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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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17話‐7 慈悲の鉄槌

「来たな、マナ」

「ど……して」


 こんな状況で、トールは純粋な疑問を口にした。自分の能力にそれなりの確信を持っている彼にとって、眠らせたマージャが勝手に目覚めるなど考えられないことなのだ。


「おまえと一緒に住んでる、包帯ぐるぐる巻きの女の子がいるだろ? 彼女に起こされたんだよ。トールが危ないって。見殺しにしたら許さないってな」

 確か、ミクとか呼ばれてたっけ。トールより先にゴーレム化が試されて、失敗した女の子……。


「キリー、あんたの言い分を聞くよ。ふたりを放してくれ」

「元より、私は余計な殺生を行うつもりはない」

 キリーの左手の指先が鋭利に変化し、人差し指をくいくいと動かしてトールを招き寄せる。しっかりとした足取りで歩み、それに応えようとするマージャ。


「馬鹿、来るんじゃねえ!」

 俺の制止をきっぱり無視して、マージャは俺達の側に立った。

「マージャ……」

 人の心情を音として聞くことが出来るトールは、何を聞いたのか、悲しげにその名を呟いた。


「マナ、気がついているのだろう。誰と誰を犠牲にすれば、ゴブリン族の苦痛が終わるのかを」

 ぐ、と歯噛みの音が聞こえそうに、マージャが歯を食いしばったのがわかった。

「元より、ゴブリン族にかけられたまじないは、あのソースの死と共に消え去るものだった。あの者が人間と共に魔物と対抗する道を選んだために、当時のユイノに封印される結果となった。かの者の命を代価にしたあのまじない、『封滅の式』と共にな」

 理解のため、彼女の言葉を必死で追う俺を一瞥して、彼女は言った。


「つまり、ソースがゴブリン族のまじないを打ち消す魔術式を上書きし、ユイノがソースもろとも封印すれば、ゴブリン族のまじないは終わるだろう。マナ、彼らに近付いたのはそのためだな」

「違う!」

 侮蔑のニュアンスを込めて言い放ったキリーを、マージャは否定した。全身全霊の叫びでもって。そのおかげで、俺がキリーの言葉にショックを受ける暇もない。


「俺は誰も犠牲にするつもりなんかない。そんなことしたら、俺を……ゴブリン族なんかの俺を信じて助けてくれた奴らに、一生顔向けできないんだよ!」

 いつだって、苦しむ体と本心を隠してきたマージャが、繕うことなく本当の気持ちに突き動かされている。こんな姿は、今までも、これからも、そうそうお目にかかれるもんじゃないと思う。それだけ、こいつはいつだって、自分の痛みをこらえて明るく振る舞ってきたんだから。


「なればこそ、ゴブリン族の本性に目覚める前に、安らかな眠りにつけ。もしも殺戮に目覚めたなら、それこそ友人に顔向け出来まい」

 それはもしかしたら、やっぱりマージャの抱えていた不安でもあったのだろうか。彼はうつむき、キリーの構える指先の下、後頭部をさらしていた。


「だから馬鹿だっていうんだよ、おまえは! そう思ってるんだったら、なんでここで諦められるんだ。おまえを助けようと思った人達が、こんな風に殺されて終わるのを望むと思ってんのか!」

「そうだよ……ここまでアーチを付き合わせておいて、自分はさっさと死ぬなんて、そんなの無責任じゃないかっ」

 トールに先を越されてしまったが、言われてみればその通りだ。こいつなりにあれこれ考えているってのはわかるが、一生かかってもこいつを助ける決意をした上でここにいる俺に対して、こんなに失礼なことはないだろう。


 言いたいことはたくさんある。しかし、キリーはそんな時を与えてはくれない。さしたる感動も感慨もなく、彼女はマージャを仕留めようと、ゆっくり腕を持ち上げた。



「そこまでだ」

 おそらく、最強の戦闘種族たる彼女は、こんなにも圧倒的優位にあっても、唯一開けたままの背後に警戒を怠らなかっただろう。しかし、白い空から降ってきた乱入者の存在はあまりに唐突で、さしもの彼女も対応は難しかった。


「ユイノか」

「いかにも」

 たった一言に、感情というものをひとかけらほども感じさせない冷酷な響き。それだけで、目の前に降って湧いた人物が、見た目のままによく知る友人ではな いことがわかってしまう。体は豊のものだろうが、中身は、キネ先輩の一件でその片鱗をうかがわせた、得体の知れない何者かが取って代わったに違いない。あの日以来、豊の肌に染み付いて消えなくなった赤い線が、おぼろに光を発している。


「正気か。私ごとき小物を相手に、源泉竜より授かりし封滅の式を使おうなどと」

「我が器は主たるソースへ捧げるためにある。その危機とあらばこの力、出し惜しみするべきとは判断しない」

 豊は、キリーの背中に手のひらを押しつけている。その指先が赤黒く染まったかと思うと、奇怪に伸び、うねりながらキリーの背中を突き破った。


「結論は急いだ方がいい。封滅の式に達しなくとも、タイタンとしての矜持を失うことになるぞ」

「……わかった。ここは、退こう」

 その脅しが決定打だったのか、キリーは宣言した。続けて、トールの首を握り潰していた手のひらを開き、マージャを狙っていた凶器の指を元の形に戻す。左右の腕を同時に下ろす、その仕草が妙におしとやかなところがなんだか滑稽に映る。


 抗う気勢をなくしたキリーを、豊は解放しない。ただし、改めて彼女に施した捕縛の魔術は俺でも知っているような初歩的なものに変えていた。豊の瞳の色と同じ、深緑の光の帯が、キリーを縛り上げる。

 キリーの背中に埋まった自らの右手を引き抜くのに、豊は彼女の肩に左手をかけて、思いっきり踏ん張りをきかせる必要があった。そうして抜いた右手だが、第二関節より先の指はキリーの中に残ったまま。


「待たせたな、ライト」

 突発的な上に、あまりに衝撃の大きい光景を前にして、ひょこひょこと決まり悪そうに歩いてくるライトの存在に俺達は気付いていなかった。


「待ってない、待ってないぞ別に」

「どちらでもいい。三百年もこれの父をやっていて、しつけが足りないのではないか」

「ふん。源泉竜配下の式竜さまのくせに、所帯じみたことを言いやがる」

 他の種族を圧倒的に引き離す戦力を持つ、天下の巨人さまが思いっきりふてくされている。


「帰るぞキリー。今回ばっかりは、父親のよしみだ。二度と間抜けな考えは起こさなくなるよう、きっちり付き合ってやる」

 それはまぎれもなく、彼女の父親としての態度だった。


 まるで狩りでしとめた獲物を運ぶように、腹からくの字にされてライトにかつがれ、騒動の元凶であるキリーは退場した。

 それを見計らってか、豊の中の誰かは俺達に向き直る。いや……焦点の合わないまっくらな瞳はおそらく、まっすぐ俺だけを見据えていた。


「お初にお目にかかります、ソース。アーチとしてのあなたはかつての盟友でもありましたが、いずれにしろ、今は我が主であることに変わりはない」

 正視するのがはばかられる右手を無視して、左手を滑らかに胸元へ運び、うやうやしくかしずく。


「助けてくれてありがとう。でも……悪いけど、俺はあなたには興味がないよ。豊を返してくれ」

「ま、って」

 けほけほ、喉を押さえてせき込むトールが、かろうじて絞り出した一言。空いている左手の伸ばした方向から、その言葉がユイノに向けられたことは明らかだ。


「ユイノの力を使う時、豊君はどうなってるの?」

 無感情の面を上げて、何事もなかったように立ち上がる。

「肉体の宿主たる人間が封滅の式を用いる時、我が意識は目覚める。その時点で肉体の主導権は我が握ることになり、元の人格は二度と目覚めない、本来なら。気の持ちようなどとあいまいなもので、我から意識を奪い返したのは、この長矢豊をおいて過去になかった」


 不可能とされてきた、レムレスの封印。今回は俺達を助けるために、ユイノの力の片鱗だけ使ったということだろうか。

 ユイノの返答に何を思ったのか、トールは気まずそうな感じで――ちらちらと、豊と俺の方を落ち着きなく見返しながら、続けた。


「……あの、ゆうの様のこと、覚えてる? あの時も、今みたいに、ゆうの様の意思はなかったの?」

 感情のうかがえない顔が、トールを見つめる。たっぷり数秒は間があって、もしかして、真剣に考え言葉を選んで答えようとしているのだろうかと思った。

「黒の骨竜を封じた際、肉体を動かしたのは我だ。しかし、かの竜に封滅の式を使うと決めたのは、他ならぬ彼女自身だ。……これで、満足か?」


 トールが黙って頷くのを見届けると、ユイノはゆっくり目を閉じる。次の瞬間にはもう、豊の眉間に深く皺が刻まれ、苦痛に顔が歪み、体が震えだした。そのまま、先ほど跪いたのとよく似た姿勢で、しかし岩の地面に膝を着く。


「あんの野郎、人の体だと思って好き勝手しやがってっ……」

 震源が、右の手首を指が食い込むほどにおさえつけている左手にあることに気がつくと、自然と状況を察することが出来る。

「痛むのか?」

「ああ……ユイノの力を使った時だけは、俺はヴァンパイアじゃなくなるから」

 ヴァンパイアには痛覚がない。豊にとって普段は良いことばかりじゃないあの体質が、肝心な時は機能しないなんて……。


「――こういうことになってなけりゃあ、一発ぶん殴ってるところだぜ。マージャ」

 痛みに耐えながら、豊は、マージャを見上げる顔に嫌悪を表した。


「みんな……ごめん。こんな目に遭わせちまって……」

「……正直、いまさらすぎんだよ。おまえに面倒かけられるくらい。それを迷惑だと思うんなら、俺は今頃こんなところにいやしない」

 こいつに付き合うと決めたのは、他ならぬ俺自身だ。そのせいで騒動に巻き込まれたからって、マージャを恨むのは筋違いというものだろう。


「それより、これでいよいよ最後か? おまえの隠してた事情は」

「……キリーの言ってたのと実際は、ちょっと違うけどな」

 これまでとは明らかに違う、本当に、しつこいくらいに重ねた無数の仮面、全てはぎとった。素っ裸にされた心細さ、いたたまれなさをひしひしと感じるその態度から、俺は、今度こそこいつの全てが明らかになったのだと実感した。


「信じてもらえるかわかんないけどさ。俺、ゴブリン族に生まれて、例のまじないを受けるまでに、人を殺したことはないんだ。あのソースみたいな混血でもなく、純血のゴブリンなのに、同胞達のように殺戮を快楽と思う衝動がなかった。今と同じで、いつか……俺も生粋のゴブリンのように、殺すのが楽しく なったらどうしようってことばかり考えてた。それは今の自分が、ゴブリンの本性に食われてなくなっちまうってことだから。


あの地獄から解放されて人間の体に生まれ変わった時、本当に、わかったような気がした。たったひとりの人間として生きてる体が、どんなに大切なのかって。 それを自分のたのしみのためだけに、踏みにじるように当たり前に殺してまわる……そんな風になっちまうんなら、やっぱり、俺は生きてるべきじゃないだろう?」

「それは……」

「そういうことなら」

 反論しようとしたけれど、同時に何やら言い募った豊に気を取られて口を閉じる。計り知れない痛みに耐えながら足の力だけでどうにか立ち上がった豊の顔は蒼白だった。


「もしおまえが、くだらないゴブリンなんかに成り下がった日には、俺がおまえを殺してやるよ。どうせ俺は転生しないんだし」

 その言葉には、疑いようもなく、本心の気遣いめいた感情が込められていて。俺は開いた口が塞がらなかった。

 それに対する、マージャの答えは。


「――そうだな。そうしてもらうのが一番かもな」

 普段、相性の悪い豊とマージャのやり取りとは思えない。これまた明確な感謝を込めて、はにかむように呟いたマージャに、


「だぁーもう、おまえらいい加減にしろぉ!」

 ついに俺は怒髪点を超えてしまい、感情のままに金切り声をあげていた。


「何だってそう、考えることがいちいち後ろ向きなんだよ! どう転ぶかわからない先のことでうだうだ悩みやがって、そんなことに使ってる時間があるなら、 自分の望みを果たすことを考えろよ! おまえの一番の望みは、殺されることじゃないだろ? 殺されたくないし殺したくない、だから、ゴブリン族の呪縛から 解放されたいんじゃないのかよ!?」

 いや、そうなんだけどと言い訳じみたことを口走りそうなマージャを無視して、俺は続ける。


「いいか、この現人源泉竜ソース=アーチが、この力にかけて望みを果たしてやる。おまえらの思い通りにはさせないからな!」

 怒りの勢いに任せて、友人に、見当違いの宣戦布告をしてしまう。もうどうにでもなれ。


「なんか……ソース=アーチって語感が微妙だね」

 あまりに空気を読まないトールの発言に、知り合ってからこっち、本気でこいつを小突いてやりたいと思ったのはこれが初めてだった。



17話終了。18話に続きます。

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