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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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6話‐4 森の島エメラード

「さっそくだけど、エリス先生の最初の指導を始めるわ」


 仁王立ちになり、心持ち偉ぶるようにしてエリスは述べた。自分で言っているように、確かに唐突だ。

「頑張ってね、敦。あたしはヴァニッシュと一緒に見てるから」

 にこにこと気楽に笑いながら、ティアーはヴァニッシュの身体を撫でる。ヴァニッシュは警戒役の任が解けていないのだろう、そんなことをされていても表情からは気が抜けない。

 よくわからないけど、せっかくティアーが応援してくれてるんだ。とにかく頑張ろう。


「気合を入れているところを悪いけど、そう大したことじゃないのよ?」

 やれやれ、とまたもため息のエリスだ。

「オルンから頂戴した石ナイフがあるでしょう」

「ああ、この黒い石か」

「そう。その持ち手の紐、全て解いちゃいなさい」

「いいのか? せっかく作ってくれたのに」

「それくらいならライトが元に戻すわ。つべこべ言わずにすみやかになさいっ」

 ついに人差し指で俺の頬をつついてくる。ライトはというと、熊をさばきにまたどこかへ出かけてしまったのでこの場にいない。


 まぁ、戻してくれるというのに抵抗する理由もないので、ナイフの持ち手に巻かれた縄をほどくことにする。あのオルンが作ったにしては結び目が甘く、あっさりとほどけた。そういえば、このナイフはベル達の依頼で用意したと言ってたから、この縄が一度は解かれることがわかっていたのかもしれない。

 縄を取り払ったことで、身ひとつとなった石を眺める。縄で隠れていた部分に、円で囲まれた模様が見て取れた。オルンの小屋で、天井に刻まれていたものと似たような感じだ。もっとも、あれと比べるとだいぶ模様が少なく、大味な印象を受ける。


「魔術式よ」

 エリスは俺の手から石を取り上げると、例の模様を指して言った。

「このナイフは魔術式を織り込んだ、最も単純な形の魔術道具。まぁ、いきなりこんなことを言ってもわからないでしょうから、実演して見せるわ。おいでなさい」

 俺を置いて広場の中央辺りへと歩いていく。俺は黙ってその後を追い、ティアーとヴァニッシュもそれに続く。そうしながらエリスの説明を振り返ってみるが、やはり意味はわからなかった。

 広場の中心は土が円状に削られてへこんでいる。そこへ落ち葉が敷き詰めてあった。

「そのままそこに立っていて。一度しかしないから見逃さないようにね」

 円の対岸へと歩みを進め、エリスは俺達の正面に立つ。


 石の模様のある部分を、エリスは右の手のひらで軽く握る。その腕を前へ突き出すと、その場に膝をつき、盛られた葉を巻き込んで地面へ石ナイフを刺した。

 ぼそぼそと、おそらく人間に理解出来るものではない言語で何か呟いている。その表情は別に特別なところはなく、呼吸をするように自然なものだった。


 一言二言三言、時間にしてほんのひと時。石ナイフを刺した部分から線香のように細い煙が立つと、エリスは石ナイスを握ったまま立ち上がり、背筋を伸ばした。

「ティアー、あとはよろしく」

「うん」

 ティアーは這いつくばり、ひゅうひゅうと頼りない息を吹きかける。そうすることで、火は次々に枯れ葉を侵食していった。


「その石ナイフには、火種を出す魔術式が刻まれているわ。あなたのここでの最初の仕事は、食事の為の火の管理よ」

「てことは、エリスがしたみたいに呪文か何かを覚えなきゃならないのか?」

「いいえ、敦に呪文は必要ない。ただし、魔術式の内容を理解し、記憶する必要はあるわ」

「えーと……それって呪文を覚えるより難しくないか?」

 見た限り、魔術式とやらはいくつかの記号の集合だと思う。俺は、言葉の意味やら単語やら、文字情報の暗記は経験がある。というか、それらは人間の教育の 一環としてあるのだからなじみがあって当たり前だけど、物やら絵やらの形を暗記するなんてせいぜい神経衰弱のような遊びの中の話だ。


「魔術とは本来、神竜族がそうしたように、魔力で世界に干渉する技術。まぁ、かいつまんでいうと手間のかかることを魔力で手早くやってしまおう、ということね。火種なんて手動で済ませるべきなんだから、本来は」

 かいつまんで、から先がないとさっぱりわからない説明になるところだったが、おそらく教え慣れているんだろうエリスはきちんとフォローをしてくれた。

「そして、その魔術を起こす為の手段が魔術式よ。あなた達人間が計算式を用いて答えを導き出すのと、原理は同じ。さて、どういうことかわかるかしら」

 今度は指で示すようなわかりやすいアプローチはなかったが、まさか俺以外に訊いているとは考えられない。時間をかけてじっくり考えてみるが、誰も文句はないようだった。


「魔術は好き放題に起こせるものじゃなく、式を用意した結果として発動するってことか?」

「正解。理解が早くて結構なことだわ」

 すると、改めて石ナイフの魔術をつつきながらエリスは続ける。

「魔術式の構成は紋章と封印。この石ナイフの場合、火の紋章を円で囲って封じている。その封印を呪文で解いてやるから、使用者に都合良く魔術を発動させる ことが出来るというわけ。この封印を用意してやらなかった場合には、火は消えることなく燃え続ける。これが魔術式の基本よ」

「なるほどなるほど……って、それじゃあやっぱり、呪文がないと魔術を使えないんじゃあ……」


「できたー!」

「済ませたぞー!」

 すっかり燃え広がったたき火の前で万歳しているティアーと、店先に並んでいても違和感がないくらいに完璧にさばいた肉塊を抱えて戻ってきたライトの声。歓喜に湧くそれらが重なって、俺は言うべきタイミングを逸してしまう。

「ここはふたりにまかせるわ。敦、ヴァニッシュ、ついて来なさい」

 返事を待たずに、エリスは先を歩いていく。俺が足を踏み出すまでヴァニッシュは微動だにせず、後ろから付き添うように進み始めた。


 疲れた身体に鞭打つような道のりだった。体感だけが基準なので確証はないが、一時間から二時間はかかったのではないだろうか。

 たどり着いたのは、ベル達の家のあった場所よりもさらに開けた場所だった。通っていた学校のグラウンドほどだろうか、三百メートル四方くらいの範囲に渡って、木が生えていない。足首の高さの雑草が密集している、のどかな野原という趣だ。

 とはいえ、あまりのどかとも言っていられない。こんな環境にあるからだろう、数人の魔物達が集まっていた。


 ソースは居所を隠せない、たとえ遠くフェナサイトにいたとしてもその存在感が伝わってくる――そんな話をティアー達から聞かされている。当然、ここにいる彼らも、俺達の接近を知っていたのだろう。全員が、もれなく、こちらに目を向けていた。

「見ろ、ソースが来たよ」

「まだ初日だからな、今が狙い目かもしれんぞ?」

「いいや。エルフはともかく、銀狼までいたら、勝ち目はないよ」

「それもそうか……」

 などと囁きながら、全員きれいにこの場を去ってしまった。ひとまず安心していいのだろうか。


「これを持って、魔術式をよく見なさい」

 石ナイフを渡されて、今一度、刻まれた模様――魔術式を見る。先ほどよりもじっとりと、穴が空くんじゃないかというくらいに凝視した。

「はい、終了。魔術式を隠すように両手で握り、刃先を空へ向けるように構えなさい」

 言われた通りにする。構えろ、と言われたので、心持ち足を広げて仁王立ちになる。


「そのままにして、黙って魔術式を思い浮かべなさい。次に、その式から円を消して――」

 イメージする。円は封印、その中には火の紋章――思い出した模様から、円を消して、改めて火の紋章を……。


 眼前が、一瞬にして染まる――赤だったか白だったか、そのどちらでもあったかもしれない。

 視覚よりも衝撃的だったのは、目や頬が溶けるんじゃないかと思うような熱風だった。

 身体を飛ばされて、尻餅……ではなく、背中から着地していた。内蔵を吐き出してしまいそうな衝撃があったが、幸いなことにその痛みは瞬きの間に感じなくなる。

 これらの現象を俺が自覚したのは、全てが過ぎ去った後だ。地面に仰向けに寝転がり、何が起こったのか思い出そうとして、そういえばこんなことがあったかもしれない……なんて、思っただけで。

 思い出せたからといって自分の身に起きた――いいや、しでかしたことを認められるかといえば別だ。俺は放心し、静かにパニックを起こした頭のまま、青い空を眺めた。


 正気に戻してくれたのは、肩を叩くヴァニッシュの前足。服を通してもわかる、ぷにぷにと柔らかな肉球。申し訳程度に伝わってくる、爪の先が食い込む感触。そして、たったそれだけの接触にも関わらず、胸に込み上げる熱があった。

「どうかしら? 生まれて初めて扱った、魔術の感想は」

「――火種って規模じゃなくないか? これ」

 内心には恐れしかなかったが、言葉にしないことにする。彼女の表情から、言わずとも知れているのも明らかなので。

「オルンがあらかじめ、石に刻んだ魔力は火種程度のものでしかない。エリス達のように、魔力を術として使えない種族には、魔術道具に込められた分だけの効果しか発揮できないのよ」


 余談だけど、と前置きしてエリスは説明する。

 魔術を使えない種族というのは、エリス達エルフや妖精のように、いかなる手段によっても魔力を供給出来ない魔物のことだという。彼らは生まれながらに備えた魔力を核に生きる。その魔力は生体活動によって減少することはないが、日光によって回復することもない。

 正確には、魔術を使えないのではなく、魔術を使えば自身の命を削ることになるのだ。

 魔術道具とは、オルンやライトのように魔力の許容量に恵まれた種族からエリス達のように慎ましく暮らすしかない種族への恵みであり。また、魔力を回復出来るからといって無尽蔵に魔術を放てば命に関わるので、あえて魔術道具に頼る魔物もいる。一旦、魔術道具として形になれば、魔術式を破損しない限りは道具に込めた魔力は失われないものなんだそうだ。


「神竜と魔物の違いは、ひとつ、自ら魔力を作り出せること。もうひとつが、想像だけで世界に影響を与えられることよ。だから魔術式を思い描いただけで術が発動してしまう。魔物の場合、道具に刻むなり地面に描くなりして、魔術式を実体化しなければならない。さらに術の詠唱によって発動の意思を外へ出さなければならないのよ」

 意外と手間がかかっているんだなぁ、などと思いつつ、それを口にする気力もなく。気持ち半分で聞いていた。

「そういうわけで、魔物の扱う魔術式は神竜のそれよりも複雑なのだけど……敦には関係ないことでしょうね。それよりもあなたにとって重要なのは、今、放った火力についてよね?」

 爆発的な火力だった。これまでの説明をまとめれば、オルンの刻んだ魔術式が俺の魔力に反応して、ああなったってことだろう。


「これからあなたが真っ先に習得しなければならないのは、魔力のコントロールよ。制御が出来ていないから魔術と共に、常識外れの魔力が放たれたというだけ。人間にわかりやすいたとえをすれば、蛇口の調節で水の量をコントロールするようなもの。コツさえつかめばなんてことはない」

「……えぇーっと、その」

「自信がない?」

「……うん。正直なところ」

「最初は誰も、そんなものよ。謙虚なのは罪ではないわ。それで、今、この場で諦めるというなら情けない話だけれど」

 諦める気なんかない。このままフェナサイトへ逃げ帰ったところで、待っているのは命の危険に脅える日々なのだから。


 たった今、この時に気がついた。俺はこれからの日々に対する不安と同時に、ある種の自信を、どこかしら抱いていたんだ。ソースの力は得体の知れないものだが、自分自身の中にある力が使いこなせないはずがないと。

 問題は俺自身じゃなかったんだ。この力はいとも簡単に、他者を害する。エメラードの大部分がそうであるように、ここも木が密集していたとしたら、どれだけ恐ろしいことになっただろう。いや、きっとエリスはそれを見越してここへ連れてきた。

 俺が力を制御出来なければ――先ほどのような爆発を起こしてしまったら、敵味方の区別なんてしようがない。だけど、俺にその力の使い方を指導してくれるのは、俺の側にいてくれる仲間なんだ。

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