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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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14話‐3 土の骸

 俺とシュゼットは、揃って教員室を訪ね、担任教師に挨拶をした。


 シュゼットは担任に連れられて教室に入る段取りになっているので、俺はひとりで先に教室へ向かう。ホームルーム前、遅刻になるかならないか瀬戸際の時間、学校の朝が最も騒がしいひととき。廊下に出ている生徒達の中には、休学前にひと騒動起こした俺を覚えている奴もいるのか遠巻きにする視線がちらちらと感じられた。


 二年生の教室のある階に入ると、顔見知りから次々と声をかけられた。単純な好奇心による質問が立て続き。答えるのもめんどくさくて適当にあしらっていたら、誰に何を言われたのかもわからなくなる。

 やがてチャイムが鳴り、学年主任の教師が怒鳴り声をあげると連中は散り散りになってそれぞれの教室に引き込んだ。


 そうして自分の教室の前に差し掛かろうとした時、俺は足を止めた。


 ……感じたのだ、何かを。思わず足を止めるような、不可視の気配。それが何であるのかわからない、しかしまもなく、俺はその正体に思い至った。


 これは、魔力だ。魔物同士では「におい」としていた、俺はそれを全身総毛立つような「気配」として感じたのだ。そこに悪意はもとより、感情などない。ただ自然体でそこに在るだけ。しかし、魔力をまとい、かつ内から発している魔物の住処であるエメラードとはわけが違う。ここは、人間の世界なのだ。

 魔物の島で暮らしていても、俺は魔力を感知出来るようにならなかった。それが今、ひしひしと感じられるのは。魔力の充満していた森の中でなく、人間の世界にあるそれがあまりにも異端だったからだろう。


 ためらいながら踏み出した一歩。廊下側の大きな窓から覗ける懐かしいクラスメイト達は、みんな一様に歓迎の笑みを浮かべ、ある者は手を振り、ある者は何事か声をあげている。そんな声は、姿は、まるですり抜けてしまうかのように印象に残らない。


 ……ただひとりの姿に、存在に、俺は視覚を釘付けにされる。校庭を眺める窓際の自分の席について、頬杖をついている奴こそが、魔力の発生源であると俺は察知する。


 いかつい、重そうなゴーグルが顔半分を隠している市野 学(しの まなぶ)は、目を覆われてなおはっきりとわかる、歪んだ笑みを浮かべ俺を見ていた。


「というわけで、休学していた高泉が今日から復学することになった。さらに、今学期からこのクラスの一員となる……えー、入ってきて、自己紹介して」

 相変わらず、やる気、覇気、威厳といった、教師として必要なんじゃないかと思われる要素に欠けた担任である。そんな彼の指示に従い、シュゼットが教室の戸を開け入ってくる。


 廊下にいたとはいえ廊下側にある窓のおかげでその姿は丸見えだったわけだが。そしてその華奢で、凛とした佇まいに魅かれ、あからさまに態度で表明している男連中も散見されたのだが。


陽月(ひつき)しずく、という。どうせ短い付き合いになるだろうがよろしく頼む」

 しかしながら、時代劇の武人にたとえられそうなあまりに無骨な彼女の話し口に、彼らの淡い期待は粉砕されたのだろう。そんな空気がこれまた露骨に漂ってくるのだった。


 俺から数人挟んだ後ろの席で、この状況を楽しんでいるのか、くつくつと笑い声を喉で殺している――そいつが机の中に忍ばせておいた手紙のせいで、俺は久方ぶりの学校の空気を満喫する余裕もないっていうのに。


 ――放課後、ごみ集積場の裏の広場にて待つ。

 ティアーの秘密を教えてやるよ。

 わかってるだろうが、レッド・フェニックスには秘密だぜ。



 ごみ集積場裏の広場とは、学校で粗大ゴミが出た際、業者が引き取りに来るまで保管しておく場所だ。かなり昔、この場所で魔物の討伐騒ぎがあったとかで気味悪がられているので、用もなく訪れる者はない。

 俺の休学中に開催された今年の体育祭で、跳び箱や平均台を総動員した障害物競走を行ったそうだ。そのために道具を一新して、古い道具は一斉に廃棄することになった。そういった事情で、今後業者に回収される予定の、年季の入った体育道具で溢れていた。


 一方的にこの場所を待ち合わせに指定した市野学の姿は、まだない。代わり、というわけではないだろうが、そこにいたのは豊だった。もっとも、とっくに死んだことになっている彼が学校内で本当の姿をさらせるわけもなく。どこの誰がモデルだか知らないが、今も豊は外見だけ別人の姿を借りている。それでも紛れ もなく彼だとわかるのは、豊がエメラードで誰かからしつらえてもらったという、ヴァンパイアの保護服である黒いローブをまとっているから。


「豊、どうしてここに?」

「シュゼットから聞かされてたんだよ。あの学校に、もうひとり魔物が入り込んでるって。どうやらあいつ、その魔物が気になってフェナサイトへ行くことにしたらしい」

 シュゼットから直にそうと言ったわけではないが、彼女の態度から豊がそう感じただけ、とのことだ。


 そのシュゼットはというと、ホームルームが終わるやいなや、好奇心をむき出しにしたクラスメイト達に机ごと取り囲まれてしまった。あれなら彼女抜きで会おうという先方の条件は果たされるだろう。こちらとしては、最大の戦力である彼女が不在というのはそれだけで不安要素だけど。

「でも、いくらフェニックスだからって、シュゼットがなんでそんなこと知ってるんだ? って話だけど。それより、魔物ってのは誰だったんだよ」

「それは」


「その声……おまえ、もしかして長矢豊か?」

 がたり、無造作に跳び箱を押し退ける形で、待ち人が現れた。まだその正体までは知らなかった豊は、驚きを隠せず、また警戒心あらわの表情で市野を睨みつける。


「へえ、おまえ生きてたんかぁ。そのにおい、ヴァンパイアだな。それならお互い気がつかなかったのも無理ないなぁ」

 豊は、死後ヴァンパイアとして生き返るダムピールだった。ダムピールは基本が人間で、ヴァンパイアに対抗する能力こそ持つものの、それ以外の魔物の気配を察することは出来ないらしい。


「おまえ、何が目的でこの学校に入り込んだ?」

「もちろん、ソースのことで、はるばるアクアマリンからやってきたわけだ」

「それが、何の意味があってこの時期まで黙って見てたっていうんだ。それに……」

 豊は何か言いかけて、しかし苦しげに口を結ぶ。そんな彼をにやにやと眺めていた市野は、ふいと俺に目を向ける。


「なあ、ティアーの奴、もう死んだんだろ。においがまったくなくなってるぜ」

 その言葉に、俺は――姉に、自分だって同じような態度で無慈悲な報告をしたくせに、いっちょまえにショックを受けていた。

「市野!」

「俺、マージャっていうんだ。おまえら、魔物名はなんてーの?」

 ぽかんと市野……マージャを見るだけ、何の反応も返せない俺に、豊は「敦は言うなよ」と言いおいて、


「俺はユイノだ」

「ユイノ……? へえ、おまえが! 何の偶然だよ~、ソースとユイノが偶然同じ教室で過ごしてたなんて」

「おまえこそ、マージャなんて名前、本気か?」

 何のことやら、マージャが腹を抱えて笑っている……先のショックから立ち直れず、そして相手のそんな姿を見ていて、俺は思いっきり油断していた。


 ちらり、こちらにゴーグル越しに視線をやったマージャ。そのゴーグルに、一瞬にして赤い魔術式が浮かび上がった。魔術壁の準備さえしていなかった俺は、当然、これから発動されるどんな現象も防ぐことはかなわない。

 はずだった。さっと、俺の目の高さに、豊が左腕を差し挟んだ。その瞬間、目前、豊の腕が石のようなものに覆われるのを見た。それは指先から始まり、駆けあがるかのように腕へと伸びていく。肩まで到達する前に、ということか、豊は自らの左腕をひと思いに引きちぎる。


 土の地面に放り投げられたそれは、音を立てなかった……いや、もしかしたら、俺が音を認識できなかったのかもしれない。豊の左腕は、石に包まれたわけではなく、そのものが石化してしまったようだった。


 肉体から切り離された、片腕。ある出来事、ある場面、そしてそれらがもたらした結末が――俺のために、ティアーを死なせてしまったこと――フラッシュバックして、俺は強烈なめまいに襲われた。そのまま頭を抱えて、地面に膝をつく。


 音のない、視覚だけが頼りの中、何とか視線を俯けず見上げてみせる。高笑いでもしていそうな表情で、ひと飛びに粗大ゴミを避けてマージャは姿を消す。左腕の切断面を握りしめ、損傷を修復しているらしい豊は、俺に向かって何か言いつけてマージャの後を追った。


 ヴァンパイアの再生能力のたまものか、豊の負傷による出血は負傷の度合いの割にはさほどでもなかった。点々と散った血の痕、その上にぽつんと転がる、人間の、石化した腕……。


 今にも、意識を失い倒れ込んでしまいそうだった。それはどうしようもない無力感からくるものだ。過去の大失態で、大切な人を失って、俺はその過ちを繰り返してしまった。豊は俺を守って負傷して、俺は何も出来ずただその場面を傍観して……。


 誰よりも強い力を持っているという俺は、いや、俺自身があまりにも無能なせいで。結局何も守ることが出来ない……涙さえ出てこない、圧倒的な失望感だった。


 徹底的に打ちのめされた心地で、もはや自分の中が空っぽになってしまったようで。それでも、豊をこのままにしてはおけないと思って俺はどうにか立ち上がる。足が言うことをきかず、呼吸も苦しくて、風雨にさらされ薄汚れた跳び箱にすがりつく自分がみじめだった。


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