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「これから」

 ティアーもヴァニッシュも外の明るくなり始めた午前四時過ぎには起きていたそうだけど、俺だけ起きるのが遅くて、森を抜けて町へ出る頃には午前七時をまわっていた。ねぼすけー、おなかへったー、とティアーがぶーたれているけど、こればっかりは向こうに落ち度がないから言い返しようがないな。




 朝食はファミレスのモーニングだった。俺がいなければ森の中で獲った肉等で適当に済ませられる食生活をしているそうだから、これまた俺のための余計な出費みたいなもんだ。しかも、




「俺の分もヴァニッシュが支払ってくれるって、本当にいいのか?」


 高校生ならバイトも出来るけど、俺は中学生だから自分の金はそんなに持ってないのは確かだ。けど、だからって金の面まで世話を受けてていいんだろうか。さすがに申し訳ない気がする。




「……俺の稼ぎは一日あたり八千ほどだから、その範囲なら使って構わない」


「貯金はしない主義か?」


 魔物にはそういう感覚がないのだろうかと思って、軽い気持ちで訊いたんだけど。




「……ティアーが高校に通うために必要な最低限だけ残してあれば、それ以上はいらない」


「あたし達、どっちもあと三年くらいしか生きないだろうから。お金なんかいっぱい残しても無駄になるだけだよ」


「おい、……今、なんつった?」




 あまりにさらりと言うものだから、うっかりしたら聞き逃してしまうところだった。こいつら今、とんでもなく重大なこと言わなかったか? 




「え? お金いっぱい残しても無駄になるって」


「その前だって」


 ティアーはモーニングのメニュー表を睨みながら、読めない文字があるのか真剣な顔でこっちを見てすらいない。ヴァニッシュの関心も俺の疑問より、ティアーが無事に注文まで至れるかの方がよほど気になるらしく目線はそっちにある。




「……ワー・ウルフの平均寿命は、人間に作られてから十年ほどだ。俺もティアーもあと数年で死ぬだろう」


「あたしが七年前、ヴァニッシュが八年前? くらいにワー・ウルフになったから。もちろん、きっちり数えられたわけじゃないから多少ズレるだろうけどね。人間だって、飼ってる犬猫と自分が同じ歳月生きるわけがないって知ってるでしょ? 狼って犬の仲間だから同じような寿命でしかないってだけだよ」


 ふたり共、平然と答えてくる。ファミレスでメニューを眺めてどれにしようかな、なんて駄弁りながら、ついでにぽろっと言ってしまうような「当たり前の事実」なのか? 彼らにとって。






「前に言ってた……俺がティアー達の事情を何にも知らないくせにって、このことだったのか?」


「このこと?」


「ワー・ウルフとしては十年しか生きられないっていうのと。自分を作った人間の命令には、どんなに嫌でも逆らえないってこと……」


「あー……言ったっけ、そんなこと」


「ごめん。ティアーの言った通りだったな」


「こっちだって、ダムピールには苦労が多いって知っててわざと言ったんだもん。今思い出すと酷かったかも。ごめんね」


 少しだけ恥じ入るように笑いながら、そう言って。またメニュー表へ目線を落とす。




 俺とヴァニッシュは一番安い、トーストとゆで卵しかついてないメニュー。ティアーはスクランブルエッグと焼きベーコンとサラダの盛り合わせ。これは、ティアーに箸で料理を食べる練習をさせる都合でこうなった。普段は焼いた肉を手づかみで食ってるばっかりだからな。




「そういやさ……ヴァニッシュの、ヴァンパイアハンターの主人? って奴は今どうしてるんだ?」


 案の定、悪戦苦闘して皿の上に何度もぽろぽろとスクラングルエッグを落としてイライラしているティアーを横目に見つつ、俺はヴァニッシュへ訊ねる。




「……彼はヴァンパイアだけでなく、人間からも多く恨みを買っていた。仕事とは何の関わりもないそうした恨みで刺されて、命を失った」




 因果応報みたいだし、良かったな、と言ってやりたかったけど。どんなに酷い主人だとしても、ヴァニッシュは「ざまあみろ」なんて思いそうにない。苦々しげに、しかし確かに悼む感情もはっきりと、その横顔から見て取れたから。




「ティアーをワー・ウルフにした主人っていうのはどこにいるんだ?」


「言わない。今言ってもどうせすぐ忘れるから、意味ないもん」


「忘れないだろ」


「忘れちゃうんだよ……」


 一生懸命動かしていた手を止めて、箸を皿の上に置いて。酷く悲しそうに目を伏せる。




「今は言わないけど……いつか、言うから」


「わかった。それでいいよ」


「うん……」


 肩を落として、ここまで気落ちした様子のティアーは今まで見たことがなかったから。俺も思わず怯んでしまった。








 ファミレスを出て、街を歩く。本来ここへ来た目的、目当てのヴァンパイアが今、この街にいるのか探るために。




 途中、昼食をとったが歩きながら食べられるものを商店で買って歩みは止めない。今日もヴァニッシュが出勤するから、移動の時間も見積もって十五時になる前に調査は打ち止めってことになっていた。




「ヴァンパイアのにおい、しなかったなぁ。ヴァニッシュはどうだった?」


「……俺も。ティアーと同じだ」


「そっかぁ。豊は?」




 ダムピールは、ヴァンパイアが近くにいれば察知出来る。そうらしいんだけど、俺は実際それを体感したことがないから、「もし近くにいたら自分はどう感じるのか」がわからない。だけど……。




「なんか……気持ち、悪い」


 半日ほど、街を歩いて。最初は何にも感じていなかった。けれど、いつからか、心臓のあたりに違和感を感じ始めて。気のせいかなと思うくらいささやかな、胸のざわつき。それが数時間に渡って続いたせいか、今はちょっと喉奥までせり上がってくるような不快感があった。食べたものを吐いてしまいそうだとか、そこまで酷くはないんだけど……。




「……俺達は、よほど近くにいなければヴァンパイアのにおいは見つけられない。ダムピールの方が感知する範囲が広いのかもしれない」


「この街のどこかにいるかもしれない、ってことかなぁ」


「……まだ、探し始めて一日目だから。森の奥の暮らしにも慣れてないだろうし、豊が体調を崩しただけとも区別がつかない」


「ジャックから聞いておけば良かったかなぁ。ダムピールがヴァンパイアを見つける時って、どんな感じがするのか」


「……俺が今夜、こっちへ戻る前にジャックのところへ寄る。明日は定休日だから夜まで時間が使える」


「はっきりしないまま動き回るの無駄だし、手間でもそうした方がいいよね」




 漠然とした胸のむかつきで俺が返事を出来ないまま、ふたりは冷静に話を進めていた。たとえ相手の姿が見えなくても、対立する魔物を探し当てて追う……そういった行動に慣れていそうだ。ヴァンパイアハンターの経歴があるヴァニッシュならまだわかるけど、ティアーも? 疑問を抱いたので訊いてみると。




「あたし、元は普通の狼だったんだよ? 獲物を探して狩るのなんか、慣れっこに決まってるじゃない」


「ああ、そっちか。魔物とやり合うのに慣れてるわけじゃないんだな」


「人間はどう思ってるか知らないけど、魔物同士で戦う場面なんて限られてるよ。まぁ、これからは違うんだけど」


「これから?」


「それも、また今度ね。豊の用事が終わるまではそっちに集中するからさ……」


 ティアーはそこで、言葉を止めた。気付いたんだろう。この一件が片付いたら、俺はどうなるか。その俺に「これから」を話すことに、意味はあるんだろうか。っていう実情に……。

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