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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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9話‐3 森の生霊

「遠路はるばるご苦労さん」

 おそらく先ほど透がしたのと似たような仕掛けでもあるのだろう。彼のために出口を作ったような動きでツタの群れがかき分けられ、けだるい表情の男が出てきた。用をなしたのだろう、やはり自動的にツタは元の形に戻る。


 男は、これまたわかりやすく魔物の様相をしている。ぼさぼさのこげ茶の髪で隠しようがない、大きな二本の角が頭に立っている。服の類は身につけておらず、髪色とお揃いの毛が下半身を覆っている。角と足の形を見るに……なんとなくだけど、羊男って感じだろうか。

 表情からはやる気というものが感じられないが、瞳は魔力があらわれているのだろうとわかる金色で、その美しさが何となくアンバランスだと思う。


「オレの名はアッキ―。パンという、まぁ魔物としちゃあこれといって売りのない弱種族さ」

 話しながら、アッキ―は口の端で何かの葉っぱを噛んでいる。ライトもたまにやっているが、人間でいうところのたばこのような嗜好品らしい。たばこと違って体に害はないそうだけど。

「嘘つけ。特徴ないってこたぁないだろ」

「そこんところを言及したところでオレとはもう無関係だと思ってな」


 アッキ―は俺と背丈も大差なく、きっと小柄な種族なんだろうと思う。ライトも体格差を気にかけているのか、時折あらわれる話しながら相手の体を叩く癖が――俺もたまにばしばしと背中を叩かれて思わず咳込むことがあって困っている。ライトに心を許している気配のあるベルでさえ、そうされる時はさすがにご立腹で、巨人の体を抱え上げて投げ飛ばしてみせたりする――小指で肩をつつく程度に控えられていた。

「あ、俺の名は敦。ティアーの様子はどうですか」

 慌ててこちらからも名乗ってみるが、焦ったからか思わず相手の自己紹介に倣ってしまう。あまり人間らしくない名乗り方に、相手が気にしているわけがないと思いつつ何となく恥ずかしい。


「そのティアーからオマエのことは聞いてるよ。ティアーの方は、まぁ……心配するな、とは言わないが」

「ひどいんですか!?」

「オレはアンデッド種の研究をしてるとはいえ、ワ―・ウルフの修復ってのは厄介でな。トールみたいに完全に死んでるんならゴーレム絡みの魔術でなんとでもなるんだが。とはいえ、容態を見るに明日には元気に帰れるんじゃないかね。とりあえず、顔見ておくかい? ちょうど寝かしつけたところなんで静かにな」

 アッキ―がツタに片手を触れると、人ひとりが通れそうな隙間が開かれた。


 促されるままツタの内に入ると、かすかに声が聞こえた。いや、声というより……歌だ。歌詞はなく鼻歌のようなものだが、メロディらしき規則性は感じられる。

 ツタで囲われているので筒の中にでもいるような感覚の、こじんまりとした空間――俺達の暮らすツリーハウスの小屋の中よりやや広く感じる。発光するツタのおかげでほのかに明るい――その真ん中に、こちらに背を向けた女性が座っている。艶のないくすんだ灰色をした、腰までの長さのロングへアー。身体のラインが見えにくい、ローブのようなベージュのワンピースをまとっている。

 横たわるティアーの体も見えているので、おそらく膝枕をしているのだろう。ティアーは眠っているのだから、歌っているのは彼女のはずだ。


 音を立てないように慎重に歩き、彼女達の前へ回り込む。ティアーはおろか、女性にも反応はない。そも、彼女とは目が合わなかった。

 どこも見ていないような茶色の瞳、笑みの形こそしているもののしまりのない口からは細くよだれを垂らしている。目が大きめだからか美人というよりは愛敬のある顔立ちをしている。

 数日ぶりに見るティアーの姿からは疲れが感じられ、やるせない思いが込み上げてくる。たった数日でやや肉が落ちたようにやつれて見えた。ティアーが失っ たのは右腕だったようで、二の腕から包帯でぐるぐる巻きにされていた。横に投げ出した左手は、透が言っていたように何かを握りしめている。


「察しているようだが、彼女に挨拶はいらないよ」

 すでに存在しない入り口から動かないまま、アッキ―が告げる。


「彼女の名はローナ。オレの奥さんだ」

「魔物にも結婚ってあるんだ」

「いんや。人づてに聞いたもんだから実感はないんだが、結婚ていうのは夫婦関係にあったら他の人間と子作りはしちゃいけないとか、子供がいると援助金が貰えるとか、そういう取り決めのためにあるものなんだろ? 魔物にはそういったしがらみはないから、結婚も夫婦もないよ。子孫というのは機会さえあればいく らでも残しておいた方がいい。世の中何が起こるかわからんからな」

「しがらみ、かー……」

 誰かを好きになって、その人と家庭を持ちたいっていうのはしがらみなんだろうか。もちろん、世の中幸せな結婚ばかりじゃないってくらい、俺にだってわかってはいるんだけど……。


「つまり、ライトから人間のそういう習慣を聞かされて、オレが勝手にそう触れまわってるだけなのさ。ローナが反論しないのをいいことにな」

「反論しない?」

 反論どころか、ローナの様子からは、たとえ何をされても反応さえ返さない予感がある。


「かつてオレと彼女が愛し合っていたのは本当だけどな、今の彼女には心もなければ反応もない。もう百年になったかな、頭を別の生き物に乗っ取られているんだ。ブロッブって生き物のこと、聞かされたかい」

「いいや」

「液状の体をした魔物なんだが、見かけによらず無駄に頭が良くってな。肉体を食らうやつ、鼻から入り込んで脳みそを占拠するやつと色々いるんだ。ローナは後者だ。このタイプは宿主が死なない程度に脳みそをかじって、肉体を乗っ取るのさ。後は寿命がくるまで生かさず殺さずってことだ」


「それじゃあもう、ローナさんはいないようなものなんじゃないか」

 すでに体を動かす自由も、思考する自由もブロッブとやらに奪われているのなら。彼女の名残は外見だけだし、かつてはこんな活力のない表情ではなかっただろう。


「そうだな。この体は抜けがら同然で、オレの愛した彼女はもうどこにもいないのかもしれない」

 あっけらかんとした調子で、アッキ―は答える。


「でも、あきらめきれないんだよなぁ。脳の形は大部分が残っているもんだから、何とか修復出来ないものか。そう思って、魔物、人間、思いつく限りの色んな生き物の肉体構造について調べてきた。そんで、行き着いた先がアンデッド種の研究だった」

 俺達が話している最中も、ローナの歌声は止むことがない。リズムも声の大きさも変わらない、まるで壊れて止まらなくたった音楽プレイヤーのようだった。


「ヴァンパイアやワ―・ウルフは、一旦死んだ肉体が何らかの働きで蘇る。心も体も自由のまま。この仕組みを解明すれば、死者、あるいは死にかけの生物を蘇生か修復が出来るかもしれない。研究の内容柄、まぁ倫理的にどうよ、ってことにも手を出してきた。トールはその研究成果の、現状では終着点みたいなもんだ。目標に掲げていた、死人の完全再生を成し遂げたんだからな」

「でも、死んだ人間がそう簡単に蘇ったら大変なことになると思うんだけど」


 人間は、いつか必ず死ぬ。長く生きてもせいぜいが百年。魔物の寿命は長短が種族によってバラバラで、一年しか生きない種族もいればライトのように千年生きる種族もいるのだという。

 別れは悲しいに決まっているが、死はひとつの区切りだ。衰えていく体を抱えて永遠に生きることなど出来ないし。仮に出来たとしてもそんなにも弱って生き長らえる。あるいは自分の見知った人々に置き去りにされて自分だけ生き延びるのは、幸せなことといえるのだろうか。


 ……なんて理屈は、全ての生き物に時間が平等だったら、という前提だけどな……誰もが健康で、不慮の事故にも遭わず、寿命が尽きるまで元気に幸せに生きられるのだったら。


「もちろん、簡単にはいかないさ」

 アッキ―は、出会いからここまでに一切の淀みなく話してきた。非道な行いだと言いながらも、確かな信念がそこにあるのだろう。愛する人を取り戻すための努力に後悔はないという。

「ひとつの命の死を覆すためには、同等の命を代替に差し出す必要がある。生者と死者の命を取り換えるってわけだ。実験材料が尽きると、俺は人間の島へと出向く。幸い、この体のつくりなら衣服で隠せる。人間は魔物よりも死に対しての感情処理に脆いところがあるようでな。自分を犠牲にしても誰かを蘇らせたいと思っているのはそこいら中にいるのさ。トールの両親もそうだった。彼らにゴーレム化の技術について話したら、何の迷いもなく、自分達の命で息子を蘇らせてやってくれと懇願されたよ」


 かと言って、かつて親密にしてきた人達がその所行の犠牲になって、はいそうですかと納得出来るはずもなかった。

「あーつーしーさーまっ」

 唐突に、言葉通り目の前にサクルドの顔があった。常より若干大げさに、はしゃいだような笑顔を見せて。


 感情を乱してはいけません。彼にどのようなルーツがあったとしても、アッキ―のおかげでティアーが助かったことは事実なのだから。

 その実、笑顔の裏では俺にしか届かない叱責を送りつけてくる。


「おや、君は?」

「はじめまして、アッキ―。わたしはサクルド。敦さまにお仕えしております」

「へえ、そうなの。よろしく」

 アッキ―はどうでもよさそうにやり取りをしながら緩慢に動き、ローナの前でしゃがみこんだ。かつて……いや今だって、恋仲だった男が目の前にいても、彼女の瞳はアッキ―を映さない。透明なガラス玉を通り抜けるように、ローナの目は誰も見ていなかった。

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