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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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16話‐2 進路

 放課後は、シュゼットと共にマージャの自宅を訪ねることになった。

「アーチ、どこへ行く」

「どこって、実家に寄って学級名簿を見ようと思って」

「そのような手間をかけずとも、奴の住処はすでに私が調べてある。行くぞ」

 俺の護衛と言いながらしょっちゅう姿を消すよなぁと思っていたら、そういうことをしてたわけね。


 夏と秋の中間のような、中途半端に熱い日差しが夏服の袖から出た腕を刺す。常夏のエメラードにいた俺はすっかり日焼けしていて、久しぶりの再会となったクラスメイト達を驚かせた。一方、俺の及びもつかない遙か昔からエメラードにいたはずのシュゼットの肌は白い。

「昨日は十五夜だったな」

「十五夜……ああ、満月か。昨日は中秋の名月っつって月見の行事があったんだけど、うちも何にもやらなかったみたいだな」

 昨日の朝食時、居間で流していた情報番組を見ていなかったら、すっかり忘れて過ごしただろう。知ったところで結局、俺も家族もそうだし、この町のほとんどの家でスルーしたんじゃないかな。中秋の名月は農家の、収穫祝いの要素もあって、ここいらみたいな町中ではなじみが薄い。


「人の世ではあの忌まわしい月を歓び、讃えるのか」

「……魔物は、月が嫌いなのか?」


 ――あたし、月を見るのは嫌いなんだ。

 そんな話をしていた、ティアーの最後のひとときが思い出された。


「嫌い、ね。どちらかといえば、憎いと言った方が正しいか。あの月が、『約束の日』という枷を抱えたこの世界の始まりだったのだから」

「約束の日……」

 知らないはずなのに、どこか聞き覚えのある言葉だ。




「あの月で生まれし、月光竜ムーン=セレネーは運命を司る神竜だった。

月光竜の能力は、未来を視ること。その未来の果てで、神竜族とこの世界は計り知れない苦痛を背負い続ける運命にあった。セレネーはその行く末を不憫に思い、安らかな眠りにつかせることが最善の道であると、太陽竜マスター=アリアに助言した」


 ところで、こんな怪しい話を人間の島の往来で堂々と話していて良いものだろうか。とは思うが、マージャの家はどうやら辺鄙な地域にあるようで、さっきから人っ子ひとり見あたらない。

「創世神話においてマリアは、この世界を維持するため、全ての神竜をこの世界へ呼び集めた。神竜のしもべとして新たに竜を創造し、竜族が生まれた。太陽竜が同胞殺しの罪を定めたのもこの時だ」

 同胞殺しも何も、最初は神竜と竜族しかいなかったんだから皆が同胞みたいなもので、要するに他者を殺すなってことだったんだろうか。


「セレネーの予言を受けて、マリアは全ての神竜を安楽死させることにした。しかし、自ら定めた同胞殺しの罪を破るわけにはいかず、神竜を殺させるためだけに最後の神竜……傀儡竜ミラー=ノアを作った。


マリアの命令でノアが最初に殺めたのは月光竜だった。死の間際、セレネーは最後の予言を遺す」


 これより千年後、無力な神々の最期の戦いが幕を開ける。その幕の下りし時、全ての神竜はこの地を離れ本来の世界へ帰還し、神の支配は終わりを告げるだろう。


「これが何を意味するか、わかるか?」

「さあ……」

「この世界から、魔力を糧に生きる全ての生物が消滅するのだ。神竜も、竜族も、そして魔物も。太陽竜の支配は魂と魔力とを繋ぐことでなされている。太陽竜の支配が失われるというのは、この世界から魔力が跡形なく消え去るということなのだ。他の神竜が本来の世界に、というのは、月光竜であればあの月に還るように、各々が守っていた元の世界に還るということだと考察されている。



その後に残るのは、この世界で唯一の知的生命体である、人間。神を失い、魔物が死に絶えれば、人間はこの世界の支配者となる。そして月光竜の視た真の恐怖とは、愚かな人間の支配によってこの大地が蹂躙される未来だったのだ。



ああ……合点がいった。だから人間は、あの月を愛でるのだな。無力な人間が、いつかはこの世界に君臨する運命の証である、あの月を」


「それは関係ないんじゃないかな……だって、少なくともこの島にいる人間は、そんな経緯があったなんて何も知らないんだから。ただそこにある月が綺麗だから、尊いものだと思うだけだ」

 そう言って、ふと、俺も「合点がいく」と思った。

「そういう、人間の何も知らないところが、魔物達に言わせれば『罪』なんだな」


 人間にとって、目の前の最大の脅威であるのは神竜でなく魔物だ。神話によれば、神竜はすでに亡き存在ということになっていて、今になって神竜が人間を襲うなんて考える余地もない。その点、今も人間を嫌悪する魔物がいつその感情をぶつけてくるか、わかったものじゃない。

 その魔物が、ある日突然いなくなったらどうなるか。人間は解放されたという喜びと共に、同時に有頂天になるだろう。アクアマリンもエメラードも人間の物として、今のフェナサイトがあるように暮らしやすいよう開発してしまうかもしれない。魔物が死んでも野生生物や植物は残る。そんな先住民にとって、人間の都合による開発が蹂躙でなくて何だというのだろう。




「『あたしも太陽みたいになれたら良かったのに』」


「何だよ、いきなり」

「かつて、ティアーが私にそうこぼしたのだ。太陽のように分け隔てなく全てに光をもたらし……ヴァニッシュのようにワー・ウルフらしくありたかったと」

「ヴァニッシュみたいに?」

 ヴァニッシュが太陽やと同列に扱われるなんて、どういうことだ? そう思いかけたが彼を想うエリスを悲しませたある事実を、俺は思い出していた。


「「太陽になれたら、か」」

 何とはなしに呟くと、思いがけず俺とシュゼットの言葉が重なった。


 空を見上げると、九月の終盤……夏の終わりと、秋の始まり、どちらともつかない中途半端な空気を滲ませた青い空が広がっている。常夏のエメラードで俺達を見守っていた太陽の、あのぎらついた強い光は感じない。

 言い換えれば、今こうして見上げる太陽は、あの日々の中で感じたそれより弱々しく見えた。太陽は唯一無二、ただひとつの同じものであるはずなのに、おかしいな。うっすらと青い、まるで無感情にも見える広い広い空の中でただひとつきりの太陽は、見ようによっては孤立無援の孤独な存在であるかのようにも見えてきた。


「なぁ、シュゼット。月光竜の視た未来っていうのは、絶対に変えられないのか? 神竜戦争を言い当てたのだってたまたまかもしれないとかさ」

 運命を司る神竜が予言した、神も竜も魔物も消滅する運命の千年目、それが約束の日。今ある世界と共に自分が消えてしまう、そのタイムリミットを知っているなんて、魔物達にとって計り知れない足枷となっているだろう。


「そなた達人間の言う運命と、神の視る、そして私達魔物の解釈する運命とは、全くの別物だ。そなた達が『運命的』という言葉を使うのはどういった時だ?」

「えーと、運命的な出会い、とか?」

「それは、『まるで出会うことが決まっていたかのように』程度の意味でしかないな。月光竜の知る運命とは、この世界が生まれ落ちた時から死に至るまで、ありとあらゆる物事、出来事は全て必然だということ。この世界に生きる者は例外なく、運命と呼ばれる、絶対的に決まったレールの上を進んでいるということだ」


 シュゼットのたとえは、いまいちしっくりいかない。

「列車がレールを外れないのは、何も列車が望んでそうしてるんじゃなくて、作った人がその上に乗せたからだろう。運命はすでに決まってる、変えられないものだとしても、それは自分の意思で選択してきたことの結果じゃないか」

 考えられる選択肢がいくつかあったとしても、その中からたったひとつしか選べない。そんなこと、運命なんて高尚な名前をつけなくたって当たり前のことだろうに。

「運命なんて、あってないようなものだと思って、自分の好きなように生きればいいのに」


「では訊くが、そなたは目の前の悲劇に立ち向かうことが出来るか? それが決して変えられぬ運命だとしても。例えるなら、ティアーやヴァニッシュの死が逃れられないものであったのと同じように」

 これはまた、痛いところを突いてくるもんだ。

 ティアーの死は、致命傷が原因になったとはいえ、寿命だった。ヴァニッシュに至っては自然的な寿命であって、それこそ本来なら避けられるものではなかったはずだ。

 ……こんなにも、はっきりと結論付いているっていうのに。それでも否定出来ない後悔がこの胸の中にある。


「ヴァニッシュが死ぬのをただ待っていただけで、ティアーが苦しみを抱えているのを気付いてやれなくて。たとえ決まりきっていたとしても、可能性を試せるだけの力を持ってるくせに何にもしなかった俺は救いようのない馬鹿だった。だから、今度同じようなことがあったら……」

 今度、なんて言葉を使うのはこの上なく悔しいが、ぐっとこらえてそう口にした。


「俺は、俺に出来ることがあるなら何だってやる。結果的に誰も救えなかったとしても、無駄なことをしたなんて思わない。運命なんか知ったもんか」


「それでも叶わない、それこそが運命だ。立ち向かっても果たせないと知りながら見限れない、そなたのような生き方はいつか挫け、心折れる危ういものだぞ」

「運命だからって何もかも諦めて、何もしないで眺めてるだけの生き方がそんなにいいものか? いくら叶わなくたって、報われなくたって、やれることは全てやった上での結果だと思えるように努力しないでどうしろって言うんだよ」

 運命がどうだとか、こんなやり取りをしていることこそが不毛だと、そろそろ俺は思い始めていた。自然、言葉にも力が入り、苛ついた心情が隠せなくなってきている。


「驚いたな。そなた、想像以上に固い意志を持っているようだ。それでこそソースの適性というものか」

 言葉の上では感心しているように見せかけて、

「その意志が口上だけでなく、果たして現実に実行出来るものなのか。これから、すぐにでも見届けさせて貰おう」

 さぁ、行くぞ。そう言って先を歩きだしたシュゼットは、実に意地の悪い、いい笑顔をしていた。


 こうしてこの会話には一区切りがついたのだが、俺は内心、もやもやとしたものが残っていた。

 以前、シュゼットに聞かされたことを思い出す。魔物は人間以上に、この世界、自然の仕組みや使命に縛られて生きている。それはきっと、変えられない運命と、約束の日という終末のことを意味していたんだ。確かにどちらとも、人間にはまだ及びもつかないことではある。それはわかったんだけ ど……。


 残るは、使命。神だか誰だかが決めたのか知らないが、そんなものに従ってやる義理が魔物にあるのだろうか。

 思い返せば、豊は最初、自分が魔物になったことに肯定的ではなかったはずなのに。いつの間にやらすっかり魔物としての振る舞いをし、ユイノの使命を受け入れていたらしい。おそらく、自分がユイノだと知ったあの夜からなのだろう。

 しかし、どうにも「使命」という内容がからむことは、仲間でも魔物達に訊ねにくい。根拠はないが、軽々しく踏み込んではいけないような空気をひしひしと感じるから。



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