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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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19話‐2 拡散の式

「迎えに来たぞ。カリン」

「っ、え? ツヴァイク!」

「アースの代理だ。先日の試合で、奴は」

「ツヴァイク、お願い! 敦君を助けてっ!」


 遠いような近いような場所で、誰かと誰かが会話している。そこまでは聞き取れたが、頭の中に入ってきた言葉が意味あるものとして処理されない。かすんできた意識のままに身を任せていると、

「ソース=アーチ、聞いているか。死にたくなければ反応を返すことだ」


 冷たい、しかし男でも女でも通りそうな華奢な声が、投げてよこされた――死にたくない、なら。その一言が、投げ捨てかけていた俺の思考を引きずり戻した。

 理屈で考えていられるような状況ではなかった。死にたくない、ただただ、それだけが意識の全てを占める。


 ほとんど機能していなかったが別に閉ざしてはいなかった目が、ひとまず涙がおさまったことで光景をクリアにする。横倒しになった視界、牢の向こう側に男が立っていた。

「死にたく、ない……たすけ」

「ならば、私が何者か、言い当ててみせよ」


 助けて、という懇願さえ待たず、男は言い放った。ただでさえ働かない頭をいっそう混乱させるような要求。


 目をこじあけるように、男を凝視する。黒い瞳は周囲への関心が薄い淡泊な表情。もみあげが胸元あたりにかかる長髪を三つ編みにして、右肩に乗せるように 前へ垂らしている。藍色の、締め付けのないゆったりした衣服からさえざえと白い腕が伸びている。その腕は密やかに漂わせた威圧感に対して、存外細すぎてど こか頼りない。外見だけなら、同年代の人間とほぼ変わりないと思う。顔立ちに幼いところもあるから年下めいて見えたりもするが、落ち着き払った表情のせいで気安い雰囲気がない。


「だっ、て、初対面だろ?」

 どれだけ頭をひねらせ考えても、結論はひとつだった。俺は、この人を知らない。

「感覚だけでわかるはずだ。思い出してみよ、『目に見えるものだけが全てではない』」


 聞き覚えのある言葉をことさら強調して、男は、ほんのかすかに笑みを浮かべた。

 目に見えるものだけが全てではない。そう言われた場面を思い出しながら、俺は目を閉じた。

 狭い空間に、強烈すぎる魔力。じりじりと焼け付くような圧力を放つそれは、よく覚えている。厳しいようでいて、けれど時折、こっそり優しく微笑んでくれる少女。


「シュゼット……?」

 ほろり、どうやら最後らしい涙がこぼれ落ちると、何だか頭がすっきりしたような気がする。どうなっているか知るのがおそろしくて、ゼリーの方を見ることが出来ず、一心に視線の先の男を見つめる。


 男は、かすかに頭を動かした。俺には頷いているように見えた。

 それからの動きは機敏だった。彼はぴたりと指先を揃えた手を持ち上げ、真横に切るように走らせる。その動きを追うように、鉄格子にひと筋の炎が描き出された。その炎が火勢を増して垂直に下りてくると、ありえないことに鉄格子は燃え尽きて煤になり、石の床へ散らばった。

 もはや牢として機能しない空間に音を立てて上がり込むと、今度は人差し指を差し向ける。指先からこぼれ落ちたのは、やはり青い、炎のひとしずく。


 ちらとその軌道を追うと、嫌な感じに赤く染まったゼリーに触れたそれが、燃え尽きることなく広がる。自分の腹の上の激しい火に戦慄した、次の瞬間にはゼリーを燃やしきって跡形もなくなっている。背中を壁に押しつけられていた力を失い、体が倒れ込んだ。


 腹が地面につく感触に、事の経過から想像してしまうようなそれはなかった。吐き気をこらえながら、膝を地面にこすり上げるようにして身を起こす。見えない枷も青い炎は焼き尽くしていて、手のひらで腹の状態を確かめると、そこに異常がないことを伝えてくれる――そんな、まさか。疑いが晴れず、改めて目線を下にやる。今度こそ使いようがないまでにぼろきれと化した毛布と、着ているシャツの不自然に欠損した部分から覗く、極めて自然な人間の肌色。


「あ……れ?」

 何なんだこれは。幻覚でも見せられていたのか? あのおそろしいひとときと、自分の取り乱しようを思い出して、果たして俺は今青ざめているのか頬を赤らめているのか。いずれにせよ、かなりの間抜け面をさらしているんだろうことは想像に難くない。

 いたたまれなくて、見ず知らずの男を正視出来ず、逃げた目の先にいたカリンも驚きを隠せないようだった。訝しげな、そしてどこか不安げな顔をしている。


 いつまでもこうしていても仕方がないし、とりあえず窮状を救ってくれた何者かに礼を述べ、頭を下げた。

「私はブルー・フェニックス=フォボスと呼ばれる存在だ。しかし、それは私の欲する名前ではない。ツヴァイクと呼んでほしい」

「あ、ああ。そうか。君がシュゼットの」

「余計な話をしているゆとりはない。急ぎ、ここを離れなければ、別の牢に逆戻りすることになるだろう」

「そ、そうだ。ともかくここを出よう!」

 気を取り直したらしいカリンが勢い良く立ち上がるが、その彼女はまだ閉ざされた檻の中だった。



 神話時代、おそらくは現在を軽くしのぐ科学力を持った人間達がいた。彼らの技術はこの世界を守護する、畏敬すべき神竜を冒涜するもので、現在のアクアマリンとエメラードにあたる場所で魔物と人間の戦争は起こった。


 かの人間達は戦力として、人造的に強化した合成生物、キメラを作り出した。不死鳥――フェニックスは、その一体に数えられる。一体、しかしフェニックスは「ひとり」ではない。ブルー・フェニックス=フォボスと、レッド・フェニックス=ディモスの二対でひとり。彼らは見るもの聞くもの感じるものといった感覚を共有していて、フォボスがアクアマリンに、ディモスがエメラードに別れて過ごし、今もつながっている。

 このふたりがふたつある魔物の島にいるのは、それぞれの島に暮らす魔物を牽制しているからだという。かつて魔物同士の戦争が起ころうとした時、争いを起こすならどちらも等しく、不死鳥の炎によって焼き尽くすと宣言した。


 あまりにリアルな死の恐怖から解放され、これまでに得た情報を記憶のどこかから拾い上げて、このように考えを巡らせることが出来るまでに俺は回復した。この話の一部も、牢の中でお互いの暇つぶしのために繰り広げた、カリンとの数多の雑談の中に紛れていたものだ。

 ブルー・フェニックス=フォボスが、先程の危機から俺を救ってくれて。今も俺に肩を貸して長い長いのぼり階段を共にしている彼のことで。レッド・フェニックス=ディモスはエメラードで、俺が魔物の中で暮らすようになってから多大に世話になった彼女、シュゼットのこと。


「よいか、カリン。この件は私の独断で行ったこととするのだぞ」

 俺達の後ろをとぼとぼと、肩を落としてついてくるカリンにかけた言葉は平坦だ。


「そんな、悪いよ。これって立派な反逆行為なのに」

「元より、私はアクアマリンの同盟の一員ではない。ハイリアの意に反したとて、私は罪に問われない。それくらいわかっているだろう」

「そういう問題じゃなくって! あたしが望んだことに手を貸してくれたあなたに、全て押しつけるなんて出来るわけないじゃない」


 当面の戦局として、いかにそれが正しくても。自身の正義に反する一線を、曲げることなど出来ない。誠実だが、頑固だ。本当に、ティアーによく似ていると思う。


「そなたはそれで満足かもしれないが、アースの立場も考えてやることだ。そなたとあれの関係は島中に知れているのだから」

(あずさ)だったら、絶対、あたしが助けたいと思った人より体面を気にするなんてしない。敦君を見殺しになんかするわけないよ」

「一から十まで話してやらないとわからないか。その点はアースと同レベルなのか……アースの悪評は、奴の養父である春日居 要(かすがい かなめ)の評価に直結するということを忘れるな。アースはそこまで頭が回らないだろうから、パートナーとしてそなたが気を回せないでどうする」


 ここまで辛辣に言われたらカリンも、う~と唸りつつ口を尖らせ、しかし反論を続けることなど出来なかった。それでも心底から受け入れられないあたり、自分の信念に忠実な人なんだろうなぁ。

 俺を解放するために力を尽くし、今もこうして議論を交わしているふたりには悪いが、俺は半ば放心状態で彼らの会話も話半分に聞いていた。


 ツヴァイクがアースって呼んだのと、カリンが言った梓というのは同一人物だろうか。そしてその人物は、カリンのパートナーだという。

 彼女にそういう相手がいるという事実に、何故だかほんのわずか、胸がちくりと痛む。何故、なんて白々しいか。きっと、羨ましいんだ。俺は、そうなりたかった相手を、失ってしまったのだから。



 長い階段を人任せで上がりきって、地上に出た。そこにはやはり、団体さんが待ちかまえていた。


 アクアマリンの現盟主、ハイリア。この島の中枢を守る、戦闘能力の評価によって選抜された精鋭部隊。

 アクアマリンには非常事態に備えて、日中の太陽光による魔力を蓄えた魔術道具としてのたいまつが方々に設置されているらしい。時間は、夜。光栄なことにその非常事態として認められたようで、煌々とオレンジの炎が無数にゆらめいている。どんよりと分厚い雲が空を覆い、星明かり月明かりを隠している のだから無理もないが、いささか大げさではないかとも思う。


「何の真似だ、ブルー・フェニックス」

 ハイリアは声を張り上げる風もないが、地声と思しきそれさえじゅうぶんに響きわたっている。


「そなたにわけを語る道理は、私にはない。個人的な事情に従って、ソースに肩入れしたまでのこと」

「フンっ、相変わらずうっとおしい野郎だなぁ、てめぇはっ!」

 精鋭部隊のどこかから、そんな声が上がる。魔物にとって、そもそもフェニックスは同胞ではない。人間の世界には伝えられていない、魔物間の歴史においてだが――複数の局面において、自身の圧倒的な火力によって脅しをかけることで魔物達の思惑を阻害してきている。いい加減、腹にすえかねている者がいたっておかしくない。


「安心しろ。そのような目の上の瘤も、じきに消え失せる。私達の運命の時は、目前にまで迫っているぞ」

 にやり、意外なほどに酷薄な笑みを浮かべ、ツヴァイクは声を張り上げる。すると魔物達、ハイリアまでもがいくらか気色ばむ。


「それは、第二の太陽として目覚めようということか」

「さて、断言はしない。これは私の意思であって、あれが怖じ気付けば今回も流れるだろう」

「君の意思はそのまま、彼女に一致するのだろう」

「心得ていたか、ハイリア。こうして宣言してやったのだ、ソースを気にしている余裕があるのなら、せいぜいあがけば良い。今すぐに対処すれば、このアクアマリンを捨てて逃げ出す時間もあるだろう」

「ほざけ。貴様らごとき、人間共の作り出した汚らわしいキメラなぞに、我々が恐れをなすとでも思うか」


 言おうと思えばまだ皮肉は口をついて出た。口端の笑みにそうありありと滲ませて、ツヴァイクはハイリアを黙殺する。あまりそういうイメージはないのだが、シュゼットにもこういう一面があるのだろうか。

「おいソース! 黙りこくって何も言えないのか、腰抜けめ!」

 人垣のどこかから上がった罵声。カリンは悔しげに唇を噛みながら、連中を睨みつけた。いくらアクアマリンの暮らしに慣れていたって、ハイリアとその精鋭軍に喧嘩を売れる立ち位置じゃないんだろう。


 この状況に手出ししてくる愚か者もいないだろうが、念のため魔術壁を出しておけ。ツヴァイクからそう指示されて、俺はソースの魔力でもってあらかじめ魔術壁を展開していた。衝撃を散らせる拡散型か、攻撃を跳ね返す反射型かの選択は俺に任されたが、俺は反射型を選んだ。カリンもツヴァイクもその内側に入れるのだから反射の巻き添えにすることはないだろうし、やられっぱなしなんてやっぱり悔しいじゃないか。


 絶対的な防御に覆われた俺達は悠々と、ハイリアとその精鋭部隊に背を向けて、アクアマリンの中心である盟主の塔を離れ市街地へ入った。魔物は夜間、無闇に外出することはしない。そんな彼らの街は闇の中で静まり返っていた。


 手をつなごうか、と彼女は言った。俺がようやく足腰の自由を取り戻し、どうにか歩けるようになったのを見て。しかし胸中はどうしようもない不安に犯され尽くしているのを見透かされていたんだ。おずおずと伸ばした俺の手を、カリンは強く握りしめた。手がきしんで痛むくらいに力強く、ちょんとウインクまでしてみせて、俺を安心させようとつとめてくれた。


 ツヴァイクは無言のままに、慣れた足取りで俺達を先導する。そうして一軒の、アクアマリンに立ち並ぶ家々と同じに変わり映えのしない、四角く白い土造りの一軒の前で立ち止まった。

「今夜のところは、カリンは家へ帰ることだ」

「えぇ? なんでよぉ。あたしの手はいらないっていうの?」

「そうは言わない。だが」

 無表情だけど、どこか穏やかなツヴァイクの目が、俺を見やる。


「アースが長年、待ちこがれた出会いなのだ。堪能させてやってくれ」

 あいまいな説明に、カリンも要領を得ないようだ。俺と顔を見合わせて首を傾げる。俺にだって心当たりはない。


「ん~、そうねぇ……敦君。よかったら、梓と仲良くしてやってね。あの子、生まれも育ちもアクアマリンなものだから、もっと人間の男友達が欲しいと思うんだ」

 やっと、といった感じで、カリンは言う。ツヴァイクの言い方からして、そういう意味ではないらしいと自覚しているのだろう。

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