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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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19話‐5 拡散の式

 ソースの恩恵、無限の魔力によって力任せに展開した魔術壁で自分とカリンを覆い、俺達は目的地へと歩みを進める。鮮やかな森の色をした魔力の輝きは、明かりのないアクアマリンの夜には眩しすぎた。目立つことこの上ないが、それに見合った効力があると知らしめてもいるのだろう。幸い、何者かが襲いかかってくる様子はない。


「カリンは、梓の本当のお父さんの話、聞いたことあるか?」

 何の脈絡もない問いかけだったが、彼女は自然と受け止めてくれた。

「聞いたことは、もちろん、あるよ。寝室の写真立てがそうでしょう? でもあれ、いつもは伏せてあるからどんな顔をしているのかは知らない。梓はお母さんの方にそっくりだっていうし」

 俺は先程、春日居先生にその写真を見せて貰ったのだけど、それは言わないでおくことにした。なんとなく。


「これ……」

 思わず愕然としてしまって、言葉が続かなかった。見知らぬ土地で出会ったばかりの人に、手渡された写真立て。そこに、自分と同じ顔をした、同じ年頃の少年が写っていたから。右隣に彼よりやや背の低い女性と、左隣には今よりだいぶ若いが春日居先生と一目でわかる青年が一緒だ。その身長を比較した限りでは、俺よりは背がいくらか高いのだろうと思われる。女性の方はというと、これまた一目でわかる特徴として、梓とよく似た面立ちをしていた。


「梓の両親だよ。今はふたり共、亡くなっている。ただ、梓は父親の死を信じていない。いつかは自分に会いに来るんじゃないかと、起こり得ない期待に胸を膨らませて、ここで彼を待ち続けているんだ。


彼は、アキラ君というんだが……自分の名字を知らないと言った。家族から、『おまえは我が家の恥だから、何もかも忘れてしまえ』と言われ出てきたそうだ。あの子は、本当にかわいそうな子供だった。原因はわからないが、何をしても頭の回転が追いつかないで、人とのコミュニケーションに大きな障害を持っていた。人間の島ではどこへ行っても受け入れられることがなかったからと、流れるようにこのアクアマリンへやって来た。


彼にとって救いだったのは、彼女と出会い、梓が生まれたことだった。その彼女は梓を産むのと引き替えに命を落としたが、アキラ君はその忘れ形見でありたったひとりの家族である梓を、何としても幸せにしてやらなければと……それだけが、生き甲斐になる、はずだった。その結果は何とも救われないものだったけどね。梓を育てる資金を稼ぐため、無茶な仕事に手を出して、そのまま帰らなかった」


「帰って来なかったなら、梓が信じる通り、本当に生きてる可能性はないんですか?」

「ブルー・フェニックス――ツヴァイクが、目撃していたんだ。彼の死に様を。私はそれを聞かされて、そして……あのアキラ君が、梓を放ってどこかで生きているとは、考えられなかった。


元より、私はアキラ君の後見人として認められていたのでね。そのまま梓を引き取って育てることになった。こんな環境でもあの子は真っ直ぐに育ってくれたよ。しかし、私がどんなに尽くしても、与えてやれないものがある。それは、血の繋がりだ」

 家族を離れ、ひとりこんな島で暮らしてきた私が言うのも何だけどね。そう苦笑して言いおいてから、春日居先生は続ける。


「人間は弱く、気難しい生き物だ。心を持たない生き物は、いちいち自分の生まれた意味など求めないが、人間はそうではないだろう? そんな時、血縁者との確かな血の繋がりは、自分が求められて生まれたこと、自分の命が古来から人々のむつみあいによって受け継がれてきたものだと実感出来る。当たり前に家族を持っている人は、普段から強く意識しないだろうけど。血の繋がりというのは軽んじることが出来ないんだ」


 春日居先生は、血縁のない他人の子供を育て、梓はあんなに素直で、生活面でも彼を支えられるほどに立派に成長した。そんな先生も、梓に何もかも与えられるわけではないと、自身の無力を嘆いているらしい。

 俺は、離別も死別もなく、ごく当たり前に親きょうだいと一緒に暮らしてきた人間だ。確かに、育ててくれている親に感謝はしても、血の繋がり云々は意識してなかったな。


 血縁といえば、俺は父方の親戚と顔を合わせたことがない。両親は同郷で、母の実家へは定期的に遊びに行くのに、何故か父の実家に寄ったことはない。幼い頃、それとなく母に原因を訊いてみたけど、はぐらかして教えてもらえなかった。「いつかお父さんから教えてもらえるまで、待っていてね」なんて。


「梓の中にはね、お母さんの命の名残があるの」

 ぽつり、ほとんど無意識といった感じで、カリンは呟いた。それが俺の耳に入ってしまったのに気がつくと、しまった、と言いたげに口元を隠す。

 これは梓が、春日居先生には秘密だよ、と言って教えてくれたことなの。カリンは弁解する。そんな秘密を俺にうっかり口走ってしまったのが梓に申し訳ないということなんだろう。


「彼女はハーフ=キャットという魔物だった。長く生きた猫が魔力を持って、半妖精化した姿なんだけどね。竜族やエルフと同様、自分の命をそっくり子供に引き継がせる。だから、傍目に見ているあたし達にはわからくても、梓にとってお母さんは死んではいない。心の中、体の中――どういう感じかは梓しか知らないけれど、いつもお母さんの存在を感じてると思う」

 そう話すカリンは物憂げで、本心から梓を案じているのがわかる。


 春日居先生の言葉を、思い出す。


「梓は、数少ない友人を、とてもとても大事にしている。中でも、小笠原君は友人としてだけでなく、一人の異性として特別な存在だ。どういう意味だか、わかってくれるね?」

 わからないということもなく、俺は黙って頷く。彼は、今日会ったばかりの俺に対して、随分と深刻な相談をしようとしている気がする。


「だからこそ梓は、彼女を自分の側に置き続けることをよしとはしないんだ。小笠原君は、本当に魅力的で快活な、ごく普通の人間の女の子だから。アクアマリンで生きるしかない自分になど関わっているのでなく、いつかは人間の島に帰り、魅力的な人間の男と一緒になって、家庭を持って穏やかに暮らしてほしいと願っているんだよ」

 一体、春日居先生は、俺に何を期待して、こんな話をしたのだろうか……。


 ここだよ、とカリンが告げるまで、俺は目的地に着いたことに気が付かなかった。そこは他の民家と同じ外観の小さな建物で、この時間に診察してくれているとは思えない、窓からもれるのはろうそくと思われる指先ほどの灯りでしかなかったから。


 よく見たら、表札と思われる板切れに、こんなアピール文が書かれている。魔物に文字の文化はなく、人間の俺がごく普通に読める文字を使用しているのが、例の医者が人間を相手に商売しているという確かな証になっている。


「肉体損傷、及び各種研究、実験に関する相談を持ち込むべし。代金は時価にて、メディ……なんじゃこりゃ」

 どうでもいいが、魔物には敬語を使う習慣がないせいで、こういうセールスにおいてもへりくだることはしないらしい。


「怪我をしたら治してあげるよ、って、要はお医者さんだね。後半のは、人が嫌がるようなえげつない実験を代行するよ、ってことね。これは案外、需要があるんだよ。……マナ君の時だって、上層部がメディに依頼したせいで、あんなことになっちゃって」

 見たものを瞬時に石化させてしまう、呪われた目。その目を、マージャはアクアマリンの規則にのっとってえぐり取られてしまったという。


「そんな奴に頭を下げて高い金払って治療してもらわないといけないなんて、あいつ悔しいだろうな」

「アクアマリンには、人間を診られる医者は彼しかいないんだもん。生き延びるためにはしょうがないよ」

 とはいえ、あいつに頭を下げるのはあたしだってムカつくんだけどね。そう言って、カリンはちょいっと舌先を出してみせた。


 カリンが無事な腕で戸を開けようとしたのを制して、俺は扉を開ける。加減を忘れて結構派手な音を立ててしまって慌てるが、先着者に咎められることはなかった。

 俺達が入っても、梓はこちらを気にする様子がない。マージャは目に包帯を巻いて、腹部に手ぬぐいのような大きさのシーツをかけるだけで、粗末なベッドに横たわっている。梓は、そのマージャの手を強く握り締めながら、ぼんやりと寝顔を見つめている。


「ありがとう、楓」

「ううん」

「だけど、なんで敦を連れてきたんだ」

「俺が勝手についてきたんだ」

 声に怒っている風はなかった。だけど、俺の答えにこちらを振り仰ぐ顔は、どうにも不本意そうだった。猫背気味に座っていた丸椅子から立ち上がる。


 カリンに向き合うと、途端に相好を崩す。

「楓、たて続けに悪いんだけどさ」

「わかってるよ。メディに代金払ってくるから」

「ごめんなぁ」

「いいよ。これっくらい」

 やれやれ、だの、しょうがないなぁ、だのぼやきながら、カリンはどう見ても嬉しそうだ。ろうそくすら点いていない――俺には第三者の気配さえ、感じられない――奥の部屋に入っていく。


「敦さ。ちょっと、『ソースの全力の魔術壁』ってやつを出してみせてくれないか」

「なんで?」

「その点については、自信があるみたいだからさ。どれほどのものなのか見てみたい」

 どこか棘のある言い方ではあるが、梓の口振りが幼いせいでそうは聞こえない。よくわからないが、俺がここへ来たことで梓は想像以上に気を悪くしたらしいので、意向に従う。


 頭の中で、あまり焦らず魔術式の構成を編み始めると、そうそう、と梓が口を出す。


「敦。オレのもうひとつの名前はさ、『アース』っていうんだ」

「アース……?」

 ――なんでだろう。その響きには、どこかなじみがある――懐かしい、知らないはずの遠い過去が思い出されるような気がした。


「魔物名だよな」

「そうだよ」

 梓の魔物名についてはすでに知っていたけれど、本人の口から聞かされたせいなのか、不思議な感情がぷつぷつと芽吹いてくる。


 魔術式が完成し、強く森の色を放つ魔術壁が俺だけを囲う。光源の乏しい、暗く、広くもない室内は、あっという間にエメラルドに支配される。

 てくてく、気安い調子で、梓はこちらに歩み寄り、俺の前で止まる。こうして向かい合うと、視線がかち合い、つくづく似たような背の高さなんだと思う。

 だけど、俺と梓では生きてきた環境があまりに違う。上半身を纏う包帯の下には、筋肉の隆起が見えるし、おそらく傷だらけ。そして戦闘用の魔術式も刻まれているだろう。対する俺の体なんて、情けないものだった。


 ゆるり、と、やる気のなさそうな動きで、梓は右手を持ち上げる。手のひらは首刀の形を作り、てい、と気の抜けたかけ声と共に振り下ろす。


 俺を守るドーム状の光に、梓の手が触れた瞬間。それはまさしく、シャボン玉が弾けて散るのと同じに消滅した。一瞬の出来事なので、俺がその事実を呆然と受け止めるのと、梓の手刀が額に命中するのとはほぼ同時だった。

「え……」

 梓の手に力が入っていなかったので、痛くはない。そんなことより、精神的な衝撃の方が大きかった。


 魔術壁の効果は、使用者の魔力量によって決まる。この世界で右に出る者はそうそういない、無限の魔力が湧きいずる源泉竜ソース=アイラの力を受け継ぐ俺は、どんな攻撃も無力化出来る。そう教わって、体としてはごく普通の人間並みの俺は、それだけを頼りにやって来たのに。

 その、絶対的なはずの魔術壁が、こんな気合いの入らない手刀一発に破られたっていうのか?


 思惑通りの展開だったのだろう、にんまりとこの上なく満足そうに梓はにやけている。手刀の形を崩した右手をぷらぷらと振りながら、「驚いただろ」などと呟く。


「竜族の力を受け継ぐのは、ソースだけじゃないんだぞ。オレの、支竜(しりゅう)アースの『拡散の式』は、どんな魔術式も無効化出来る。条件はオレに聞こえる範囲で、『アース』としてのオレの名前を呼ぶことさ」

「そ、そか」

 種明かしをされても、まだショックは抜けきらない。要するに、式竜ユイノの、封滅の式を受け継いだ豊と同じってことなのか。


「つまり! いくらソースだからって、相手の能力との相性次第では、どうにでもなるってわけだ。いくら自慢の魔術壁があるからって、勝手にうろうろされたら危ないってことだよ」

「う……わ、悪かったよ」

「わかればいーんだ、わかれば!」

 いよいよ「してやったり」という感情をあらわに、梓は無邪気に喜んでいる。俺としては笑い話では済まされないんだが。

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