歌声の先には
雪が降って寒い日にも関らず俺の心は暖かかった。
君のおかげで今の俺がいる。
君が俺をこの世に繋ぎ止めてくれた。
俺何かが君にしてあげられることなんてきっと何も無い。
だから一言だけ言わせて。
ありがとう。
寒い。
12月なのだから寒い。雪が降っているから寒い。でも、本当にそれだけか?いいや違う。きっと体が寒がっているのではない。心が寒がっているのだ。
まあ心が寒がっていても無理ないかもしれない。普通に会社に向かったはずがいきなり君の机はもう無いと言われれば。
ああ。あれか?クリスマスプレゼントか?社長は俺に働かなくて良いという自由をプレゼントしてくれたのか?それはありがたい。こんな素敵なプレゼント、無駄にすることは出来ない。何に使ってやろうか。会社に殴りこみとかしてみるか?それとも欲情した動物のように快楽を求めてみるか?
違うだろう。そんなことしたって何も意味はない。寧ろやり直しが利かなくなるじゃないか。
・・・やり直し?やり直す意味あるのか?この不景気な世の中で俺なんかを必要としてくれる企業があるのか?無いだろう。俺じゃ無くても代わりはいくらでもいるんだ。企業を訪れても面接という篩いにかけられたら俺なんてすぐに落とされてしまうだろう。どうせ無駄だ。徒労にすぎない。
ネガティブ思考は良くないのは分かる。でも無理だろう。こんな状況でポジティブに考えるなんて。周りはこれから迎えるクリスマスを今か今かと待ちわびている。
クリスマスなんて俺には関係ない。恋人もいなければ家族もいない。この世に頼れる人は一人もいないのだ。
もう・・・死のうか・・・
もう・・・生きてる意味が分からないよ・・・
もう嫌だ・・・どうして俺ばかりこんな目に・・・
楽になりたい・・・
死ぬことも考えてしまう。もう、だめかもしれない。
そんな時、すれ違う人々の会話する声の隙間から歌声が聞こえてくる。
歌・・・?こんな寒い日の夜にか・・・?
でも、綺麗な声だ。
音楽に心得は無いが、その声がとても透き通っていて真っ黒になっている心に響き渡る。何だろう。この感じ。もっと近くで聴いてみたい。
考えるのと同時に足が歌声のする方へと進んでいた。駅前のほうだろうか、進む先は駅前の改札方面へと続いている。人ごみを掻き分けて歩を進めていく。
するとその先には小さなイスに腰をかけて弾き語りをしている女性が居た。一面真っ白になっている銀世界にとても良く映える綺麗な黒髪。目を閉じながらギターの弦を弾く姿がとても様になっていた。
見惚れた。こんなに心に響く歌を聴いたことがない。誰の曲なのだろう。あまり音楽に関心が無いので、もしかしたら俺が知らないだけで実は誰か有名なアーティストの曲なのかもしれない。そうだとしたらきっとそのアーティストにも負けないくらい優しい、安らぎを与えてくれているのではないだろうか。
とても安心する。体温が少しずつ上がってきそうだった。
「・・・」
一瞬気付かなかった。自分が泣いていることに。頬に涙が伝って初めて気付いた。動くことが出来なかった。涙を拭うことすらしない。ずっとこの声を聴いていたい。この音が、歌声が途切れてしまったらとてつもない不安に襲われる気さえした。
などと考えていたら不意に歌声が止む。どうした?俺を不安に落としたいのか?
「あ・・・あれれ?あのー・・・どうかなさいましたか?」
目の前で歌っていた少女が訝しげに話しかけてきたのだ。それもそうだ。人が歌を歌っている時に目の前で泣いてる人間がいるんだものな。
「あの、大丈夫ですか?どこかお身体の具合でも悪いんですか?」
ギターをケースにしまうと、少女は俺の方へと歩む。顔色を見る限りどうやら心配してくれているようだ。
「あ・・・申し訳ない。別に調子が悪いわけじゃないんだ」
「そうですか。なら安心しました。」
そういうと少女はまるでお手本のような可愛らしい笑顔を向けてくれる。そんな眩しい笑顔を見ているとついさっきまで命を投げ出そう等と考えていたことも忘れてしまう。
「えーっと。こんなこと聞いたらデリカシーに欠けるかもしれませんが、どうして泣いていたんですか?とても寂しそうなお顔をなさってましたよ?」
「いや、何ってわけでもないんだ。しいて言うなら・・・会社をクビになったってことくらいか?」
少し冗談っぽく言ってみる。いや、冗談じゃなく本当なんだけどな。
「いやいや、しれっと言いましたけどそれってとても大変なことだと思いますよ?」
「そうだなぁ。確かに問題かもしれないな。来月からどうしようかと思うよ。仕事探さないと。」
「社会人かぁ。大変ですよね。あーあ、学生の頃が懐かしいなぁ」
「え?君って学生じゃないの?」
まさか俺より年上?いや、まさか。そんな失礼なことを勝手に想像する。
「むぅ~。確かに背がちっちゃいから子供みたいだって良く言われますけど学生じゃないですぅ」
笑顔だったのが一気にむくれ顔になってしまった。うーん。余計なこと言ってしまった。どうも言っていいことと悪いことを区別出来ない。俺の良くない癖だ。
「今年の6月で19歳になったんですよ。立派な大人です」
見るからに平らに近い小さな胸をこれでもかと言う位ぐっと張って主張してくる。
「確かに高校は卒業したであろう年齢だね。とてもそうは見えないけど」
あっしまった。また余計なことを。一言多いどころじゃないぞこれじゃ。
「人の身体的特徴を貶すのってよくないと思いますよ!それに、背が低いことは悪いことばっかじゃないんですから!」
彼女曰く、どうやら背が低いというハンデを最大限に生かす術を心得ているようだ。
「ほう。それはどんな良いことがあるんだ?」
率直に聞いてみる。これくらいなら失礼じゃないよな?
「え・・・あー・・・うー・・・な、内緒です」
悩んだ挙句教えないことにしたようだ。気になる。
「何だよ、教えてくれないのか。それとも、大したことじゃないのか?」
「そんなことないです。私としてはとても重要で、とても安心出来るのです・・・」
何かを懐かしむような、嬉しい反面、どこか寂しさを感じているかのような表情を浮かべる。
「安心出来ること?・・・・・んー、穴に隠れやすいから何かあっても安心とかそういうことか?」
「違います!もう!何でそんないじわるなことばっかり言うんですかね!」
「何か冗談をいちいち真に受けるから反応が面白くてな」
「え?反応がいちいち可愛い?そんな、照れるじゃないですかぁ。もっと言っていいですよ?」
顔を朱に染めながらそんなことを言う。いや、確かに可愛いとは思うけどそんなこと一言も言ってないぞ。
「あっ・・・いっけない。もうこんな時間。そろそろ行かないと部屋が埋まっちゃう。」
時計を見ながら何かぶつぶつと言っている。自分でも時間を確認してみると結構な時間になっていた。
「ごめんごめん。こんな時間まで話に付き合わせちゃって。」
「いいんですよ。私も久しぶりにこんなにお喋りしました!」
「おっと、こういう時ってあれだっけ?演奏に気に入ったらお金を払うんだっけ?」
「あー。そういうのもありますけど、私はお金が欲しくてやっているわけではないので気にしなくていいですよ?」
「いやでも・・・」
「いいんですよ。私がやりたくてやっているんですから。」
うーん。あんなに良いものを聴かせてもらった上に無償で良いなんて。ちょっと割りに合わない気がする。
「ならちょっとだけ待っててくれよ。すぐ戻るから」
「え?・・・ええ。分かりました。」
彼女は首を傾げていたが待ってくれる意志を告げてくれた。お金をもらってくれないならせめてな・・・。
ここは駅前だ。少しあるけば自動販売機くらいある。暖かいココアを買うと、元居た場所へと戻る。
「ほら、これなら遠慮するようなものじゃないだろ?寒い中良い曲を聴かせてくれてありがとう」
買ったばかりのココアを彼女に手渡す。
「わぁ。ありがとうございます!ありがたく頂きます!」
彼女はココアの缶のプルタブを開けると、そっと唇をつけてココアを飲む。
「・・・ふぅ。体が暖まりますぅ~。やっぱココアは良いですなぁ。」
高々120円のココアでここまで喜んでもらえるなら安いものだ。
「あっ!そうだ!ここで会ったのも何かの縁です!お名前を教えてもらえませんか?」
「名前?大輔。上倉大輔」
「上倉さん・・・なんかかっこいい名前ですね!」
「お世辞にしては雑な気がするがありがとう。君は?」
「今中沙織です!それでは、私はこれで!ココアご馳走様です!」
手際よく片付けると、急いでいるのだろうか。駆け足で走り去っていく。
今中沙織・・・
明日も来てみようかな。
自分のこれからの生活よりも、明日もまた彼女に会えるかどうかということの方が重要な気がしてきた。