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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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2話-3 涙の森

 サクルドの光を頼りに、俺達は森の中を進む。涙さんやヴァニッシュの足取りは慣れたものだったが、もちろん俺は足元がおぼつかない。あまり険しい森ではなくっても――少なくとも、たくましい木の根が地面に凹凸を形成しているということもなく、地面は平らだ――人間に都合よく舗装されていない土の地面 が、こうも歩きにくいものだとは思ってもみなかった。

 おまけに今は、自分より体格のある、気絶した男を背負っている。楽だと思っていたわけではないが、気の遠くなる重みが全身にかかっていた。


 何より気掛かりなのは、豊の身体が汗もかかずに熱を持っていることだ。汗をかくというのは、体内に必要以上の熱をこもらせないために、熱を外へ放出した結果だから。汗だくの身体をおぶって歩くのはいい気分はしないだろうが、心労を考えたらその方がよっぽど楽だったろう。


「さっき、豊はダムピールだって言ってたよな。それって、今の豊の状態に関係あるのかな」

 足を切断されたのに、何事もなかったかのように両足が健在だったこと。認めたくはないが、どうやら今の豊は普通の人間じゃないと考えるしかない。


「……ダムピールは、ヴァンパイアと人間の混血種だ」

 前を歩くヴァニッシュが、俺達に背中を向けたまま語る。涙さんは、万が一、俺が豊を落としてしまっても対処できるようにと言って後ろからついてきている。

「それって……ヴァンパイアと結婚する人間がいるってことか? 物好きだな」

「……ヴァンパイアは食事以外に、本能に突き動かされて人間を襲うことがある。種の存続のために。豊もそうして生まれた」

 言わなくてもわかりそうなことを、ヴァニッシュはきっぱりと口にした。そんな個人的なことを第三者が話していいのだろうか。


「…… ダムピールは人間だが、その血にヴァンパイアを殺せる抗体を持つ。魔物はお互いの魔力を察知して相手の接近を知ることができるが、ダムピールには魔力がないから近寄ってもその存在は知れない。むしろ、血を吸おうと近寄ったら返り討ちにできるというのがダムピールの最大の強みだ」

「ふーん……自分の勝手で産み出した子孫が、絶対で最大の天敵になるなんて、いい様だな」

「……ただし、ダムピールは死後、ヴァンパイアとして再生する。そうなったら、もう人間には戻れない」

「……じゃあ、今の豊はヴァンパイアになった?」

「うん……豊はこうなること、望んでいなかったんだけどね」

「ダムピールが人間として死ぬためには、ヴァンパイアを葬る時と同じように、儀式を踏まえなければなりません。死期を悟ると、ダムピールのほとんどは、自ら仲間に儀式を託して死んでいくんです」


 俺を助けようとして命を投げ出し、豊はヴァンパイアになってしまった。あのまま死んでしまうよりはずっと良い――と思うのは、きっと、俺自身の都合の良い理屈だ。豊の心中を思うと、俺は目を覚ました豊に、まず何と言ったら良いのか――謝るのも違う気がするし、慰めるなんてもってのほかだ――わからなく なってしまう。


「……敦が責任を感じることはないんだ。豊は、いつかはこんな日が来るかもしれないとわかっていて、君の側にいた」

「――俺の、側に?」

 豊と俺が友達になったのは、たまたま同じクラスになったからで、そこに豊の意思が介入しているなんて疑うはずもない。

「あたしも、豊も、敦君を守るために側にいたんだよ」

「あなたは、わたし達にとっても、人間達にとっても特別な、尊いお方ですから」


 尊いお方、なんて言われても何だかしっくりこない……魔物の思想なんて知らないが、人間は誰もが平等に生まれてくるものだろう。特別な誰か、なんていうのが、努力も何もなく生まれた時から決まっているなんて、不平等なだけだから。


「あたしのせい、なんだ」

 ぽつりと、聞こえるか聞こえないかは運次第というような声で、涙さんが呟いた。幸い風もなく、俺はその言葉を聞き逃さずに済んだ。


「何が?」

「豊のことなら、あたしのせいだよ。本当はね、あたし達はこの島にやって来た時、すぐにでも敦君に事実を教えなくちゃいけなかったの。今までずっとそうしてきたんだから。敦君は誰かにつけ狙われることになる、だけど自分で自分を守れる力を最初から持ってるんだ」

 生まれてこのかた、自分に得体の知れない未知の力が宿っているなんて気が付かなかったが、涙さん達の元にはその力を解放できる何かがあるってことだろうか。


「だけど、あたしは……敦君が今の生活に満足してるなら、あたし達の世界に無理やり引っ張ってくるなんて出来ないって思った。あたし達が陰でうんと頑張ればこの生活を守れるって、今のままの敦君の側にいたいって思った。そう、思い込もうとしてた……だから豊を、こんな形で死なせることになっちゃったんだよ」

 思わず、足が止まる。後ろで、涙さんも立ち止まる。それらの気配を感じ取って、ヴァニッシュもサクルドも止まる。だがこちらを振り返ることはしない。


 俺だけが振り返り、涙さんと向き合った。彼女の肩がぴくりと反応する。

 サクルドの光がなければ、夜の闇にかき消されてしまっていただろう。彼女は、涙をこぼしてはいないものの、確かに涙ぐんでいた。

 涙を流しているのなら、それをぬぐってあげたい。けれどそれはなく、そもそも今は、まさに手も足も出ない状況だ。

 彼女らは、俺には特別な力があるというけれど……今夜の俺はどうしようもなく無力だった。自分をかばった友人をみすみす殺され、目の前で大切な人が心を傷めているのに、こうして二の足を踏んでいるなんて。


「――過ぎたことを気にしたってしょうがない。豊だってきっとそう言うよ。あいつはそんな情けない奴じゃないから。俺だってそうさ。本当のことを隠されていたかなんて関係ない。だって、涙さんは俺のことを思いやってそうしてくれたんじゃないか」


 せめて心からの気持ちをそのままに、言葉にして伝えた。俺は、自分のために力を尽くしてくれた人達を無碍にはしたくなかったし、一年たらずの付き合いとはいえ豊の考えそうなこともわかっているつもりだ。


「これからは涙さんにそんな顔させないように、俺も努力するから」

 まだ浮かない顔をしている涙さんに、誓う。おそらく生半可なことじゃないんだろうけど、サクルドだって言ってくれたんだ。俺になら、きっとできるって。

 強くなりたい。心も体も。せめて、後悔せずに済むように。怖れにとらわれず、自分の生まれ持った現実に立ち向かうことのできるように。


「……うん、あたしも。もう泣き事言ったりしないで頑張るから」

 さいごまで、あなたをまもれるように。

 そう続いた言葉は、何故だか配慮して声をおさえたようだった。俺の耳に届かないように、ということだと思うのだが、そうはならなくて。俺は彼女のその行動を、どう受け止めればいいのか図りかねていた。


 時間感覚も距離感も忘れ始めていたけれど、疲労でへばる前に目的地に到着したのは何よりだった。

 そこは道もないような森の中にあってはひどく場違いな、中規模とはいえ立派な洋館だった。その屋根を覆うように、ほとんどすき間もなく木々の葉が茂って いるので、空からの光の恵みは一筋さえ射してこない。小さなサクルドの光だけが頼りでは、洋館の全体像はつかめないのだが、おそらく二階建てで各階五部屋くらい、といったところか。


「それでは敦さま。わたしはここで失礼いたします」

 サクルドが俺の目の高さまで浮かび上がり、告げる。そこで気がついたのだが、サクルドは飛んでいる間、羽を動かしていない。となると、その羽は飛ぶためのものじゃないってことか? だったら何のためについてるんだろう……。


「一緒に行かないのか?」

「わたしは、敦さまが本当に必要としてくださった時にしか、外にいることはできないんです。館が目の前にあって、安心なさったみたいですね」

 苦笑混じりに言うサクルド。嫌みはいっさいないけれど、当人としては照れくさいことこの上ない暴露である。

 なんて考えていたら、その姿は地に落ちる滴のように、はじけて消えた。


 サクルドの光だけがこの場を照らしていたので、彼女を急に失ったことで視界が不安定になる。仕方なしに、俺はまばたきを繰り返して闇に慣れようとつとめた。

「でもさ、来たのはいいけど誰もいないように見えるんだけど。ジャックって奴に、早く豊を診てもらわなきゃまずいんじゃなかったっけ」

 俺がそう思った根拠は、サクルドの消えた後の暗闇だ。普通、建物の中に誰かいるのなら、多少なりともあかりが漏れてくるはずだから。

「いると思うよ。ジャックはよっぽどのことがない限り、この館を出ないから」

「……夜はあかりが漏れないように細工しているんだ。あかりがあると、上から見たらこの場所が知られてしまうかもしれない」

「上から、ねぇ」

 空を飛ぶ魔物もいるんだろうか。そしてこう神経質にしてまで、知られてはまずい場所なんだろうか。ここは。


「ジャックー、帰ったよー」

 涙さんが呼びかけると、手を触れてもいない玄関の両開きの扉が、奥へ開いていく。中からジャックさんとやらが開けたのかと思ったのに、そこには影も形もなかった。

 戸を開けたからといって、さっそく中のあかりがもれてくるということもない。吹き抜けの玄関ホールには若干大きめのランプがあるものの、廊下を照らすのは一定の距離で床に置かれた、皿の上の小さなろうそくだから。

 そういえば、電灯なんていうのは人間社会の利器なんだったな。さすがに森の奥にわざわざ電気を通したりはしていないんだ。


「でもすごいな、森の中にこんなでかい家があるなんて。ヴァニッシュ達だけで建てたのか?」

「ここはね、仲間のひとりが自分だけで建てたんだよ。もう何百年って前のことなんだけど。あたし達の島に人間の建築技術を持って帰ってきたっていうんで、とっても有名なんだ」

「へぇー……」

 魔物でも人間の技術を必要とすることなんてあるんだな。もっと、野に暮らし自由気ままな生活でもしているものかと思っていた。

 確かに、野良猫だって雨に降られたらそのまま降られっぱなし、なんてことはない。雨宿りをする。魔物だって、雨や風を妨げる宿を求めたって不思議ではない。


「……この時間なら、ジャックは上だと思う」

 ヴァニッシュが気遣うように、俺を見やる。確かにもうへとへとで、この上に階段というのはきついものがあるけど、あと少しの辛抱だ。


「みんな、おかえり」

 いざ行かんとしたところで、上から声が投げられた。見上げると、手すりを強くつかみながら、ゆっくりと階段を下りてくるおじいさんが見えた。頭にはもはや一本の毛もなく、顔も手もしわくちゃで、動くのもつらそうだ。こんなことなら、無理をしても俺達が二階へ行った方が安心だったかもしれない。


「ただいま、ジャック。今日は何だか元気そうだね」

「ああ、調子が良くてね、久しぶりに薪を集めに森へ出てきたんだよ」

「……いくらなんでも、人間が単身で夜の森をうろつくのは危ない」

「昔は私も狩りに出ていたんだ。レーシィが多少のひいきをしてくれるから大丈夫」

 暖かで気性の優しそうな人ではあるのだが、今は豊の方を何とかして欲しいんだけど……。


「ところで――豊の気配が変わっているね。と、いうことは……」

「――ごめんなさい。あたし、豊を守れなかったの」

 それだけで事情を察したのか、ジャックさんは沈んだ表情の涙さんの頬を撫でる。かなり腰が曲がっているので、頭を撫でようにも手が届かないのだろう。

「そうか……ヴァンパイアへ変わったのだね。なぁに、今の豊は孤独じゃないからね。これまでそうしてきたように、助け合っていけば道を外しはしないはずだよ。特に、敦君。これからも豊の良い友達でいておくれ」

 名乗る前から俺の名前を知っている、なんていうのはもう疑問に思う必要はないんだろう。涙さんとその仲間は、俺以上に俺のことを知ろうとしてきたのだろうから。


 それはともかく、豊のことだったら今さら、言われるまでもない。


「もちろん。豊だって、俺のために戦ってくれたんだから。挙句、こんなことになっちまって……豊には恩を返さなきゃ」


 ジャックさんがまた階段を上るのを待つようだとかなりの時間を消費するので、ヴァニッシュがジャックさんを背負うことになった。ジャックさんはその背中から、涙さんに俺の使う客室を整えるように言いつける。

 豊は二階の客室のベッドで休ませることになり、

「よく眠っているところを悪いのだけどね、豊。一旦、目を覚ましておくれ」

 ジャックさんが声をかけ、やや力をかけて豊の頭を撫でる。そうしてようやく、豊は目を開けた。何ともまぶたの重たげな、緩慢な目覚めだった。


「ここがどこかわかるかい?」

「……ジャックがいるってことは、出張所だろ? 俺、どうしてたんだ」

「豊、蘇生を急ぎすぎたんだね? 無理をするから、急激に魔力を消費して、意識を失ったのだろう。敦君がここまで運んでくれたのだよ」


 まだ意識がもうろうとするのか、ただ寝ぼけているのかわからないが、豊が言葉を返すのにはかなりの時間がかかった。

「敦、疲れただろ。ただでさえ慣れない森を歩くってのに、大の男背負ってきてさ」

「つまらないこと気にすんなよ。豊こそ、俺のためにこんなことになって、ごめんな」

「んー……じゃあ、お互いさまってことでいいか」

「そうだな……」

 結果的に、豊は俺のために死んでしまったのだから、お互いさまで済ませるレベルではないとも思う。けれど、豊がそう言ってくれるなら、これ以上食い下がるべきじゃない。そういうしつこいやり取りを嫌う奴だから。


「なんか、妙な気分だな。目が覚めたら、自分がこれまでと全く別の生き物になってるなんて」

「不安があるんだね?」

「そりゃそうだろ……しかも、ヴァンパイアなんて最悪もいいところだ。なんせ……」

 それきり口をつぐみ、豊は何も喋らなかった。



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