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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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13話‐3 銀のかけら

 夕暮れ時、豊がツリーハウスの足場から飛び降りて着地した。豊自身は何も口にできないけれど、夕食時を俺達と過ごすのはお決まりになっている。そうしないと、生活時間のすれ違いで話せる場面が激減するから。

 香ばしい肉の匂いに何らひかれるはずもなく豊が注目したのは、大樹にぐったりと体を預けたヴァニッシュと、飽きもせずそれを眺め続けるフェイドの姿だった。


 反射的に深く深く憐れみのため息を吐く豊に、俺は心から同感だった。フェイドが、このエメラードの地に立ってから三度目の夜が来た。その目的であるヴァ ニッシュとの対話は、一言たりとも果たされていない。ただでさえ寿命が迫り、死の直前に発生するドッペルゲンガーという現象を起こしていたヴァニッシュが、魔物の命の源である魔力をフェイドに分け与えたのだ。そうして、仲間達の危惧した通り、ヴァニッシュは目を覚まさない。


「おまえさ、男の寝顔なんかずっとずっと見てて楽しいか」

「楽しくない。このヴァニッシュは、あんまりいい顔してないから……」

 そういう意味じゃないって、とぼやく豊の態度が心底から理解できないらしいフェイドは、しばし考え込み、やがて理解を諦めたらしい。またも、ヴァニッシュの目覚めをただ眺めて待ちぼうけする時の浪費に戻っていった。


 確かに今のヴァニッシュは、あまり夢見が良くないんだろうなと思わせるような、苦しげなしかめ面で眠りに落ちている。

「オレは、いつも夢を見ていた。目覚めていても、瞳を閉じて暗闇を見るだけですぐに浮かんでくる夢だ……」

 何となく気が向いたので、とでも言いたげな気軽さで、フェイドは話し始めた。


「ヴァニッシュは毎夜、夢の中で泣いていた。オレに金のかけらを与えたことで、オレが計り知れない苦痛を負って、この世界をさまようことになってしまったこと。それを想って、結果的にその原因を作ってしまった自分を責め続けて、ヴァニッシュはいつでも泣いていた……」

 言いながら、フェイドは瞳を閉じた。ただ見ているしか出来ない俺達がこうしている間も、ヴァニッシュは後悔の涙を流しているのだろうか。


「でもオレは、確かに苦痛を抱えてはいたけれど、その中でオレなりに幸福を知った。幸せに、生きた。だからその命を与えてくれたヴァニッシュが、自分を責める必要はない。いや、そればかりか。そんな風にオレのことで泣いている誰かがいるというのはそれだけで、オレの生涯にけちをつけられるようなものだ……


だから、オレはヴァニッシュに伝えなければならなかった。オレは、幸せに生きたと。ヴァニッシュがそうであったように、オレにだって、オレを受け入れてくれるいい仲間が出来た。仲間に囲まれて生きることが出来た。だからヴァニッシュは、もう、自分を責めなくていいと伝えたい。それだけがオレの心残りだったから……」


「そんなに大切な人達がいたんなら、彼らと離れてエメラードになんか来て良かったのか?」

 そんな言葉が、無意識に口をついて出た。フェイドは、人間の島が、魔物のそれよりも人間の社会が好きだと言った。それは空うんぬんのたとえなんか重要ではなく、きっと、そこに彼を想ってくれる仲間がいたからだったんだ。


 そして、それはヴァニッシュにも通じる。魔物の命を脅かす銀の力を持ったヴァニッシュは、同胞の中にあってはほとんど誰とも触れ合うことが出来ない。だから、気兼ねなく触れてくれる人間との交流に、ヴァニッシュは幸せの可能性を感じたんだ……それをあきらめさせたのも、フェイドに対する罪悪感からだった。


「もう、彼らとの別れはきちんと済ませてきた。だからどちらにしろもう会うことはない……」

「それで平気なのか? 大好きな人達なんだろ、最後まで一緒にいたいって思わないのかよ」

「思わないよ。オレにとっては、オレがいなくなった後も。彼女らが、彼らが、幸せに。笑って生きていってくれることの方が重要だから……」




「ユイノ、ちょっといい?」

 たき火の方でエリス、ライトと何事か話していたティアーがやって来ると、豊に声をかけてどこかへ移動する様子を見せ、さらに手招きをして彼を誘う。豊はそれに従うらしく、俺は彼らについていくかこのままフェイドとヴァニッシュについているかで迷ったが、やはりティアーの用件は気になった。特に確認もし ないで黙ってふたりについていくが、拒否されることもなかった。



「ドッペルゲンガーを探しに行く、だって?」

 ティアーの先導した先は、ツリーハウスから最も近い川の岸だった。魔物は、第三者に盗み聞きされたくないような話題のある時、大きな川の側で話し合うことが多いそうだ。魔物の中にはとんでもない地獄耳もいるので気休めでしかないが、水流の音は多少でも声を隠してくれるから。


「そう簡単に言うけど、ドッペルゲンガーなんてにおいのしない奴を何の手がかりで探すつもりなんだよ。おまけに相手は銀狼だぞ。たとえ話が出来たとしても、穏便に済むわけがないだろ」

「簡単じゃないってことはわかってる。でも、ヴァニッシュとフェイドをあのままには出来ないよ」

「銀狼っつっても、ヴァニッシュだろ?」

 話の腰を折ることになるが、豊の言い分が気になってつい問いかけてしまった。


「ドッペルゲンガーっていうのはつまり魂そのものだ。ヴァニッシュの感情自体は肉体の方に残ってるんだから、いくらヴァニッシュが温厚な性格だからってそのドッペルゲンガーには関係ないんだよ。むしろ前世……いや、この世に生まれて最初の目的とか使命を全うしようとする意志が、ドッペルゲンガーにはある」

「そんで、銀狼っていうのは何をしたんだ」

 豊の言い方では、銀狼というのはそんなに穏やかな存在じゃなかったのだろう。


「神話の時代、神竜同士で殺し合いの戦争があった。銀狼はその時、殺す側に回った連中と行動を共にした。そして当時のソースを殺したんだ。銀狼がどういうルーツで生まれたのかは知られてないが、魔物の中ではその事実だけが伝えられてる」

「だけど、銀狼はそれ以来積極的にソースを狙ってきたことはないから、敦は心配しなくて平気だよ? 第一、ドッペルゲンガーは肉体から離れてたださまようだけの存在だから誰にも危害を加えることは出来ないはずだよ」


 ティアーがドッペルゲンガーを探し出そうという意図は、説明されるまでもなく知っている。ヴァニッシュがフェイドにそうしたように、俺の、ソースの魔力をヴァニッシュに分け与えれば彼は目を覚ますのではないか。そう提案したのをエリスに却下されたのだ。それは、ドッペルゲンガーが出現してしまっている魔物には魔力補給さえ効力がないからだという。


 しかし、ドッペルゲンガーをひっつかまえてどうにかすれば魔物が生気を取り戻す保証だってないらしい。そんなことが簡単に出来るなら、それを利用して長く生きようとする魔物だって現れるだろう。それはあまりにも都合の良すぎる話だった。

「――出来る出来ないとか、あれこれはとりあえず後回しにした方が良さそうだぜ。探す手間は省けたみたいだし」

 何とはなしに川の対岸に視線を送ったらしい豊が見つけたのは、そこに現れた、銀狼の幻……たった今、探す探さないで議論の渦中にいたドッペルゲンガーだった。



 川の対岸、銀狼のドッペルゲンガーは大きな孤を描くように跳び、そのまま俺達の前に着地した。当然ながらその動作に音はない。

 しばし逡巡した様子はあったが、やがて覚悟を決めたティアーは、遠慮なく砂利の音を立てながらドッペルゲンガーに歩み寄った。両者はそのまま見つめ合い、沈黙の時が過ぎていく。


「なあ、ドッペルゲンガーと会話ってできるのか?」

「普通はできないさ、喋れないんだから。ただ、獣同士ってのは言葉のない会話ができるんだと」

 だったら、仲間内でヴァニッシュのドッペルゲンガーを説得できるのは、やはりティアーだけということになるのか――いや、


「そういえば、フェイドだったらどうなるんだろう」

「あいつはワー・ウルフじゃないけど……ヴァニッシュがワー・ウルフになる前に一緒にいた――」




「ヴァニッシュを馬鹿にするな!」

 ティアーの、一喝。考えようとしたはずのこともあっけなく吹き飛ぶ――全身の産毛が震えあがるような迫力。短くない付き合いで一度だって耳にしたことのない、覇気のある恫喝だった。


「ヴァニッシュはおまえのために生まれたんじゃない、自分自身のために生まれたんだ! 遠く過ぎ去った過去に生まれ、とうに死んだおまえの都合など知ったもんか……っ」

 言い切ったところで、はたと正気に返ったらしいティアーが、ふらりとこちらを見やる。何事かおそれおののくように、さあっと顔色が青ざめて、

「……っ、う、……」


 涙を、流した。一粒こぼすだけでとどまらず、すぐさま両手のひらで顔を覆い、声を上げて泣き出した。


 俺はどうしたらいいのかわからなかった――しかし、ためらいながらでも体は勝手に、彼女に向けて一歩、また一歩と踏み出してくれた。

 それに気付いたティアーは、無理やりに嗚咽を止め、濡れた顔をこちらに向けた。押さえつけた感情は歯止めがきかず、苦しげにしゃくりあげ始める。そしてついに辛抱たまらなくなったのだろう……。


「うわああああああぁぁぁん……っ」

「ティアー……」

 俺の胸、服に爪を立て、すがりつくように泣き出した。俺もたまらず彼女を抱きしめた。

 こんな時、彼女とほとんど身長差のない自分がどこかむなしい。そんなことを気にしてる場合じゃないってわかってるけど、何故か思わずにいられなかった。 俺が首から下げてるサクルドの宿る小瓶と、そこからとめどなく溢れる水を分ける形でティアーに贈り、彼女も俺と同じようにして肌身離さず大切にしてくれている小瓶とが、抱き合う俺達の間でぶつかり合う感触。


 俺と関わったせいで切り落とされる羽目になったティアーの右腕。あの日から外されているのを見たことがない包帯に触れ、彼女の激しい鳴き声が突き刺さり、俺もどうしようもなくいたたまれない心地になる。目頭の熱くなってくるのを察したが、俺は涙をこらえることにした。


 出会ってからこっち、俺は彼女がこんな風に泣いているのを見たのは初めてだった。ティアーはいつでも俺を守ってくれた。泣き事を言うこともなかった。そんな彼女が俺を頼り、体を預けてくれた時に、俺までつられて泣いてどうするっていうんだ。こんな時くらい、俺がティアーを支えてあげたいと思った。


 そんな決意をこめて、彼女の頭の影からドッペルゲンガーを見据える。彼は淡々と、何の反応もなく。俺と目の合ったタイミングで再び歩みを進め始めた。急いでいる風はなく、どこか複雑そうな表情で俺達を見守っていた豊の脇を通り過ぎ、森の中へ姿を消した。


「行こう、もう大丈夫。放っておいたらヴァニッシュはこのまま死んでしまう」

 こちらが驚くほどあっけなく、ティアーは持ち直した。左腕で無造作に顔をぬぐい、しっかりとした足に力を込めて俺から体を離す。


「……ごめんね、敦」

 かすかに恥じ入るように、しかしどう見ても弱々しい笑顔で、何かに打ちのめされたようなやつれた顔で彼女はそう呟いた。まっすぐ俺を見た一瞬、何もなかったことにしたいと言いたそうな空気が感じられ、俺は何も言えなかった。




 ドッペルゲンガーが向かったのはツリーハウスだとわかりきっている。一目散に駆け出したティアー、それに続いた豊はその直前、黙って俺に首を振った。何を言いたいのかわからなかったが、今は――そんな大切なことを気にかけている余裕さえなく、俺も心を無にして走り出すしかなかった。


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