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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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2話-1 涙の森

2話は暴力描写があるので、苦手な方はご注意ください。

 我が家のある団地は街並みから少し離れていて、しかもそこへ帰り着く道は森に隣接している。外灯も数える程度にしかない。今のように日が暮れてしまうと、暗闇の道を延々と歩くはめになる。


「悪いなー、豊。まぁた一日潰しちゃって」

「いんやー、どうせ家にいても寝てるだけだしなぁ」


 せっかくの休日だっていうのに、こんな時間まで部活動――ボランティアのごみ拾いに駆り出されてしまった。俺だけなら自分で望んでやってるんだから構わないけど、たったひとりで慈善的な部活に精を出す俺が不憫だとかでしょっちゅうこうして協力してくれる豊には申し訳ない状況にはなっている。


 腕時計の文字盤に目をやる。いくら暗闇に目が慣れたとはいえ、正確な時刻は見えない。出先を発った時間と逆算して、十九時くらいにはなっただろうか。家では今頃、アネキと涙さんが夕食の用意をしてくれている約束の時間かもしれない。


「そうだ、付き合ってもらって遅くなっちまったんだし、豊もうちで食ってくか? 今日はアネキが涙さんを呼ぶから多めに作ってあるはずなんだ」

「あれ、敦の姉さんって料理しないんじゃなかったか?」

「それが、最近彼氏ができたとかで、やったらはりきっちゃってさ」

 両親がいないのをいいことに、ここ数日、涙さんを呼んで三人で食卓を囲むことが何度もあった。友人といると口が軽くなるもので、アネキは普通なら俺にわざわざ言わないだろう情報まで気軽に喋ってくれる。


 アネキがその彼氏と付き合うようになって、すでにひと月になるらしい。

 あの傍若無人なアネキに恋人がいたとは、にわかには信じられなかったものだが――あんなに幸せそうな顔をして話しているんだから、嘘や勘違いってことはないんだろうな。


「そうだなー、俺は……」

 ふたりで並んで歩きながらの会話なのに、唐突に豊の足が止まった。言いかけたはずの返事も一瞬で忘れてしまったというように。

 その行動についていけず、俺は二歩三歩と、余分に足を進めてしまう。


 唐突に感じたのは、豊以外の環境に何ひとつ、変化がなかったからだ。今夜は風さえ微弱なのに、何がその足を止めたんだろう。

 振り返ると、豊はもう俺の方を向いてさえいなかった。少なすぎる外灯の光も届かず何も見えない道の先を、目を凝らせば何か見えるんじゃないかと信じ込んでいるかのように凝視している。


「ゆた――」

「敦! 逃げろッ!!」

 その名前を呼ぶ暇さえなく、豊は豹変した。尋常でない、必死の形相で、薙ぎ払うように俺を飛ばした。

 地面に強烈に尻餅をつく。それなりの衝撃に、とっさに目を瞑る。

 視界のない中、鼻先をかすめる強すぎる風圧が、その刹那に様変わりしてしまった外界からの唯一の主張だった。


 豊の行動に抗議するつもりはさらさらなかった。その様子に鬼気迫るものを感じたから。かと言って、だからどう対応したらいいのか、豊にどう声をかければいいのか。何も思い浮かばないままに、俺は目を開けた。


 衝撃的に過ぎる光景を目にすると、脳なのか気持ちなのかが処理に追いつかず、まるでスローモーションのように見える。そんな現象がありえるだなんて、こうして体感したこの瞬間でさえ信じられない。

 豊の右足は膝から下が完全に切り離されて、彼の前方に飛んでいく。それは何重にも回転し、受けた衝撃の強さをわかりやすく表していた。

 豊の方といえば、苦悶と茫然自失がないまぜになったような表情のまま、なすすべもなく倒れゆくところだった。どんどん距離を伸ばしていく自分の足をつかまえるように手を伸ばすが、結局触れることもできずに倒れていく。闇の中にあるはずなのに、豊の表情、一連の流れはやけにくっきりと、白く浮かぶように鮮明に、俺のまぶたに映像を刻みつけていった――。



 非現実な惨劇を前に、ショートしていた意識。それが現実に帰ったのは、咆哮じみた苦悶の声が耳をつん裂いたからだ。信じられないことに、その声を上げているのは見知った友人なのだ。

「ゆ、豊……!」

 右足を失い、肉体的にも精神的にも立ち上がれないであろう豊に近寄る。情けないが、まだ五体満足でありながら、俺も足が震えて立ち上がれそうにない。膝と手のひらで地面を擦りながら移動するしかなかった。

「ば、か……っ、さっさとっ、にげ、ろ……ッ」

 吐き気があるのか、両手で口を覆いながら、呼吸も絶えてしまいそうに途切れ途切れに豊は喋る。

 そんな中でも片肘をついて体を起こそうとする豊だが、失敗して地面に突っ伏す。見かねて俺はその上半身を支えて抱き起こす。


 おそるおそる、豊に残っている右足の部分を確認する。思わず、この時ばかりは暗闇に感謝してしまう。盛大に血を噴き出しているのはわかっても、豊の血が広範囲を染め上げる、色覚的な絶望を目の当たりにしないで済んだから。……嗅覚的には何の救いにもなっていないけれど。緊張で身がこわばっていなければ、今にもむせかえってしまいそうな、あまりにも濃い血の匂い……。


「仕留めそこなったか、ソース……高泉敦……」

 この惨状にそぐわないのどかな足取りで現れたのは――引き起こした当人にとっては、受け手がどう感じているかなんてどうでもいいことなのかもしれない――思いのほかちっぽけな影だった。

 小学校高学年程度の背丈でありながら、老人とは言いがたい壮年の中年の顔つきをしているという、それこそ浮世離れした容貌だった。全身を黒い布に包んでいるが、そこから両手だけはみだしている。青白い顔色に、光を跳ね返しそうな自己主張をしている漆黒の瞳がそら恐ろしい。


 計り知れない苦痛を負っているであろう豊の身体から、尋常でない震えが伝わってくる。だが、それに劣らないくらい、俺自身の身体も震えていた。

「これはきっと、その極上の血を私自ら飲み尽くせ、という運命のお導きなのだな。一撃で仕留めるも、腹の中におさめるも、考えてみれば大差ないことだ」

「あ、あんたもしかして……ヴァンパイア、なのか……?」

「いかにも。とはいえ、当初の目的は君を一撃で仕留めることだったのだが。それが彼らの指示であった……まぁ、第一打でしくじってしまったことだし、今となっては君の血を美味しくいただくことが目的だよ」

 意外と高い声で男は淡々と語り、口元だけがうっすらと笑いの形を刻んでいる。


「なんで、俺が――」

 意図的に俺を狙ったとでも言わんばかりの発言に、混乱の極みにあった頭が逆に冷えていくようだった。生存を脅かされる純然たる恐怖から、理屈を求めなければならない不気味さに一変してしまったのだ。

「君だって、たまには奮発して極上の肉を食したいと思う時があるだろう? 我々にとって君の肉体に流れるその血は、この地上で至上の美味、そのひとつに数えられるのだよ……」


 言い終えたところで、奴の足がゆっくりと一歩を踏み出す。自分に死をもたらす存在が目に見えて迫っているのに、俺はその動作に反応さえできずにいた。


 そんな中で、奴よりも活発に動いたのは豊だった。両手のひらを地面にしっかりと着け、はずみをつけて奴に飛びかかる。

「あ、敦っ……さっさと逃げろ!」

 下半身の力を失ったまま、腕の力だけで豊は奴の両足にしがみつく。

「な、何言ってんだよ豊! そんなことできるわけ……」

「いいから早くいけ、走れ!」

「おまえ、殺されるぞっ」

「……俺が助かると思うか? こんなざまで」

 豊は吐き捨てるようにつぶやくと、後は何も言わずに俺を睨むばかりだった。


 ……俺だって、もう、豊が助かるとは――現実的には、とてもじゃないが楽観視など出来なかった。たまらず、俺は彼らから目を背け、駆け出そうとして――やっぱり、できなかった。

 俺を挟んで反対の道の惨劇などまるで知らないかのように、団地へと続く道は静まりかえっていた。その闇を見つめていて、気がついてしまったから。


 俺にだって、逃げる場所なんてないという現実に。


 無差別に糧を探しているだけなら、一旦狙いをつけた人間が逃げ出したところでそう執着はしないかもしれない。けれど、あいつははっきりと言ったじゃないか。欲しいのは、俺の、高泉敦の血なのだと。


 だったら、いくら逃げまわってもあいつは追ってくるはずだ。家に逃げ帰ったところで、魔物を相手に立てこもっても限界はたかが知れている。

 浮かんだのは、我が家で談笑しているアネキと――涙さんの笑顔。巻き込まなくていい人を巻き添えにするなんて。何より、涙さんが、ほかならぬ俺のせいで死ぬかもしれないなんて。想像するだけで自身の心を殺してしまえそうだった。


「最高級品を前にして、雑食をする気は毛頭ない」

 あまり固さのない何かが、激しく木に叩きつけられる鈍い音が耳に入ったところで、俺は覚悟を決めた。

 自分が死ぬとわかっていて、俺を逃がそうとした豊の勇気はすごいと思う。対して、そんな友人の気持ちに応えることさえできず、こうしてうつむき立ち往生している俺はなんて臆病なんだろう。

 せめて、暴力を前にうつむいて死ぬのだけはごめんだと思い、顔を上げることにした。


 そうして最初に目に入った姿を見て、それこそ、俺は生きた心地がしなかった。


「涙、さん……」

 今まで一度だって見たこともないような、嫌悪を面に表した涙さんが、そこにいた。彼女がよく好んで着ている、陽の光の下にあっては純白にきらめくワンピースが、今は闇の中でくすんでいる。

「怖い目に合わせちゃってごめんね、敦君」

 声を出した途端、いつもの涙さんに戻ったかのように、そっと表情がほころんだ。

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