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オノマトペ

作者: 浜里 香子
掲載日:2026/07/23

それは、ある美術の授業でのこと。




絵の具の匂いが残る美術室では、好きな机に座った生徒たちが、それぞれ無言で画用紙に向かっていた。

その中で、白紙の画用紙を前にした二人だけが、やる気なく椅子にもたれかかる。


「だるい」


「それな」


シャーペンをくるりと指で回す。

画用紙を眺めては、また天井を見上げる二人。


「二人とも、何も描いてないじゃないですか。」


美術の先生が、呆れたように二人の机を覗き込む。


「だりぃもん」


一人は机に突っ伏したまま答える。


「描く気起きねー」


もう一人も画用紙から目を離したまま続けた。

先生は小さくため息をついた。


「何でもいいんです。好きな風景でも、物でも構いません。そこから聞こえてきそうな音を、オノマトペで表現してください。

オノマトペに正解はありません。見たまま、感じたままを描いてください。」


そう言い残し、先生は次の机へ向かっていく。

二人は顔を見合わせると、ほとんど同時にため息をついた。


「なんで美術にしたんだろ」


「歌のテスト嫌だからだろ」


「あー……そうだった」


「楽器もめんどくせぇし」


「でも音楽の奴ら、なんか楽しそうだよな」


「今思えば、あっちの方がマシだったわ」


どんよりとした空気が流れる。

二人とも机に突っ伏したまま、しばらく口を開かなかった。


「……なあ」


不意に、一人が顔を上げる。


「音なら、実物見ればよくね?」




――




「天才」


「だろ?」


廊下を歩きながら、二人は声を上げて笑う。


「あの先生もさ、俺が『校内見てもいいっすか』って聞いたら」


「『やる気出るなら、いいですよ。』」


「すごっ!そっくり!」


「まじウケる」


盛り上がる二人。

ふと、一人の足が止まる。


「ところで俺ら、どこ向かってんだ?」


もう一人が振り返る。


「一応、音楽室覗きに行こうって話だったけど」


「……俺、場所知らん」


「……俺も」


少しの沈黙のあと、二人は同時に「ははっ!」と吹き出した。


「おっかし。俺ら何してんだ?」


「あの教室抜け出すのに必死すぎな」


ゲラゲラと笑う二人。

一人の笑い声が、ふっと止まった。


「どした?」


一人は廊下の奥へ視線を向ける。


「……なんか聞こえね?」


もう一人も耳を澄ます。


「……ほんとだ」


聞こえてきた音を頼りに、二人はゆっくりと廊下を歩き始める。

一歩進むたび、その音は少しずつ大きくなっていく。

やがて一つの教室の前で、二人は同時に足を止めた。

そっと扉の小さな窓から中を覗く。

そこには、確かに”何か”があった。

同じものを、二人は見ていた。

二人は目を離せないまま、その姿を脳裏へ焼き付ける。

顔を見合わせ、小さく頷く。

何も言わず美術室へ戻ると、それぞれ白紙の画用紙へ鉛筆を走らせた。



「先生!」


二人は勢いよく画用紙を差し出した。


「見て見て!描けた!」


「お、早かったですね」


先生は微笑みながら画用紙を受け取る。


「どれどれ……」


その笑みが、止まった。

先生の視線が画用紙に釘付けになる。


「……どこで、これを見たんですか」


「校内!どこの教室か分かんなかったけど!」


「音も聞こえたんだよ!」


「もう見れるか分かんねぇし、とりあえず描こうって!」


興奮した様子で話す二人を、先生は黙って見つめる。

そしてもう一度、画用紙へ目を落とした。


「……そうですか」


二枚の画用紙を並べる。


「二人とも、音は違うんですね」


「え?」


二人は互いの画用紙を覗き込む。


「ほんとだ」


「全然違うな」


描かれている絵は同じ。

けれど、そこに書かれたオノマトペだけが違っていた。

先生はその文字を見つめる。

やがて表情をいつもの穏やかなものに戻すと、小さく笑った。


「オノマトペに正解はありません。それぞれが感じたままを表現できています。短い時間で、よく描けました。」


「だろ!」


「やっぱ実物見るのが一番だったな」


満足そうに笑う二人。

先生はそんな二人を見つめたまま、小さく呟く。


「本当に、よく描けています」




――




一年後。


「あれ。この参考作品、なんも書いてなくね?」


「ほんとだ。先生、これ絵だけですけどいいんですか?」


「ねぇ、この絵……なんか怖くない?」


先生は静かに微笑んだ。


「いいんですよ。オノマトペに正解はありませんから。」


三人はどこか納得しきれないまま、参考作品のページをめくる。

次の作品。

また、同じ絵だった。

さらにもう一枚。

やはり、同じ絵。

どの作品も、描かれているものはよく似ている。

けれど、どこにもオノマトペは書かれていなかった。


「……なんだこれ」


誰かが、小さく呟く。

最後のページまで、描かれている絵は全て同じものだった。

ファイルを閉じると、裏表紙には小さな文字が印字されていた。




『作者不明』

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― 新着の感想 ―
え!?どういうこと!? 私の頭悪すぎて全然解釈違うかもだけど絵を描いたあの2人組の方が…ってこと!?え!? さすがです度肝抜かれました
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