第4話 依頼者が来た!
室内に広がる移動魔法陣。オレは椅子に腰を下ろして見据えた。口から大きなため息が駄々洩れだよ。
「これはまた、……えらいことになっちまうぞぉう」
【訪問呪縛結界門】は遠くの誰かを家に招き入れることが出来る、移動魔法陣だ。始末が悪いことに、これを使う相手はかなりの大物なんだよなぁ。
使用する相手の顔が広いから、訪問を知られたくないといった事情の、ヤバい金持ち層が使う代物だからだ。
これを使った依頼者と何度か仕事で関わったことがあるが、……えらい目に遭った。
「…………(マジで二、三年、監視されたんだよなぁ)」
監視の一件から少しして、他に同じような大物の依頼が重なったときは、鍵師の職は廃業しようかと真剣に悩んだもんだ。
それでも育児とかかる金は必要だった。破格の金額を提示してくれたもんだから、金庫の依頼も受けた。
悲劇は開けた後。当然、監視はされたことだがな!
子どもたちは成人して自立をした!
もう、面倒な大物相手の依頼なんか受けなくたっていい。だというのに自立した息子が、オレのために仕事の依頼を持って来た、となるとかなり厄介だ。
父さんは、どう断わればいいんだよ。
しかも【訪問呪縛結界門】が床に放ってしまっている。開いてしまっているんだ。こんな状況になったら、もうオレはお手上げだよ。
聞きたくはないが答え合わせだ。子どもから知っている情報を聞き出さなきゃいけない。
どのくらいで依頼者たちが門を開けるか分からない。時間との勝負だ。顔も知らない大物相手に、これからお客様対応しなきゃいけないからな。
何かを聞いたり言ったりして、下手に何かをされたらたまったもんじゃない。タイラーも椅子に座って腕を組んだ。早く来い、どこから見ても、威嚇体勢にしか見えない。
「タイラー、……お前は相手がどんな大物なのか、分かっているのか?」
「いいや。何も、聞いてないな。でも、開けて欲しい依頼者の名前は確か、……アンブリア=ジーノって言っていたかな。何か聞いたことはあったような名前だけど、……だれだっけ?」
「マジかぁ」
名前にがっつん、って来たな。おいおいおい、アンブリア=ジーノ、だって?
聞き間違いや、同姓同名で在って欲しいところだが【訪問呪縛結界門】を使うほどの大物っていうのであれば、オレが名前から浮かべた顔の人物に、間違いはないだろう。
「本当に、……アンブリア=ジーノで間違いないのか?」
「ああ、この耳で聞いたから間違いない。疑われるのは心外だな。それより、父は依頼者の名前を知っているの? 知ってる人?」
依頼を受けてくれる子どもたちには本当に感謝はしている。しかしだよ。
毎回と依頼者がどんな人間で、社会的地位があるだとか。きちんと把握して、安心安全な依頼を言いに来て欲しいんだ。
厄介な仕事依頼が多過ぎるでしょう!
何も事前的依頼者側の情報もなく依頼だけを受けて来る真似は、本当に父さんは嫌なんだよ。しかも、悪気がないだけ叱れないじゃないか。
「金庫を開けて欲しい人を断ったらダメでしょう。父の仕事だろう」
「持ち主が執拗に欲しい金庫の中身が――ヤバいはずだ」
「ヤバい? どういう意味?」
タイラーがオレの言葉に首を傾げた。まぁ。含みのある言い方をしたところで、まだ子どもだ。分かる訳がないか。きちんと、どういうことなのか教えなきゃいけないよな。
なんでも否定的になるのはオレの異世界に来てからの悪い癖だ。
「アンブリア=ジーノ。彼女は建国の父と呼ばれた亡きビッチィ首相の懐刀。母子で愛妾とも知られた女性で、戦争屋と名高い政治家幹部だ。首相候補とも名高い」
「あらあら。あたくしの話しをされていますのかしら? お詳しいですのね?」
「……仕事柄、耳にしますよ。貴女の評判、とても悪いですよね!」
カツンカツン、靴が床を踏む音が響いて鳴った。
「貴方が腕のいいクボヤ鍵師なのかしら? そして、そちらがご子息で獣人、今回、聞き耳立てていたタイラーさんでお間違いないかしら?」
床の魔法陣が大きく扉を開けて、中からタイラー並みに体格のいい護衛たちが複数人、姿を現したんだ。
当の本人に間違いない。アンブリア=ジーノが姿を現したことにビックリした訳だ。
声だけなら、家にラジオがあるから聞いたことはある。同じ声だ。聞きやすくて発音もいい。よほどいい教育を受けた女性だろう。
顔を見たことはないことには理由がある。我が家には、テレビがないからだ。初めて見る風貌は、ハリウッド女優。でも悪役ヒロインを張るような感じじゃない。
どちらかといえば、味方側の重要キャラに似ている。容姿も地味なのに存在感だ。長い銀髪をひとまとめ、後ろで髪留めしている。
細く垂れた目はまつ毛が長い。藍色の目がオレやタイラーを見つめてきたかと思えば、大きく厚みがある唇を吊り上げた。濃い赤のグロスが鈍く輝いている。
「クボヤ鍵師。金庫を開ける依頼、お受けして頂けるのでしょう?」
にこやかに依頼を受けたものだと、改めて確認をしてきたアンブリアにオレも上擦った口調で言い返した。当たり前じゃないか。
「お受け、しかねますよ! 当然でしょう!」
「あら? あらあら? お話しが、……タイラーさん? お父様にはきちんと話しをしましたの?」
「父。受けよう!」
「いくら、お前の頼みとはいえ、こんな危ない橋は通れないよ!」
オレは必死の拒絶を試みた。大人げないとは思うけど、睨まれたくないんだよっ、もう!
大きく逞しい身体のタイラーが萎んで小さくなっていく。大型犬が子猫に変わった。父さんはお前が、そんな容姿になっても決意は変わらないんだからな。
いくら、お前が可愛くても、屈したりはしないんだからな!
「ちち、ちち。いらい、うけよ? ね?」
上目遣いでタイラーがオレを見上げて首を傾げた。膝がガタガタ、大きく揺れた。大きなつぶらな目にオレが映し出される。小さな手がオレのヒザを叩くが痛くはない。
しかし、小さい頃を思い出してしんみりしてしまう、本当に可愛い息子タイラー。
オレのヒザが屈して地面に折れてしまった。そんなオレを遠巻きに興味ないと、蚊帳の外から腕を組んで視ていたアンブリアがほくそ笑んでいる様子が、視界の外から見えた。
「お可愛いこと」
パチン。アンブリアが指先を鳴らして周りの護衛に報せた。
「丁重におもてなしなさい」
彼女がおもてなしをしなさい、って言うと護衛たちがオレの頭に袋を被せた。おい、これが丁重なのか?




