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オオカミとキツネ

 エメラードに暮らしていると正確な日付なんて知る術はない。せいぜい、船にのって移動する予定があるなら三十日おきの船便を把握してそれに合わせて計画的に準備しておく必要があるってくらいか。




 おそらくだけど、今頃は人間の島じゃあ夏の盛りなんだろう。エメラードは一年中夏だから関係ないけど。




 そんな時期だった。元から予想されていた、ヴァニッシュの寿命……死期が迫っていた。




 元々活発ではなく物静かな男だったけど、それにも増して活気と口数が減退していった。しまいにゃろくに動かなくなって、自重を支えるのすらツリーハウスの大樹に頼るようになって、ぐったりしていた。




 その矢先に、エメラードにやって来たフェイドと名乗る、今のヴァニッシュに負けず劣らず弱りきった男。歩くことさえままならず、用事でフェナサイトに出かけていたベルに背負われてきた。意識を失った状態で。




 どうやらそのフェイドはヴァニッシュにとって因縁浅からぬ関係らしく、ただでさえ残り少ない命を分け与えてでも彼を目覚めさせたい。魔術式を描いてヴァニッシュの魔力をフェイドに譲渡して、フェイドが目覚めたのと代わり、今度はヴァニッシュがもう何日も目覚めなくなった。




「今夜も起きない、か。困ったな……」




 どんな夢を見ているのか、苦しげで悲しげに顰めたヴァニッシュの寝顔を眺めながら、フェイドはぼやいていた。フェイド自身もヴァニッシュに会うために遠路はるばるエメラードを目指したというのに、本人の意識がなかったら意味がないだろう。




「そういうフェイドはもう何日も寝てないけど、いいのか?」


「あと一度寝たら、もう二度と、目が覚めない可能性があるからな……」


「そういうことならまぁ……おっかなくて眠れない、よな」




 夜になると、こうやってふたりきりになる日が多くて、俺は地味に難儀していた。付き合いの浅い相手にこっちからガンガンに話しかけていけるほどコミュニケーションに長けてるわけじゃないから……この時間に起きてるのは俺とベルだけで、フェイドを連れて来たのはベルなんだからもっと相手してくれたらいいのに。




 若干ながら気まずさを感じているのは俺だけで、フェイドはこういう微妙な空気は一切意に介さない性格みたいだ。




「訊いていいのかわかんないけど、結局、フェイドとヴァニッシュってどういう関係なんだ……?」




 ヴァニッシュもフェイドも今にも命尽きそうな状況だし、俺はその瞬間を見られなかったけど、ベルの連れて来た意識不明のフェイドを見たヴァニッシュの動揺は尋常じゃなかったらしい。居合わせた敦から話を聞いたらそう言ってた。






「むかし、むかしのことだった……」


「昔話みたいな言い方だけど、いつくらいの話だ?」


「正確に数えたわけじゃないが、十年ほどだろうか……」


「紛らわしい言い方してんなぁ」


「そうかな? それはすまない……」




 魔物の場合、そういう話し方をされると、今世じゃなく前世の記憶の話って可能性もある。そこのところを最初に確実にしておかないとややこしいからな。




「ヴァニッシュはまだただの狼で、オレは一介の狐でしかなかった。何とはなし、野山を共にして過ごしていた。オレはヴァニッシュの背中に乗り、彼は歩く。正直言って、あの頃は何かと、楽させてもらえていたな……」




 狼の威を借る狐、みたいな、ますますおとぎ話めいた話だ。




「ヴァニッシュに自覚があったのか、オレにはわからないが、オレはその銀色の毛に特別な力があるとは知らなかった。ある時、その銀の力を欲する人間が、ヴァニッシュを眷族にするため彼を殺し、ワー・ウルフに変えた。一緒にいたオレは何の力もないただの狐で、生かしておく意味もない。おそらく、もののついでに殺されたんだろう……」




 なかなかにヘビーな話をしているのに、フェイドはなんでもないことのように淡々と話す。




「先日話したように、オレはヴァニッシュがそれを悔やむ夢を見てきた。それはおそらく、オレを不完全に蘇らせた、ヴァニッシュの持っていた金のかけらによる作用だろう……」




 魔物の世界に伝わる伝承だと、銀狼の持つ銀のかけらは白銀竜スノウ=サーラの加護を。神話時代に金狼が持っていた金のかけらは夢幻竜シェイド=ジオの加護を受けている。夢幻竜はその名の通り、夢を介してこの世の全てを見ることが出来る。フェイドを生かしている金のかけらは夢幻竜のかけらでもあるから、遠く離れた場所にいても夢を通してヴァニッシュの心の内が見えたのかもしれない。




「そんなことがあったのに、フェイドはヴァニッシュを恨んでないのか? ヴァニッシュと一緒にいなければそんな死に方しないで済んだし、金のかけらの副作用で呼吸も常に苦しかったっていうのに」


「ヴァニッシュもそう思っているようだが、オレにはわからないな。手にかけた人間を恨むならまだしも、ヴァニッシュは何も悪くないのに、恨む必要がどこにあるのか……」




「そう言いながら……ヴァニッシュと自分を殺した人間のことだって、別に恨んでなさそうじゃないか……」


「食するでもないのに、無意味に生き物を殺めるのは罪だと思うが。彼に殺され、ヴァニッシュによって蘇生されたことで、オレにもかけがえのない出会いがあったから……」


「前に言ってた、人間の島の仲間か?」


「そうだ。確かに体は不自由だったが、彼らに出会え共に過ごした日々はそれだけで、全て塗り替えてくれる……」


「……そんな風に考えたこと、なかったな……」


「ん……?」




 怪訝な吐息を漏らしながら、フェイドはこっちを見る。金色の、手入れに関心なさそうに伸びてぼさぼさになった前髪のせいで、どんな目をしているのかはよく見えない。




「えーと、すまないが君の名は、なんだっけ……」


「ユイノだけど……」


「ユイノは何か、思うところでもあるのか……」




 いいんだろうか、話して。もう数日以内に死ぬかもしれないって相手に、ただ、自分がすっきりするかもしれないからって理由だけで。しかも、狐だったフェイドを殺したのはヴァンパイアのハンターだったっていうのに。




 後ろめたさを感じながらも、話した。自分をダムピールとしてこの世に出した父親を恨んできたこと。そうなることをずっと恐れてきたのに、今、ヴァンパイアになって生きていること。忌まわしい力だとわかっていても、今はヴァンパイアの力に頼らないと、守りたいものを守れないこと。




「つまり、ユイノはその生まれを呪って生きてきたのに、今現在の仲間に出会えたのはその生まれがあったからこそというわけか……」




「でもそれを素直に、良かったことと認めたら、過去の自分を否定することになる気がするんだ。子供の頃、辛くてたまらなかった気持ちも、父親を恨んでた気持ちも」


「難しいな……」




 おいそれと、そんなこと気にしないで自分と同じように考えてみたらとは言えない。そう言って、フェイドは微かに唸りながら考えを巡らせている。ああ、やっぱりなんか、申し訳ないな。残り限られた余命を、俺程度の縁に使わせるなんて。




「いいよ。フェイドと話しててそういう考えもあるんだって思っただけで、少し楽になった気がする」


「そうか。それなら良かった……」




 フェイドの体は弱りきっていて声もか細いっていうのに、心の方はちっとも衰えてない。素直で、まっすぐで。ぼそぼそ~っとした喋り方の癖に、心の真ん中にすんなり入り込んでくるみたいだった。

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