9話‐5 森の生霊
こうして人づてにティアーのことを聞いていると、俺の知らない彼女の側面の方が遥かに多いのだと思い知らされる。ティアーに限らず、みんなが裏で俺…… ソースのためにあれこれ動いていたんだ。俺はソースにまつわる因縁の中心にいるらしいけれど、それに関わる全ての者の中で、俺は誰よりも無知なんだと痛感する。
「ぼくがアッキ―に選ばれたのは偶然じゃなくって、エメラードに来たティアーが、アッキ―と知り合った時にぼくのことを話したからなんだよ」
確かに、ありえない偶然だとは思った。人間の島からエメラードに渡る者ってだけでも砂漠の砂一粒並みの確率だろうに、それがたまたま過去の知り合いだったなんてもはや天文学的な数字になるだろう。
いざ自分のことを話そうとすると、透は空へ視線を固めたままで、こちらを向こうとしない。これまで笑顔をまじえていたのとも違い、ぼんやりと、とつとつと話し始めた。
「ぼくの、ゴーレムの体がどうやって作られるのかは詳しく聞かない方がいいと思うんだ。想像したら気持ち悪くって吐いちゃうかも。それだけおぞましいものなんだ。おおざっぱに言うと、ここの地脈から魔力を。肉体の健康な部分はおとうさんからもらって、 身体の中の石版――本当は石じゃないんだけどね、何で出来てるかはちょっと言えないな――そこに、ぼくの魂の式をそっくり刻むんだ。これが一番難しいんだよ。普通、 魔術に魂の式を利用するのにも、ごく一部がわかればいいんだけど。少しのズレもなくそっくりそのまま刻まないといけないんだから」
前にセレナートの水源まで転送する魔術式を使ったが、あれはセレナートの式のごく一部でしかなかったんだな。
「魔力に記憶が、肉体に感情が宿るって知ってる? つまりぼくには、ローナの記憶と、おとうさんの気持ちと、それぞれほんの一部だけど受け継いでるんだ。ローナはこの地脈の一部だからね。
彼女の記憶からぼくがそう思っただけだから、確かじゃないんだけど……ローナはきっと、自分のためにアッキ―に笛を捨てて欲しくはなかったんだよ。自分のこと忘れてくれてかまわないから、自由の身でいて欲しかった。だから、わずかに残った意思をローナは歌うことに全て捧げたんだ。せめて、アッキ―がローナのために捨てた笛の分を埋められたらって」
……透の憶測を得て、俺もわかったような気がした。夫婦の関係をしがらみのようなものと言ったアッキーは、しがらみでも何でもいい、とにかくローナに縛られていたかったんじゃないかって。ローナが彼を想うのと同じだけ、アッキーも彼女を愛しているから。彼自身は自分が勝手に押し付けたのだと言うけれど、そんな彼らはやはり対等の夫婦だった。
「人間の子供だったぼくは意気地なしで、ローナみたいには考えられなかった。本当は自分の見える範囲の人全てが、うらやましくって仕方がなかった。平気なふりして笑っていたけど、心の中ではみんながねたましかった。ゆうの様に憧れながら、ぼくは彼女や、ティネス様のように強くなかった。
ぼくが生まれてこなければ……ぼくさえいなかったらおにいちゃんは、今でも両親と三人で、仲良く暮らせたいたはずなのにって思うけど……ぼくの中のおとうさんの気持ちは、それを否定してる。ぼくもおにいちゃんも平等に愛しているから。どちらも生かしてあげたいから、ぼくのために死ねるんだって。おにいちゃんからしたらきっと、生まれた時から手のかかるぼくが両親を独占していて、平等でもなんでもないって思っただろうにね」
「あのさ……俺の知ってる、渡にいちゃんのこと。透にとっていい知らせなのか悪い知らせなのか、俺にはわからないけど。透が聞きたいっていうなら話すよ」
「どんなことだって聞くよ。ぼくは、自分の罪深さから目をそらさない。そう決めてるから」
透が結論から話すというのがそもそも珍しいから、よほど固い決意なんだろうなと思う。
「渡にいちゃん、おととし、結婚したんだ。親もいないし、高校行けないで働いてたんだけど、付き合ってた恋人を妊娠させちゃったから。その子供ももう生まれたって。俺は渡にいちゃんにとっても透にとっても数少ない友達だったから特別に報告したいって、手紙をくれたんだ。それで、子供の名前……男の子だったから、透、にしたって書いてあった」
「……なんだか、不吉じゃない? 大人になれなかった弟の名前をつけちゃうなんて」
「だからだよ。おまえの分も長生きして欲しいって。それで、透の命を助けるためなら何でも出来た両親みたいに、いざって時は自分がその子を命をかけても守りぬくって。
渡にいちゃんも、両親の想いが自分にも透にも平等だって知ってたんだと思う。だから透のこと、これっぽっちも恨んでない……だけど。透にも両親にも、もう未練はない。ひとりぼっちになっても前を向いて頑張って、自分の幸せを手に入れたから……」
決定的に残酷な言葉を、吐いた。透の覚悟を信じることにしたから。
「……ぼくも。人間の体じゃなくなったのもエメラードに来たのも、そんなに不幸だと思ってないんだよ。だって、アッキ―もローナも、ミクちゃんも。ぼくを必要としてくれるから。……パンって平均寿命が三百年くらいだから、アッキ―は生きてもあと五十年くらいだなって言ってる。彼が死んだ後は、ぼくがこの場所も、ローナも守らなくちゃいけない。それって、ここでぼくに家族ができたのと同じだよね。
だけど……ぼくの、この体は。嬉しくっても悲しくっても、涙も流せない。おにいちゃんに、ごめんね、って。それと、おめでとう、って伝えたくても。エメラードの地脈を流れる魔力でぼくの体は動いているから、この島から出られない。……どうすることも、出来ないんだよね……」
ティアーが、包帯をしていない方の手を高く振っている。傍らには、右肩に猪らしき肉塊を抱え、左手に人の頭ほどの大きさをした虫をぶら下げている豊が並んで歩いてきた。
「たっだいまー」
「おーっす」
「豊じゃん。どうした?」
「ライトはベルのお守りに帰ってきたから、代わりに俺が来たんだよ。ヴァニッシュは珍しく用があるとかで消えちゃってさ」
明るい内から出歩いているせいか、豊はちょっとふてくされているように見える。
「てーかその虫、食うのか……?」
俺はかたくなにお断りしているが、ライトを始めエメラードの魔物達はおやつ気分に小さな虫をかじっていることがある。すっかり見慣れた日常の景色であっても、こんな大きさの虫を食べる絵面を想像しただけでぞっとする。先日のディーヴやナウルのことも思い出されて鬱々ともしてくる。
「アッキ―が、治した腕の栄養になるから食べなさい、って言うんだもん。あたしもこればっかりはそんな好きになれない味なんだけど」
「ティアーが食の好き嫌いって珍しいな」
「俺も、こいつだけはうまいとは思えないな……」
「豊も食ったことあるんだ」
「ベルが試しに食ってみろってしつこくてさ。要するに、アンデッド種限定の薬効みたいなものがあるんだと」
「へー……透、どうした?」
何だか、透がやけに大人しい。誰に対してか、何やら探るような表情で俺達の様子をうかがっている。
「……君が、ユイノくん?」
「ああ、そうだけど。前に会っただろ」
「あの時はそれどころじゃなかったから我慢したんだけど、個人的に聞きたいことがあって」
「別にかまわないけど、何の用だよ」
「今は、いいや……この場で言えそうなことじゃないし」
「敦〜。あたし達、ちょっとそこまでお散歩してこよ!」
「あー、わかった」
気を利かせたのだろう、ティアーが有無を言わせぬ勢いで俺を引き立てる。透が豊に聞きたいことがあるっていう、その事情を知っていそうな雰囲気だったので、俺は彼女に任せることにした。
とりあえず、豊と透の姿が見えない場所まで歩くと、ティアーは俺に向き合い歯を見せて笑う。石の上に腰を下ろす。
「お散歩っていっても、こんな岩場じゃ敦は疲れるでしょ」
「まぁね。そっちこそ、本当にもうその腕は平気なのか?」
「へへー……あたしも、だてに一度死んでないんだよ。腕のひとつくらい、こうして生きていられるありがたさを思えばなんでもないよ」
そう言いながら、彼女は笑う。さすがにその表情からは疲れが隠せなかった。
「俺、せっかく強い力を持っていても、何の役にも立ててないよな」
「敦にはまだまだい〜っぱい時間があるんだから、焦ることないよ。今すぐ何もかもしようっていうんじゃなくて、少しずつ出来るようになればいいじゃない」
透がそうだったように、人間の体は魔物みたいに強くない。若いからって時間がたっぷりあるなんて言い切れるだろうか。
けれど、ティアーが俺を元気づけようと懸命に励ましてくれるのが嬉しかったから、
「とりあえずは守られて、少しずつ成長していくって、まるで赤ん坊みたいだな」
昔よりは大人になったつもりでいても、俺はいつまでも未熟者だ。努力するべきことなんて、きっとこれからも一生を終えるまで尽きないだろう。
それに、数百年や千年と生きられる魔物達からすれば、たった十六年弱しか生きていない俺なんか、それこそ赤ん坊と大差ないんだろうと思った。
9話終了。10話に続きます。




