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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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15話‐8 青春は川の流れ

 前かがみになり俺の手首を掴んでいたキネ先輩が、背筋を伸ばし、姿勢を正す。彼女の言い様から、俺もこの体勢のままではいけないと思い、立ち上がろうとする。しかし、それは許されなかった。


 下ろそうと思った手が、動かない。細い、しかし鋭利ではない、腕輪のような線が手首に食い込む。とりあえずは拘束されていないらしい首を動かしてそちらを見やると、緑色のフェンスのごく一部が形を変えて、俺の手首を締め付けていた。

 そして、気がついたことがもう一点。マージャから決して手放すなと忠告された、キネ先輩の力から逃れる魔術式を刻んだ石がない。


 目線を正面に戻し、俺を見下ろすキネ先輩と対面する。彼女の左の手のひらが、小石をわずかに宙へ投げだし、それまた受け取るという動作を繰り返していた。

「安心して。それをしたかっただけで、もうあなたの記憶をいじったりしないから」

 それ、というのはこの、手首の拘束のことだろうか。そんな予測はただ生ぬるいものとして、即座に否定されることになる。


「うっ……?」

 あまりきつくはないが、へそのあたりに圧迫感がある。見ると、そこに手首と同じつ構造の拘束があり、緑色のフェンスが腹を締め付けていた。

「悪いけど、この状況で足りないようだったら少しだけ、痛い思いをさせることになっちゃうかもね」


「キネ先輩……こんなことしたら、豊に会う前にラルヴァになっちまうかもしれないぞ」

「もういいの。なりふり構ってなんかいられない。ラルヴァだってレムレスだって、わたしがひとりぼっちだってことに変わりないもの。……わたし、もうひとりはいやなの」

 俺の拘束が完成し、ひとまずの目的を達したらしい彼女は、伸びをして体をくつろげる。


「自分ひとりだけ高校生のまま、同級生が卒業していくのってどんな気持ちだと思う? さらに、もうちょっと大人になったその人達が、たまの気まぐれで母校に顔を出したり。もちろん、彼らの思い出の中に、クラスメイトとしてのわたしはそこにいない。わたしが彼らの――懐かしいクラスメイトの姿を目に留めたって、彼らの目がわたしを見ることは決してないの」

 想像しようとするのもおこがましいような、彼女……亡霊の身の孤独に、思わず目を背けてしまいそうのなるのを俺は耐えた。


「ずぅっと昔、教育テレビで見たんだけどね。川魚には、川で生まれ、川より食べ物の豊富な海に出て、大人になったら産卵のために生まれた川に戻ってくるの がいるんだって。……わたしはまるで、そんな魚達の生涯の一場面を、川底にはまってただ見上げることしかできない石ころのよう。子供時代の輝かしい姿も、大人になってたくましくなった姿も、身動きとれずただうらやんで眺めているしか出来ないの」


 屋上にしてはやけに優しすぎる風が、キネ先輩の髪を揺らしている。まるで風までもが彼女をあわれみ、慰めているかのように。


「そして、この気持ちはきっと豊も同じ。今のあの子には、あなたを守るっていう、ティアー達との約束が全て。けれど、そのあなたも豊を置いて、大人になっ て、年を取って、やがて死んでしまう。友達が普通に生きて普通に死んでいく、その生涯が充実したものであるなら喜んでしかるべき……なんて、そんな風に綺麗には思えないの。それは、同じ立場にいない、『人間』には決して理解されない感情よ」


 ――彼女のその言い分に、俺の中で芽生えた感情があった。ふつふつと湧き起こるそれが、彼女の言葉を冷静に受け止める余裕を奪い始める。


「ほら、わたしのことを本当にわかってくれるのは豊だけ。だからわたしは豊と一緒にいたい。こんなの自分本位だってわかってるけど、この気持ちを止めることなんか出来っこない。今あきらめたら、わたしは今度こそラルヴァに墜ちて、この世界の終わりまでひとりぼっちになってしまうんだから」

 キネ先輩には、涙も、後悔もなかった。いつもよりほんの少し、決意に表情を険しくして、しかし相変わらずの微笑を浮かべている。


「……違う」

 ついに臨界に達したその感情……怒りが、俺の言葉に、意識に、平静を保つことを許さない。


「何が?」

「あいつに、俺以外の何もないなんて嘘だ!」

 きょとん、と訊ね返す彼女に、俺は思いの丈をぶつけるのだった。


 俺が単身、豊の墓参りに出かけたあの日。彼の墓の前には先客があった。それは豊が生まれて中学生まで育った町に今も住む、幼なじみの東浩一さん、二葉さん兄妹の一家だった。

 豊が今、ヴァンパイアとして生きている事情を知る東さんは、同じく豊のことを知っているだろうと推察して俺に声をかけてきた。そして適当な喫茶店に入って話をすることになった。


「僕が豊の家の事情を知ったのは、僕が小学校を卒業する間近でした。母ひとりに育てられていた豊は、周囲の子供達にあることないこと言われたり、嫌がらせをされたりして、孤立した子供でした。


長矢の家の隣に住んでいる僕達は、豊がお母さんに厳しくあたられて、家でも安らぐことの出来ないのを知っていました。うちの母も、豊のお母さんの機嫌の悪い時には、豊を夕食に誘ったり家に泊めたりしていて。豊は僕と二葉にだけ、自分の正体を話してくれました。


二葉も僕も、豊の友達として、苦境に立ち続けなければならない彼を支えていこうと決めました。それからしばらくは平穏な日々が続きましたが、豊が家や学校で辛い思いをする現実はずっと変わりません。そんな毎日の積み重ねが、限界にきていたんでしょうね。中学校に入学してから、豊はがらの悪い連中と付き合うようになりました」

 詳細は控えますが、と前置きして、豊のしていたことは大半の人にとって立派に非行と呼ばれるものだったと東さんは言った。


「二葉はそんな豊にどう接したらいいかわからないようでしたし、僕は、何度説得しても非行をやめず、連中と付き合い続ける豊に……正直、苛立っていました。豊のために言ってるのに、僕達の方があんな奴らよりずっと、豊を思っているのに、って……それが思い上がりだと、その時の僕は気が付かなかったから。


そうして手をこまねいている間に、最悪の事態が起こってしまいました。非行仲間とのもめ事で、豊と仲間のひとりが集団暴行を受けて、重傷を負って病院にかつぎ込まれました。豊の友人は助かりませんでした……病室に駆けつけた僕は豊に向かって、ため込んでいた不満をぶつけ散々に責め立ててしまったんです。豊は口の中も怪我をして、反論も出来なかった。おまえのことなんかもう知らない、もう僕達には一切関わらないでくれ、と、言い捨てました。


怒りとやるせなさを抱えて家に帰ると、二葉に責められました。僕は豊のことをこれっぽっちも信じていない、 こういう時に信じてあげられなくて何が友達だ、って。


二葉は心から豊を心配していたのに、僕は、こんなに心配しているのにどうしてわかってくれないんだと、勝手に裏切られたつもりになって。豊のことなんてちっとも考えられない、自分がかわいいだけのどうしようもない人間だったんです」


「でも、その日の内にそう気付くことが出来たなら、どうして豊にそれを伝えなかったんですか」

「拒まれたんですよ。豊に……ではなく、豊のお母さんに。彼女は僕が、一方的に豊を詰るのを見ていたのでしょう。豊の病室には、非行関係の連中や、豊をいじめてきた奴といった、豊を傷付けてきた者達が興味本位で訪ねてきました。それを、豊のお母さんは追い返しました。病院という公の場で刃物を振り乱して、『おまえらなんかが豊に近寄るな!』と、狂ったように叫んでいました。そして僕もそのひとりとして追い返されたんです」


「豊のお母さんは、ちゃんと、豊のことを守っていたんだ……」

「そうです。それなのに、普段はどうしてあんな風に豊かに接していたのかはわからないんですが……」

 俺も東さんも、それからしばらく口をつぐんでいた。俺は、これまで耳にした豊と母親との関係性と、彼女の実際の行動とのギャップに。東さんは、その目で見てきた彼女の行動と、その時目にした彼女の本当の思いとのギャップに。ちょっとやそっとでは納得する答えにたどり着けない、神秘めいた不可解がそこにあった。


 俺は豊の過去も、本心も、何も知らなかった。何ひとつ理解していなかった。

 しかし、偶然とはいえ、俺は知った。今も豊が知らないところで、豊を守ってきた人、豊を思ってきた人、豊の死を悲しむ人達が、こんなにもたくさんいたんだっていうことを。


「あいつには、長矢豊として生きてきた時間が、一生があった。そこで出会った人達にとって、豊はどうでもいい存在なんかじゃなかった。これからの豊自身の生き方に、俺や、キネ先輩や、ましてやユイノとしての使命なんかが関わっちゃいけないんだよ……っ」

「熱弁してくれたところで残念だけど、わたしやあなたはともかく、ユイノの使命はあなたが考えてるほど甘くないよ。豊自身が、元はただの人間でしかなかったというなら、なおさら。強い意志を持った竜族の支配下にあって、人間があらがえるわけがないんだもの」


 勢いのまま、夢中で叫びを上げた俺に対して、キネ先輩の態度は極めて冷ややかだった。

「ねえ、どうせ使命から逃れられないなら、ここでわたしにその力を使うのだって悪くないって思わない? 豊だって、何の縁もない相手と心中するくらいなら、勝手知ったるわたしの方がずぅっとマシでしょう?」

「キネ先輩……」

 ああ、これはもう、決定的な断絶であると認めるしかないのだろう。俺の言葉は彼女に届かない。


「俺はキネ先輩みたいに、寛大じゃない。自分の望みのために豊を利用するっていうなら、俺は絶対に許さない」

「あら、こわい。許さなかったらどうするの?」



「俺の持ってる全ての力をかけて、あんたを呪い殺してやる」

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