表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編一章 狼少女の嘘 【Forest dragon Source=Aira】
10/150

3話‐2 現人源泉竜

 ティアーの姿が見えないのは、体を動かすのに不自由しているというジャックさんのために、食材を調達しに出かけているということだった。この時の俺は昨夜の出来事を引きずって胸やけがやまず、とても食事をするような気になれなかったため、彼女には自分の分の食材はいらないと断っておいた。また、ティアーは俺よりも状況を把握していたから、そもそも俺達には悠長に食事をとっている時間の余裕もないことに気が付いていたかもしれない。


 なぜかやけに楽しげに焚き火の火起こしをしているジャックさんを眺めながら、手持ち無沙汰に立っていた俺は、木立の奥、遠目にもよく目立つ人の姿を見かけた。銀髪に陽射しを受けて細かな光を散らしながら、ヴァニッシュが歩いて来る。人間の力じゃ易々とは持ち上げられないだろう大きさの岩を胸に抱いて、平然と歩いてくる。それをジャックさんの向かいに静かに置き、俺を見やる。黙りこくって、しかも向こうから話しかけてくる気配はない。なんなん だ、と思いかけて、


「ひょっとして、俺に?」

「……ティアーが、客としてもてなしたいと言ったから」

 ……今一度、ジャックさんの持つマッチ箱を見せてもらう。何度見ても変わるはずもない、そこに書かれているのは繁華街入り口の飲み屋の名前だ。別に飲み屋に入ったことがあるわけではないので定かじゃないが、そういう店ってヴァニッシュみたいにとことん無愛想で口数の少ない男につとまるものなんだろうか。


 せっかく持ってきてくれたイス代わりなので素直に腰を下ろす。そういえば、太陽の下でヴァニッシュと会ったのはこれが初めてだっけ――なんて、光をまぶした銀髪を見て今さらのように思う。 たとえばアルミホイルのような、黒を混ぜた感じの重い銀色ではなく。ヴァニッシュの銀色は白みがかっていて、単純にきれいだと思った。

 毛が細めなので、髪の量が多い割にはうなじまでの髪型はすっきりと清潔感がある。髪とまったく同じ色をした銀色の瞳は、前髪が短いので目の表情がはっきりと見えてしまう。ただしその解釈が難しい、いつも複雑な表情をしていることに俺はすでに気がついていた。

 思わず見とれてしまい、数秒ほどぼんやり眺めていたら、不審に思われたのかヴァニッシュも俺をじっと見つめてきた。


 感情が見えにくい――と言っても、無感情に見えるわけじゃない。ただ、あいまいなだけで。今の表情で言えば、泣き出しそうにも笑い出しそうにも見えて、表情の動きが乏しいくせにそこには誰よりもたくさんの感情が詰め込まれているような気さえしてくるんだ。

 ついで、というのも何だけど。先ほどティアーが言っていた、ヴァニッシュの耳の有無も確認してみる。頬をさらさらと撫でそうなもみあげが垂れているので わかりにくいが、確かに人間の耳が確認できる。そういえばティアーも髪型で人間の耳がないのをごまかしていたのだから、ヴァニッシュの髪型も多少なりともその対策としての伸ばし方なのかもしれない。


「……ぶしつけなことを、言うようだけど」

 たどたどしく、しかし真剣な面持ちで、ヴァニッシュが口を開いた。

「な、何?」

「……君に、頼みたいことがあるんだ。その、……少し言いにくい頼みごとなんだが」


「大丈夫ですよ、ヴァニッシュ。私の知る限り、まず危険はないはずですから。敦さま、あなたにしか叶えてあげられないお願いなんです。聞いてあげてくださいますか?」

「ああ、別に大変なことじゃないんなら」

「何てことはないはずだよ。ほら、ヴァニッシュ。手を出しなさい」

 ジャックさんにうながされ、ヴァニッシュは遠慮がちに右手を差し出す。どう見ても握手の形にしか見えない動きだったので、俺も右手を出し、ヴァニッシュの手を握る。


 変化は極端ではなく、ゆるやかに起こった。じわじわと、胸の、心臓だろうと思われる部分が熱を帯びたような気がした。つないだ手はおろか、体の他の部分には一切の変化が感じられないのに。


「どうですか、敦さま」

「えーと、なんか、心臓? が、熱いような……」

「……気分が悪いとか、ないか?」

「そんな悪い感じじゃないよ」

 むしろ、頭の中がやけにすっきりしたような。どちらかというと心地よい方に入る感覚だと思う。

「……そうか。ありがとう」

 手を離すと、ヴァニッシュは嬉しそうなそうでもないような、ますます複雑そうな表情を見せた。


「……銀を持って生まれた者は、生まれながらに魔力を退ける能力が授かっている」

「魔物は魔力を糧に生きる生物ですから、ヴァニッシュのように銀の退魔を持つ者は、他の魔物に一切触れることができません。触れた瞬間に、生命維持に必要な魔力があっという間に失われてしまいますから」

 口数の少ないヴァニッシュの説明を、サクルドが引き継ぐ。


 昨晩、ヴァンパイアにとどめをさした銀の矢のこと、ヴァニッシュが倒れた豊に触れなかったことなどを思い出した。

「魔力を持たない人間が、魔物とやりあえる唯一の手段が銀の道具だと聞いたことはないかい?」

「確か、ヴァンパイアを題材にした小説を読んだときに、そんなこと書いてあった気がするけど……現実に銀の武器を持ってる時にヴァンパイアと出くわしたって、普通の人間が勝てるとは思わないです」

「そうそう。その手の仕事をしてるならともかく、普通は体がついていかないねぇ」

 同じ考えでいたらしく、ジャックさんは満足げに笑う。


 その手の仕事というのは、ヴァンパイアの捕獲や退治には懸賞金がかけられていて、それを生業にしている業者がいるらしいと知られている。存在だけは有名だが、だからってその業者がどこにいるかというのを知る一般人はそういない。


「でも、それが俺と何の関係があるんだ?」

 サクルドに話題を振って、話を戻す。

 手のひらに乗るような小さな小さな彼女の体、さらに小さなその顔が、生真面目に引き締められたのを見て、核心に触れようとしているのを察する。

 ごく当たり前に人間の世界に生まれた俺が、一夜にして魔物の世界に巻き込まれてしまったその理由が、きっと、明らかにされるのだろうと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ