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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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1話-2 人間の島フェナサイト

「よぉ高泉。ごきげんじゃないか。例のくらげさんと進展でもあったか?」

「……よく言うよ、見てたくせに」

 教室に入ると待ち構えていたかのように、市野 学(しの まなぶ)が話し掛けてくる。

 俺が今日、こいつの顔を見たのはここがお初じゃない。涙さんに手を引かれて校門をくぐった時、窓際の自分の席に座りこっちを見ている市野と、ばっちり目が合ってしまったのだ。その時から嫌な予感はあったのだが、案の定こうなったか。


 市野は学年トップの優等生ながら、他人の噂話を集めるのが何よりの楽しみという迷惑な奴だ。そのおかげでどんな人間とも簡単に打ち溶けて親しく話せるため、成績一位の優等生にありがちなレッテル貼りややっかみとは無縁で、人望もある。

 目に障害があるとかで、市野はいつも紫外線カットだか何だかの特殊なコーティングをされた黒いゴーグルをかけている。


 誰に話したわけでもないが、俺が自分の姉を通して知り合った女の先輩に想いを寄せているのはこいつにはバレバレなようで、最近はこうして絡まれる機会が多くなった。嫌いなわけではなくとも少々うっとおしい。

「おまえにゃ関係ないだろー。てかそのくらげさんってのいいかげんやめれ」

「事実だろ、海月先輩なんだから」

 俺は言われるまで知らなかったのだが、海と月ではくらげとも読むらしい。知るまでは綺麗な字面だなぁと思ったものだが、涙さんに訊いてみたところ、やはり「くらげだくらげー」などとアホに絡まれる要因になったらしい。涙という名前も変わっているし、さらに名字は海月ときたか。少し同情したくなってくるが、本人がこれっぽっちも気にしていないのに哀れみをかけるなんて最低に無駄な行為なので気にしないことにした。


 くらげといえば、俺は小学生くらいの頃、何を勘違いしたのかくらげ好きを公言してはばからなかったらしい。当時は山間の地域に住んでいたため海を知らず、水族館の水槽の中で光に照らされて、白く透き通りながらゆられている姿が幻想的で美しく見えた。

 考えを改めたのは、漁業の盛んな街に引っ越した時。人が海で泳ぐのにも邪魔、漁の網に入り込んで獲った魚を台無しにするという事実を知ったから。


 そして、海という本来の場所に暮らすくらげは実に醜かったから。ぶよぶよで巨大で茶色い海藻をまといつかせたような色をしていた。それまでの俺の知っていたくらげが美しかったのは、人間の目に都合の良いようにディスプレイされていたからだ。知ってしまえば、冷めるのはまさに一瞬だった。


 このエピソード、なんだか涙さんには話しづらくて、俺はずっとひた隠しにしている。幸いこの街で知っているのは家族だけなので、両親とアネキにも内密にしてくれと頼んである。

 くらげと同じ漢字を持つ彼女に、「俺はくらげなんか嫌いだ」と直に伝えたり知られたりすることは、なんだか象徴的というか、嫌な感じがしたから。


「楽しんでるところに水を差すようだけどさ。知ってるか? くらげさんの噂」

「噂? なみ……海月先輩の?」

 たとえ誰の目にも俺の想いが明らかであったとしても、人前で堂々と「涙さん」と呼ぶのは抵抗があった。小心者と笑わば笑え。


「最近、彼女にゃ色々と噂があってさー。バンドマンっぽい美形と夜の街を歩いてたとか」

「バンドマン? 何を根拠に」

「バンドマンっぽい、って言ってるだろ。見た目の印象からそう言ってるだけだ。背が馬鹿高くて、髪の毛が銀色で、レザーな服を着てるっていう。加えて美形とくりゃあ、素朴な雰囲気のくらげさんと並んで歩いてたら目立つってもんだろ」

 俺が特に気になったのは、「背が高い」の部分だった。心から自慢でないが、俺はあまり背が高くない。具体的な数字は思い出したくもないくらいだ。

 涙さんは女性としては高すぎず低すぎずで、俺よりやや小さいくらい。でも目線の高さはほとんど変わらない。数字としては二センチも違わないかもしれない。


「それと、俺達にとっちゃこっちのが驚きだな。うちのクラスの長矢 豊(ながや ゆたか)と、たまに隠れるように会ってるらしいぞ」

「はぁ? 豊がぁ~?」

 うん、確かにありえない。驚きの噂というしかないな。

 豊は高校で俺がたいてい行動を共にしている友人だ。アネキと涙さんほどべったりした付き合いではないが、側にいて一番過ごしやすい男友達といったところだ。

 豊にはしょっちゅう涙さんの話をしていて、しかしあいつが怪しい反応を見せたことはなかったし。


 俺達一家がこの土地にやって来たのは、俺が中学三年に上がる直前だった。うちの高校は地域の子供がそのまま持ち上がりで入学するパターンがお約束のようなものなので、せっかく高校生になっても見知った顔ばかりで面白味に欠けるなぁなどと呑気にかまえていた。

 新しい顔は各クラスに片手で数え切るくらいしかいない。集団転校生のような状況に置かれた彼らは、早いことクラスに溶けこまなければとあくせく自分の存在をアピールしていた。

 そんな中、この学校で目に入るもの何ひとつ関心がない、といわんばかりの顔をしてひとりでいたのが豊だった。


「ひとりでぼーっとしてて楽しいか?」

 前の席に陣取って話し掛ける俺の方を見るまで、数秒の間があった。

「おまえ、誰?」

「誰も何も。今日は初日だぞ? 話し掛けないと友達にならないじゃん。俺は高泉っていうんだ。おまえこの辺じゃ見ないよな。どこに住んでんの?」

「……高泉?」

「ん?」

 あえてぶしつけに色々と聞いてみたのに、豊は何故だが俺の名前に引っかかりを覚えたようだった。

「いや、何でもない。高校からこっちに越してきたんだ」

 そう言うと、豊はようやく同級生らしい笑顔を見せた。

「よろしくな……高泉」


 豊は低血圧だとかなんとかで、毎朝のように遅刻してくる。ある意味、うちのアネキなんかよりよっぽど進級が危ういかもしれない。

 都合のいいことに、あいつは最も廊下寄りの列、最後尾の席なので、堂々と授業中に教室に入ってくる。そしてほとんどの授業を寝て過ごす。休み時間さえ誰かが話し掛けてやらないとそのまま眠っている。

 今日も今日とて、三時間目の間に教室にやって来た豊は、いつも通り教師に小言を言われて適当に流した後、即行で眠る体勢になっていた。


 気になることは当人に確認しないと、どうにももやもやして心地が悪い。ので、俺は次の休み時間に、涙さんとの噂について訊いてみた。

 奴の性格上、あっさりすっきり噂は噂だと否定してくれることを期待していたのだが、その話を切り出すと見るからに、時が止まっていた。そして、

「……なんだよ、そんな『話しちゃっていいのかな~』みたいな顔。らしくないじゃん」

「そんな顔、してるか?」

「顔に出すぎ。それがらしくないって言ってるんだよ」

 基本的にはへらへらと笑っているが、豊はどちらかというと感情を面に出さない。そんな豊がこんなうろたえた姿を見たのは初めてかもしれない。

「つまり、噂は本当だってことか?」

「――それは」


 長い沈黙を経て、豊が口を開いたその時、思いがけない闖入者がその話をさえぎった。


「なぁんだ、そんなことか」

 聞こえてきたのは、豊の頭の向こう側。割と高い、女の子の声だった。

 うちの高校は全ての部屋の廊下側に、大きな窓がついている。開け放してあったその窓から、見覚えのない女生徒が顔をのぞかせ、俺達の話に割り込んできたのだ。

 窓のさんに胸を休ませ、腕は豊の額にまわり、頭を抱きしめるような形になる。緩やかに波打つような流れの茶色い長髪が豊の頬に当たる。


「安心していいよ、敦君。豊はわたしのものよ。海月さんになんて渡さないんだから」

 唖然としている俺をさらに追い落とすかのような一言。ついでに行動も伴っての言葉だから重みというものが違う。

 柔らかでいてどこか妖しさもある赤みの強い瞳は、しかし嘘をついているようには見えなかった。



「気にするなって言われてもなぁ……とりあえず、どちらさん? しかもなんで俺の名前知ってんのさ」

「そりゃもちろん、豊から聞いたのよ。わたしは三年の綺音 紫(きね ゆかり)。それよりさー、あなたの大好きな海月さん、知らない? 高泉さんがいないとどこにいるかわかりゃしないんだから、もう」

「そっか……じゃあ俺が探してくるよ」

 正直、キネ先輩のよく通る声でこの話題はつらいものがあった。堂々と体でアプローチされている豊なんて、珍しく顔を赤らめている。恥じらっているんだか喜んでいるんだかは知らないし、俺にはどうでもいい。


 それにしても、部活も委員会活動もしていない豊が、どうやってあんな美人の先輩とお近づきになったんだろう。

 そういや涙さんとのことも結局うやむやになっちまったな。まぁいいか。確かに、あんな美人とお付き合いがあるのに、涙さんとどうにかなるとは考えにくいし。


 涙さんがどこにいるかなんて、俺にとっては簡単な問題だ。彼女は高い場所が好きで、「めんどくさい」と嫌がるアネキを引っ張っては、また時には教室に置き去りにしてまで、この屋上まで来るのだということを知っている。

 屋上は要事を除いて閉鎖する学校が多いらしいが、うちの高校はそうしていない。屋上はテニス部の練習場所として活用するため、緑色のネット で全面を覆ってしまっているから、少なくとも最低限の安全は保証出来ている。ネットの手前をさらに金網で囲うという徹底ぶりで、昼休みも熱心なテニス部員が部活外の息抜き代わりにラケットを振っていたりする。


 思った通り、涙さんは屋上にいた。金網の手前、腰かけられる高さの段差に膝立ちになって、街並みを眺めている。

「敦君? どうかした?」

 声をかける前に、涙さんは俺のいる方を振り返った。


「いや、俺じゃないんだけどさ。涙さんと同じ学年のキネさんって人が探してたから」

「ああ、うちのクラスの学級委員長だね。今日までに渡さなきゃいけないプリントがあったんだっけ。すっかり忘れてた」

「キネ先輩って学級委員なんだ」

「うん。あの子だけだったからね、委員長やってもいいなんて言ったのは。えらいよね」

 学級委員長なんて、ますます豊とは縁遠い人種だよなぁ……あー、もういいや。今度こそ余計なこと考えるのはやめちまおう。


「そういやさ、なんで涙さんって、高い場所が好きなんだ?」

「高い場所が好きなんじゃなくてね、ここから見える街が好きなんだよ」

 ほうと安らかなため息を吐きながら、涙さんは視線を眼下の街へ戻す。俺は彼女の隣に立ち、同じように街を見下ろす。

 突出して目立つ建物も、若者を虜にするような繁華街もない。日中は職場や学校にいて、夜、家に帰れば休むだけ。典型的なベッドタウンだ。それでも、転勤族の両親に付き合って、この島――「人間の島フェナサイト」の様々な場所を見てきた自分にとっては、この街の誇れる部分を知っている。


「この街はいかにも、人間の作った四角い建物で張り巡らされているから、好きなんだ。あたしの住んでいた場所とは違って、魔物のにおいはほとんどしないのがいいんだよね」

 やっぱり、この街の良いところといえば、そういうことだよな……田舎と違って人口が多く、集合住宅を多く建てることによって、魔物に対する防衛を高めているのだ。

「魔物、かぁ……」


ここは「人間の島フェ この島に生きる俺達人間は、普段は、魔物についてはあまり口に出さないようにしている。忘れていたい、と言った方がいいかもしれない。

 俺達は食肉にする家畜を飼ったり、銃で獲物を獲ってきたり、はたまた植物を栽培したりして食糧を確保している。つまり知恵を糧に生きているわけで、本能だけで生きる動物より有利なポジションにいると考えられる。


 しかし、魔物はその人間を、さらに上回る存在だ。人間と同等の知能を持ち、本能のままに生きている。ただの獣であれば銃で立ち向かうこともできるが、魔物はそれだけで倒れてはくれない。並の人間では太刀打ちする術はなく、人間は捕食される側に回る。俺達が動物に情けをかけないのと同じように、 彼らは俺達を「餌」以上に意味ある存在とはみていないだろう。

 彼らの存在は、そんな現実を俺達に突き付ける。だから自然と、みんな口をつぐんでしまうんだ。


 幸い、魔物が人間を日常的に捕食していた時代は過ぎ去り、現在は人間と魔物の棲み分けがされている。ここは「人間の島フェナサイト」。魔物達は「森林の島エメラード」と、「都市の島アクアマリン」に住んでいて、長いこと争っているらしい。おかげで人間の島など眼中になく、人間にとっては長く平和が続いて いる。


 今となっては、俺達の日常をおびやかす魔物は例外を除けば「ヴァンパイア」くらいのものだ。彼らはなぜか人間の血、肉、身体を好んでいるということで、この島に隠れ住み、腹が減ったら人間を襲いに来る。この地域にだって何人のヴァンパイアが潜んでいるのかわかったもんじゃないが、把握している限りでは年間で三十人くらいは犠牲になっているはずだ。把握していない行方不明者の何人がヴァンパイアの餌になっているかは、人間側には知る由もない。比較的安全であるはずのこの街でさえこれなのだから、人の目の少ない過疎地なんか推して知るべし、である。


 眼下に広がる街並み、その奥にひっそりとたたずむ小さな木々の群れ。人間は、森の中にはおいそれと立ち入ることができない。古くから、森にはヴァンパイアが住みつくと言われているから。俺達の住む団地の裏は森になっており、俺の部屋からの眺めは緑一色、そら恐ろしいったらありゃしなかったりする。幸いなことに……というのは不幸にも犠牲になった人々に失礼かもしれないが、うちの団地や高校の生徒はここ十年以上、犠牲者を出していなかった。


 休み時間は二十分しかない。もう、次の授業の準備に帰らないと、危ない時間だ。そもそもキネ先輩は、一刻も早く涙さんを連れてきて欲しかったんじゃなかっただろうか。

 キネ先輩には悪いけど、そのあたりはもう俺の中ではどうでもよくなっていた。もう何分も、涙さんが膝立ちをしているので、膝が黒く汚れているんじゃないか。おかしな話だけど、俺はそんな小さなことが何よりも気になっていた。


「あのさ、涙さん」

「ねぇ、敦君」


 俺が切り出そうとしたその時と、涙さんが何か話そうとしたその時。ふたりの名前がちょうど重なって、なんとなく胸が騒いだ。

「なぁに?」

「いや、俺の方はささいなことだから。涙さんからどうぞ」

「うん、ありがとう。あのね……」

 涙さんは立ち上がり、段差に腰かける俺の顔をまっすぐ見下ろす形になる。その顔は、いたく真剣だった。


「『アイラ』とか、『ソース』って言葉、聞き覚えある?」


「え、……ソースって、ハンバーグとかにかけるやつ?」

 それはないだろうと思いつつ、とりあえず言うだけ言ってみる。お互いに、相手の発言に脱力し、小さく笑い合う。俺もばかなことを言ったものだが、涙さんの言うこともよくわからない。

「ちがうよー。でも、知らないんならいいんだ、うんうん。ごめんね、変なことを聞いて。それで、敦君のお話は?」

 そうは言っても、すでに涙さんは立ちあがっているわけだから、俺の懸念など解消している。

「いや、いいんだ。もう終わったことだから。そろそろ戻ろう」


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