないんです。父親はずっと昔に家を出てしまって。それからお母さんとずっと一緒だったんですけど・・・そのお母さんも・・・2年前に死んじゃって・・・」

 余計なことを聞いてしまった・・・。申し訳なく思いながら彼女の顔を窺うと、目に涙を浮かべていた。

 「ごめん・・・悪いこと聞いちゃったな・・・」

 本当に申し訳なく思い、本気の詫びを入れる。

 「い・・・いえいえ!謝らないでください。もう慣れましたから」

 彼女も申し訳なく思ったのだろうか、慌てた素振りを見せる。

 「そっか・・・。親御さんが・・・だったら一緒だね」

 「え?」

 何が一緒なのか良く分からないのだろう。彼女は不思議に思いながら問いかける。

 「何が一緒なんですか?」

 「・・・。俺も親はいないんだ。しかもずっとずっと前だ。俺が小さいときに孤児院に引き取られたらしい。親がどんな顔だったのか、名前は何だったのかさえ知らない。今の俺を育ててくれたのは孤児院から俺を引き取ってくれた女性なんだ。まあ育ての親ってことになるかな?」

 物思いに語っていると昔の記憶が戻ってくる。

 「まぁ、その人は元々身体の弱い人でな。病気がちの人で俺が高校生の時に死んじまった」

 コーヒーを煽ると空を見上げる。雪なんか降り始めやがって。余計湿っぽくなっちまったじゃねえか。

 「わ・・・悪い悪い。変な話しちまったな」

 笑いながら謝ると、彼女に顔を向ける。

 「え・・・?」

 泣いていた。どうして泣いてるんだ?身体が冷えて体調崩したのか?なんだっていうんだ?

 「お・・・おい。どうした?何で泣いてんだよ?」

 「いえ・・・あの・・・何でもないんです。感動と言うか、上倉さんの心境を察したら何だか悲しくなってしまってつい・・・」

 「わ・・・悪かったって!泣くなよ!俺は別に何とも思ってないから!な?涙拭けよ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」

 慌ててハンカチを取り出すと、彼女に差し出す。

 「わ・・・すいません。何から何まで」

 彼女はハンカチを受け取ると涙を拭う。気持ちが落ち着いてきたのか、少し余裕が出てきたようだ。

 「あーあ。乙女を泣かせるなんて、上倉さんも人が悪いですね」

 「悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだ」

 悪いことしたなぁ。泣かせるつもりなかったんだが。

 「ふふっ冗談ですよ。そんなに本気で落ち込んじゃって。上倉さん可愛いです」

 イタズラっぽく笑う。からかわれているはずなのにそんなに嫌な不快感はない。

 「さてと・・・今日はどうしようかなぁ・・・あまりお金も余裕ないし・・・」

 また彼女はぶつぶつと何か言っている

 「どうした?何かあったのか?」

 「あっいえ、そういうわけでは。ただ、今日泊まるところどうしようかなって」

 「ああ。そういえばネカフェで寝泊りしてるって言ってたな」

 「はい。そうなんです。けど今あまり手持ちが無くて。」

 なるほど。出来れば出費は少なくしたいってことか。うーん。しょうがない。

 「じゃあ・・・君が嫌じゃなかったら・・・うちに来るか?俺しか住んでないから誰にも迷惑かからないし」

 「え・・・?上倉さんのおうちに・・・?」

 まさかそんな申し出があるとは思わなかったのだろう。意表をつかれた顔をしている。

 「あ・・・ごめん。嫌だよな。見ず知らずの男の家に泊まるだなんて。今のはわすれてく・・・」

 「・・・ます!」

 「え?」

 何だって?聞こえなかった。

 「行きます・・・」

 「イク・・・?」

 「上倉さんのお家行きます!」

 おおっとびっくりした。急に顔を近づけてくるから思わずぶつかりそうになった。

 「わ・・・わかった。でも今うちの冷蔵庫の中身空っぽだから買い物付き合ってくれるか?」

 「はい!お供します!何でしたら私がご飯作ります!上倉さん、何が食べたいですか?」

 急に元気になったなこいつ。まあ落ち込まれるよりは良いけどさ。

 「うーん。そうだな。肉じゃがとか食べたいかも」

 「肉じゃがですね!分かりました!じゃあ行きましょう!」

 「お・・・おいおい!そんなに引っ張るなってば!」

 彼女は俺の袖を引っ張ると、散歩中の犬が走り回るかのように駆け出す。

 



 今まで一人暮らしが長かったからな。今日は退屈はしなさそうだ。

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