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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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17話‐4 慈悲の鉄槌

 トールと、彼をゴーレムとして作り変え甦らせたアッキーと、その妻であるローナ。また、トールより先にゴーレム化が試され、失敗して身も心も再起不能になった少女。彼ら四人の暮らす、広大に石が積み重なり広がった平原の、その真ん中にある石の小屋。

 小屋の部分は、地下へと続く居住空間への入口に過ぎない。そこへ繋がる穴の傍らに、全身を包帯で包んだ人の体が転がっている。鼻を塞ぎたくなるような臭いを放つその人に、トールは「ミクちゃん、ただいま」と呼びかける。返事もなく、微動だにしない。

 

 前に訪れた時にしたように、つたを下ってそこへ降りる。

 つたが並び、まるで手をつなぎ中のものを囲むようになったその場所へ、トールが先導してつたをかき分け進入する。


 ローナは、相変わらず歌っていた。歌詞にならないメロディ、人類最初の少女・ティネスとの早すぎる別れを唄ったレクイエムを。脳に寄生する魔物に巣くわれ、思考する力を失った彼女は、音楽を奏でるためだけに生まれた機械と何ら変わらずに延々と歌い続ける。

「アッキー、ローナ、ただいまぁ」

「おかえり」

 ふやけた笑い顔で帰宅の挨拶を述べるトール。応えるアッキーは、突然の来客である俺達にはさしたる興味を向けず、その一言だけで黙々と朝食の草を噛んでいる。


「邪魔するぜぃ、アッキー」

「さすがにライトに入られると、ここも狭いな」

「アッキー、久しぶり」

「ああ。色々あったろうが元気そうで何よりだよ」

 俺やライトと言葉を交わしながら、アッキーの目は自然とトールの方へと向けられる。


「新顔だな」

「ごめん、アッキー。今は無理に起こさないで、寝かせてあげたいんだ。場所を借りてもいいかな」

「構わないが」

「いやさ、トール。アッキーに、何が起こったか説明するのが先だろ? ここに危害があったら大変じゃないか」

 ローナは言うまでもなく、アッキーも戦力としてはあまり期待出来ない。俺達を匿うことで、この場所を巻き添えにするのはやぶさかではない。


「大丈夫だよ。何か起こっても、僕がみんなを守るから」

 その自信はどこからやって来るのかいまいちわからないが、トールは胸を張ってみせる。

「それに、いくら巨人が相手だからって、ゴーレムの僕と、ソースの君と、石の眼を持つ彼の三人がかりだったらまともに戦えるかもしれないし」

 頼りになるんだかならないんだか、半端な言い様ではあるが。


「――それで、キリーってのは何者なんだ? あの場所で何が起こったんだよ」

「キリーはおいらの末の娘さ」

 あまりに躊躇のない、つまらなさそうな口振りでライトは答えた。それはこれまでのやりとりから、何となくは把握していた事実だが。

 答える役を取られたトールが、肩をすくめてからこう続ける。


「彼の逃げた道から推測すると、どうやら水源に向かう途中でキリーに襲われたみたいだね。騒動を察したセレナートが、アーチのところまで鳥で知らせたんだよ、きっと」

「あいつを襲って何がしたかったんだよ」

「殺したかったんだろう」

 少しの感情も含まない、ぞっとするような冷たい声で、ライトが呟いた。呟く、という控えめな表現自体、豪快な彼には珍しいことだというのに。

 俺のライトに対する懐疑的な心中を、もしかしたら音で察しているのかもしれない。どこか残念そうな表情のトールは、俺達の様子をちらちらと探りながら、自身とマージャを拘束していた土の縄をほどいて背負っていた彼をそっと地面に横たえた。


「あ」

 トールの喉からこぼれ落ちた一声には、気まずい響きがあった。

 覇気もなく歌い続けるローナの口からは、いつも涎が線を引くように口端から漏れていく。その滴が、見事というか必然というか、彼女が膝枕をしているマージャの額に落ちた。

「ん……?」

 ゴーグルの中で持ち上げられたらしい瞼によって、滑らかな額にも皺が生じる。ひとしずくの涎は曲面を右側に流れ落ちていった。


 意識を取り戻したら、見知らぬ女性の膝枕で休まされている。しかもその女性の顔には生気がなく、ついでに涎まで垂らされる始末。状況が把握できないらしいマージャは、せっかく目覚めただろうにしばらくはその状態のままで動かない。

 やがて、そろそろと動かした右手を垂直に持ち上げる。まっすぐに自らの手の甲を見つめること数秒、何事もなかったようにすばやく身を起こした。


「やほー。アーチ。えーと、ライト! あと知らない人達こんちわー。で、ここはどこだ?」

 ローナから返事がないのは当然として、アッキーは黙って右手を上げるだけの簡単な挨拶のみ、ライトに至っては仁王立ちに険しい顔で考え事をしていて無反応だ。しかしマージャの口元にはいつも通りの笑みさえ浮かんでいる。こっちだって、いくら何でももう騙されやしないけど。


「マージャ、夜に寝てないんだって?」

 ふいをつかれたせいか、毎度おなじみの作った態度をすぐに切り替えることが出来ず、一瞬の硬直状態が見て取れた。珍しくこいつを出し抜けて、不謹慎ながら気分が良い。


「な、なんのことやら存じませんなぁ」

「とぼけたって駄目だってーの。こっちにはそういう能力持ちがいるんだから」

 あごをしゃくってトールの方をしめしてやる。にこにこと無駄に楽しそうなトールは、マージャに一礼してから、


「はじめまして。僕、トール。よろしくね、マナ」

「マナ?」

「あれ、そんな名前じゃなかったっけ? 変だな、そういう音がするんだけど」

 俺はさっきからこいつのことをマージャと呼んでいるし、それをトールも耳にしている。わざとやったのか、それとも真実の音が聞こえ続けているせいで覚え違いをしたのか。

「そーいうわけだ。で、どうするよ? マナ君」

 そうかまをかけてやると、あっちゃー、などと呟きながらマージャは右手で頭をかく。いよいよ観念したように、切り出した。


「……眠ったら、夢を見るんだ」

「――そりゃあ、そうだろ?」

 人間なら、就寝中に夢を見るのは普通のことだ。頻度とか、夢の内容を覚えているかなどは個人差があるだろうけど。

 こちらの反応は特に気にかかることもなかったらしい。マージャは、見るからに神妙な様子で続ける。


「俺の場合、寝付こうとすると必ず、同じ夢を見る。孤島ユークレースにいた頃の夢だ」

 その言葉だけで、事の悲惨さが一発でわかってしまった。まじないによって解放されない苦痛を負ったゴブリン族が隔離されている、孤島ユークレース。そこにいた頃といえば、泥のような体で死んだ方がマシと思うような苦痛に苛まれながら、延々と生死を繰り返す。


「いつも同じ夢なのに、夢の中にいる間はそれが夢だってわからないんだ。逆に、人間になってからの全てが夢だったんだと、俺はやっぱりこの苦しみから決して逃れられないんだと、思いこんでる。天国から地獄に突き落とされるみたいでさ……」

 マージャの口振りからは、自虐的な気配はかけらほどもない。ただ、ひたすらに落ち込んでいる。深く深く沈み込むような悲しみだけが漂ってくる。


「だから、眠るのが怖かったのか?」

「そうさ。ったく、なっさけない話だろ」

「そんなことないよ」

 落ち着き払った、平坦な調子でトールは言う。


「それがつらくないっていうんなら、その方がよっぽど説得力がないって、僕は思うなぁ」

 俺からの視線に気がついたのか、こちらに向けて微笑を返す。トールのことだ、俺の心境は音とやらでわかっているのだろう。


 おまえがそれを言うのか、と。

 生前の透は、死に至る病を持って生まれながら、その苦しみや絶望感を押し殺していた。さも、何でもないことのように見せていた。いつも穏やかに笑っていた。

 子供だった透はわかっていなかっただろうが、彼よりも遥かに幼稚だったあの頃の俺にさえわかりきっていた。傍目に見て、それはちっともごまかせていないこと。どうしようもなく不自然だったということが。

 この様子じゃあ、あの頃の自分自身を悔い改めた後なのだろう。当時の彼を知る身としては、こんなに喜ばしいことは他にない。今の、元気ではつらつとした姿もそのおかげなのだろうから。


「だから、キリーは君を殺そうとしたんだよね?」

「そいつはどういうこった」

 俺達の会話を聞いていないようでいて、真っ先に反応したのはライトだった。出遅れて、俺もトールに疑問を投げる。


「トール、キリーと話したのか?」

「うん。とりあえず、逃げてた彼を確保して土の中で眠らせた後にね」

「う~……悪い、その辺、あんまり覚えてないや。助けてくれたんだな」

 こういう時、いつもの軽さはどこへやら、妙に生真面目なマージャだった。

「いいよいいよ。たぶん、僕が無理に眠らせたせいでそうなっちゃったんだろうから」

 トールはにこにこと和やかに話しているが、後回しになっているライトが剣呑な空気をかもしだしているので、出来ればのんびりもそろそろにしておいて欲しいと思う。

 そう考えた矢先、トールは表情を固く真面目なものにして、


「その苦しみは、今の体で生きている限りずっと続く。生まれ変わればおそらく、終わる。生まれ変わって、ゴブリン以外の種族になれば、今度こそ本当に楽になれる。


だから、ひと思いに殺してあげるのが慈悲なんだって、彼女は言ったんだ」


 場が、しんと静まり返った。


「はぁ~? 何だそりゃ」

 そんな馬鹿な話があるか、と言おうとして、嫌な既視感を覚えて言葉を切った。トールはどこか懐かしそうに苦笑して、

「君ならそう言うんじゃないかな、って思った」

「当ったり前だろ? 俺達が何のためにわざわざエメラードまで帰ってきたかも知らないで、勝手なこと言いやがって」


 死んで生まれ変われば楽になれるなんて考える奴が、今も苦痛に耐えて、忌まわしい種族として同胞に疎まれながらも生きているわけがないだろうに。

「第一、マージャがどんだけ苦しんでようが、見も知らないキリーって奴には関係ないだろ。何がどうなってそんな発想をして、あまつさえ殺してやろうなんて考えたんだ」

「それは……アーチが自分で訊いて確かめるといいよ。きっと、今以上に『許せない』って思うだろうから」

 思いがけないトールの提案に、俺もマージャも一瞬、理解が遅れる。俺より先に復帰したマージャは、おずおずと気の引けた調子で進言する。


「直接、って?」

「だって、このまま放っておいたら、マージャはおちおちエメラードで暮らせないよ。話し合うのか戦うのかわからないけど、とりあえずキリーと話を付けないと、何も解決しないじゃない」

「そんで、そこで俺が彼女の事情を知ったら、確実に許せないって思うってのか」

 現時点で十分すぎるほど頭に来ていると思うが、これ以上があるというのか。そんなろくでもない俺の予想はまったく否定されるものではないらしく、トールは満足げにうんうんと頷いている。


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