表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
113/150

22話‐1 卒業の証

 もしこの手記が貴女の目に触れたとしても、その時、私はこの世にいないでしょう。セリオールは私に先がないことをすでに見抜いているのです。


 私がここにしたためた数々の言葉は、貴女を追いつめるでしょうか。自分と関わったことで私が寿命を縮めたのではないかと、きっとそう感じてくださるでしょうが、それは事実ではありません。


 私は、私の意思のままに生きました。貴女を取り戻したい、ただそのためだけに歩み、この日を迎えたに過ぎません。そも、運命とはあらかじめ定められたものと教わったのはアクアマリンで出会った魔物達の思想です。


 私がアクアマリンへ渡ったのも。その船上で私達が出会ったのも。貴女と共にありたくてこの力を手にしたのも。何もかも、私や貴女がそう選ぶと決まっていた、一切のみだれのない定まった運命だったのです。


 だから私がこうして死に至ったことで、どうか自分を責めないでください。私の在ったことなど忘れていただいて結構、これからは貴女自身のためだけに、したいがままに生きてください。


 私を思い出して貴女が足を止めるなら、私の生きたただひとつの意味は、夢は。何ら救われることがないのですから。


――春日居 奏(かすがい かなで)




「うわ、ほんとに動いた」

 浮かれた気持ちで右手を広げて差し出してみると、手のひらに乗った木像の小人がぴょいぴょい跳ねてみせる。不思議なことに体重のない彼女はそのまま俺の腕を駆け上がり、肩の上まで辿り着く。


「そりゃあ動くだろうよ。俺の教えた通りにしたんなら」



 俺がエメラードに初めて足を着けたあの日から、もう三年の月日が経過した。当面の目標がマージャとゴブリン族の背負うまじないを解呪することだったので、エメラードやアクアマリンで少しでも多くの情報、魔術知識をかき集めることに精を出す日々だった。さすがに三六五日をそれに捧げるわけもなく、休む時は日がな一日ひたすらのんびり過ごす。人間にとっての娯楽など皆無な場所だから、休日はまさしく寝て曜日の体をなしていた。


 手のひらサイズのガーゴイルもどき、へその位置に埋め込んだのは、キネ先輩を封じた紫水晶の十字架だ。さらに腹の奥に刻んだ魔術式の作用によって、封じられた彼女の意識をガーゴイルに伝達して、このように木像の身体を動かすことに成功した。

 本来は戦闘用であるガーゴイルは、強度を重視して石像を用いるのが普通だという。俺は今回は試作のつもりだったので、石像よりはハードルが低いだろうと木像を試すことにした。完成してみれば、丹念にやすりがけをした小さな木像を撫でた時のわかりやすい温もり。中にいるキネ先輩の人柄には、石像よりはこの暖かみある木像の方がきっとふさわしい。


 ……それなりに大きな成果であるはずなのに、どこか虚しい思いがしてしまうのは、喜びを分かち合える相手が不在だからだろう。

「オルン。豊が戻ってくるまで、キネ先輩のこと預かっててもらえないかな」

「別にかまわんが……キネセンパイ?」

「あ、じゃあ、ユカリとでも呼んでやって」



 自分用の夕食に使う鹿の肉を担ぎ通しの帰り道、すっかり身体が血生臭い。そんなにおいもエメラードでの生活で心身共に染み着いてしまって、今となっては全然気にならない。

 今日は奇妙な意図によって、ツリーハウスにいるのは俺とベルのふたりだけ。マージャはカリンが長年研究を重ねてついに完成させた、石のまじないをおさえつつ余分な魔力を拡散させ身体に負担をかけないという、水晶の眼鏡を受け取りにアクアマリンへ向かった。いつもなら俺もついていくところだけど、どういうわけかベルの所長命令によってエメラードへ残されることになった。


 ライトは十年に一度のフェナサイト巡回へ旅立った。彼が人間の島のあちらこちらの森に建造した魔物達の出張所は、管理人によって大切に使用されてはいるけれど、数年おきにライトによる点検を必要とする。

 ベルの身を案じるライトは、彼女を守る保険としてエリスを傍に残しておく。エルフである彼女を手にかけた時降り懸かる死のまじないを魔物達はおそ れるから、エリスがいればここで無益な争いは起こらないだろうという算段だが……そのエリスはといえば、他ならぬベルのしつこいまでの勧めによって故郷のエルフ界へと一時的に戻された。


 俺達の頼れるリーダーであるベルは、常日頃から実に威圧的である。そんな彼女とのふたり暮らしがしばらく続くかと思うと、正直気が重たくもなる。けれど俺も、エメラードにやって来た当初の無力な子供ではない。彼女からのプレッシャーに向き合ったり受け流したり、そういった対応にもすっかり慣れたもの。


「おかえりなさい。おチビちゃん」

 まぁ、そんな俺の呼称は未だに「おチビちゃん」だったりするわけだが。これで俺も、ようやく豊の身長を追い抜くまでに成長したんだけどなぁ。


「珍しいね。ベルが、明るい内から外に出るなんて」

 木々の並びが空への入り口を開けているような広場に、燦々と降る日光はまだ白い。ただでさえ熱帯の気候、昼の方が長いエメラードにあって、さらに太陽光を苦手とするヴァンパイアが出歩くにはしんどいだろうに。


「アンタとのお付き合いも、そろそろ潮時かと思ってね」

 あえて意地の悪い言い回しをして相手の様子を楽しむのは、彼女にとって最大の楽しみだと聞かされたことがある。いやな人生だなぁと思わずにはいられないが、本人が悲観していない生き様を他人がとやかく言うものではないので追求したりしない。

 わざわざ仲間を遠ざけて俺とふたりきり、ツリーハウスでお留守番。ベルには何かしら目的でもあるのだろうと思っていたが、それはやはり正しかったらしい。


「卒業試験、始めましょ」


「卒業……試験?」


 人間の島で生まれ育った俺には耳慣れた、しかし魔物の島ではあまりに場違いなそのフレーズに、考えなしに口をついたのは単なるオウム返しだった。

「アンタ、ここが仮にも進路指南所を名乗ってること、忘れてたでしょ」

 忘れてたどころかその名称って、俺の記憶が正しければたった一度しか使われなかったのではないだろうか。誰よりも自堕落を好むベルに所長という役職を与えるのと同じく、名称は形骸化して深い意味などないものだと思い込んでいた。


「さ、行くわよ」

 にんまり笑顔のベルが冗談半分、俺に腕をからめてくる。うん、女性と密着してこれほどまで嬉しくないのはそうあるだろうか。しかも人間の島と違って足元が歪な森のでは、こうされてると歩きにくくて利点さえ見つからない。


「卒業試験って何するんだ?」

「おチビちゃんがこっちの世界に来てからというもの、何度か大きな戦いがあったわね? とはいえ、何だかんだでアンタはいつも、誰かしら仲間に助けられてた。自分の腕ひとつで勝ち、頭ひとつで考えて切り抜けてきたわけじゃない。だからこそ今回は、アンタひとりで戦って、強大な敵を倒すのよ」

「敵って」

 その響きの微妙さに、思わずげんなりしてしまう。ロールプレイングゲームやファンタジーじゃあるまいし、自分と対する相手を「敵」と表するなんて子供じみている。誰もみんな、それぞれの意思と価値観を持って生きているだけなのだから。


「だからアンタは甘いってのよ。天竜カンナは明確に、この世界の敵なのよ。彼女は、天空竜エアー=ロイドが残した神器だからね」

「天竜? 竜族ってことか」

 その通り、ベルの満足げなお答えに、敵って部分はともかく強いという点には納得する。竜族なんて自ら積極的に戦いたい相手ではない。言い換えれば間違っても敵にしたくはない……いつぞや戦った石竜の件は、よくぞ生還出来たものだと自分をほめてやりたい。

 俺の拘束を解かないまま、ベルは人差し指をピンと延ばし、木々の隙間からわずかに覗く空を示す。


「カンナの能力は、この空を切り裂き剥ぎ落とす。太陽、月、夜空に輝く星の間には、それらからこの地上を守る見えない壁がある。それがこの、素晴らしく青いお空なわけよ。そのお空を切り裂けばこの世界で人間は生きていけない。魔物だってどうなるかわからない」

 ……そういった記述はアクアマリンの、春日居家代々の手記のどこかで見かけたな。思い出したら同時、天竜カンナという名前とその意味もまた思い浮かぶものがあった。


「何のためにそんな能力を持たされたかってぇと、神器っていうのは神竜が自ら羽を落として創り出した分身みたいなものでしょ? 今のアクアマリン……エルトロンにいた人間どもに惨殺された天空竜の意思は、あったりまえだけど復讐よ。ロイドの無念を晴らすためだけに存在するカンナが覚醒したなら間違いなく、自分の使命を果たそうとするわ。


これまでだってそうだった。放っておいても数十年に一度っくらいの周期で目覚めては暴れてくれるものだから、いっそ利用させてもらおうと思ってね。数年がかり、このエメラードでライトやエリスちゃんの指導を受けてきたソースが、今度はアタシ達だぁれの力も借りず、ソースとしての自分の力ひとつで天竜カンナを倒す。これがアタシのお膳立てする卒業試験よ」

「利用する、ねぇ」

 考えようによっては、世界を滅ぼしかねないカンナ以上に、ソースの力試しのためだけに天竜が甦っては封印し、と繰り返しているベルの方がよほどえげつないように思えるけど。


「倒すっていうか、ソースの卒業試験は、甦った天竜を再度封印することなんだな?」

「違うわよー。あくまで『倒す』のが目的なんだって、本来なら。世界に害悪にしかならない相手なんだから、いっそ楽にしてやればいいのに。


ところがどっこい、ってね。今までのソースのパターンだと、揃いも揃ってカンナの奴に情が移るのよ。封印を解いたばっかのカンナは目覚めたて、生まれたてって感じでさ。要は寝ぼけてるとか、お子さまみたいな思考なのよね。おまけに刷り込み効果で封印を解いたソースになつくなつく」

 その妥協としての、封印。それでもベルの命令にあらがわず、哀れな使命を持った天竜を、最終的にはその絶大な魔力でもって封印してきたのか。だとしたら歴代のソースってやつも随分と無力なことである。


「ほんとのこと言うと、情の移った天竜カンナって相手を、自分を守るために容赦なく倒せるかってとこがこの試験の肝なのよ。ソースが魔物を相手にして生きていくにはそれだけのことが出来て損はないっしょ」

 言ってることはわかるけど、やはり話としては非道にも程がある。釈然としないまま――しかし、ベルには悟られないよう思考しながら、俺は歩みを止めなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ