10話‐2 悠久の停滞
エリスの言っていた通り、道中はそれほど険しくなかった。小学校の遠足で登らされるような、なだらかでぬるい山道といった感じで。ただし出発からここまでですでに半日は経っているような気がするので、持久力くらいはやはり必要なわけだ。
「おい、後ろ振り返ってみな」
「おー、黒い雲、見え始めたなぁ」
エメラードの平地の木々を超える位置に立つ今、遠く見渡せる水平線の上に暗雲が立ちこめているのがわかる。
「そろそろ敦の耳にも、滝の音が聞こえてきたでしょ? もうすぐだよ」
よーしがんばるぞーなどと気の抜けそうなことを言いつつ、ほんのり疲れた体に気合を入れる。なんだかんだで俺もエメラードに来ておそらく二十日くらいは 経っているわけだから、最初と比べたら若干体力がついたかもしれない。少なくとも数時間歩き通したくらいでバテなくなったようだ。
滝の音は聞こえてくるが、まだ遠い。進行方向から右手側に流れている穏やかな川は、その滝から続いているのだろう。
「そんなに強い魔物なのか? フェニックスって」
ここはフェニックスのお膝もとってことで、ティアーも豊も割合リラックスしている風だから――ヴァニッシュはいつもと変わらず周囲を警戒しているようで、後ろに伸びる俺の影に乗るような位置に、銀の狼が無言でついてくる。
「強いよー。強いだけならまだしも、不死身で無敵なんだもん」
「ティアー、その説明じゃまったくわからないと思うぞ……」
「フェニックスっていうのは、人間の言葉だと『不死鳥』って言うの」
「要は死なない鳥ってことかな」
「うーん、ちょっと意味合いが違うかな。フェニックスはね、死んだ瞬間に生き返るの。魔物は生きるのに魔力を消耗して、魔力が枯渇したら死んでしまう。 フェニックスもそれは同じなんだけどね、魔力を消費しても太陽光で回復しない。その代わりに死んだ瞬間に、魔力が無条件で回復するの」
「神竜だって生まれ持った魔力を使いきったら死んじまうのに、フェニックスはそうならない。ある意味、この世界で唯一、太陽竜に頼らず生きていける生物ってことだ。そりゃあ、太陽の代替品のつもりで作ったんだから、太陽をあてにしてたら成り立たないもんな」
「太陽の代わり?」
「太陽竜はこの世界の最高神だけど、別に不老不死ってわけじゃないから。太陽はいつか死んで、なくなってしまうんだよ」
「太陽がなくなったら、大変……なんてもんじゃないか。どうなるんだろ」
太陽なしには、この世界では何も生きていけない。人も魔物も野生生物も植物も――そう考えると、太陽なしに生きられるというフェニックスがいかに常識外れな存在かがわかる。
「まぁ、これから百年二百年で太陽がなくなるってわけじゃないから、あたし達にはあんまり関係ないことだよ。う~んと先の話だから、人間も魔物も存続してるか怪しいところだよね」
「自分達がいつか絶滅するかも、なーんて考えもしないくせに無駄な技術ばっかり持ってた大昔の人間が、太陽がなくなるんなら似たようなものを作って生き延びようって考えたわけさ。それがフェニックスだよ」
「太陽の代わりになれるような存在が、地上で他の生き物と混ざって暮らせるのか? そこいら中火事だらけに……ってレベルじゃ済まないだろ、太陽並みだっていうんなら」
「太陽竜が死ぬまではフェニックスに用はないだろ。だから本来の火力・熱量は今は封印されてる状態なんだ。フェニックスには赤いのと青いのがいて、ふたりが一つになった時、疑似太陽として覚醒するんだと」
「ブルー・フェニックスがアクアマリンに、レッド・フェニックスがエメラードにいるんだけど、ふたりが分かれて何をしてるかっていうとね。それぞれの島で魔物を見張ってるんだって。昔、エメラードとアクアマリンが魔物同士で戦争になりそうだった時に、同胞同士で殺し合いなんてするならふたつの島ごと焼き尽くしてやるって宣言したんだ」
「なんでまたそんなことを? 魔物同士で殺し合ったって、別にフェニックスには関係ないんじゃ」
「さあ? 理由は知らない。フェニックスがわけを話したって史実もないし、あたしと友達になってもそれだけは教えてくれなかったから」
「ていうか、フェニックスと魔物が友達、なんて話がそもそも前代未聞じゃないか。初めて聞いた時は驚いたなぁ」
「最初に会った時、そんな近寄りにくい感じしなかったんだけどなぁ」
教室で孤立してるアネキに、目的があるとはいえ何の臆面もなく話しかけられるティアーだし、フェニックスがどんな生き方をしてきたかなんて関係無しに話しかけたんだろうな。そんな姿が容易に想像できて、なんとなく懐かしい気持ちになる。
フェニックスの話をした地点からさらに歩いて、一時間くらいは経ったんじゃないだろうか。川の流れはだんだん、勢いを増してきているように見えた。
「おー、滝だぁ……」
目的地であったその滝は、俺の想像していたより横に広かった。高さはおよそ十メートルほどだと思うが、横は少なく見積もってもその五倍はあるだろう。
そんな広大な滝だから、上から流れ落ちる川の水音は凄まじいものがある。どんな嵐がやって来たとしても、この滝を揺るがすことは出来ないだろう……そう思えるような轟音だった。
人間の島で、人の住む場所から見える範囲の滝には、こんな規模のものはないはずだ。そんな事情もわかっているのだろう、滝を眺めて呆けている俺を、ティアー達は無言でしばらく見守っていた。
「さー! これから滝の中に入るよー!」
滝の音にかき消されないように、ティアーが声を張り上げる。俺もそれを参考に、叫ぶ。
「どーやってー!? こんな勢いがあるのにー!」
「だーいじょうぶー! ちゃーんと方法があるからー!」
ティアーについて川岸を進んでいく。やがて、水の落ちるすぐ手前に、平らな石が規則的に並び水面からのぞいているのがわかった。なるほど、これを足掛かりに滝の前に立てるのか。……でも、そこに立ったところで何になるっていうんだ?
最初にティアーがひとつ、ふたつと石の上に跳ぶ。次に俺が同じように石の上に跳び移ると、ヴァニッシュはちょっと遅れて俺と同じ石に立つ。岩はそこそこ大きいので、俺と狼のヴァニッシュが同じ岩に立ったところでまだ余裕がある。
ティアーがさらにひとつ先の岩に移り、俺、ヴァニッシュと同じようにすると、最後に川岸の豊が岩へ跳んだ。そんな動作の繰り返しで十メートルほど進むと、ティアーが立ちどまる。ティアーが立つのは他の岩よりやや大きいので、俺とヴァニッシュもその上に移る。
すると、目の前で滝の流れが割れ、ひとりぶんの幅の裂け目ができた。滝の内部も同じように岩の足場が用意されているのだろう。しかしそのひとつ目に居座る影があり、せっかくの通り道を塞いでいた。
「なーに、どうしたのムシュフシュ!」
見知った風にティアーが呼び掛けるその影は、奇妙な生き物だった。四本足の獣なのだが、前足が獅子で後足は鳥のようなかぎ爪。二本の角が生えた頭から胴体までがうろこに覆われている。そして、しっぽはさそりのように尖っている。うろこは青、毛は赤、肌は茶色と――なんていうか、色々な獣を混ぜたような、でたらめな外見。
ムシュフシュと呼ばれたその獣は、金色の瞳に威圧を込めてこちらを睨んでいる……いや、俺とは目が合わない。隣のティアーも、そうだろう。目線の高さが同じ、ヴァニッシュを一心に睨みつけている。
ついに、ヴァニッシュはもと来た岩の道を跳ねて、川岸に戻るとそこに体を落ち着けた。滝の中からヴァニッシュの行動の全ては見えないだろうが、何か満足したらしく、ムシュフシュは道を開けた。
滝の内側に入ってしばらく進む。洞窟草と呼ばれるというほのかな光を放つ草が足元に転々と生えていて、光源はそれしかなく薄暗い。
広く天井の高い洞窟のような空間に出ると、ある意味今日までの生涯で一、二を争う恐怖の光景がそこにあった。
「お、うわさ通りに来たじゃないか。ソースだぞ!」
そんな声を皮切りに、それぞれ談笑していた魔物達が一斉に俺達に注目し、気楽に野次を飛ばしてくる。
洞窟内には、おおよそ人に近い姿をした魔物達が数えきれない人数詰め寄せていた。親しい同士なのか数人単位で集まって、薬草を噛んだり木の器に注いだ液体で乾杯をしている。要するにそれは宴会のような風景で、魔物達は見ていてうらやましくなるくらいに楽しげでくつろぎきっていた。
「この状況、何なんだ? 俺、ここにいて平気なのか?」
「ここは昔っから、災害の時の避難場所なんだよ。エメラードの森をしっちゃかめっちゃかにしちゃった竜巻があった時も、ここは安全だったって伝わってる。だからこの辺の魔物は嵐になるとここに避難するんだけど、せっかく集まってるんだからっていっつも馬鹿騒ぎしてるの」
「とりあえず、心配はないだろ。ソースが欲しい奴だっているだろうけど、フェニックスの腹ん中で事を起こすような馬鹿はいないだろうし」
心配ないと言われても、ソースというのは多くの魔物にとってご馳走みたいなものだと聞かされている。魔物の大群に囲まれているという状況は、俺にとっては全くもって居心地が悪い。




