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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
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3話‐4 現人源泉竜

「敦さまも含め、ソースと呼ばれる存在――それはつまり、内から無限に湧き上がり、決して尽きることのない魔力の源泉。いち生涯に限られた魔力をやりくりしている魔物からすれば、それは脅威的なこと。ソースは原理さえ知っていれば、あらゆる魔術を制限なしで放つことが可能なんです。かつての戦争でソースは、人間側の旗頭として戦いました」


「現代の魔物達は、人間に対して友好的な連中と、それと正反対の感情を持つ連中がいてね。前者はエメラード、後者はアクアマリンへと別れて生活している。 エメラードの連中は、例えば君もそうだけど、現在に生まれ変わって存在するソースが、あのような戦争を起こすなんて考えちゃいない。したとしてもそれが脅威になるとは思わない。あの頃と違って旗頭になれるなんて思っちゃいないからだ。アクアマリンの連中に言わせれば、少しでも魔物側にとって不都合な存在であるのがソースなら排除してしまいたい。人間も、二つの島の対立を知っているだろう? それはこうした、思想の違いが招いていることなんだよ」


「……人間のポテンシャルを危険視する魔物にとっては、人間側に魔物を遥かに超える能力を持って生まれる者がいることは見過ごせない。だから、ソースはアクアマリン側から命を狙われる。俺達はそういう奴らからソースを護衛するために組織立った行動をとっているんだ」


 ――聞いただけで、心ごとげっそりとやせこけてしまいそうな真実だった。神の生まれ変わりだの、継承された力だの、命を狙われる、だの。

 何か言葉にする気力もなく、ただ呆然としている。そんな俺の、まさしく目の前へと位置を移ってきたサクルドが気遣わしげな表情を見せているが、それをありがたがれる心の余裕も今の俺にはない。


「――なんだか、ずいぶん大それたことに聞こえるんだけど。それって俺は、いったいどうしたら」

 ようやく絞り出したのは、そんな、何の指標にもならない言葉。それさえ遮る残酷すぎる現実を、急に立ち上がったヴァニッシュの鬼気迫る様子で俺は察する。


 彼の胸に飛び込んできたのは、黒い狼の姿をしたティアーだった。

 俺の耳には、ハッハッと、ただの獣の息遣いにしか聞こえないのだが、おそらく同じワー・ウルフであるヴァニッシュにはティアーの言葉が通じているのだろう。彼は大げさに頷いたりはしないものの、その表情がどんどん沈痛なものになっていくことから何か深刻な事態が伝えられていることは想像に難くない。

 そうして、諦めるような、労わるような表情を俺に向けて、ヴァニッシュは現状を伝えてくれた。




 思えば、少しでも考えればわかることだった。豊は魔物になって甦ったとはいえ、人間としては死を迎えた。その亡骸のようなものを――足の一部だとか、おびただしい量の血痕だとか――現場に残しているのだから、人間社会にとって大きな騒動を巻き起こすであろうことを。とても人間業ではありえない最期でもあったんだし。

 自分の身に起きたことにいっぱいいっぱいで、そんな目に遭った豊を気遣ってやれなかった自分を俺は恥じた。同時に、今も昨日のダメージで憔悴し、起き上がれない豊を残して、こうして帰路につく自分が情けなかった。


 丸一日越しに見る我が家の扉は、嬉しいような憂鬱になるような、不可思議な感慨を抱かせる。

 単純に、扉の向こうに待っているあいつの反応が目に見えるようで、面倒な気分にさせてくれるだけなんだけど……。

「ただいま……」

 とはいえ、ティアーから一秒でも早く家に入れと念を押されてきたのだから、いつまでも渋っていられない。疲れを隠す余裕もなく、帰宅の挨拶をしつつとぼとぼと玄関へ。


「おかえり。……涙と一緒じゃないの?」

 アネキは居間のソファーを占領し、視線は昼の定番番組を映すテレビへと向けている。横顔だけでも、扱いにくい心情でいることがありありとわかる。不機嫌を隠さないのはいつものことだけど、今のそれは中でも深刻なレベルに分類されるだろう。


「……涙さんなら、家に送ってきたよ。この辺はまだまだ騒がしいだろ?」

「……あっそう。じゃあもう少ししたら警察も引き揚げるって言ってたから、またあんたが迎えに行ってよね。てーか涙ん家、今時電話もないなんておかしいと思わない?」

 涙さんの家、というのは、俺達の通う学校にも届出がしてある、「涙さん」という人間の自宅だ。ジャックさんの縁故を使って住所を借りているのだが、魔物 が人間の島に紛れ込んで生活する上では、秘密裏に政府の介入があってそうした偽装は割と容易であるらしい。魔物の島と人間の島の、不可侵条約にその取り決めがあるそうなのだが、一般人のあずかり知らぬ事実なのでぞっとしない話ではある。


 俺とティアーに訊きたいこと――いや、問い詰めて、吐かせたい言葉があったんだろうけど、俺ひとりを相手にするつもりはないんだろう。

 ふいに顔を向けて、憮然とした表情を正面から俺に見せつけてくる。俺達は、顔を見ただけで姉弟(きょうだい)と一目でわかる程度には似通っているらしい。そう言われるのが嫌だと、アネキは無駄に髪を伸ばし、さらに茶色に染めている。目が悪い癖に眼鏡が嫌いで、体質の問題でやめた方がいいと眼科医に注意を受けているのに無理をしてコンタクトレンズをつけている。そうやって、人一倍他人からの評価を気にするくせに人間嫌いで、一部の人間にしか心を開けない。


「あんた達のせいで、朝早くから警察が家で騒いでて、すっごく迷惑だった」

「……ごめん」

 そんなアネキだから、子供の頃から俺も両親もたいそう面倒ごとに巻き込まれたものだが。今回は俺のことで、洒落で済まないくらいの迷惑をかけてしまった。それは紛れもない事実で、その顔を真正面から直視した時、それを痛感させられた。

 親友と、特別仲がいいわけでもないけど弟とが、夕食の約束をした後に姿をくらまして。弟と一緒にいたはずのクラスメイトが変わり果てた姿で発見された。なんて、心配しないわけがない。心労ですっかり顔色を悪くしているのが見ていてしのびなかった。


「あとさ、しばらくしたら柴木先生が家に来るから」

「柴木先生? 誰だっけ」

「保健室の。柴木先生……てか、隆さん。付き合ってるの、あたしと。だから別にあんたのために来るとかじゃないから」

 柴木先生の顔を思い出す前に、思考停止するような新事実が突きつけられる。保健室の先生といえば、アネキが一年の時、しょっちゅうお世話になったって言ってたっけ。俺は保健室のお世話になったことはなかったから、存在そのものを忘れてたけど。

 何と返したらいいものか思いつかなくて、適当に言葉を濁しながら自室へ引き込んだ。


「どうかしたのか、ティアー」

 彼女を家へ送ったというのも嘘だった。警察を出てすぐ、ティアーは険しい表情を見せ、歩みを止めた。


「サクルド」

「わかりました。……今のわたしに出来ることには限りがありますので、なるべく早く済ませていただけるとありがたいですけど」

 白昼堂々、人間の往来で姿を出すことをためらっているとかで、サクルドは姿を見せない。しかし声だけ聞こえてくるのは、どうやら俺達の中にだけ、直接声を送っているらしい。耳で聞くのとでは感じ方が全く違うから、わかる。


 昨日の、豊のこともあるので、何だか嫌な予感がした。彼女の姿が見えなくなることに。離れてしまうことに。

「心配しなくて大丈夫だよ。マージャ……友達に会いに行くだけだから」

 俺の不安を察してくれたのか、一瞬で明るい笑顔に切り替えて、ティアーは俺の肩に手をやる。本当に? と視線で念を押してみたら、力強く頷いてみせた。


 何だか、色んな意味で空虚な気分で、自分のベッドへ倒れこむ。昨夜はよく眠れたのに、こうしていると疲れの回復が蓄積に追いついていないってことがよくわかる。


 目線だけで部屋を見回すと、目覚まし時計が目に入った。まだ、昼を少し過ぎたくらいだ。なんて長い一日なんだろう……。

 こいつを買ってから、まだひと月も経っていない。そしてその時には、俺も自分の生活がこんなにも急激に日常感を失うことになるなんて、夢にも思ってなかった……。

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