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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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18話‐4 都市の島アクアマリン

「おい、君? 大丈夫かい?」

 固い地面に頭を着けていて、揺すり起こされるのはちょっと痛い。まだ完全には感覚を取り戻せない体を無理に起こして、くらくらする頭を両手でかき回すとようやく楽になってきた。


「びっくりしたよ。君、人間だよな。高校生くらいか? もう船は出てるのに、化け物にくわえられて飛んでくるんだもんな」

 俺が倒れていたのは船の甲板で、目の前にいるのは白いセーラーを着た船員だ。

 男性はあれこれ俺に話しかけているようだが、まだ受け答えをするのも億劫だった。かろうじて、彼が何か言いながら指さす方向が気になって目を向けると、少し離れた場所にムシュフシュがいた。


 固い甲板に腰を下ろしたまま、ぼんやりとした意識が晴れるのをひたすらに待っていた。しばらくして、ようやく事態が把握出来てくる。


 ここは今夜、エメラードから出航する、アクアマリンへ向かう船の上だ。俺はおそらく水源で意識を失い、ムシュフシュに運ばれて船に乗った。


 俺がまともに話せそうになるのを見計らっていたかのように、離れた位置で空を見上げていたムシュフシュがこちらへ向かって歩いてくる。以前に会った時は気が付かなかったが、彼――いや、彼女、か? 確認のしようがない――が、歩いても足音がしない。本来、肉球と鋭い爪が固い床を歩く時、たし、たしという 足音がするはずだ……今は亡き「ふたり」の狼がそうだった。


「今のあなたに毒の類は効かないでしょう。睡魔の暗示をかけさせて頂きました」

 毒が効かない? そんな話は聞いたことがないが、そんなことより。

「おまえは一体何がしたいんだ」

「あなたをアクアマリンへお連れします」

「……で?」


 そこで言葉を切り、続く気配がなかったので、つい先を促してしまう。俺がアクアマリンに行ったから何だっていうんだ。

「ああ、おまえもソースにかけられてる懸賞金が目当てとか」

「私が金銭を得たところで、用いる術はありません」

 まぁ、十中八九それはないとは思ってた。念の為訊いておいただけだ。


「じゃあ、俺がアクアマリンに幽閉されるのが目的か?」


 仲間達に聞かされた限りでは、アクアマリンに生け捕られたソースの末路は二通りある。ソースに、魔物の社会に害をなす可能性のある思想のみられた場合は極刑に処される。危険思想のなかった場合、犯罪者収容施設に幽閉され、一生を終えることになる。罪を犯してないのになんで犯罪者と同等の扱いを受けなければならないのか、とうてい納得出来ないが。


「私は、私の願いを果たすため、今日まで存在してきました。私のしようとしているのはそのために、あなたという個人を利用することです。私を恨むな、とは、もちろん言うつもりはありません。ただ、私の目的を果たすためにこれは必要な行為であり、そして――


あなたはおそらく、私の願いを叶えてくださるでしょう。その確信があったからこそ、私も行動に移したのです。あなたの人柄が信じるに足るものであるから、私はついに、運命の時を迎える決断をしたのです」

「悪いけど、何を言いたいのかさっぱりわからないよ」

 事情がわからず一方的な願望を押しつけられるばかりでは、さすがに俺も気分が良くない。それを踏まえてなおこいつは、俺が協力する確信があるというのか。


「それに、そこまで確信があるんなら、俺に直接頼めば良かったんだ。回りくどいことをしやがって。おまえの目的とやらは、こっちが頼まれて断れるような内容じゃないってことなんだろう?」


 よりにもよって、エメラードという島に生きる全ての営みにとって生命線であるセレナートを人質にするなんて、卑劣なことをしやがって。そんな気にくわない奴に俺が自ら従わざるをえない事情となると、生半可な内容ではないのだろうけど。


「ええ。事情を知れば、あなたはシュゼットを救ってくださるでしょう。ですが、私にはそれだけでは足りないのです。そのために、アクアマリンで、彼らに会っていただきたい」

「……シュゼットに何かあるのか?」

 そこが肝心なのに――ムシュフシュの言う通り。もしシュゼットに何か起こるというなら、俺が協力を惜しむ訳がない。彼女には色々と世話になったし、ティアーにとってかけがえのない友人だったんだから。それらを踏まえて、俺にとっても彼女は大切な仲間だ――複数の生き物の混ざった奇怪な獣は、口を噤んだ。 足音を立てず俺から遠ざかって、船尾まで歩くとそこに鎮座し、まっくらな空を睨みつける。


 丸一日かけて、船はアクアマリンの港へ着いた。格好だけは俺がムシュフシュに引き立てられているよう振る舞ってもらいたいと頼まれて――形だけも何も、 現に俺はムシュフシュに連れられてここにいるんだけど。こいつの考えてることはさっぱりわからない――毒のある、ムシュフシュの尾を首根っこに突きつけられ、促されるようにして俺は進んだ。


 エメラードでは船が着いても縄ばしごを下ろされるだけだが、アクアマリンでは立派な階段が港から立てかけられた。二、三人並んでもまだ余裕のあり そうな、広々とした階段をおりていくと、港にいた魔物から好奇の目を向けられる。ある者は大げさに騒ぎ、ある者は驚愕しいずこかへ走り去り、またある者は侮蔑しきった目を向けてくる。


 予想出来たことではある。しかし例によって、予想と、直に目にした現実とでは大きな開きがある。何度同じ過ちを繰り返したって、こればっかりはどうにもならない。

 圧倒的な……孤立無援感、とでも言うべきか。ソースを殺したい輩がうようよしているこの島に、俺はひとりっきりなんだ。ムシュフシュの奴も俺を利用しての企みがあるのだから、間違っても味方とは思えない。

 初めてエメラードに入った夜にだって、不安はあった。だけど、いつだって、俺を気遣ってくれる仲間が一緒だった。俺はいつだって守られていたのだ。


「ソース」

 男と女の声が混濁した、ムシュフシュの声が俺を促す。いつの間にか、俺は階段の中程で立ち往生していた。気を取り直したつもりで、次の段へ足を下ろす が、その足はみっともないくらいに震えていた。このままでは足を踏み外して転落してしまうのでは。なんて、一瞬頭をよぎったが、そうはならなかっ た。……ある意味、弱りきった深層心理では、そうなることを望んでいたのかもしれない。


 無駄な時間をかけたが、俺はアクアマリンに降り立った。その頃には、俺達を人だかりが取り囲んでいた。エメラードにいた魔物達には、体の一部に獣が残っ ている半獣人が多かった。この場にいる魔物達の顔ぶれは、見た目では人間との差異が少ない、人間型の魔物が多いように見えた。


「道をあけなさい。ソースを、盟主のもとへ案内します」

「なんだぁ、てめぇフェニックスの腰巾着だろうが。失敗作のキメラが、いつの間に言葉を覚えたんだ」

 最前列の、口が大きく裂け、頭髪のない、小人のような男が下品に笑い、はやし立てる。周囲の反応から、アクアマリンの住人も、ムシュフシュが言葉を話せると知らなかったらしい。

 げらげらという笑い声が、鈍い、杭を無理にへし折るような音と同時に鳴り止む。男の右足が本来とは間逆に曲がり、地面に倒れ込んだ。


「おーこわいこわい。実力行使ってことかよ」

 よいせ、とかけ声ひとつ、男が左手と左足で何事もなかったように立ち上がる。ひと振りすると、右足もはい元通り。頭の痛くなるような光景だが、男が愛嬌を振りまくと魔物達はどっと笑いだし、拍手喝采までする始末だ。

 ムシュフシュの、脅しだか何だかよくわからない行動は、それでも効果はあったらしい。人垣が二つに割れて、ひとすじの白い道が現れる……悪夢を見ているような、心細い気分だ。

「達者でなぁ、ボウズ!」

「せいぜい、ハイリアに殺されないように、機嫌を損ねないよう気ぃつけろよぉ」

 魔物達のはやし立てる声は単純に可笑しげで、殺意らしきものは感じられないのだけが唯一の救いだった。


 港からアクアマリンの町並みへと景色が移る。夜の闇に浮かび上がらない、町。アクアマリンでも、エメラードと同様に、日が暮れると同時に就寝する魔物が多いらしい。電気が通っているのは未だに人間の島だけだから。

 この島の上空には分厚い雲がかかっていて、星や月の明かりさえ頼れない。真なる闇のような中で、密やかなざわめきとまなざしが俺の肌をなぜる。全身の産毛が波打つような不快感に、一歩一歩と踏み出すだけで意識が暗転しそうになる。


 地面は今にもひび割れそうなくらいに乾燥して、立ち並ぶ家々の壁は白塗りばかり。家、というよりも小屋のような規模の小さな住宅も真四角で、飾り気というものがこれっぽっちもない。その家の中にも灯りはなく、四角く囲われた闇の向こうから俺の様子をうかがっている気配を感じる。

 土地に余裕はありそうなのに、何故だか小屋と小屋の間には隙間がほとんど設けられていない。


 アクアマリンの第一印象は、「貧相」の一言に尽きる。乾いた地面に画一的な四角い住処。エメラードに満ち溢れていた大自然の恵みも、フェナサイトに感じられる人間独自の文化もない。落ち込む一方の俺の心象風景そのものであるかのように、アクアマリンの光景は陰気に映った。


 港には天井の高い倉庫が並んでいたのでその限りではないが――おそらくアクアマリンの町のどこからでも、その塔は目に入る。


 町に並ぶ四角い小屋を大型化し、高くでこぼこに積み重ねたように不安定な建物。アクアマリンの住居は、おそらく、その塔を目指すように列をなして並んでいる。


 塔を中心とした反対側には、魔物達の唯一の娯楽といえる闘技場がある。人間の島から輸入した物を買い仕入れて取引する商人や、闘技場で腕を競う闘士達に技術やら魔術道具やらを売っている技師の類は、港から塔まで直通の、いわゆる本通りに集中して店を構えている。つまり俺達が歩いているこの道だ。


 アクアマリンの土は植物の生きられる養分など枯れ果てた、死の大地である。だからこの島は対人間という意味において、魔物の共同体における首都でありながら、食料確保において人間からの無償の提供でまかなうしかない。そんな一方的な要求ならいっそ突っぱねてしまえば、世の中が新たに動き出すかもしれない……というのは甘い幻想である。輸入が止まれば、フェナサイトという大地を、人間を根絶やしにして奪われるだけ。そんな結果が目に見えているから。


 このようなアクアマリンの情報を、ムシュフシュは道すがら語り聞かせてくれた。有益な情報提供のようでいて、ある意味では役に立たない。その情報が活きる場面がこれからいつ訪れるというのか、明るい展望は今の俺にはあまりに遠すぎる。


 まるで積雪で作ったかまくらの入り口よろしく、適当にくり貫いただけのような塔の入り口から中に入ろうとしたその時。甲高く痛ましい、少女の絶叫が耳に突き刺さった。

「塔の二階は、刑罰の執行場なので」

 この時ばかりは、淡々と語るムシュフシュへの苛立ちを抑えるのに、こっちも骨が折れた。

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