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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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20話‐2 天上のしずく

 以前、シュゼットが人間の島で不死鳥になった時、彼女はすぐに人の姿へ戻ることは叶わず、丸一日ほど姿をくらました。そのかねあいもあるのだろうか、 シュゼットの炎は、アクアマリンへ近付くにつれて火勢を弱めていくようだった。そうしてここにいて、小柄な彼女の姿が視認出来る頃には、すっかり人の形へ 戻っていた。燃え盛る炎が晴れたかと思えば、中から少女が生まれ出たような、奇妙な光景だった。

 さらに妙なことには、彼女のおなじみの、鳥の赤い羽と黒い羽を重なり合わせたようなあの衣服は、燃えるどころか焦げ目ひとつないきれいな状態でその身にまとわれている。


 フェニックスの巨体が消え失せたことで、その上にあったと思われる人影も確認出来る。朱色の肌、髪の毛が燃えて、羽の形をした炎が背中から生えているらしい。と、いうことはかろうじてわかるが、覚えのない出で立ちなのでそれがシュゼットと道中を共にしているはずの豊なのかは判然としない。

 もし、この状況で俺達のいる場所を目指されたりしたらこの上なく目立つだろうなぁと思ったが、その予想は現実のものとなりそうだった。朝も昼も夕方も大差ない、アクアマリンの味気ない白い空を、つい数秒前まで不釣り合いに鮮やかな炎で彩っていた――まるで、人の形をした太陽のように――少女は漂う。ぐるり、ひと回転してみせてアクアマリンを眺め回してから、ゆっくりともったいつけるように降下し始める。


 そんな彼女をさておき、そそくさとベランダに降り立ったのは、不死鳥の上にいたらしい赤い影。間近で見ると、顔つき体つき共に、それは慣れ親しんだ友人だった。

「あ~、つっかれた」

 お疲れ、と言ってさらに言葉を繋げようとしたところで、刹那。豊は全力とみえる激しい怒りの眼差しを向けてきた。そうされて俺は、十日前のことを思い出す。そういえば、自分の身を省みろと叱責する豊の気持ちを振り払って、俺はエメラードを出立したんだっけ。


 しかしながら、思いっきり気の抜けたため息と共に、豊の怒りの表情は消えてなくなった。同時に燃えていた髪とか常とは違う赤い肌とか、外見もいつもの豊のそれへと変化していく。

「もぉいいや、おまえにゃ何言っても無駄な気がしてきた」

「うっ……さすがにそう突き放されると傷つくぞ……」

「傷つくぐらいでちょうどいいんじゃねぇの? 度々心配かけられる身にもなれっつぅの、まったく」


 俺の騒動のほんの少し前、敵対する相手を退けるために、あわや自分の肉体丸ごと捧げてしまう「封滅の式」まで使おうとした豊も似たようなレベルだと思うが、それは言わないでおく。今回、俺のことで豊に多大な心労をかけたのは事実なのだから。土下座に近い平謝りで謝り倒してようやく許してもら えたところで、そんな俺達のやりとりがひと段落するのを待っていた梓が声を上げる。


「なぁなぁ、ユイノってサラマンダーなのか? 人間の格好にもなれるってことは、ユイノも混血か?」

 うずうず、好奇心に目を輝かせ声も弾ませる梓。俺との初対面とは別人のような反応の違いだ。対する豊の反応は怪訝なものだ。

「サラマンダーなんてたいそうなもんじゃねえよ。それに、あいつら絶滅危惧種だろう? 俺は、アクアマリンの皆さんに忌み嫌われるヴァンパイアだってーの」

 何だか投げやりというか、少し機嫌が悪いのは、俺のせいか。と考えて思い出す。開口一番「疲れた」と言った豊。夜と昼となく、海を越えてやってきた豊は日光に滅法弱いヴァンパイアだった。単純に消耗しているのかもしれない。


「へぇーっ、ヴァンパイアか! 初めて見たなぁ」

「アクアマリンで嫌われてるって?」

「ヴァンパイアは魔物にとって同胞じゃないんだよ。神話時代にはその存在が確認されてなくて、いつどこで生まれたか知れないし、魔物だって捕食しようとするし。命の保証と引き替えにアクアマリンの同盟に下ったヴァンパイアだっているけど、その扱いはひどいものだよ」

 この中にあっては最も的確に答えてくれそうな気がしたのでカリンに振ってみたが、見事期待通りに淀みなく答えてくれる。


「それって豊、アクアマリンにいて平気なのか?」

「だから、おまえは自分の心配をしろっていうのに。ソースの億単位の首と比べたらヴァンパイアにかかってるものなんかそれこそはした金なんだぞ」

 そろそろ本気で豊に愛想を尽かされてもおかしくないので、いい加減に俺も自重するべきなんだろうと自覚する。


「平気だって、何かあってもオレがみんなを守るんだぞ。ユイノも、敦もな! だって、オレは『アース』なんだから!」

「アースだから?」

 その関連性がわからず首をかしげ、同じような反応を期待して豊を見やる。……豊は、口をぽかんと開けて、しかし目はこわばっていた。支竜アースは、式竜ユイノの封滅の式によって魂だけ封じられた。その状態で転生したことによって生じた、梓の肉体の様々な不都合。それにしては、梓のこの態度は何なんだろう。心から、全身から、豊を歓迎しているじゃないか。


「……支竜アースは、式竜ユイノの一部を切り離して生まれたの。『封滅の式』としての使命に専念しなければならないユイノを守るために。ユイノを含め、源泉竜亡き後のソースに仕える竜族を守り、『支える』こと……それが、支竜アースの使命であり、生きる意味だった」

「そう、だからオレ、ユイノに会える日をずっとずっと楽しみにしてきたんだぞ」

 生気のない声で説明してくれるカリンと、梓はまさに対照的だった。

「そ、そうか……」


 そして豊は、一歩引くようにして、ようやくそれだけ口にした。一瞬だけ梓と目を合わせ、いかにも気まずいというように目を伏せる。きょとん、と、梓は目を丸くする。おそらく「ユイノ」との邂逅は、彼の予想していたような展開ではなかったのだろう。

 ふぅ、と、人に聞こえないよう配慮して小さく息をつく。このままにしておくのはまずい気がする。そして、この流れを変えるのは、どうやらひとりだけ蚊帳の外らしい俺の役目なのだろう。


「そういえば、ふたりにまだ紹介してなかったよな。こいつは豊。長矢、豊っていうんだ。俺の高校の同級生で、ティアーと一緒になって、俺のことをずっと守ってくれてたんだ。俺、意外と心を許して話せるような友達って少ないんだけどさ。こいつはそういう、数少ない、貴重な友達なんだよなぁ」

 幼い表情で俺の言葉に聞き入る梓だったが、何か感じ取ってくれたのか。ふいに、精一杯に落ち着いた顔を繕ってみせる。


「そっかぁ……よろしくな、豊! オレ、春日居梓っていうんだ」

「……よろしく」

 それでもまだ、幾分ぎこちなく豊は応えた。

「あたしは……小笠原、楓。呼び方はカリンでも、どっちでもいいよ。よろしくね」

 カリンもまた、豊と同じような、沈んだ調子だった。


 梓はいいとして、どうにも辛気くさくてよくない雰囲気だなぁ。今度はため息を隠せず、そして、降下していたシュゼットの到着がいくら何でも遅すぎるのを思い出して、空へ目を向ける。


 彼女はすぐ近くまで来ていた。しかし、そこで止まっていた。視線はこちらへやってはいるが――何というか、別人のようだった。いかにも泣き出しそうに顔を歪めて、両の手を胸元でしっかと握り合わせて。これがこの世で最も燃え盛る命を持つはずの、フェニックスの姿なのか。いつも毅然と振る舞い、俺達を助けてくれたシュゼットなのか。

 いたたまれなくなって、彼女に届くようにその名を呼ぶ。シュゼットはゆっくりと目を閉じ、まぶたを持ち上げた時には、普段の彼女を思わせる厳しい顔を作る。……それが即席のものであることは、隠しようがなかったけれど。


 これまでのもったいつけようが嘘のようにすとんと落ちる勢いでベランダに足を着けた彼女は、まっすぐ俺を見てこう言った。

「無事で、良かった……」

 まだ何か言いたげに口がもごもごと動くが、なかなか言葉にならないようだった。

「アーチ、そなたは次の船で、すぐにでもアクアマリンを離れるのだ。人間の島へ、帰りなさい。これが最後の機会だ。今夜を逃したら、そなたもこの島と運命を共にすることになる」

「それはツヴァイクからも聞いたよ、シュゼット。一体何をしようっていうんだ」

「私達は……」

 取り繕った仮面が保てないのだろうか、今度は顔を伏せ、息も途絶えそうに弱々しく彼女は呟く。


「レッド・フェニックスとブルー・フェニックスは、これから、ひとつの炎へ還るのだ」

 場の空気が、硬直する。フェニックスは、いつか滅びる太陽の代わりをするために作られた、不死の炎。今は封じられているその役割を解放するということは。


「それって、疑似太陽になるって、ことなのか? この海域ひとつ吹き飛ぶかもしれないっていう? だったら人間の島へ逃げたって同じことじゃ」

「あれは仮説のひとつに過ぎぬ。高く高く舞い上がって、決して被害は大きくしないよう努める。だが、直下にあるこの島は助かりようがない。儀式はこの島でしか行えない……」

 こちらとしても言いたいことはある。けれど、シュゼットはそれを遮るように、今度は小さくうずくまって膝を抱える。なおも、続ける。


「お願い、アーチ。言う通りにして。私達は、この時をずっとずっと待っていた。この、苦痛でしかない、悠久の停滞を終わらせる日が来ることだけを夢見てきた……苦痛をまぎらわせるために、わざと、心を麻痺させてきたの。その心がようやく、その日が来たと教えてくれたのよ」

 か細い声も、肩書きの割にはあまりに華奢な肩も、小さく震えていた。そんな姿をただ呆然と見下ろすことしか出来ない。


「ティアーと出会ってから……もうずっとずっと、何も感じなくなっていた心が、痛みを覚えたの。短い命しか持たない彼女はそのことに苦悩していた。けれど、だからこそ、その命を全力でまっとうしようとしていた。その限られた時間は強く輝いていた。ティアーは、いつか太陽になって永遠と生きられる私をうらやましいと言っていたわ。そんなこと、ない。太陽のように眩しく輝いていたのは、彼女の方よ」


 ティアーのことをこんな風に言われるのは、胸が痛んだ。俺はティアーの生前、彼女のことを何ひとつ察してやれなかったから、想像するしかないんだけ ど……きっと、限られた時間を精一杯に生きようとしたと思う。シュゼットは俺の知らないティアーの姿、苦悩を知っているのだろうに。


 かつてティアーは、太陽になれたらいいのにと語ったという。太陽になれる、フェニックスのシュゼット。自分より遙かに多くの力と時間を持つ彼女に羨望を抱いたのかもしれない。そんなちっぽけなティアーの生涯に、シュゼットもまた魅入られていたっていうのか……?


「何を言っても無駄だ、シュゼット。この数日、私が説いても、誰ひとり心を動かすことはかなわなかった」


 ツヴァイクは、傷が癒えず足下のおぼつかないマージャに肩を貸してやって来たようだった。へらへらと力の抜けた笑みを無理して浮かべているマージャだが、この数日で消耗しきった体は痛々しい。


 そのようね、とつぶやきながら、自らの半身であるツヴァイクと目を合わせる彼女。その目は疲れきっていて、ふいにベランダの手すりに手をかけ足をかけ、その上に立ち上がる。


「……後のことを、託してもよいだろうか。ユイノ」

「……」

 豊は言葉にしなかったが、至って真剣な面持ちで、ただ一度、頷いた。


 横顔だけ見せるように、ちらり、こちらを振り返るシュゼットは。

「さようなら」

 涙に暮れた瞳は、年相応の少女らしく、優しく儚く痛ましく、微笑んでいた。


 ――いい夢を見てね、敦。

 甦ったのは、さよならさえ言ってくれなかった……言わせてくれなかった、あの夜のティアーの笑顔。


「ツヴァイク!」

 待ってくれ、引き留めようとした声を、俺よりもずっと強い声がかき消した。届くはずもないのに、ベランダの柵に腹を押しつけ、必死で手を伸ばす梓の姿。そんな彼のすぐ横で、シュゼットは足に力を込めて高く跳んだ。


 絶望的な心境でそれを見上げながら。その未練を今だけ強引に断ち切って、ふたりの姿を掲げた手のひらに隠し、俺は魔術壁を展開する。ドーム状をした春日居家と、庭にいるマージャを囲む形で。ひたすら無心に、出来うる限り強力な盾になるように。アクアマリンは助からないと彼らは言った。いくらソースの魔術壁だって、疑似太陽の生まれる瞬間、その衝撃を防ぐことなどかなわないかもしれない。


「目を閉じて、伏せろ!」

 豊が声を張り上げる。カリンはすぐに従ったが、梓は上昇するふたりから目を離せずにいる。たまらず、豊が飛びかかり道連れに倒れ込む。

 魔術壁で衝撃を受けるには、それを支えるイメージがある。俺は体勢を変えず、目を瞑り顔だけを伏せてやり過ごすしかなかった。

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