11話‐2 純潔・祈り・苦悩
「おいらの家族の話?」
ライトは夕食を捕りに、近くの川で魚を漁っていた。固めの蔓つるで編んだかごに、手掴みをした魚を次々と放り込んでいるところだった。
「んーと、山向こうは巨人族の集落だっつのは知ってたっけ?」
「ああ。向こう側はタイタンの縄張りみたいなもんで、それ以外の魔物は住んでないっていうんだろ」
「そうそう。おいらはめったにあっこへは帰らんけどな。おいらの子供はみーんなそっちで暮らしてるよ」
「子供がいるってことは、奥さんもいるんだ」
「いんや。同族の女共と適当に子作りしてるだけさ。アッキ―とローナみたいにしてる方が珍しいんだって」
人間から見たら、淡泊極まりない発言である。普段気のいいライトだけに、意外な一面を見た気分だ。
「第一、おいらは集落の連中はどうにも好かんでなあ。縄張りに引きこもって外を知らないもんだから、顔合わせて話しててもつまらんのなんの。珍しいっていやあ今の時代、集落を出てあちこち出かけてるおいらの方が変わりもんだっつうのはよく言われるな。顔合わせたことはねえが、どうやらおいらの姉らしい人はずっとアクアマリンにいて、戦乱の類にゃ毎度参戦して伝説化してるっちゅうのは聞いたことが……」
「ライトのお子さん達もライトみたいにでっかいのかな」
「それがなぁ、巨人族の弱体化っつーか身丈の縮小化はまじで深刻でなぁ。おいらの末の娘なんか、ヴァニッシュとそう変わらないくらいだぞ」
ヴァニッシュはたぶん百八十は超えているはずだ。人間の感覚だったら女の人でそれならかなり背が高い方だと思うけど――確か、生み出された当初の巨人族はライトが五人いても足りない……十メートルくらいか? だったらしいし。そうなると人間の常識から逸脱してない体格まで小型化してしまったというのは、タイタン族にとって楽観視出来ない問題かもしれない。
ライトから必要な情報は得た気がするので、ここでお暇させてもらうことにした。
小屋に戻ると、エリスは何をするでもなく、むしろ小屋を出た時と変化のない座り姿勢のままで俺を待っていた。
「どうだった?」
「いや……ライトって家を建てること以外に興味ないのかと思ってたから、ちょっと意外だったかなって」
「おかしなことを言うわね。人間だって、趣味があるからといって性交に無関心、なんてことないのでしょう?」
そういう人がいないとは断言しないが、どちらかといえば稀少なのかなー、とは認めざるを得ない。
「魔物には繁殖期があってね。その時期に子孫を残してもいいと思えば、ライトも一時的に帰郷しているのよ。まあ、タイタンは寿命が長いからその繁殖期もめったにないのだけど。それでも、定期的に精気を抜くのは魔物にも必要でね。と言っても人間のように自慰をするわけではなく、そのための種族が魔物にはいて……」
「話の腰を折って悪いんだけどさ……エリスの言う人間の場合の知識って、どこから来てるんだ?」
「知識を深めるためにあるところで訊ねて回ったことがあるの。その結果よ。申し訳ないけれど実際の体験でもなければこの目で確かめた成果でもないわ」
淡々とした口調からして、別に本当に申し訳ないと思っているわけでもないだろうが、俺だって実体験がどうとかが気になったわけではない。もしかして歴代のソースから聞き出したことなのでは、と思って確かめてみただけだから。その想像はどうやら外れたようだけど。
「次は……そうね、どちらでもかまわないから、ベルかユイノに話を聞きに行きなさい」
「いいけど、どうしても他の奴を通さないといけない話なのか?」
「エリスには体験がないもの。だから知識の上でしか話せない。こういう話は実体験を聞いた方がわかりやすいでしょう」
「体験がない、というのはですね。エリスは種としては妖精に分類されまして。妖精には繁殖期がなく、また子孫を残すための行為と引き換えに死を迎えるんです」
「へぇー……」
産卵をすると死んでしまう虫、なんてテレビで見たことがあるけれど、それと同じようなものだろうか。
「サクルドはどうなんだ?」
「な、何のお話でしょうか」
「好きな奴とかいたことあるのかなー、ってさ」
小屋を出たところで不意打ちを狙って聞いてみる。サクルドは俺のことを何でも知っていると言うのに、俺は彼女のことを何も知らないなー、と気付いてしまったので。少し意地悪をしてみたくなったのだ。案の定、彼女にはあまり見られない慌てぶりが拝めて、俺は満足だった。
「――わたしにも、遥か過去に想いを寄せた方はいるのですよ。けれど、わたしはこんなにもちっぽけで、魔術道具と大差ない存在ですから。想いを伝えることは叶いませんでした」
だけど、寂しそうに。けれどその相手を慈しむように薄く微笑むサクルドに、自分の軽率な言動を後悔する羽目になった。
「おー、豊、ちょうどいいところに」
縄ばしごから足を着けたところで、手ぶらで戻ってきた豊とはち合わせになった。
「何だよ……何か用なのか?」
「ああ。実は聞きたいことがあって」
結局、豊がベルに渡された魔物をどうしたのかわからないけど……豊の態度は決して、明るいものではなかった。
「つまり、性欲処理の相手をする魔物について教えて欲しいって? それがどうして俺なんだよ」
「エリスは、豊かベルに訊けっていうからさ。こんな話、ベルには振れないだろ?」
ベルに訊ねたところで、疑問に答えてもらえるかもわからないし。悪ければ返り打ち的な嫌がらせを受ける可能性が高い。それなら俺の立場では、豊を選ぶしかない。
「しょーがねーなー……」
あまり気乗りしないらしい豊は、どこかに腰を落ち着ける様子もなく、日差しの中に立ったままで話が進む。
「夢幻竜シェイド=ジオって知ってるか?」
「知らないけど……名前からして、源泉竜のきょうだいのひとりってやつか?」
「それだ。ジオは安息を司る神竜。心を持つ者が抱く悪感情や悪夢を引き取って、誰もが心穏やかに過ごせるように秩序を保つ存在だった」
「すごいなー……って、それじゃあ当人はどうなるんだ? 悪いものをひとりで背負うなんて……」
「おまえのことだからそーいう流れになると思ってたよー」
包み隠さずにあきれ返って見せる豊に、俺も反論のしようがない。
「敦が言うように、夢幻竜の負担は大きすぎだってことになって、源泉竜はその負担を軽減するための魔物を生み出した。それが、夢魔。連中は生き物の精気を糧に生きてて、うっぷん溜めてる奴のところにふらりと現れては精気を吸って帰るんだ。捕食される側にしても失うものは何もない、ギブアンドテイクの関係だな。そんで、オスの夢魔をサキュバス、メスの夢魔をインキュバスっていうんだ」
「つまり豊やライトとかはインキュバスのお世話になるんだな」
「他人のことばっか言ってられるか? エメラードなんかにずっといたら経験しないでじーさんになって死んじまうぞ」
俺は何もエメラードに永住するって決めたわけじゃ……などと言い返そうとしたところで、不意に豊の表情が曇る。
「――昔、共存していた人間と夢魔の間にいさかいがあったんだ。それ以来、インキュバスでもサキュバスでもない、夢を介してあだなす魔物、ナイトメアが生まれた。夢魔も人間の多い地域には近寄りたがらなくなった。だからフェナサイトにいるヴァンパイアは、繁殖期になると手当たり次第に人間の女を襲うようになった。突き詰めれば人間の自業自得なんだろうけど、運悪く巻き込まれたらたまったもんじゃねぇよな……」
――もはや懐かしい記憶になっている、学校での日々。豊はこういった、色気のある話にあまり乗り気じゃなかった。その理由が今、改めて生々しく浮彫りになっていた。
けれど、そこを無遠慮につついても豊をますます沈ませる一方だとわかっていたから。俺はわざと気がつかない振りをした。どうせ豊はそのことも察しているんだろうけど……。




