異世界後宮物、とは言い難い代物
御年二十二歳でいらっしゃるベラゴニア国の国王、アルジャン・デメシス・ベラゴニアンは五人の側室を持っていた。といおうか、側室は五人迎えなければならないと言う慣例があったから適当に五人迎えた。そこに恋愛感情があるわけがない。アルジャンが目を瞑りながら名前の書かれたカードを引いただけという、とても失礼な選定を行ったとは、側室達には言えない重臣達が墓まで持っていくべき機密事項である。
なにしろアルジャンは普通の男の感性を持っていなかった。ほとんどの男ならむしゃぶりつきたくなるような豊満な肉体の持ち主には興味が無く、だからとスレンダー好みかといえばそうでもない。女嫌いではないし男が好きという国王であるには困った性癖の持ち主でもなかった。とりあえず、彼が興味を引かれる女性は、今のところ一人としていない。それが唯一の事実である。
こんな話がある。数ヶ月前のある日、重臣達がこれはいかんだろうと会議を行った。もちろんアルジャンが参加しているわけがない。何故ならこれは、側室に王の夜這いをさせようという会議だったのだから。コットン男爵家のユリア姫は論外――彼女は敬虔な神の僕であり、愛し合って結ばれたわけでもない男と顔と床を共にするなど言語道断と初夜からサボタージュした。リリー伯爵家のナナリー姫も論外――まだ十歳の彼女にそれを求める方が間違いである。
残るはクローバー男爵家とパンジー伯爵家、ナルキッソス公爵家の三人の姫だが、ナルキッソス公爵家のマリア姫は論外。男よりも女が好きらしく、男のような格好をして侍女を口説いている姿が頻繁に見られる。クローバー男爵家のデヴィ姫は体つきこそ女らしく色っぽいものの気が弱くて夜這いなど不可能。残るはパンジー伯爵家のピンク姫しかない。少しばかり頭がパーだが、鷹(パンジー伯爵)が鳶(ピンク姫)を生むことがあるのだから鳶(ピンク姫)が鷹(有能な王子)を生むこともあるだろう。そう信じよう、信じたい、信じるしかない。
重臣達は決めた。ピンク姫に、その名の通りピンクな行動をしてもらおうではないか。そうだそれが良い。――そして、男ならば朝なるのも仕方ないモーニングショットを狙ってピンク姫は送り込まれた。
朝、アルジャンは布団が重いことで目覚めた。彼は肉体派ではなく椅子に座って本を読む方が好きな質であったため、気配を読むなんて芸当は別の方にお願いしている。一応体力づくりとして武術は仕込まれたものの、そんなものとうに忘れていた。
「一体どう――」
起きあがって布団を剥いだアルジャンはそして、スケスケでやけに布面積の薄い服(?)を身に纏ったピンク姫とご対面した。生理的な欲求であるはずの朝の直立はクタリと垂れた、といおうか萎えた。
その昼、当然ながら重臣達の失望の声が響いた。男として枯れているというよりは終わっていると考えたのは一人や二人ではない。せめて王弟でも王妹でもいればその息子に継がせられただろうに、アルジャンは一人っ子である。国の将来を憂いて泣く老臣も多くいたとかなんとか。国王命令でもう二度とこういうことはするなと言われては、もうこの国の王室に未来はない。どこかに併合してもらおうかという声もあった。まさに終末である。
ところで、コットン男爵家のユリア姫を覚えていらっしゃるだろうか? 彼女は敬虔な神の信徒であり、愛のない結婚なんて嫌よと初夜を逃げた猛者である。それで許されているのはひとえに国王であるアルジャンが女性にも男性にも興味がないおかげである。公務も側室としてのお仕事からも逃亡している癖に国庫の金を使用する許可が下りているというのは危険なこととしか思えないが、どの姫も一癖二癖あるため、その危険なことは今のところ起きそうにない。良かったね。
ところでそのユリア姫だが、遠目には白髪にしか見えない金髪と翠の瞳をした、特に胸部とか臀部周辺の女性らしさを母親の腹の中に忘れてきてしまったスレンダーな女性である。アルジャンは逆に黒目黒髪であるため、横に並べばユリア姫の印象はとても霞むだろうことは間違いない(一度も二人は顔を合わせたことがないため、その仮説が実証されたことはないが)。――とりあえず白っぽい女性、それがユリア姫だった。アルジャン自身存在を忘れているような姫である、ユリア姫は国都内の教会に訪問して慰問する毎日を送っていた。彼女はもちろん金銭と少しの手伝いを欠かさない(来てくれないよりはマシというレベルを維持できているのは彼女の侍女のおかげだったが、幸せいっぱいに育った男爵家のご令嬢にそんな細かいことが理解できるわけもない)。
夜のオカズにするものもない、相手にしようと思う女もいない、仲良しなのは彼自身の黄金の右手のみという案外寂しい性生活のアルジャンがユリア姫のいる教会を訪れたのは偶然のことだった。鹿狩りに誘われて母方の祖父であるスイートピー公爵家の屋敷へ行ったは良いものの、馬に乗ること自体あまり好きではないアルジャンにやる気があるはずがなかった。祖父が高笑いしながら鹿を射る姿を見ながら「もう年なのにまだ現役なんだな」と思った程度である。
その帰り道に、押しつけられた鹿の処分に困って見つけたのが当該教会であった。血抜きもしていない丸々一匹の鹿を押し付けられた神父がどう思うかは気にしない――彼は国王なのだ。一介の神父が苦言を申し立てられるわけがない。
「――彼女は」
侍従が軽々と鹿を抱えているのをあえて見ることもなく、貧しくも豊かでもない教会内を見まわしていたアルジャンの目に映ったのはかの男爵家のご令嬢だった。クリスと呼ばれている侍女を困らせながら孤児と遊んでいる。
「側室の、ユリア姫でいらっしゃいます」
侍従はアルジャンの右手の黄金具合を良く知っていたため、その疑問になんら疑いなく答えた。元々側室の顔さえ覚える気がない彼である。
「そうか、ユリア姫か……」
その日の晩、恋物語が始まったとか始まらなかったとか、詳しいことはご想像にお任せしよう。――とりあえず言うなれば、テンプレテンプレ。
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