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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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18話‐2 都市の島アクアマリン

 エメラードの大森林には、タイタンのライトが建てた家屋が点在している。神話時代から変わらない野生の暮らしにはそぐわないが、人間の島で建築を学んだライトの趣味と、自分の城としてまともな住居を構えるのも悪くないと考える魔物の知識人達の需要とが合致したらしい。


 彼らが住処として選ぶ場所には、ある共通点がある。それは、日向が確保出来る場所である、ということだ。魔物は太陽光や月光を浴びて、魔力を回復する。鬱蒼と木々の茂り、重なり合う葉が天井のようになって地表に届く光を遮ってしまうエメラードにあって、わずかながら存在する木々の切れ目。ツリーハウス前の広場もそうだが、ぽっかりと開けた広場にまあるい光の円が描かれる。


 その小屋は、人間の島でも避暑地などでよく見かける、ログハウスだった。俺達の暮らすツリーハウスやトール達の住む石平原の小屋と比べると、これでも随分と手軽に見えてしまうのがおかしな話だ。腕力だけを頼りにひとりで建ててしまうのなら、どれにしたって人間業では不可能だということに変わりないのに。


 ここは、そしてこの小屋の主は、他の魔物から襲撃されるおそれのない立場にあるのだろう。ツリーハウスのように戦闘時を想定した広い空間を確保されているわけでなく、光の広場は数人が横たわれば定員を超えてしまう程度の範囲でしかない。木の身長も低く、ログハウスの三角屋根が木々の葉に埋まっている。


 出発地点からここまで大した距離ではなかったが、とりあえず何事もなく目的地にたどり着いて、俺はほっとひと息、胸をなで下ろした。高床式になっているログハウスの、これまた丸太で作った階段を上がる。俺の履いているのも木靴だから、こつこつと軽い音を立てる。上りきって扉に手をかけようとしたところで、扉の方が勝手に押し開き、ぶつかりそうになった体を半歩下げて避ける。


 中に入らずとも、開ききった扉から中がうかがえた。彼はこちらに背を向けて座り、木製のイスとテーブルで何やら書き物をしているようだった。その小さな背中から突き出した、不釣り合いなまでに太い二本の骨が、扉を押し開けたのだ。骨格からして人間のそれとはおそらく違う生き物の、腕の部分と思われる骨が、わきわきと意思を感じさせる動きを見せる。


 ぱたん、したためていた分厚いノートを閉じる音。左の骨の指先がちょいとノートをつまみ上げ、左側の壁にいくつか並んだ本棚の一角に納める。自身から生えた骨の大きさに対して小屋が小さすぎるのを自覚しているのだろう。用が片づくと、彼は二本の骨をコンパクトに畳んでから、地面に足を着き、こちらを振り返った。きょとんとした、どこか要領を得ないような黒い瞳と目が合い、ちょっと拍子抜けしてしまう。

 生き生きと動く背中の骨に対し随分と力なく垂れ下がった細い腕がよくみえる、肩を出す形の黒いローブを身にまとっている。


「姿だけならば、先の季節の嵐の夜にお見かけしたな。初めまして、ソース=アーチ。噂はかねがね、ユイノより聞き及んでいるよ」

「はじめまして、ボーン。骨竜……って、いうんだっけ?」

「骨竜ボーン。それが、神話時代からの通り名だ。捨てる理由もないので今もそう呼ばせているよ」


 口調こそ淡々としているが、声変わりしていないような少年の声だし――まあ、外見だって、それくらいの年頃の子供そのものなんだが――感情を感じさせないという程でもない。しかし、不可思議なことに、声と表情がどうも一致しない。静かで大人びた話しぶりなのに、にこにこと純粋な子供のような笑顔を見せている。


「魔物って、文章で記録しないんじゃなかったっけ」

「書物も文字も人間特有の文化だ――が、個人的に思うところがあってね」

 魔物同士が知識を共有することは、あまりない。自らの手の内をさらけ出すのは、後にどんな不利を招くかわからないから。 知識や技術は、信用出来る後継者にだけ託せば良い。だから書物のように形に残すこともなく、神話時代から変わらず口伝の形が取られてきたんだろう。


「俺に話したいことがあるって、エリスから。まあ、俺の方も、機会があれば聞きたいと思ってたことはいくつかあるんだけど」

 今日、俺がここを訪ねたのは、ボーンから直々にお誘いがあったから。数日前、用事で彼を訪ねたエリスに、俺に話したいことがあると伝言を頼んだのだという。


「察しはついているのだろうが、ユイノに関する話だ。ひとつ、キリーとの戦いで失ったユイノの指。あれはもはや修復することはないだろう」


 この一ヵ月、豊は手の負傷の治療を理由に、ボーンの世話を受けていた。その間、容態はほとんど知れなかったのだけど。片手の指先を五本共失った、リハビリのための滞在でもあったのだろうか。

「ヴァンパイアなのに、傷が修復しないなんて……今までは足や腕一本切り落とされたって、何も起こらなかったみたいに元に戻ってたのに」


「『封滅の式』を使った以上、その程度で済んだのが幸運だったと思うしかない。あれは本来、自らの肉体を代償に相手を封じるのだから。そもそも、そのように大それた力を、タイタンひとり牽制するためだけに使うなど……人間のごろつきのような真似をするからこうなるのだ」

 ぼやく調子でそう呟くと、ボーンはため息を吐いた。そう言いながら、その顔はどことなく痛ましい。心から豊を案じているのだろう、ということがよくわかる。


「元より、あれの内に宿る式竜ユイノを限定解除し、封滅の式を用いるすべを教えたのはこの私だ。ユイノが、レムレスを救う手段がどうしても必要だ、などと頭を下げるのでね。この手段が成功する可能性は、幾ばくもなかった。結果的に、長矢豊は気力だけで式竜ユイノを押さえつけた」


 俺達の通った学校に巣くっていた、レムレスのキネ先輩。豊は彼女を助けたくて、しかし今はその手段がなかったから、彼女を封じて自らの手元に置くことにした。


「君に伝えたかったのは、あまりユイノに無茶をさせないで欲しいということだ。今回が指先ならば、今後同じようなやり方を続ければどうなるか、想像がつくだろう。あれは、私が説いても話半分でしか聞こうとしない。君から言って貰えれば、きっと肝に銘じるだろう」

「……わかったよ。話してくれてありがとう」

「頼んでいるのはこちらだ。君が頭を下げる必要はない。が、気持ちはありがたく頂戴しよう」


「答えたくなかったらいいんだけど、俺からもひとつ、聞きたいことがあるんだ。どうして、豊にそこまで入れ込むんだ?」

 ベルが豊のことを「お弟子ちゃん」と呼称するのは、ヴァンパイア同士である彼を弟分のように見ていること。そして、ボーンとの関係を揶揄する意味もあるらしいとエリスから聞いた。今回も、指を失った豊の治療にひと月も付き合う義理があるのか、その理由がよくわからない。


「結論から述べると、彼がユイノだからだ」

 結論だけ知っても何のことだかわからない。こういう時は、その理由が長く長く語られる前振りであることが多い。


「太陽暦二五六年、ひとりの少女が、ユイノの力を用いてある竜を封じた。少女は、野に結び封じるという意味を込め、結野(ゆうの)と名付けられた。そして、ゆうのが封じたのは私の半身、黒い骨竜だった」

 また、ゆうのさま、か。幼い頃、伝承上の存在でしかなかった彼女が、随分と身近になったものだと思う。


「それで、ユイノと因縁があるってことか」

「それしきのこと、私にとって大した関わりではない。私の中にいる、結野を慕う幼い一葉(かずは)の想いが、私にそうさせるのさ。


一葉は、結野の生まれた同年、隣家に生まれた少年だ。自然な成り行きで、彼らは幼なじみとして親しくしていたようだ。一葉にとって、結野が、村中の人間から死ぬことを切望されているのが何よりの気がかりだった。そこへ、まだ肉体を持たず黒い骨竜を追ってきた私と出会う。一葉は、黒い骨竜と戦うために、その身に自ら私を招き入れた。目の前の脅威を打ち倒せば、わずかばかりといえ、結野の余生を伸ばすことが出来ると考えたのだろう」


 ボーンの話にはまだ続きがありそうだが、この段階で、何となくわかった気がした。大人びた口調と、子供じみた表情とのギャップの意味が。


「結果的に、私達は結野を救うことは出来なかった。それとて、私にとってはどうでもいい。人間の娘がひとり死んだ、それだけのこと。 ところが、今も彼女の無惨な最期と、彼女を救えなかった自身の無力を嘆く一葉の意思が、この身に宿っている。この肉体の主導権を持ち、動かしているのは私だ。にも関わらず、こんなにもちっぽけな幼い人間の心が、今も私の行動を左右しているのだ……人間とは、不可思議な生き物だな」

 そう言って、寂しそうに笑う表情は、ボーンと一葉、一体どちらのものなのだろう。


 唐突に、ログハウスの扉が開いた。エメラードの暮らしの中で、豊もとっくの昔に履き物を駄目にしている。以来、足には獣の皮を巻くだけで歩いている。木靴と違って足音がしないのが便利だからと選んだらしい。

「帰ったぞ、ボーン……何だ。来てたのか、敦」

「ああ、久しぶり。傷はどうだ?」

「別に。どってことねーよ」


 俺は見てしまった。狩りから帰ってきたらしい豊は、本来右利きなのに……左手に獲物を持ち、丸っこくなった右手のひらで扉を押し開けたのを。そうしてさりげなく、右手の位置を俺の目から見えにくいところへやる。


「こんな昼間っから外に出ろなんて言うからいよいよ呆けたのかと思ったけど、こういうことだったのか」

「放っておいたらいつまでも強がりを言うばかりだろう、君は。そういうわけで余計なお世話をさせてもらったよ」

 まさしく、「余計なお世話だ」と言おうとした豊の口が、やり場を失ってあんぐりと開かれたままになる。何かを諦めたらしい豊は頭を振り、気を取り直して話題を変える。 


「敦、最近シュゼットに会ったか?」

「いや? もうしばらく……半月くらい前? 顔を合わせたきりかな。それが?」

「さっき、狩りの途中でばったり出くわしたんだけどさ……なんか、様子がおかしかったんだよな」

「なんかって、どんな風に」

「覇気のない感じで、こう、らしくないことを言ってた」


 トールじゃあるまいし、随分まどろっこしい言い方をするもんだ。シュゼットの言葉は、豊をためらわせるほどの何かがあったってことか。


「もし、シュゼットが……いや、フェニックスが制御不能に陥ったその時は、ユイノの能力で封印してくれってさ」

「制御不能……暴走するってことか?」


「二体のフェニックスが融合し、疑似太陽に進化する時のことを言っているのだろう。あの太陽に代わろうというのだ、その熱量は彼らの意思で制御出来るものではないはずだ。下手を打てば、少なくともこの海域一帯は吹き飛ぶだろうと言われている」

 この海域――人間の島フェナサイト、魔物の島であるエメラードとアクアマリン。その他、現在は無人となっている島がいくつかあって、ベリル列島と呼ばれている。それが丸ごとなくなるなんて迷惑な……というか、そんな次元の問題ではない。


「明日にでも、シュゼットのところへ行ってみるか……」

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