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懺悔の夏

 俺の腕がすっかり治ったのを確認して、ヴァニッシュは計画を進めてくれることになった。学業をはじめ、俺の生活に影響がないようにと言って、夏休みに決行しようと提案された。


 もしも完遂出来たなら、俺も生まれた役目を果たしてこの世から消える手はずだというのに、生活の影響なんか心配する意味があるか? 少し違和感は覚えるが、結局俺はヴァニッシュに頼るしかないわけで、黙って指示に従う。




 計画に必要なのはまず、あいつ……俺の父親と思わしきヴァンパイアの潜伏可能性のある街。その森の奥にある館……魔物達が人間の島で隠れ住むために各地の森に密やかに建設されている「出張所」とやらに泊まりこむこと。その街にいるのではないかというのもあくまで「最新情報を参考にした推測」でしかないし、絶対じゃない。その街へ行ってその日の内にすぐに見つかります、なんて出来すぎた話だってない。




「……あの……、母さん……」




 母親と二人きりの夕食はいつもお互いに無言で、しかし俺は今日だけは意を決して声をかけた。実際に声を出してみて気付いたが、消え入りそうな情けない音しか出てなくて、ありふれたテーブルひとつ挟んだだけの対面の相手にちゃんと届いたかすら不安になる。




 スープ皿の中のシチューを見つめて一心に、しかし緩慢に黙々と口へ運んでいた彼女はいったん手を止めて、かちゃりと音を立ててスプーンを皿の端に置く。なに? と、ぼそりと返事を投げる。聞こえていたみたいだとわかって俺もこっそり、一息つく。




「夏休み……しばらく、友達と一緒に泊まりたいんだ。その……誘われて。友達の、別荘に……」


「……友達」




 感情の見えない、たった一言。そこに皮肉めいたものを感じなくもないのは俺の被害妄想だろうか。つい数か月前まで、俺がつるんでいた「友達」がどういう奴らで、その結果どんなことになったのか。事件に発展したせいで、母親にも随分、迷惑をかけた……。




「その友達というのは……あなたがどういうモノか、知っているの」




 どういう直感でそんな発想に至ったのか、まるでわからないんだけど……。




「俺が何なのかも知ってて……俺を助けてくれる、って」


 正直に、答えた。我ながら後先考えろよって気がするけど、それ以上に。この局面で、嘘をつきたくなかった。もしかしたら、これが最後の会話になるのかもしれないと思ったから。




 彼女はかすれた吐息のように、「そう」と呟いて、


「したいようになさい。私は関知しない」


 淡々と、言葉を紡いだ。













 ヴァニッシュは夕方からの勤務を済ませてから合流するとのことで、初日はティアーと俺だけでそこへ向かう。


 森の奥といっても所詮は市街地に隣接した平地だから、ティアーに道案内されての「出張所」までの道中はそれほど過酷でもなかった。しかし使用頻度の低い小屋でティアー達みたいな魔物が通り抜ける獣道らしきものは出来上がっていないので、何の情報もない人間だけで狙ってそこへ辿り着くのはほぼ無理だろう。




「人間の島の森は、夏場はうるさすぎて苦手だぁ~」


 森っていうと静かなイメージがあったけど、確かに、降り注ぐような蝉の鳴き声が耳障りだ。街の中にいたって夏は多少気になるっていうのに、その発生源に直接入るんだからこうもなる。人間の俺の耳だってそうなんだから、それより遥かに聴力に優れた狼の耳には堪らないんだろう、ティアーは心底嫌そうな顔で舌を出している。




「魔物の島には蝉っていないのか?」


「いないよ。エメラードにもアクアマリンにも……って、アクアマリンにいないのは当たり前か。草一本生えない土で出来てて、どんな生き物だって自然発生しないもん」


 枯れた土地、だとか死んだ地面、なんて、学校の授業でさらっと流し聞きした記憶があるけど。実際にそうなんだな。




 小一時間ほど歩いて到着した。壁と床は太めの、天井は細めの丸太を隙間なく並べて積み上げた小屋だ。




「ここの小屋はライトが作った中でもかなーり古い時期のもので、次に壊れたらもういいやってことで手入れも点検もしてないんだって。使うんなら地震とか気をつけろよって言ってたけど……地震ってなんだっけ?」


「エメラードにゃ火山ってないのか……」


 ついさっきも同じような問答を繰り返したばっかりだが、火山も人間の島特有のものだったらしく、エメラードにはない。地震も全くないわけじゃないにしろ、人間の島でたまにあるような大地震なんかはなく揺れが小さくて、魔物達はあまり気にせず意識にないんだとか。




「大地震……そっか、あれって」


「あれ?」


「なんでもなーい。ひとりごと~」


「その、ライト? とかいう仲間? がどこまで詳しいのか知らないけど。この辺は火山も近くないし今まで大きな地震はなかったって聞くけどな。そもそも、大地震の起こりやすい場所に大きな町は作らないようにしてるはずだし」


 つっても地震の原因も必ず火山だけってわけじゃなし、いくら予測したって大地震が絶対起こらない場所、なんてないらしいけど。




「何にせよ、豊の夏休み? が終わるまで凌げればいいんだから。そういうのが起こらないのを祈るしかないね。地震なんかなくたって崩れる可能性もあるくらいオンボロなんだし~」


「にやにやしながら、嫌なこと言うなよ……」


 そんな死に方したらそれこそ無駄死に、俺の生まれた意味なんか何にもなかったってことになりかねない。それだけは御免だな。


 わざと意地悪を言うような振る舞いといい、喋り方といい。言葉だけならだいぶ、ティアーの目標としていた「人間の、この年頃の女」らしさは板についてきた気がする。






 入口は木の板がはまってて、蝶番で開閉するタイプだった。手前に引いて開けようとしたら、がたっと、錆びた蝶番が外れた。二つのネジ穴の上の方だけもう使い物にならなくなっていた。




「あ~あ。これじゃもう、倒れないようにただ嵌めておくだけって感じ」


「そうだな……まぁ、長期間使うわけじゃないし。夏なら隙間風もそんな気にならないだろ」


「我慢しなきゃだね」




 小屋の中も長年の埃が積もりまくっている。ここには木で組んだバケツくらいしか備えてないとあらかじめ聞いていたので、雑巾だけは持ってきている。この汚れっぷりならモップくらいは欲しかったな。余計な手荷物は増やしたくなかったから仕方ないんだけど。




 近くの水場に行ってバケツに水を汲んで小屋へ戻る。ここの水質は保証出来ないから、ティアー達はともかく俺は飲まない方がいいらしい。ここへ来る前に町の商店で買った水を飲んでいる。どうせ、ヴァンパイア探しで毎日町へ出歩くんだし、その度に軽食も買って持ち込むことになるだろう。






 どうにか完全に日が落ちる前に室内を磨き上げることが出来て、これまた埃っぽい寝袋を外に出て力任せに叩いて埃を払って。疲れ果ててそのまま寝落ちしてしまった。夜中に帰ってきたというヴァニッシュにも気付かないくらい、深く深く寝入っていたらしい。




 森に住んでいると、日が昇ると自然に目が覚めるようになるんだよ。ティアーがそう言っていたけど、初日だからかもしれないが俺はそうはならなかった。元から寝起きが良くないし、日中でも頻繁に眠たくて授業中に寝てしまうことも多かった。




「……日中眠たくなるのは、ダムピールによく見られる特徴だ。ヴァンパイアが夜型の魔物だから」


 俺の知らぬ間に帰宅していたヴァニッシュが起きたらそばにいて、そんな話をしていたら教えてくれた。


 ダムピールっていうのは、ヴァンパイアと人間の血が半々で流れているんだから。その特性を少なくとも半分は受け継いでても不思議じゃない、っていうかそれが自然なんだよな……わかっていてもなんだか少し、気持ちが落ち込む。日中の眠気を揶揄されることも多かったしな……。




 そんな心境が顔に出ていたのか、ヴァニッシュが軽く、俺の頭に手を置いてぽんぽん叩く。ティアーが落ち込んでいる時にそうしている光景は何度か見たが、俺がそうされるのはこれが初めてだ。




「ヴァニッシュは……どうしてここまで、俺に付き合ってくれるんだ?」


 今でこそ、ティアーも俺に対して当たりがきつくなくなったけど。実際、当初の彼女の主張通りではあるんだ。ヴァニッシュが俺の目的に付き合ってくれることに何のメリットもないし、あまつさえこんな風に接してくる俺を、最後は殺さなきゃいけない。そんな約束……出会った頃の俺はただ自分が終わりたいばっかりでヴァニッシュの立場なんかまったく考えられなかったけれど、今は少し冷静になって、そんなことを訊ねていた。




「……俺をワー・ウルフとして作り出したのは、ヴァンパイアハンターとして生きてきた人間だった。銀を持つ俺を見つけてワー・ウルフに変えた目的もその仕事に役立てるためだった」




 ワー・ウルフというのは自分を作った人間の命令には絶対逆らえない生き物らしい。ヴァニッシュの性格からして、相手が世の中の害にしかならないヴァンパイアだとしたって、そんなことを自らしたかったはずがないだろうな……。




「……俺が手にかけたヴァンパイア達の中には、豊のように元はダムピールだった者も少なくなかった。ヴァンパイアになりたくてなったわけではないのに、人間からは怖れられ常にハンターに追われ、最後は俺に殺された。嘆いていたし、俺に対してはもちろんだがそれだけでなく。自分の生まれたこの世界の成り立ちも、ダムピールだからと後ろめたく生きるしかない人間の社会そのものを恨んでいた。誰も、彼も」




 後悔と同時に決意を滲ませて、銀色の瞳が真っ直ぐ俺を見据える




「……豊がこのまま生きていて、いつかそんな運命が待ち受ける可能性もある。そうなりたくない、逃れたいという気持ちがあるのなら、俺には否定できない。望まぬ死を与えてきた俺だからこそ、せめて……死を求める者がいるのなら、それを与えるのは俺の責務だと思うんだ」

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