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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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18話‐5 都市の島アクアマリン

「ああ、君がソースか」

 奇怪な塔の、でこぼこと複雑な階段を上り終えた最上階。広く殺風景なその部屋で、俺とムシュフシュを出迎えたその男は、部屋と同様に味気ないつまらなさそうな顔でこちらを見た。しかし、人間の形をした生き物の顔にあるべき位置のふたつの目は、閉じられている。


 エメラードで暮らすタイタン族に似た巨体に、腰からゆったりした布を巻いただけの出で立ち。仲間内のライトと比較するなら、彼よりやや小柄だが巨人族にふさわしい迫力のある背丈とバランスの良い筋肉。ライトと違って肌が白いのはアクアマリンの気候のせいだろうか。

 むき出しになっている両の腕と腹に、数えるのが億劫になるような無数の黒い目がついている。ある目はこちらをしっかりと凝視し、その他の目はぎょろぎょろと周囲に視線を走らせている。つまらなそうに見えるのは、それらの目の瞼が力なく半開きになっているせいで、覇気というものが感じられないからだ。


「私の名はハイリア。当代の、アクアマリンの盟主を任されている」

「盟主……」


 アクアマリンの政治形態がどうなっているか、くらいなら、学校の授業でわずかばかり触れられている。アクアマリンに住む魔物は、イコール、アクアマリンという魔物の同盟の一員になることだという。それを治め、あらゆる決定権を持つ盟主は、単純に戦闘能力の高さで決められる。


 要するに、このハイリアは、アクアマリンで最も強い魔物なんだ。……それにしては、拍子抜けするほどに威厳がない。緊張の糸が今にもぷっつり切れてしまいそうだ。


「ふむ。君の名は、アーチ、か」

「な、んで」

「なぜわかるか、ね。私も式を視る目を持っているのでね。君の魔物名もまた、魂の式を読み解いて名付けたものだろう?」


 生き物の魂は、式という構成の集合体だ。魔物の名前はその式にとって最も相性の良い、いわば魂の名前をそのまま名乗る。俺に与えられた魔物名も、同じようにして付けられた。俺の式を視たのはシュゼットだったが、彼女が数時間かけて音読した式から、エリスが俺の名前を見つけるまでに数日はかけていた。それをこの男は一目で言い当ててしまったのだ。


「ご苦労だった、ムシュフシュ。褒美は何にしよう」

 ハイリアの言葉に、俺を連れてきたムシュフシュはこれっぽっちの興味も示さず。言葉を返すことさえせず、音もなく部屋を出ていった。本当に、あいつは一体何が目的なんだろうか。

 そんな態度は想定内だったのか、特に気にした風もなく、ハイリアはぺたぺたとこちらに歩み寄る。白い石のような床を裸足で歩くから、盟主という威厳の揺らぎそうな間抜けな足音が響く。


「さて、このアクアマリンに足を踏み入れた以上、君の処遇は私の一任に委ねられるわけだが。これは三百年前に交わされた条約の特秘部分に明記されている」

 つまり、俺がこの島に閉じこめられ一生を終えることになったとしても、人間の島からの助けはありえない、と。まぁ、ここでは人間の法が干渉出来ないからって理由で借金を背負った人間が夜逃げしてくることがあるくらいだし。いくら借金取りから逃れられたって、ここで人間が生き延びる なんて至難の技だと思うけどな。


「俺はこれからどうなる?」

 本当は一部知っているけれど、知らないふりをしてそう訊ねた。

「現時点では、君に、我々魔物に仇なす意思はないように『視える』」

 それは、人間の日常で使われるのとは違うニュアンスの言葉だとわかった。心の動きが音として聞こえるというトールが、時に得意げに「聞こえた」という言葉を強調するのと同じようなものだろう。


 無骨で、人間の頭ひとつ握りつぶせるんじゃないかという大きな手のひらが、俺の手を取った。熱すぎず冷たすぎない、ごくありふれた彼の体温に比較して、俺の手はじっとり汗ばんでいた。

 自身のへそあたりの高さに差し出された、俺の手が、不意に固定された。肩から、ひじからと捻り、動かそうとしてもびくともしない。俺の目には見えない手枷に拘束されているのが想像できる。


「しかし、ソースとはいつだって、この世界に混乱をもたらす者だった。君も、野放しにしておけばいつかはそうなるだろう」

「そんな根拠のない運命とやらに生まれたから、大人しく一生を牢で過ごせっていうのか」

「根拠がないとは言えないよ。おそらくは、ソースに生まれる者は、無作為ではなくそういった運命に選ばれているんだ。あるいはソースという、絶大な力を持って生まれたことが、そのような道を選ばせるのか」


「あんた達魔物の言う正義も大概だな。全体を守るためなら個人を、誰を犠牲にしたって構わないんだから。ソースに生まれたからって、この歳で未来を完全に閉ざされるなんて、どう考えて認めろっていうんだよ」

 投げやりに吐き捨てた俺を、無数の目がぼんやりと眺めている。ハイリアは静かに、しかし張り上げた声で告げる。


「この一生を牢獄で過ごすことになるかもしれない君には、有り余って腐るほどに考える時間がある。だろうから、せめてもの土産を持たせてやろう」

 ――その瞬間、俺は、彼を侮っていた自分に気付かされると同時に芯から震え上がった。


 全身の目のだらしなさは相変わらずなのに、唐突に、顔面の二対の目が見開かれた。泥のような闇のような、とにかく暗く深いまなこには底知れぬ感情が潜んでいる。好意的な光など一切なく、むしろ計り知れない悪意、憎悪、殺意によって跳ね返す。

「このアクアマリンが、死に絶えた大地と成り果てたゆえん。それが、この地が生まれ持った全てを搾取し、蹂躙し尽くした、人間の所業によるものだということを!」



 深く深く潜る地下の底――いや、ここは最下層ではなく、牢獄の階段はまだ下に続いているらしい。俺にあてがわれた牢は、アクアマリンの地下牢獄の、せいぜい中腹あたりに位置している。先ほど俺をここまで連れてきた牢番は、そう教えてくれた。


 アクアマリンでは盟主を除く全ての公的仕事は、住民の当番制になっている。牢番もそうだし、港で人間の島から入ってくる積み荷を管理したりするのもそう。それらの仕事には儲けがないから、専属でやりたがる魔物なんかいないし、かと言って誰もやらなければアクアマリンの生活様式は成り立たない。だから、 全員強制の持ち回りにするしかないのだという。


 つい先程まで、上や下の牢に住まう、投獄された魔物達の会話で騒々しくなっていた。今は、ぴたり、ぴたり、水滴が石の地面を叩く音が響いている。そんな静かな時間は本当に退屈で、ハイリアの言っていたように――そして、彼に聞かされたことがつい脳裏に浮上してきて、思案に深く深く意識が沈んでいくの。


 かつて太陽竜とその子供である神竜族がこの世界の大地を守っていた時代。エメラードは源泉竜ソース=アイラの、アクアマリンは天空竜エアー=ロイドの領地だった。無限にわき出ずる魔力という、神竜族においてさえ桁外れの能力を持っていたアイラと比べるならば、ロイドの能力は遙かにか弱いものだったとい う。


 天空竜は、自由を司る神竜と呼ばわれた。神竜族は太陽竜よりあてがわれた自らの領地を離れられないが、天空竜だけはその羽でどこへでも飛んでいくことが出来た。


 しかしその能力が、自らの領地に恵みをもたらすものではなく、しかも天空竜はきょうだい達よりも寿命が短く、転生のサイクルが早かった。そうして彼の、 神竜として弱体化していたその時期、領地に住まう人間達は増長していく。かつてのアクアマリン――天空竜領地エルトロンの人間達は科学力を発展さ せ、大地からはエネルギーを搾取した。死に向かっていく大地、そして天空竜の時を止めるため、その一部を機械化して人間の支配下に置くことまでしてのけた。


 当然、そんなことを近隣の神竜が認めるはずもなく。エルトロンと最も距離の近い源泉竜領リリアンスと全面戦争になった。当時、すでに源泉竜ソース=アイラは亡かったが、後継者たる現人源泉竜、つまり俺と同じくソースと呼ばれる人間が、リリアンスに住まう魔物達と共に戦った。


 現在の常識で考えれば、魔物と人間の全面戦争になって人間に勝ち目があるとは思えない。しかし、とことんまで科学を追求したエルトロンの戦闘力はリリアンスを相手に善戦した。フェニックスをはじめとした、総じてキメラと呼ばれる人造生物達は、自然の摂理を無視して人間に都合良く作られたために、計り知れない破壊力を持っていた。そうしてキメラに時間稼ぎをさせている間に、エルトロンの人間は機械の島を完成させ、この海域を逃走したのだった。


 エルトロンに残されたのは、大半が力つき打ち捨てられたあわれなキメラ達と、枯れ果てた大地。そして魔物の、人間に対する激しい憎悪だった。元より人間も源泉竜ソース=アイラによって創造された生き物だったから、リリアンスにも多くの人間が暮らしていた。しかし、リリアンスをエルトロンの二の舞にはさせまいと、魔物達は人間を追放した。それが今のフェナサイトなのだが、かの地を守っていた神竜はいたく人間を嫌っておいでで、火山と地震とで人間に試練を乱発した……そんなお話だった。


 これらの歴史は、今の人間にはまるで伝わっていないものだ。


 こんな話を聞かされたら、魔物が人間を毛虫以下に嫌いまくる理由として頷くしかない。ただ、エルトロンの人間達に悪気があったとも思わないのは、自分が人間であるためのひいき目なんだろうか。国力が他に劣るのなら、相応の努力によって補うしかなかった。けれど、それはその地を守っていた神竜、エアー=ロ イドの尊厳を著しく犯すものだった……彼らの所業によって、何の罪もないリリアンスの人間達がとばっちりを受けたのだって迷惑な話だ。


 そして、俺だって。遙か昔の人間への恨みと不信なんかのために、こんな牢獄で一生を終えるなんて冗談じゃないと思う。第一、その頃のソースは魔物と共に人間と戦ったんじゃなかったのか? 現在におけるこの冷遇は一体どうしたことだろう。


 ……そこまで考えて、思い至る。魔物に協力し、人間と戦ったソースはその後、どうなったんだ? ハイリアはその部分を聞かせてはくれなかった。追放された人間と一緒なのか、それとも……同じ敵と戦った同胞として、リリアンスに残されたのか。

 そのどちらかだとしたら、ソースにとってはどちらがより望ましい展開だったのだろうか。今日、人間の島を出て魔物の中で生きる道を選んだ自分に重ね合わせて、背筋から凍り付くような不安が押し寄せてくる。


 いや、寒いのは心理的な問題ばかりではないらしい。アクアマリンは極めて寒暖な気候らしく、さらにこんな地下深く、石造りの牢に閉じこめられているんだ。 右手側の壁に排水溝のような穴が空いていて、どこからともなく冷たい風を吹き込ませているのも影響が大きいだろう。ぶるぶると体が震えだしているのに気が付いて、俺は、目に見えない手枷で封じられた手を伸ばして備え付けの毛布を取った。

 この手枷は、アクアマリンの盟主に代々受け継がれる魔術式で、これが牢屋にかけられた魔術と作用することで、拘束される者の魔術行使を阻害する。俺がいかに無限の魔力を持っていたってこの中ではそれを用いることは出来ない。


 毛布で身をくるみ、膝を抱えてその上に頭を落ち着かせると、……どうしようもなく、泣きたい気分になった。まるで、それを妨げるかのようなタイミングで、ふたり分の足音が響いてくる。何だかおぼつかない足取りのうかがえるそれは、俺の時と同じ、牢番とそれに引き連れられている者なのだろう。やいのやいのと賑やかな会話の片方は、ついさっき聞いたばかりの声だった。


「まったく、懲りないもんだねぇ。あんたみたく華奢な人間の小娘が、アクアマリンなんかいて何が楽しいんだか、あっしにゃあさっぱりわからんよ」

「そりゃあ、普通の人間の女の子なら楽しくないだろうね。あたしはとっくの昔に、普通でいることをやめちゃったからさ」


 牢番は、枯れ枝のように細い手足に、腹だけがぽっこりと出っ張った、腰に蓑を巻いただけの、どこから見ても貧相な出で立ち。髪の毛だけはそこそこ豊かなのだが、ぱさぱさに乾ききったそれはとても近寄りがたい男の雰囲気を助長させるだけ……だと、思っていたんだけど。先程、彼に案内されてこの牢に入った時はとてもそんな余裕はなかったが、改めて見ると彼の茶色いどんぐり眼は思いの外優しげな色をたたえていた。人を第一印象だけで決めつけるものではないな、と思う。


 もうひとりは、やや癖があって裾がふわりと広がった腰までの黒髪の女の子だった。アクアマリンの気候に対して違和感のない、厚手の黒いワンピースに、防寒対策なのか白いタイツにロングブーツを履いている。そんな、どちらかというと黒い部分の多い出で立ちに、左腕を吊った白くいかめしいギプスが痛ましい。


「こんな目にあってもまだ続ける気ぃかい?」

「もちろん。現状、あたしがここで稼いでいけるのは、これっくらいしかないんだもん」

「お金持ちの相方がいるでしょーに」

「そのお金持ちが上得意先で、それでお金貰ってるんだから……って、あなたいやに引っ張るじゃない。どこかの密偵じゃないでしょうね」

「このみすぼらしいナリで、そんなことしてるように見えるかね」

 あはは、見えないわ、と言いながら彼女は笑った。それが痛めた腕に響いたらしく、すぐさま顔をしかめてうずくまる。あ~あ、と呆れきった牢番が、空いている、俺の隣の牢に鍵を刺す。


「ほれ。これから七日間、ここがあんたのお城だよ。運良くお隣さんもいることだし、退屈するこたぁないんじゃないかね」

「あたた……あ、ほんとだ。よろしくね」

 決して清潔には見えないだろう牢とか、そんなことはまるで興味がなさそうな彼女に笑いかけられ、俺は軽く会釈した。つもりだったが、心労で体が固くなっているのだろう。ぎこちなく、背中がつるようにどうにか体を前へ倒すのが精一杯だった。


 腕の痛みをこらえてしゃんと立ち上がった彼女は、いくらか胸を張るようにして、堂々と牢の中に入った。鍵をかけて去る牢番に向かって、無事な右手を振ってみせる。どうしてこんなに余裕でいられるんだろう。

「はぁ、しんど~い。さすがにもう立っていられないわ」

 壁に体重を預けながら、そろそろと腰を下ろした彼女は、ようやく真剣に顔をしかめた。思わず身を乗り出して、大丈夫か、と訊ねると、彼女の表情が曇る。


「ねえ、あなた、敦君でしょ?」

 唐突な、かつありえない言葉が耳に飛び込んできて、一気に頭の中が空になったような気がした。


「なんで、俺の名前を」

「捕まっちゃったんでしょう? 大丈夫、は、あなたの方だよ。あたしはたった七日でここを出られるんだから」

「今は、それはいいから。答えてくれよ」

 さえない表情は、どうやら俺を心配してくれてのことだったらしい。静かに歯車が狂っていくように混乱した俺の思考は、それをありがたく受け取る余地などありはしない。


「あなたのこと、ティアーからよく聞かされたもの。あたしはカリン。人間名は小笠原、楓。呼びやすい方で呼んでね」

 それは、どこか懐かしい――ありふれた、人間の女の子の笑顔だった。


18話終了。19話に続きます。

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